8.最初のモンスター 迷いの森のゴッリーマウス
オラオーラ王国から魔王城までの道のりは誰かが整備したのではと疑いたくなるほどの綺麗な一本道ではあった。しかし、今イリーナとコトネが突き進んでる道は迷いの森にふさわしいものであった。
そもそも道と呼べるようなものはなく、そこら中に生えてる木々は一本一本種類も違うようで、でも段々同じような気がしてくるようなへんてこなものであった。あちらこちらに生えてるキノコは誰がどう見ても毒キノコにしか見えない、食欲が失せる色合いのものばかりである。
「コトネ? 道あってる?」
「ここは迷いの森です。土地の物どころが生息する魔物ですら道に迷うと言われる森です。道に迷うなと言う方が無理です」
コトネはきっぱりと答えた。
「なんでそんな森に入ったのよ! そもそもこの森って要するに最初のダンジョンでしょ? 難易度おかしくない?」
「確かに最初のダンジョンでもありますが、この森は魔王城を囲む森、いわばラストダンジョン一歩手前の森でもあるのですよ。難易度を表記するなら☆5で間違いないです」
「なんでそんなところに足踏み入れてんのよ!? そのあんたらに配られてる台本作ったやつの脳みそとろけ切ってるんじゃないの? 一回その台本私にも見せなさいよ!」
「残念ながら姫にその権限はありません。しかし、優しい私は台本を手掛けた脚本家の名だけお教えいたします」
「ほう、で、そのふざけた野郎の名はなんて言うのかしら?」
「エレザベス王妃です」
イリーナは光の速さで土下座した。
「すいませんでした」
「わかったならいいです」
「でも道に迷ってるのは事実なんでしょ? どうすんのよ?」
「姫、このポーチに何が入っていると言ったか覚えていますか?」
イリーナは首をわざとらしく傾げて、顎に人差し指を添えて考える。
「うーんと、お金と愛武器ボックス、あとキャンプ道具一式だっけ?」
「惜しいです。正確には愛武器ボックスを含めた様々な王家秘密道具が入ってます」
「様々って随分曖昧ね」
「その方がストーリー上都合がいいので」
「ちょくちょくとんでも発言をさらっとするのやめてくれない?」
「というわけで、今回はこの王家秘密道具を使います」
コトネは勢いよくポーチに手を突っ込む。そして、今度はゆっくりとポーチから手を出す。
――錯覚かな? 道具を出すときの聞きなれた音楽が聞こえる気がする。
「王家秘密道具:探してまスティック」
――声も古い方に寄せてる?
「このスティックを垂直に立てて探しているもの考えながら手を放せば自然と探しているものの方に倒れるのです」
「うん、わかったわ。私は何も言わない。早速そのどこかで見たことある気がするスティックを使いましょう」
「どこで見たことがあるのでしょうか? 不思議なこともあるものですね。では早速」
コトネは探してまスティックをピンと地面に垂直に立てる。
「隠れ魔女の村はどこですか?」
コトネが手を放すとスティックは僅かに30度ほど傾くだけで倒れなかった。
「これって……」
「道理で見つからないわけですね。隠れ魔女の村は迷いの森の上空にあります」
二人はスティックが指す先を目で追ったが生い茂る木々によって阻まれた。
「これ下手したら雲の上ってことよね? だとしたら、かの有名な海賊たちは仲間が6人くらい集まってから行った場所よ。で、本当に行けるの?」
「それはエレザベス王妃への文句と受け取ってよろしいですか?」
「よろしくないです。とりあえずスティックが指す真下まで行ってみましょう。もしかしたら梯子かなにかあるかもしれないじゃない」
「それもそうですね。行ってみましょう」
イリーナとコトネが進みだそうとしたその時、どこかから声が聞こえてきた。
「姫様! イリーナ姫様!」
――この声は間違いない……イケメン!
