6.装備も整ったし、とりあえず魔王城へ
ようやく旅支度を終えたイリーナとコトネはオラオーラ王国城下町北門から勇者奪還と気が付けば魔王討伐も前提とした旅の第一歩を踏み出そうとしていた。
「ねー、本当に行くの?」
「姫、まだそんなこと言ってたんですか?」
「だって、結局私が貰ったのって子供のお小遣い程度のお金と、お母さまの修学旅行の思い出の木刀、パンチラ防止のレギンスだけよ。こんなんで自分の娘を魔物溢れる世界に送り出すなんていかれてるとしか思えないわ」
「いかれてるのは敵幹部を一撃で沈めた姫の方ですよ。それよりもこれからの旅の予定について説明します」
コトネはポーチバッグから地図を取り出した。
「ねえねえ、コトネ?」
「なんですか?」
「気にはなっていたけど、あなたそんなバッグ持ってたかしら? それになんか服装も変わった気がするし、なんか色々武器も持ってるし、どういうことかしら?」
イリーナの言う通りコトネの服装は今朝までの執事の服から変わり少し豪華な礼装とでも言おうか、金色の修飾品がついた礼装っぽい服に着替えている。
「どういうことかしらと言われましても。私も姫同様、今朝王妃に渡された装備を身に着けただけなのですが。では、ここで互いの装備を確認しましょうか」
イリーナ:怪しく光るイアリング、姫特有のゆるふわドレス、母から貰ったレギンス、身長+5cmの赤いハイヒール、母の修学旅行の思い出の木刀。
コトネ:王家のスカウター、王家のピアス、王家の服、王家の靴、王家の短剣、王家の弓、王家秘密道具:無限空間ポーチ。
「いやいやいや、ちょっと待って! 私の特に使えなさそうな装備に対して、何その王家シリーズ? なんで姫の私を差し置いて世話係のコトネが王家シリーズ? というか王家のスカウターって何? 王家付ける必要ないよね、スカウターでいいよね? そもそもスカウターって普通に使っていい物なの?」
「突っ込み大変そうですね。この装備は全て王妃様から頂いたものですが、何か文句ありますか?」
「お母さまから……いいえ、ありません」
「そうですか。それでは、これから姫の冒険が始まるわけですが私の立ち位置について説明したいと思います」
「コトネの立ち位置?」
「はい、まず真っ先に伝えたいことですが私は姫と一緒に冒険するパーティーではありますが戦闘員ではありません」
「んんっ?」
「私の役目は冒険の補助です。主に旅の案内とアイテムの管理を行います」
「んんんっ?」
「なんかいるじゃないですか戦闘には使えないけど旅についてくるふんどしを履いた妖精とか、図鑑に憑りつく幽霊タイプのモンスターとか。あれらと同じです」
「いやいやいや、さらっと何言ってるのあんた」
「まあまあ。言いたいのは私は基本戦いには参加しませんよーってことです。自分にかかる火の粉は払いますけど」
「じゃあ、ますますなんでコトネの装備がそんな豪華なわけ?」
「それは王妃様への文句ということでいいですか?」
「いいえ、なんでもありません。じゃあ、名前的にその王家秘密道具がアイテム管理できるわけ」
「察しがいいですね。王家秘密道具:無限空間ポーチはその名の通りポーチ内は無限空間です。今は王様から頂いたお金と愛武器ボックスを始め色んな王家秘密道具が入ってます。あと野宿用のキャンプ道具一式も入ってます」
「愛武器ボックス? あの職業診断みたいな箱? あれって勇者を見つけるためのものでしょ? もういらなくない?」
「そんなことはありません。愛武器ボックスさえあれば一時的に、姫であれば一日一回約3分間姫にとっての最強武器である妖刀雅治を使えます」
「なるほど、確かにそれは便利ね」
「それに姫だけではありません。今後、姫と共にする冒険の仲間たちの愛武器もわかるのです」
「仲間かー、そういうのいいからパパっと終わらせたいんですけど」
「仲間に興味なさそうですね。ですが冷静に考えてください。姫、これはチャンスなんですよ」
