5.旅立つ前にお父様とお母さまにご挨拶
翌朝、イリーナは王の間に呼ばれていた。
「イリーナよ、昨日はよき演説であった。」
国王はまだ泣いてた。
「お父様、あの、私やっぱり……」
「姫、あの大人数の前で公言したのですからもうあとには引けませんよ」
「ぐぬぬ」
コトネの指摘にイリーナは黙るしかなかった。
メイドのひとりがトコトコと国王に近づき勇者旅立つときの台本と書かれた本を手渡した。国王は本を開くとコホンと咳払いしてから読み上げた。
「勇者よ……おい、この台本古いぞ、なに間に合わなかった? ふーむ、仕方ない。では改め、我が娘イリーナよ、其方に魔王討伐……じゃなくて勇者奪還のための装備と旅資金を渡そう。この宝箱を開けるがよい」
やけに仰々しく大きい宝箱が兵士たちによりイリーナの前に運び込まれた。
宝箱の大きさにイリーナの期待は少し高まった。そして、勢いよく開けた。宝箱にはイリーナにとっては見慣れた木刀と5万オラ(オラはオラオーラ王国の通貨の単位である)が入ってた。因みに5万オラは現代の日本の貨幣価値に換算して5000円である。
「お父様……これはいったい?」
「イリーナよ、これはいったい? とはどういう意味だ?」
「どちらか説明を求めればよいか悩みますが、ではまず装備ですが……木刀だけですか?」
「うむ。木刀だけじゃ」
「勇者奪還に挑む私に与えられる装備が木刀だけですか?」
「うむ。木刀だけじゃ」
暫しの沈黙の後にイリーナは声を荒げる。
「いやいやいや、おかしいでしょ? なんで木刀だけ? もっとさ全身装備を与えるべきでしょ? そもそも木刀で魔物と戦う旅人なんて見たことありますか? それに旅資金が5万オラって少なすぎませんか? その辺の小学生のお年玉の合計の半分以下ですよ!」
「なんと! 最近の小学生はそんなに貰っているのか!」
「そこ? 喰い付くのそこですか? いや、やっぱり先に装備の話をしましょう。なぜ、与えられる装備が木刀だけなのですか? 仮にも私は王族こうもっと由緒ある剣があったり、防具に関しても初期装備にふさわしい防具が与えられるべきではないでしょうか?」
「ふむ。イリーナの言うことも尤もじゃ。では、順序よく話そうではないか。まず、防具に関してじゃが……勇者の服というものが。その勇者の服というのは色々なイベントを経てどんどん強くなる類の防具であり最初から最後まで装備できる代物であった」
「では、それを私にお与えください」
「イリーナよ、あの日のことを思い出すのじゃ」
「あの日……?」
イリーナはすぐに理解する。あの日とはすなわち勇者が選ばれ魔王軍が乱入し勇者を攫っていったあの日のことである。イリーナは思い返す。あの日のことを細部までそして辿り着く。ディアのなんか破廉恥だった着替えシーンを。
「ま、まさか……」
「そうじゃ。あの日、勇者ディアに着せたあの服こそが勇者の服である。しかし、勇者ディアはあの服を着たまま攫われた。すなわち! 今日渡すべき勇者の服はここにはない」
「そ、そんな馬鹿なことが……では、私はこのゆるゆるふわふわしたピンクのドレスで旅立てと?」
「うむ。そのゆるゆるふわふわした真っピンクのドレスで旅立つがよい」
怒りで震えるイリーナの横でコトネは声は出さずに笑っていた。
「では、この武器は?」
「ふむ。イリーナよ、その木刀に見覚えはないか?」
国王にそう言われイリーナは改めて木刀をまじまじと見た。そして、顔を青くする。
「……あ、あります」
「それではわかっているようだな。その木刀はイリーナが花嫁修業時代に我が妻そしてイリーナから見れば母である、すなわち我らが王国オラオーラ王妃エレザベスが愛用していた木刀だ。イリーナが旅立つと聞いてエレザベスが寄贈してくれたのじゃ。母の愛に感謝しなさい」
イリーナは地獄の日々を思い返す。多くは語らぬがイリーナの母、王妃エレザベスはそれはそれはスパルタであった。花嫁修業とはどう考えても無関係な修行も、いや、そちらがメインであるほど修行を施されてきた。お陰で魔王軍幹部を一撃で仕留める姫が誕生したのだが。
イリーナは思う。いったい何回、何十回、何百回、何千回、何万回この木刀でしばかれたことであろうか、と。