常にイケメンを追い求めてきたイリーナは声だけでイケメンかどうか見分けることができる。決して声だけのイケメン、イケヴォに騙されることはない。
「誰? 私はここよ」
地声ではなく宝塚の舞台にでも立ったかのような澄んだ声でイリーナは答える。
すぐに茂みから、3人の男が飛び出してきた。
黒髪のほぼ坊主に見えるおしゃれな剃り込みが入ったイケメン、金髪なのに清純に見えなくもない爽やかなイケメン、茶髪で襟足が女みたいに長い少し古いイケメンの3人であった。
イリーナは目をハートマークにして歓喜の声を上げた。一方でコトネは露骨に嫌悪の表情を浮かべる。
「あなたたちはなんですか?」
「よくぞ聞いてくれた! 俺たちは姫様のパーリィに一緒にフィーバーするためにジョインしに来ましたチャラーズでぅえす!」「イェイ!」「ヤー!」
3人のチャラ男はよくわからないがコトネを不快にさせるポーズを決めた。
「要するに姫のパーティに加わりたいと?」
「そういうことだぜ。1分で腕立て百回できる俺たちには魔物なんてただのか弱い乙女さ」
「さらには俺たちをパーティに入れることで、美しいお二人に毎夜楽しいパーリーナイツを届けることを約束するぜ」
「さあ、ともに楽しく淫靡な冒険をしましょう」
あまり表情を変えないコトネであったがこの時ばかりは僅かに感情が顔に出ていた。
「念のために確認しておきます。それであなたたちの職業は? あっ、決して名前は言わないでください」
「なんで名前を聞かないのよ?」
「名前はまだ必要ないからです。隠れ魔女の村までついてこれた場合、改めてお聞きします」
「そうかい、姫のナイトにふさわしいかテストってことだな? OK、OK、そんな下らないテスト俺たちチャラーズにはないに等しいぜ。まずは俺から、俺は踊り子。このダンスを見ろ」
坊主の男がなんかキレキレのダンスを始めるが当然コトネは無視する。
「俺は遊び人。どんな夜も楽しい夜にするよ」
金髪の男はトランプを取り出し空中でショットガンシャッフルをしてアピールする。
コトネは同じトランプ使いなら雑魚狩りが趣味の殺人鬼風道化師だったらましなのにと思うが口には出さない。
「俺はミュージシャン兼俳優。さあ、最高の冒険をしようぜ」
とうとう戦闘に参加すると聞いたことない職業が出てきたと呆れるがコトネは決して何も言わない。因みにイリーナは既にぶりっ子モードに入っているためコトネとは対照的にイケメンたちの自己紹介の度に大袈裟なリアクションでイケメンたちのご機嫌を取っていた。
「わかりました。先ほども言った通り隠れ魔女の村までついてこれた場合改めて名前を聞き、今後一緒に冒険をするか審議します」
「えー、いいじゃない。 私的には顔判定で全員合格よ。コトネは何が不満なのよ?」
「姫は黙っててください。それまではあなたたちはチャラA、B、Cと命名します」
「ヘイヘイ、コトネちゃん。誰がAなのかな?」「俺だよね」「いやいや、やっぱ俺っしょ」
「それ大事ですか?」
「大事大事。こういうのってコトネちゃんが一番気になる人をAにしちゃうもんでしょ?」
「あーあー、それ言っちゃったら照れて俺のことAからCにしちゃうじゃん、ね? コトネちゃん?」
チャラC(予定)はコトネの肩に手を回そうとした次の瞬間。
コトネの会心の一撃。チャラCに3238のダメージ。チャラCは力尽きた。
コトネのアッパーがチャラCの顎に的確にヒットしてチャラCはクルクルと宙に舞った。
「もー……コトネちゃんったら、照れちゃって……ぐふっ」
チャラCは力尽きた。
「これでひとり脱落ですね」
「えええっ、ついていけないってこういうパターンもあるんですか?」
「さあ、いきましょう」
「ちょっとコトネ、彼はどうするのよ?」
「パーティが戦闘不能になった場合は棺桶になって運べるシステムなんですが、残念ながらそのゴミはパーティじゃないので変わらないですね」
「何そのシステム怖い」
「まあ、放っておいていいでしょ。いきましょう」
「いやいや、よくないでしょ」
コトネの非道に抗議するイリーナの肩をチャラA、Bがポンっと叩く。そして、満面の笑みで親指を立てる。
「安心してイリーナちゃん、俺たちが友を置いていくような薄情者に見えるかい」
「こいつは俺たちが担いでいくから安心しな、イリーナちゃん」
「キャー、素敵、男前」
わざとらしく喜ぶイリーナに目もくれずコトネはチッと舌打ちしてから歩きは始めるたと思ったら、すぐに止まった。
「コトネ、どうかした?」
「この笑い声間違いないです、奴が来ました」
「笑い声?」
イリーナにもコトネが言うその笑い声が聞こえてきた。ハハッ ハハッというやけに甲高い笑い声が。
「こ、この聞いたことあるような笑い声は……なんか色々と問題ある気がするけど大丈夫なの?」
「はて、なんのことやら、それよりも来ますよ、姫、構えてください」
甲高い笑い声は段々近づいてくる、そして、数秒後魔物たちがイリーナたちの前に躍り出た。
ゴッリーマウスが5体現れた。
ゴッリーマウス:どこかで見たことあるようなネズミの顔にゴリラの体を持つ魔物。ハハッという笑い声が特徴。顔には念のためにモザイクがかけられている。
「キャー、こわーい、助けてー、チャラA、B」
コトネの構えてくださいは無視されイリーナはぶりっ子モードであった。
