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2.姫じゃなくて勇者攫われる

「あ、あれは最上級モンスター『レッドレッドラゴン』。なんで、こんなところに?」

 集められた男のひとりが叫んだ。

「レッドレッドラゴン?」


「名の通り尻尾から頭まで赤いドラゴンです。主に噴火中の山に生息しています。ただ、気になることがひとつ、本来はレッドレッドラゴンは自分の縄張りから出てこないはずです。考えられるのは自分より強い主人に命じられている場合」

 イリーナの問いにコトネが答えるや否や、レッドレッドラゴンの頭から次々と武装した人型の赤いトカゲが降りてきた。


「あの魔物はトカゲーマン。どうやら魔王軍のようですね」

「リザードマンじゃなくて?」


「いえ、トカゲーマンです」

 そして、最後に赤い鱗の竜人が体操の高得点でも狙うように三回転半捻して降り立った。


「ふははははは、ごきげんよう、愚かな人間諸君。我は魔王軍幹部四天王のひとり猛暑日のドラーゲン。早速で悪いが姫はどこだ」

 皆が一斉にイリーナを見た。イリーナの顔は幸せに満ちていた。


「定番の魔王軍に囚われる姫コースきたーーーー。そして、勇者様が私を助けるために冒険に。魔王を大決戦の末倒し私を救出するも私は魔王の呪いで眠ったままの私。呪いを解くために必要なのは運命の相手とのkiss.もちろん運命の相手は世界最強の勇者様。勇者様の熱いkissで目覚める私。こうして二人は永遠の愛を誓う……はずなのに、勇者がこれなのよね」


「姫、下らない願望が声に出てます」

「姫様、私は姫様と永遠の愛は誓えません」


「こっちも願い下げよ」

「ですが、姫様を守ることはできます。そう、このエクスキャリバーで……ってあれ? エクスキャリバーがない!」


「あれは飽くまであなたのエネルギーから作り出された模倣品。エネルギー量にもよりますが1分ほどで消えます」

「ええっ、じゃあ私、勇者なのに今丸腰なんですが!」

 そんなガールズトークを繰り広げる3人をドラーゲンはまじまじと観察し号令をかけた。「間違いないあの麗しき美女が姫だ! お前ら捕らえよ」


 ドラーゲンの発声とともにトカゲーマンたちが一斉にイリーナたちに襲い掛かる。

「うおおおお、姫様と勇者をお守りするのだ」

 護衛兵長の掛け声に呼応し王兵だけではなく勇者候補たちまでもが魔王軍の攻撃を迎え撃ったが、決着は一瞬で着いた。兵士たちはあっという間に吹き飛ばされたのだ。


「うちの兵士たち弱すぎない?」

「まあ、相手は魔王軍幹部直属の手下なので仕方ないじゃないんですか? というか、ぶっちゃけこれは負けイベントです」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ」

 そんなこと言ってる間にトカゲーマンが3人に襲い掛かる。


 イリーナは「キャー」と悲鳴を上げてる割には嬉しそうな顔を隠せていなかった。

「うーむ、間違いない、姫はあの娘だ、あの娘を捕らえよ」

 トカゲーマンたちはドラーゲンの号令で一斉にターゲットを定め襲い掛かる。


「いーやー」

 やはりどこか嬉しそうなイリーナ。しかし、わざとらしい悲鳴をあげるイリーナはスルーされ、


「あれ? あれあれ? なんでこっちなんですか?」

 勇者であるディアへと突撃し、いつの間にか持っていた長―い座布団でディアをぐるぐる巻きにして胴上げして連れ去っていった。


 期待を裏切られた残されたイリーナは真顔で固まっていった。コトネがイリーナの目の前で手をヒラヒラしても固まったままだったのでコトネは遠慮なくビンタをかましてようやくイリーナの活動が再開する。


