うすら恐い 旅人の風景3
【 二十一 八重山 】
眺めれば、幾重にも山々が重なっている。青い稜線が遠くまで続いている。
足元には白骨が転がっている。
山に食べられた者たちだ。
【 二十二 告げる小鳥 】
背負っていた商い箱を下ろして、木陰で休んでいたら、一羽の小鳥が飛んできた。箱に留まる。瑠璃のような小鳥はさえずる。
「テッペンナワカケタカ、テッペンナワカケタカ」
何か違うような気がする。
【 二十三 川渡し 】
「お前ェぐれェだよ。俺に川渡しを頼むんわ」
男が棹差す。舟は滑らかに水面を進む。
「そうかい? 舟賃はどこまでも六文だろ」
「違ェねェ」
三途の川渡しが嗤った。
【 二十四 値切り 】
「高い」
豪華な衣を着た官吏が言った。
「もっと安くならぬのか」
「しかし、上質の鐡を使っておりまして。これ以上は、まけられません」
指を二本立ててみせると、官吏は首を横に振った。
「高い。高いぞ」
遠路遥々呼びつけておいて、さらに値切るかこの野郎。
「それなら、特別に組み紐をお付けしましょう。金棒の柄に巻くとよろしい」
商い箱から紅い組み紐を取り出せば、官吏は顎鬚を手で撫でる。爪が鋭い。
「一本では話にならん。十本だ」
「……強欲は地獄に落ちますぞ」
思わず口に出た。
「何を言う。此処が地獄ぞ」
赤鬼の官吏が鼻を鳴らした。
【 二十五 さかづき 】
天には寒月。曇りなき銀鏡。
吐く息が凍る。衣を重ねても冬の夜は寒い。
崖からせり出た岩の上は、月光に白く染まっている。胡坐をかいて、手にした盃を掲げれば、酒に月が映る。
「よき夜に」
逆月を飲み干す。
【 二十六 商人 】
「商人さん」
市の辻で呼び止められた。粗末な麻衣の、黒髪を一纏めにした少女。
「ねえ、薬は商ってない?」
「あるっちゃあるが、そこに薬師の露天があるだろう」
路に並ぶ露天商のひとつを指差す。そうだけど、と少女が項垂れる。
「高くて買えなかったの」
「何の薬が入用だ?」
「咳止め。おっかさんの咳が、ずっと止まらないの」
「咳止めか。あるな」
背負っていた商い箱を道端に下ろし、しゃがみ込んで引き出しを開ける。蛤の入れ物の中に、黒粒が六つ。
「いくら? これで足りる?」
少女が懐から小袋を出した。逆さに振り、手の平の上に銭を乗せる。
「足りないな」
咳止めを引き出しに戻せば、少女が腕を掴んだ。
「じゃあ、あたしで足りる?」
「……本気かい?」
こくんと少女は頷いた。
「今度は釣り銭が出るな」
「薬と一緒に、おっかさんに届けて」
家は何処其処だから、と少女は言う。
「生憎と、見合う量の釣り銭を持ってない」
「商人さんなのに?」
少女の大きな目が瞬く。
「両替が面倒なんだよ」
意味がわからなかったらしい。小首を傾げる。一纏めにした黒髪がさらりと揺れる。
「そうだな。その髪を対価としてもいいぜ」
「これ?」
少女が掴んでいた腕を離し、代わりに自身の黒髪を手にした。
「うん。いいよ」
「商談成立だ」
商い箱から鋏を取り出す。少女の項の辺りで刃を鳴らせば、黒髪の束が手に残る。箱へと仕舞い、代わりに蛤の入れ物を少女に握らせる。
「一日一粒。晩に飲ませな」
「うん。わかった」
少女が小袋に蛤と銭を入れた。
商い箱を背負って立ち上がる。
「じゃあな」
少女が微笑む。
「ありがとう、聖人さん」
それはない。
【 二十七 河原にて 】
翁が釣り糸を垂れている。
「釣れますか?」
「粘っているんだがねえ」
傍らの魚籠は空だ。
「まあ、二百年以内には釣れるよ」
「気長ですね」
「買い取ってくれるかい?」
「川主だったら考えましょう」
「ほい、ほい」
翁は川面を見つめている。
【 二十八 ある晩夏の風景 】
昨日まで鳴いていた蝉が、無音で地面に転がっている。
【 二十九 黄金の原 】
見渡す限り一面に、実った稲穂が揺れていた。
「豊作か」
稲荷狐たちが稲の間を駆け抜ける。
【 三十 尼寺 】
宿を一晩請うた。
尼寺だったので断られるかと思ったが、あっさり堂の中へ通された。
不用心だと思って訊ねれば、齢を重ねた比丘尼は言う。
「昔、その箱を背負った商人さんに会ったことがあるのですよ」