青ざめたイリーナは震える声で返答する。
「あ、ありがたく頂戴いたします」
「うむ。わかったならよい」
「で、では旅資金の方ですが……」
「ふむ。旅資金の方なのだが……実は大臣たちと話し合ったのだが、万が一魔王が復活したことを考え『魔王が復活するまで残り○○日、ならば今を楽しもうではないか祭り』を連日開催することにしたのじゃ。その資金繰りに国費を殆ど費やすことになったのじゃ。結果、非常に残念なことにイリーナの旅資金に回す金額が雀の涙になってしまった。……イリーナよ、さあ旅立つがよい!」
「旅立てるか! こんな糞みたいな装備と資金で旅立てるか! その糞みたいな祭りをしなければいいなじゃないですかね」
「そうは言ってもこれ以上はどうしようもない。さあ、行くのだイリーナよ」
「聞く耳なしかよ。もういいわ」
全てを諦めイリーナは木刀を片手にトボトボと歩き出した。
「おおっと、言い忘れていた。コトネよ、お前にはイリーナの世話係として旅に同行することを命ずる」
「はっ、仰せのままに」
イリーナはチラッとコトネを見ると一瞬笑い、すぐに死んだ魚のようなを目をして部屋を出ようとした。
「おっと、もうひとつ言い忘れておった。旅立つ前にエレザベスが部屋に来るように言っておったぞ」
イリーナは肩をビクッと振るわせ、ギコギコと首を回して国王を見た。
「わ、わかりましたわ、お父様」
振り向いたイリーナは恐怖のあまり白目を剥いていた。
※
イリーナは扉の前で大きく深呼吸をしてノックしようとして手を止め再び深呼吸をした。
「そんなに緊張しますか?」
ガチガチのイリーナを見かねてコトネが冷ややかに言う。
「当っっったり前でしょう。コトネも覚えているでしょ、あの地獄の日々を!」
イリーナの言う地獄の日々とは花嫁修業のことである。花嫁修業の教官はイリーナの母であるエレザベス務めた。どんな修行が行われたのかは当事者であるイリーナとエレザベス、そして巻き添えで一緒に修行に参加させられたコトネしか知らない。
「思い出したくもありませんね」
コトネは遠い目をする。
会話する二人の間に部屋から扉を突き抜けナイフが飛んできた。
「誰じゃ! 妾の部屋の前でこそこそ話す不届き者は?」
イリーナとコトネは反射的に気を付けをした。
「お母さま、私です。イリーナです」
「その世話係のコトネです」
「なんじゃ、お主らか。そんなところで何をしている? 早く入るがよい」
「「はいっ、失礼します」」
二人はそれはもう丁寧に扉を開いた。
扉の向こうでエレザベスは4人のメイドに両手足の爪にマニキュアを塗らせてながらカリスマ美容師に頭を盛りに盛らせている最中であった。
――いったいどうやってナイフを投げたんだ?
「何を呆けている。こちらに来るがよい」
「はい」
言われるままに二人はエレザベスの前に進み出た。
「それで妾に何の用じゃ」
「いえ、お父様からお母さまが私を呼んでいるとお聞きいたしましたので参りました」
「私が? そうだったかのう? ん? その木刀……」
「あっ、はい、お母さまが愛用していたものです」
「そうじゃそうじゃ、思い出したぞ。主らが勇者奪還だか魔王討伐だかに行くというからあげることにしたんじゃったな。それは私が修学旅行で買ったお気に入りじゃ。大事に使うんじゃぞ」
「修学旅行……ありがとうございますお母さま」
「それとは別にもうひとつイリーナに渡した方がいいと思ったものができてな」
「他にもなにかいただけるのでしょうか?」
イリーナは期待に胸を膨らませた。
「そうじゃ。イリーナに例の物を」
メイドが小さな箱をイリーナに差し出す。箱を開けると中には黒い布が入っていた。黒い布を広げると脚型であることがわかった。
「お母さまこれは……タイツですか?」
「違う。レギンスじゃ」
「……なぜレギンスを?」
「イリーナよ、最近兵士たちの間でお主がなんと呼ばれているか知っておるか?」
イリーナは最初なんの話かわからなかったが、すぐに思い出す、自分に向けた奇妙な呼び名を。
「く、黒T姫ですか?」
「そうじゃ。その名の由来は知っておるか?」
「いいえ、なんのことだかさっぱり」
「それはお主のパンツのことじゃ」
――は?