「ちょっと待ってや、ひとりだけドラゴンって名乗ってるトカゲ!」

「誰がトカゲだ。我は正真正銘、高等種族の竜人だ!」


「うるさいわ! どっちも変わらんわ! そんなことよりなんで姫の私じゃなくてあの女を攫ってるのよ!」

「なんでだと? ふはははは、我をそんな変装ごときで騙せるかと思ったか影武者よ」


「影武者?」

「とぼけなくてもよいよい。貴様が影武者ということは見た瞬間にわかったわ。なぜなら貴様には姫にあるべき気品さがない!」

 ドラーゲンの指摘にイリーナの顔色が変わる。


 そのことに気が付かない男たちは

「確かに初見ならそう思うのも仕方ないか」

「姫には姫らしさが欠けてるというか」


「それに比べ勇者ディアは俺たち男が描く姫像そのもの」

「これはあの赤いのが間違うのもしかたないな、はははははっ」

 っと一同で笑っていたが、直後に悪寒が走り、イリーナから放たれるどす黒いオーラを感じ取って皆が黙った。


「そもそも、なんで姫を攫う必要があるのよ糞トカゲ」

「さっきまで攫われるのにノリノリだった姫がそれを聞くのですか?」

「ふふっ、貴様らにも教えてやろう。ノスノス・ノススの大予言を」


「なんでノスノス・ノススは魔王軍側にも予言してんのよ!」

「100年前、悪い魔女に騙され呪いのリンゴを食べ、我らが魔王セガサタン様は目覚めぬ眠りについた」

「なんで魔王は呑気に悪い魔女から貰ったリンゴ食べてんのよ! どこの白雪姫よ!」


「いったい、どうすれば目覚めるのか。我々の疑問にノスノス・ノススは答えを教えてくれた。次の月と月が重なる日、魔王は美しき姫の口付で呪いから解放され永い眠りから目覚めるであろう」

「ますます白雪姫ですね」


「そして、魔王と姫は永遠の愛を誓い、二人で世界を征服するのでした、めでたしめでたし」

「何がめでたしめでたしよ。大体魔王というか魔物と人間が結ばれるはずないじゃない」

「姫、その発言は異種族恋愛賛成団体に革命を起こされる恐れが」


「ちょ、革命好きなのはわかったから今は黙ってて」

「ふふっ、その点に関してはそこの偽姫と同意見だ」


「誰が偽姫よ!」

「そこで我々は姫を魔物化することに決めたのだ」


「魔物化? そんなことができるの?」

「時間はかかるがな。そう姫を魔物化するのに必要な時間は100日。100日後、すなわち、次の月と月だ!」


「なるほど、100日後に姫と間違えられた勇者ディアは魔物化した挙句、セガサタンも復活するということですね。これは少々困りますね」

「少々なの?」

「少々ですね」


「ふん、強がりを。……それにしても、勇者はどこにいるのだ? 万が一を考え台本を無視して勇者の心を折っておこうと思っていたのだが……それらしきものは見当たらないな。仕方ない、そこのパチモン姫に宣誓しておこうか」

「パチモン……姫?」


「そう、パチモン姫、どう足掻いても姫という高貴な存在にはなれない上位カーストグループにいるけどよく見ればそんなには可愛くないよねーって言われそうな貴様に伝言を頼もう」

「ほうほう、姫である私を連絡係に」


「まだそんな嘘を吐くか、パチモン目め、醜いな。まあ、いい勇者に伝えろ、この絶世の美女である麗しき姫を人間のまま返してほしければ100日以内に魔王城に来るがよい。その時は、セガサタン様が復活する前に魔王軍最高幹部四天王のひとり猛暑日のドラーゲンが直々にセガサタン様の小さな不安要素を取り除いてやろう。それでは、さらばだ愚かな人間どもよ、そして残念なパチモン姫よ」

 去り際のセリフを述べたドラーゲンはレッドレッドラゴンに飛び乗ろうとした。


「うん、そろそろ私も我慢の限界かな」

 その声はドラーゲンのすぐ後ろから聞こえてきた。ドラーゲンが振り向くと一瞬で移動した不気味なほどの笑顔のイリーナが立っていた。

 イリーナはドラーゲンの首根っこを掴むと思いっきり後方にぶん投げた。


「コトネ、なんかあいつをボコす武器」

「はっ」

 コトネも一瞬でイリーナの横へと移動し、愛武器ボックスを差し出した。


「な、なんだ貴様は? ありえない私の背後を一瞬でとるなんて」

 イリーナはドラーゲンの戯言など無視して愛武器ボックスに手を突っ込み、武器を取り出した。

 イリーナが出した武器はイリーナに負けず劣らず禍々しいいオーラを放っていた。剣に似ているが微妙に違う、そうこの国にはないはずの刀であった。


「あ、あれは……」

「デェスケさん知っているんですか?」


「ああ、なんて恐ろしい物を引き出すんだ。あれは妖刀『雅治』」

「政宗じゃなくてですか?」


「違う雅治だ。妖刀雅治は刀鍛冶雅治が隣の刀鍛冶が作り上げた名刀政宗を求めて間違えて訪ねてきた客たちの謂れのない文句による苛立ちと純粋な政宗への嫉妬で生み出された妖刀だ」