「OKOK、任せときなこんなモンスター俺のダンスでぶったっ」
ゴッリーマウスの右フック。チャラAに556のダメージ。チャラAは力尽きた。
「キャー、チャラA―――! チャラAが、助けてチャラB―――」
チャラBは担いでいたチャラCを放り投げた。
チャラBは一目散に逃げ出した。一体のゴッリーマウスがそれを追った。
イリーナは呆気にとられて固まった。そんなイリーナを嘲笑うかのようににゴッリーマウスたちはハハッ ハハッと笑う。
「まあ予想通りですね。さて、もうぶりっ子を見せつける相手もいないので戦闘に入ってください。……姫、聞いてます?」
イリーナはわなわなと震えていた。
イケメンとは言え自分を置いて逃げたのだ、流石の姫もお怒りか、コトネはそう思った。しかし、違った。
「おいゴッリーだかなんだか知らないが、お前らのせいでイケメンたちとお近づきになる機会がなくなったじゃないか、この野郎!」
イリーナのあまりの険相にゴッリーマウスたちは笑うのをやめて怯え、震えだした。
「怒りポイントそこなんですね」
「コトネ、雅治!」
「御意」
コトネは素早くポーチから愛武器ボックス取り出しイリーナに差し出した。イリーナは箱に勢いよく手を突っ込み、今度はゆっくりと手を出す。イリーナの手に握られた妖刀雅治が怪しい光を放ちながらその全貌を露わにする。
イリーナ×雅治、その危険度を一瞬で理解したゴッリーマウスたちはハハッ ハハッと笑いながら一目散に逃げだした。
しかし、逃げられない。
イリーナと雅治がゴッリーマウスたちに襲い掛かる。
会心の一撃。会心の一撃。会心の一撃。渾身の一撃。
イリーナはゴッリーマウスの群れを倒した。
「お見事です、姫」
「全くふざけた魔物ね、というチャラAのダメージがえぐかったけどどうなってんの?」
「最初に言ったじゃないですか、ここはラストダンジョン一歩手前のダンジョンです。魔物もそれ相応の強さってだけです」
「そういえば、そうだったわね。 ん? でも逆に考えれば魔王城を除けばここが1番危険ってことよね? ってことはここさえ切り抜ければ一気に楽になるってことよね?」
「いえ、残念ながら姫そういうわけにはいかないみたいです。全ての魔物は魔王と呼応しているため魔王の目覚めが近づけば近づくほどそれに乗じてパワーアップするみたいです」
「いきなりラスト近いダンジョン来させられた時点でバランス崩壊かと思ったけど、意外とちゃんと考えられたシステムがあるのね。でも、最初から強すぎない?」
「全員を一撃で倒した姫が言うセリフですか?」
「だってそうじゃない! こんなに最初から敵が強かったら今回みたいなイケメンだけど弱いメンズを仲間にできないじゃない」
「弱いメンズは仲間じゃなくてゴミというのです。さあ、ゴミの処分も終えたことだしいきましょう」
「いやいや、だから、さすがにこのまま置いていくのは私の良心が許さないわ、※ただしイケメンにかぎる」
コトネは呆れたようにため息を吐く。
「私としては勝手に来たこんなチャランポランどもはどうでもいいのですが姫がそう言うなら仕方ありません」
コトネはポーチに手を入れ勢いよく抜き出す。
「王家秘密道具:勘のいいガキは嫌いだよの翼」
「長いしわかりにくいネーミングね」
「なんとこのアイテムは一瞬で訪れた最後の街に戻ることができます」
「ここまで言っても名前の由来にピンとくる人少ないと思うな私」
「さっきから何言ってるんですか姫? このアイテムは完全オリジナルですよ。では早速」
コトネは例の翼をチャラAとチャラCの上に乗せる。
「おいチャラAとチャラCはどこに行った?」
コトネのセリフと同時に翼は光だし一瞬で遥か上空に舞い上がりチャラA、Cは飛んでいった。
「うわー、アイテムの使用する際のセリフひどいなー、おい」
「これで満足ですか、ではいきましょう」
直後、「うわああああ、ちょ待あぁぁぁーーー」と悲鳴が響き渡った。
「このイケヴォはチャラB」
「セリフは全くイケてませんけどね」
悲鳴がする方にイリーナは走り出した。コトネはジョギングでついていく。
「うあああああ、ちょ、マジやめ、やめ、やめーーーー」
チャラBの悲鳴が尚も響き渡る。
――貴重なイケメンを殺すわけにはいかない。
イリーナのさらに速度が上がる。しかし、コトネの速度は変わらない。
そして、イリーナの視界にチャラBが映し出される。チャラBはまさにゴッリーマウスの右ストレートが炸裂する寸前だった。
「ライトニング」
低く渋い声が響くと同時に、チャラBの後方から雷魔法が飛んできた。
「ハッハー」
ゴッリーマウスに524のダメージ。何者かはゴッリーマウスを倒した。
「ゴッリーマウスを初級雷魔法で一撃とはなかなかやりますね」
感心するコトネであったが、イリーナはそんなことはどうでもいい。重要なことはただひとつ。
――この声間違いない超絶イケメンだ!
「た、助かった……ぜ」
「あっ、邪魔なのでお帰りください」
コトネは勘のいいガキは嫌いだよの翼でチャラBを退場させた。
イリーナも既にチャラBへの興味は失せたらしく特に抗議しなかった。
「助けていただきありがとうございます。どうか魔法使いの殿方、姿を見せて私にお礼の機会をお与えください」
勝手に助けられたのを自分に置き換えたイリーナは懇願した。
そして、イリーナの要望通り魔法使いが姿を現すのであった。