イリーナは硬直した。
「お主、魔王軍の幹部だかドラゴンだかを倒すときに大きくジャンプしたそうじゃないか。その時、地上の兵士たちにはお主のドレスの中が丸見えだったそうじゃ」
固まったままのイリーナの目の前でコトネが手をヒラヒラするとようやくイリーナの活動が再開する。
「いやいやいや、おかしいですわお母さま、そもそも私のパンティ―は黒じゃないです!」
エレザベスとコトネ、そしてメイドたちも揃って首を傾げた。
「姫、何言ってるんですか? 姫の下着はどれも黒のTバックですよ」
今度はイリーナが首を傾げた。
「そんなはずないわ。私黒なんて一着も持ってないわよ。それに、あの日も赤だったはず」
「因みに今日は何色だと思っているんですか?」
「今日は……淡いブルーでしょ?」
「おい」
とエレザベスがメイドのひとりに首でくいっと指示すると、コトコトとイリーナに近寄って思いっきりドレスを捲り上げた。
「ちょーーーーー」
イリーナの声など無視して皆でイリーナのパンツを鑑賞する。
「確かに前部分は青がメインですが後ろは黒ですよね」
「黒です」「黒のTです」「黒のTバックです」
コトネにメイドたちが口々に同意する。
「イリーナ、其方……まさか、自分が履くパンツの後ろ部分を見たこともないのか」
「言われてみれば……」
イリーナはその日履く下着を選ぶと丁寧に飾られたパンティーの中から選ぶ。そして、コトネの手を借りて履くのである。その時にイリーナから見えるのは前側のみだ。だから、イリーナは勘違いしていたのだ。自分は黒Tではないと。
そして今、ようやく黒T姫コールの意味を理解して赤面する。
「姫、気づいてなかったんですね」
「教えてくれてもいいじゃない」
「いや、知ってるものかと」
「知らないわよ」
涙目になりながらイリーナは怒りをコトネにぶちまけた。
「お黙り」
エレザベスの一言でイリーナもコトネも素早く気を付けした。
「そういうわけじゃ。其方はどうせ凝りもせず飛び跳ねてパンツを見せびらかすのじゃろ? それは王族としてあまりに下品じゃ。だからそのレギンスを渡すことにしたのじゃ。どうじゃ名案じゃろ?」
「いえ、でもお母さま、その……」
「なんじゃ?」
「ドレスにレギンスはダサくないですか?」
その瞬間、エレザベスは確かににこやかに笑ったが、部屋の気温は5℃下がった。
「ほう、妾のプレゼントが不満じゃと?」
イリーナは、いや、イリーナだけじゃなくコトネも部屋にいる全てのメイドがガタガタと震えた。
「いえ、お母さま、決してそんなことはありません! お母さまの心遣い感謝いたします」
「そうか。ならば早く履くがよい」
「はい、今すぐに」
イリーナがいそいそと履こうとするが、上手く履けない。なんせ普段からコトネの手を借りているから。
その光景を見てエレザベスはチッと舌打ちをした。慌ててコトネが、メイドたちがイリーナにレギンスを履かせた。
こうしてドレスの下に脛まで隠すレギンスを着用したそれはそれはダサい姫が誕生した。
そんなダサい姫が我が娘であるに関わらずエレザベスは満足そうに笑う。
「どうじゃ、妾があげたレギンスの履き心地は?」
返事に躊躇うイリーナをコトネとメイドたちがキッと睨む。多くの無言の圧力を受けてイリーナは観念した。
「最高です」
エレザベスは満足そうに微笑む。下がった部屋の気温が戻る。
「そうか、ならよい。あー、コトネにも渡すものがあった受けとるのじゃ」
メイド二人係で大きな宝箱を運んできてコトネの前に置いた。
「これは……ありがとうございます王妃様」
「妾の用は以上じゃ。魔王が復活するから妾も遊びまわらぬよう王に言われて不便じゃ。二人ともさっさと旅立って魔王ごとき倒してくるのじゃ」
二人の旅のメイン目的は魔王討伐じゃなく勇者奪還なのだが二人には反論する気など起きなかった。そんなことよりも一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「「はい、必ずや」」
二人は声を揃え良い返事をして足早に恐怖の間を後にするのであった。