「なんか悲しい妖刀ですね」


「しかし、その切れ味は本物、特に嫉妬心による醜い心を持つ持ち主との相乗効果は絶大だ」

「要するに姫の心は醜いと?」

 コトネとデェスケの会話を聞き逃さなかったイリーナの紅く煌めく目玉がギロリと動きデェスケを見据えた。


「いえ、ただ単に姫様が強い武器を引き寄せただけだと思います」

 デェスケの弁解を受けイリーナの目玉の先はドラーゲンに戻された。


「な、なんだこの圧は! ありえん! 人間が放ってよいオーラではないぞ!」

「お頭、そのパチモンなんかやばいです、早くこっ」

 レッドレッドラゴンに既に乗り移っていたトカゲーマンのひとりが喋っている途中に額から血を吹き出し崩れ落ち、そのままレッドレッドラゴンの背中から落ちていった。


「ト、トムーーーー」

 ドラーゲンの叫び声が響く。どうやら、倒れたトカゲーマンの名前のようだが、当然返事はなかった。


「貴様、何をした」

「飛ぶ斬撃を知らないのか?」

 ドラーゲンの背筋が凍った。しかし、それは一瞬で即座にドラーゲンは叫んだ。


「お前ら、ここは我に任せて先に行け。この化け物は我が喰いとめる」

「そ、そんなお頭無茶だ」

「そうだお頭、そいつは異常だ、ひとりじゃ無理だ」

 部下たちの声を遮るようにドラーゲンは叫ぶ。


「お前ら! お頭である我の命令が聞けないというのか」

「お、お頭……でも」


「なーに、すぐに追いつくさ」

「お頭……うおー、お頭の命令だ、飛べ、飛ぶんだレッドレッドラゴン」

 涙ながらにトカゲーマンのひとりが叫んだ。レッドレッドラゴンも大粒の涙を零しながら大きく翼をはためかせ一気に上昇した。


「ふん、馬鹿どもが元気でな」

 ドラーゲンの目からも一筋の光が流れ落ちていた。


「茶番は終わったか?」

 イリーナの冷たい声が響く。


「ああ、待たせたな」

 ドラーゲンは涙を拭うと腰に携えていた月円刀を抜き、構えた。



(魔王様、申し訳ないどうやら俺はあの日のの約束を果たせそうにありません)