「チャンス?」
「そうです。そもそも前から言おうと思っていたんですが、姫は予言通り勇者と結ばれると信じているみたいですが、勇者の立場で考えたことはおありですか?」
「勇者様の立場?」
「はい。勇者は攫われた姫を救い出すために旅に出ます」
「まあ、そうね」
「勿論、ずっとひとりというわけにはいきません。魔法使いや戦士、格闘家、僧侶色んな仲間とともに冒険するでしょう」
「それもそうね」
「魔王を討伐し姫を救い出すまで長い月日を要するでしょう。きっと様々な困難にも出会うでしょう。その一方で楽しい出来事もあるでしょう。そんな苦楽をともにした仲間には当然、女もいるでしょう」
「う、うん」
「もうわかりますよね? 勇者は最後、魔王を倒し平和な世界を手に入れた後、残りの人生をあまりよく知らない魔王に捕らわれていた姫と生死をかけた戦いを乗り越えた仲間の女、果たしてどちらと過ごしたいと思うでしょうか?」
「言われてみたら確かにそうかもしれないけど……いやいやいや、でもでもでも予言があるのよ! 予言が! 私と勇者様は運命の赤い糸で結ばれてるのよ! そんなちょっと冒険したくらいの女に負けるわけないじゃない」
「それはどうでしょう? なんなら冒険の途中に仲間といかがわしい関係になっててもおかしくないのではないでしょうか? なんせ冒険中はずーーーっと一つ屋根の下、いえ場合によっては一つテントの下で寝泊まりするのですから」
イリーナは少し固まってから顏を真っ赤にする。
「なっ、なっ、なっ、何言ってるのあんた? そんなことあるわけないじゃない。勇者様はそんな男じゃない!」
「勇者様は男ですらなかったんですけどね。話を戻しますと今仮定した勇者の立場は今の姫の立場なのです」
「ん? ……ああ、そう言われたらそうね」
「ここまでの話を踏まえて姫は仲間を集めることなくぱぱっと魔王を倒すのがお望みですか?
イリーナは少しの間考える。なんの計算をしているのかイリーナの頭からカチャカチャ音が聞こえてくる。
「姫、さらに付け加えますとこれから救い出す勇者は女性です。それに引き換え共に冒険する仲間はまだ決まっていません。そして、仲間を選ぶ権利は基本姫にあります。それでもまだ仲間はいらないとお考えですか?」
計算を終えたのかチーンと音が鳴る。
「いる。いります。仲間いります。イケメンの仲間集めます。逆ハーレム築きます」
「あっ、そこまでの宣言は求めていなかったです」
「さあ、そうと決まったら早速仲間集めに行きましょう。どこに行く? 酒場? クラブ? ホストクラブ?」
「逆ナンに行くつもりですか? まずはあそこに行きます」
コトネが指さす先は森である。さらに指の先を正確に追うと森の中に聳え立つ城の最上部分が見えた。
「あれが何かわかりますか?」
「あれってうちのお城でしょう。なんか別荘的な倉庫的な存在の」
「いいえ、違います。あれは魔王城です」
「近っ! ラストダンジョン近っ! なんで勇者よ旅立つがよいっていう王様がいるお城と魔王城がこんな近いのよ。最早ご近所さんじゃない!」
「よく気が付きましたね、丁度これから回覧板を持っていくのでついでに魔王城を見ておきましょう」
「回覧板? 魔王城に回覧板? 町内会同じなの? 交流あるの?」
「いつの時代でもご近所づきあいは大事ですよ。魔王城だからと言って村八分にするのはよくないですから。今日の回覧板には明日から始まる『魔王が復活するまであと○○日、ならば今を楽しもう祭り』についての詳細が載っているので必ずお届けしたいのです」
「村八分どころが世界八部すべき対象でしょう! それにその祭りは魔王城の住人を呼ぶべき祭りじゃないからね! 魔王城の住人たちは魔王復活後の方が楽しいから呼ぶ必要ないからね!」
「まあ、そういうわけなのでとりあえず魔王城に行きましょう。レッツラゴー」
コトネは言葉とは裏腹に真顔のまま森の中に入っていった。イリーナは渋々ついていくのであった。