Dの街
独特な死生観ほど、聴いていてつまらないことはない。この街が語るのは、そういった上司の成功談よりくだらない戯れ言だ。
俺はこの街に降り立った。Dの街に。俺のことは好きに呼ぶといい。例えば、主人公とか。実際に俺はこの物語の主人公で、しかし目的は物語という暗号を破壊する為に存在しているので、主人公の器はないだろう。
俺が降り立った場所は車道の真ん中だった。安心して欲しい。この街に車は通らない。俺は歩行者天国となっている車道を自由に歩く。横や上を見てみれば、白い靄が壁となっている。車道は一本道で、時々物理法則を無視した曲がりかたをしている。この街においてそんなのは常識なので気にせず道に沿い曲がる。
まず最初の目的は本来の主人公の抹殺だ。俺は元々この物語の主人公ではない。だからって抹殺して主人公に成り代わるのでもない。ただ殺す。それが俺のキャラクター性である。
道を曲がった先には摩天楼が浮いていた。空中に浮き、土台が虚空に吸い込まれていくビル、色のない天空から降り注ぐコンクリートの瓦礫。一種幻想的な世界が広がっているが、そこらを歩く住民どもは死んだ顔かつ虚無の理由で道を行く。
ここを壊すのはあとにして、目標へ向かうことにする。数十歩歩けば坂になり、その先の台地に主人公になる筈だった人物がいる。
坂は短いのですぐにたどり着いた。台地には禿げた草原が広がっている。運が良く、丁度主人公が目覚める瞬間であった。奴の見た目は判に押したような好青年で、特にどうといった特徴はない。
奴が目を開け俺を見る。なぜ自分がここにいるのか解らない、といった表情が瞳に映る。俺はそれに応えずぐんぐんと近づいて首を絞める。奴の顔が驚愕でいっぱいになる。とっさのことでろくな抵抗もできず、主人公が死ぬ。
正しい、王道な物語ならば、ここで俺をはね除け、意味のない応答のあと、俺は殺されたか、もしくは彼に協力することになったのだろう。しかしここにおいて俺は語り部だ。語り部とは物語の行く末を決める、いわば絶対の神であり運命だ。だから、俺が誰々が死んだといえば、そいつは死んだことになる。少なくともこの街ではそうだ。
最初の目標を達成したので来た道を戻る。上記の通りビルが浮いている通りを一望する。俺はこのビル郡も破壊しなければならない。
何もない空間からロケットランチャーを取り出しビルに標準を合わせる。引き金を引くと、弾頭がビルに向かって真っ直ぐ飛び、直撃して爆発する。ビルは脆く崩れていき粉塵が巻き起こる。住民達は咳をし、俺は間を開けずにビルを壊していく。住民達は抗議の為かクラッカーを俺に向けて放つ。火薬の匂いが鼻につく。ただそれだけなので、住民は無視することにした。
ビルを粗方壊し終えると、次の目標に向かって歩き出す。ビルの瓦礫が空へ吸い込まれていく。住民は罵声を俺に浴びせるが、それは記述しない。するとどうだ、彼らに発言権はなくなる。語り部が語らないことは、存在しないと同義なのだ。そして罵声はなくなった。
俺は晴れて主人公兼語り部となった。この世界を俺の自由にすることができる。しかしその前に、俺以前の物語を削除しなければならない。これは個人の野望ではない。俺のキャラクターがそうさせるのだ。使命、といったほうが判るだろうか。
先程の曲がった道に戻る。すると、前まではなかった道が現れていた。それは西欧風味のある石畳の道で、遠くに洋館が見える。俺は頭の中にあるリストを確認する。次に殺す対象はそこにいる。リストが初めて登場したが、これは以前から俺の中にあった。あったと言ったらあるのだ。反論は記載しない。つまり無い。
石畳の道を行く車道より狭く、そして周りには雲のように実体のある霧が立ち込める。洋館まで、それが続く。洋館は遠目に見ても、ゴシック様式の建築であることが分かる。中の調度品も、アンティークであるとか、古風なものに違いはないし、そうなるに決まっている。
洋館の門に着く。鉄製で頑丈に見える。乗り越えるのも不可能ではないが、もっと簡単に通り抜けられる。いいか諸君、この門は存在しない。すると目の前に門のない家が見える。ほらこの通り。
洋館の中は当然アンティーク類の家具で固められている。俺がそういったのだから当然だが、みな古風で埃がかっていた。足を進めるとリビングが扉なく広がる。そこに、揺り椅子に座り、うつらうつらと船を漕ぐ爺がいた。抹殺対象だ。本来ならば、主人公にこの街のことを伝え、死のなんたらかんたらについて語る男だ。そんな眠くなるような話は聴きたくない。よって、この手で殺すことにする。
リビングに隣接している、水道さえ通っていないキッチンから包丁を拝借する。これだけは和風というか、現代的で、刺身を切るのに有用だろうと思える形だ。
プラプラと包丁を手にしながら眠っている老人に近づき、片手で老人の肩を揺する。同時に椅子も大きく揺れ、爺は目が覚める。すぐに永眠するのに、と心中は嘲りで満たされている。
まず、脇腹に一つ刺す。老人は声なき悲鳴をあげるが、本当に声をあげないよう、口を塞ぐ。そしてもう一度脇腹を刺す。忘れてたかのように、血がゆっくり溢れる。胸を三回執拗に刺す。ついに老人が絶叫をあげる。しかし口は塞がれているのでその声が家に響くことはない。しかし口は塞がれているのでその声が家に響くことはない。しかし彼の口から出る息が手を蒸らす。あまりに不快なので、これ以上爺で遊ぶことをやめ、首を斬り、心臓を刺した。包丁は脂と血に汚れ、爺は何一つ語らず息絶える。
包丁をそこらに投げ捨て、老人は血まみれのままにしておく。ガソリンをポケットから取り出し、家中にばらまく。死臭を覆うほどの油の臭いが鼻に集まる。不快感と使命感に酔いながらマッチを擦り、ガソリンの中へ放りこむ。たちまち洋館は炎上し、黒い煙が霧に混じり、大気に吸われていく。
俺は家をあとにし、石畳の道に戻る。さて、やることはやった。あとは俺が語ることが全てだ。しかし、ここから何かを創るのは俺自身のキャラクター性に沿わない。俺はこの物語を破壊する為に存在している登場人物だ。そしてその顛末を記す語り部だ。
俺は何を壊して、殺してきたのだろう。主人公だったもの、ビルだったもの、そして老人。この世界はこれで全てだ。住民など、耄碌が見た幻影に過ぎないと書いて、誰が文句を言うだろう。
この街がなぜDの街と呼ばれ、なぜ主人公はこの世界に降り立つことになったのか。それは冒頭の死生観の語りで述べられている。ここは死んだ世界だ。俺は死体蹴りをしただけだ。それだけをするが為に俺というキャラクターは存在している。
さて、俺が成すべきことは最後だ。この世界を破壊する最終段階。はて何をすべきなのか。それは安易な結論が物語る。ただ、瞳を潰せばいい。口を閉じればいい。耳を詰めればいい。
語り手が、いなくなればいい。
俺は、いつの間にか手に持たされていた拳銃を眺める。それを自身のこめかみに当てる。
もし、この世界を語る者が違ったなら、どういった終末を迎えていただろうか。物語には終焉が運命づけられているが、その種類は違い、俺も誰も生きていていいお話になっていたのかもしれない。
だが、俺は逆らえない。何よりも、破壊しようとした物語に。世界に。
俺は目を閉じ、銃声を聴いた。