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魔法学校家庭科教授と九尾  作者: おひさまびより
3/3

はじまり 3

「お疲れ様です、先輩」

 

学校の職員室にて、全ての用事を片付けたファーストは帰り支度をしていた。


「お疲れ様です。アラニア殿はまだ学校に残るのですか?」


 アラニアと呼ばれた老人は「ええ」と微笑む。

 ウィザートル・アラニア。齢70を超えているが、三年前に魔法学校の教員になったばかりのファーストの後輩。

 いつも穏やかな笑みを浮かべて、わずかに金が混ざった長い白髪を一本の三つ編みにして肩に垂らしている。その長い指には、黄色のコンフェイトのようなものが施されたリングがはめられている。


「まだ片さなければならない書類が残っていましてね」

「よければ手伝いましょうか?」


 ファーストの申し出に、ウィザートルは首と前に出した両手を左右に振る。


「いいえ、すぐに終わるものなので大丈夫です――おや、それは?」


 ウィザートルの視線が、ファーストの机の上に置かれた黒い小箱に向けられる。

 くじで一等賞を当ててもらったものだと話すと、ウィザートルは声を高める。


「一等賞!! すごいですね!! 何を当てたんですか!?」

「……まだ、確認していない」

「そんな! あのぅ……もしよかったら、私が箱を開けてみてもいいですか?」


 好奇心で目を輝かせながら、祈るように手を組むウィザートル。

 その姿から、ファーストは尻尾を振って、おやつを待つ犬を連想した。


「どうぞ。どうせろくでもないものでしょうし……欲しいのであれば、もらってください。では、私はこれで――」


 話している間に帰り支度を済ませたので帰ろうと、職員室の扉に手を伸ばすが。


「わぁぁっ!!」


 ウィザートルが叫びを上げたので、慌てて彼の元に戻る。


「ほら、アラニア殿。私の言う通りだっただろう。あの馬鹿め、くだらぬイタズラ道具でも仕込んだんだろう――」


 しかし、ウィザートルの次の言葉は思いがけないものだった。


「……これはすごいですよ。先輩」


「すごいだと?」蓋を手にしたまま茫然としているマーリンの傍らから、箱の中を覗き込んだファーストも一瞬言葉を失った。


「白い獣」がいた。


「狐――? いや……違う」


 白い狐だと思った。しかし、獣の九つの尾が、ただの狐ではないと証明していた。

 獣は体を丸め、多くあるうちの一本の尾に顔を押し付けて眠っている。


「これは、九尾ですね」


 ウィザートルが獣の正体をズバリと断言した。

 彼の瞳からは好奇心の輝きが消え、代わりに深い知性が感じられた。


「九尾はアジアに生息する妖怪ですね。遠く離れたこの地で見ることが出来るなんて、思ってもいませんでした」

「妖怪……確かグリフィンやドラゴンのように、人間が架空の生物だと思い込んでいる類だっただろうか……」

「その通りです、先輩。ですが妙ですねぇ……本には九尾は人を乗せられる程、大きい体躯をしていると記述してあったのですが……」


 小箱の九尾は、うさぎ程の大きさだ。

 ウィザートルは九尾に視線を向けたまま、言葉を続ける。


「――それで先輩、九尾を飼うんですか?」

「飼う? そんな気は毛頭ありませぬ! すぐにマーリン……店主に返してきます!」


 何がくじだ! 単なる押し付けではないか! これなら、くだらないものが賞品であった方がまだよかった!

 心の中で文句をぶちまけるファースト。


「……ん? 誰だ、こんな時に!」


 ファーストはズボンのポケットの中のスマートフォンが震えていることに気づいた。

 スマートフォンの画面には発信者の名前ではなく、知らない番号が表示されていた。仕事に関係している人かもしれないと、応答のボタンを押す。


「はい。ファーストだ――」

『ハロハロ! 教授――!!』


 明るく大きな声の主が、今まさに乗り込もうとしていた店の主人、マーリンだとファーストはすぐに悟った。

 たちまちファーストの頭の中は、驚きと怒りでいっぱいになる。


「どうして、私の番号を知っているんだ!?」

『んー、それは秘密だなぁ。――で、教授、賞品を見てみたか? どうだ? 俺が言った通り、くだらないもんじゃなかっただろ』

「ふざけるな! 何が賞品だ! 生物ではないか!」


「まぁまぁ」とウィザートルは、怒鳴るファーストを宥める。

 小箱の中の九尾は、相変わらず眠ったままだ。


「とにかく、今から店に行くからな!」

『あー、そいつは無理だ、教授。俺、今エジプトに向かっているんだ。商品に使えそうな本を探しに、しばらくアフリカとアジアを巡るつもりだ』

「なら、この獣はどうするんだ!!」

『飼えばいいじゃないか。もしくは、シチューの材料にするとか? まぁ、面倒見のいい教授はそんなこと絶対にしないって信じているけどな』

「……マーリン」


 ファーストが反論する言葉を探していると、再び好奇心で目をキラキラさせたウィザートルが、


「先輩、先輩! どうやって九尾を入手したのか聞いてくれると嬉しいです!」


 はしゃぐように言った。マーリンの大きな声が、電話から漏れていたようだ。


「この前、本を買いに来た客がいたんだが……持ち合わせが足りなかったんだ。そんで、客が足りない分の代わりに、九尾を寄越したってわけさ!」


 ウィザートルの言葉を聞いたマーリンが疑問に答える。

「ありがとうございます!」と、ウィザートルは声を張り上げた。


「もらったのはいいが……ちっとも俺に懐かねぇし、仕事上家を空けることが多くてな……里親を探していたんだ。そんな時に、教授が来てくれてな……」

「まさか……くじの賞品というのは……」

「もちろん嘘だぜ! どの賞を引いても、例えハズレでも九尾をプレゼントしていたぜ!」

「誇らしく言うな!」

「――――話を戻すが、教授。九尾をもらってくれるな?」

「…………」


 飼うか捨てるか。ファーストに後者は選べなかった。

 外に放り出したら、あの小さな九尾は衰弱死するか、鳥や獰猛な獣の餌になってしまうだろうとファーストの胸に重苦しい気持ちが広がった。

 ファーストは深く息を吐き、

「…………預かるだけだ。お前が店に戻る間だけだからな」

「ありがと! 教授、愛してる!」


 チュッと電話越しにキスと投げかけられ、ファーストは悪寒を感じた。尚も「教授、マジで結婚して」「今度会ったら、本当のキスをお見舞いしてやるぜ」とほざくので電話を切った。

 そしてもう一度、大きく息を吐いて、ウィザートルを見る。

 彼は壊れ物を扱うかのような優しい手つきで、九尾に触れていた。


「……よければ、里親になりませんか?」

「なりたい……って言いたいんですが、私、昔から飼育と料理がとてつもなく苦手でしてね。子供の頃、学校の課題で飼ったメダカを数時間で死なせてしまいました……」


 ファーストは引きつった笑みを浮かべるウィザートルに、


「…………九尾に関しての知識を教えてくれ」


 と言った。


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