 ドラーゲンは思い返す魔王との約束を。


【あれは魔王が深い眠りに入る数日前のことであった。ドラーゲンは魔王の部屋に呼びだ「させるかーーーーーー」】


 イリーナはドラーゲンの回想を強制終了させた。


「何をするのだ貴様、なんか意味ありげな私と魔王様の思い出話に割って入るとは!」

「何人たりとも私の前で回想は許さない!」


「すみません、姫は回想はテンポを悪くするからNG派なんです」

「そういうことよ。回想シーンはなしでやり直しよ。……茶番は終わったか?」


「えっ? あ、ああ待たせたな」

 再びドラーゲンが月円刀を構え直す。


「ならば死ね」

 イリーナがドラーゲンに飛び掛かる。


「これじゃあどっちが悪役かわかりませんね」

 コトネがそう呟いた次の瞬間には、決着は着いていた。


 イリーナの攻撃。ドラーゲンに3987のダメージ。イリーナはドラーゲンを倒した。


 ドラーゲンがせっかく抜いた月円刀は一度も振るわれることはなかった。ドラーゲンにはイリーナの速さを捕らえることはできなかったのだ。


 気が付けば、ドラーゲンは上半身と下半身で二分され崩れ落ちた。

「お、お頭―――――――」

 レッドレッドラゴンの上で部下のトカゲーマンたちが一斉に叫んだ。その叫びに反応するようにレッドレッドラゴンをイリーナが睨む。


「逃すか」

 イリーナはそう呟くと大きく跳んだ。しかし、既に飛び立っていたレッドレッドラゴンには遠く及ばない。


 場内に残された男たちは跳んでいったイリーナを見上げ口々に呟いた。

「これはいくら何でも届かないか」

「黒か」


「さすがに遠すぎるな」

「黒のTだな」


「黒T、勝負用だな」

「いいな、黒T、ファンになったぜ」


「もう少し早く跳んでいれば」

「黒T……姫様、好きです」

 男たちのつぶやきを遮るようにいつもよりも少し大きい声でコトネが言う。


「皆様御安心を、姫は……」

 コトネがそう言っている間に空中でもう一度見えない地面を蹴るように跳びあがる。


「空中で3回ジャンプできます。そして……」

 再びイリーナは大きく跳びレッドレッドラゴンの背後まで迫った。


「姫は基本黒のTバックです」

「うおおおおお」「うあああああ」

 男たちの雄叫びとトカゲーマンの悲鳴が共鳴した。


 そして、イリーナの雅治がレッドレッドラゴンに襲い掛かる。雅治はレッドレッドラゴンを一刀両断する……はずであった。しかし、トカゲーマンたちの悲鳴で危険を察したレッドレッドラゴンは涙ながらに急加速した。結果、雅治はレッドレッドラゴンの尻尾を切ることしかできなかった。


 レッドレッドラゴンは尻尾が切断され「キィイエエエエェェェエ」と大きな悲鳴とを上げてさらに加速する。


 イリーナは「チッ」と舌打ちしてもう一度跳んでレッドレッドラゴンへの追撃を諦め城へと舞い戻った。


 取り逃がした悔しさを滲ませるイリーナとは対照的に、盛り上がる男たちが声を揃えて騒いでいた。

「黒ティー姫万歳! 黒ティー姫万歳! 黒ティー姫万歳!」


「コトネ、このコールなんなの?」

「姫は気にしないでください」

 一向に鳴り止まないコールにイリーナは呆れたようにため息を吐いた。


「それで、勇者が攫われたけどどうするの?」

「ええ、そのことなんですが……」

 コトネがチラリと視線を向けた先にはイリーナの父国王が立っていた。


 おっほんとわざとらしい咳をするとコールがぴたっと止んだかと思ったが、デェスケだけが「くろ」まで言ってしまったあとに黙った。

「娘よ」

「はい父上」


「娘イリーナに告ぐ」

「えっ? はい」


「其方を我が国の勇者代理に任命する」

「はい?」

 国王はイリーナの手を握りしめると高々と掲げた。


「イリーナよ、勇者代理として勇者を救い出すついでに魔王を倒してくるのじゃ」

「私が勇者救出? ついでで魔王を? ちょ、お父様、なんで姫であるか弱い私が?」


「だって、魔王軍最高幹部を一撃で仕留めたじゃない」

 国王の言葉に皆がうんうんと頷く。


「でも私は姫ですよ。勇者じゃありません。魔王を倒すのは勇者の仕事じゃないですか?」


「まあまあ、魔王さえ倒せれば勇者とか姫とかどうでもいいじゃないか。改めて、


姫、強いんだしちょっと勇者救出のついでに魔王を倒してきて、


じゃ」


「タイトル意識した言いなおししないでください」


「というわけでイリーナよ、明日の勇者様、あっ、勇者様代理いってらっしゃい会の後勇者救出及び魔王討伐の旅に出るのだ」

「本気で言っているのですかお父様」

 イリーナの言葉をかき消すように男たちが祝福の言葉を叫んだ。


「おおっ、勇者代理黒T姫の誕生だ!」

「頼んだぞ勇者代理黒T姫!」


「うおおおお、勇者代理黒T姫、ばんざーい」

「ばんざーい」「ばんざーい」


 あっという間に万歳の渦に包まれていった。


「な、なんでこんなことに」

 イリーナの肩をコトネがポンっと叩く。


「姫、諦めてください」

 こうしてイリーナの魔王討伐兼勇者救出の冒険に出ることが決まったのであった。



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