一般常識
王都から少し外れた森の中、幾重にも張り巡らされた結界を通り抜けると俺の実家がある。
母はあまり人との付き合いをしたがらない。というか、人嫌いなんじゃないかというほど知り合いはいない。
俺はこの12年で、街に出るまで母以外の人にはあったことがなかった。
「ただいま〜」
家の庭まで入ってきて、少し大きめに声を上げる。
この前帰ってきたのは一ヶ月ほど前だった。庭に建った小山の散らかりようから、家の中が散乱している事は簡単に想像出来る。
「あ、そっちの飛び石の上は通らない方がいいぞ?」
フローラに注意して、回り道で玄関へと向かう。
玄関へと続く飛び石には、母さんの仕掛けたトラップがある。身体拘束や麻痺毒、幻惑の魔法陣なんかが敷かれている。
どれだけ他人を拒んでいるのかは知らないが、子供の頃知らずに通って痛い目を見た。
せめて子供には教えておいて欲しかったが、お陰で俺も魔法陣には敏感になった。
「何故こんな回り道を?」
「当たり前に通りそうな道にはトラップが仕掛けてあるんだよ。」
「トラップですか・・・?」
少し疑問そうだったが、それ以上は何も聞かれなかった。なんとなく察してくれたんだろう。
「うわ、今回は玄関から凄いな」
玄関を開けるとゴミが散乱していた。棚に置いてあった靴がボロボロと転がり落ち、一束だけ綺麗に揃えて置いてある。
大方履きたい靴を探した挙句、他の靴を仕舞うのを面倒くさがったのだろう。ゴミは裏庭の滅却炉で消失させるが、集めた所でやる気をなくしたのかな。
この分だと、部屋の中も相当だな。
「かえったぞー」
俺は家に入るとリビングへと向かった。
フローラも無言で付いてくる。
「おかえり〜、今日はどうしたの?」
気だるそうに部屋のソファーで横になる母は、首だけ動かして俺を見た。
のんびり暮らしたいとは言ってたけど、のんびりし過ぎ。
ある意味ハッチャケ過ぎなんじゃなかろうか?
案の定、部屋も荒れ放題だ。出したものは片付けてってあれほど言ってるのに、使ったものや脱いだものをほっぽっている。
真夏というわけでもないのに下着だけの姿だ。
「母さん、そろそろ片付けられる様になりなよ。」
「いいじゃない。その内やるから大丈夫!
で、どうしたの?女の子なんて連れてきちゃって。結婚でもすんの?」
「しないよ!」
とりあえず、片付けでもしながら説明するか。まずはゴミからだな。
《パチン》
右手で指を鳴らすと、部屋に散らかったゴミが消える。
「ちょっとやらかしちゃってさぁ」
「何やらかしたの?盗みでも失敗しちゃった?」
《パチン》
次に洗濯物が一箇所に集まる。
「盗みって、俺のやってること知ってたの?」
「知ってるわよ。お母さんを舐めないでほしいわね。」
昔からデタラメな人だからそこまで驚きはしないけど、まさかバレてたとは。
《パチン》
散らかった物が元の場所に戻る。
これで粗方片付いたな。
「城に盗みに入ったんだけど、厄介な事になってね。」
「アンタも大変ね。盗むなら、バレない様にやりなさいよ?」
親としてその発言は大丈夫なのか?まぁ変に叱責されるよりは気持ちは楽なんだが。
「それでちょっと旅に出てくるから。しばらく片付けには帰ってこないよ?」
「わかった〜。いってらっしゃ〜い。 」
理由も聞かないんだな。ある程度想像はしてたけど、あっさり過ぎだろ。
ま、いいけど。
「んじゃ。最後の片付けと、それを言いにきただけだから。」
フローラは無言で後ろに控えている。が、部屋を目だけ動かしてキョロキョロと見ている。
部屋があっという間に片付いた事には驚いている様だ。
収束魔法陣や転移魔法なんかを複合して使ったからな。何が起こったかわからないのも無理はないだろう。
誰でも簡単に出来るだろうが、指を鳴らす事で意識をそらす。そして魔法を発動する為の対象の指定は、俺の裁縫のスキルによって正確に定められて、一度に発動可能だ。魔力で作った極細の糸でそれぞれを繋ぎ合わせることで、対象を固定して発動する。
だから同じ魔法でもどうやったのかはわからないだろう。
これでも怪盗なんでね。やる事はバレない様に鮮やかにやるさ。
「あ、そうだ。旅にでるなら言っとく事があるわ」
「なに?」
「悪者以外は極力殺さない様に気をつけなさいよ?」
「殺さないし!」
いきなり何を言いだすかと思えば。俺は盗みはするけど命まで奪うつもりはない。それに、そんな簡単に人を殺せると思ってるのか?さらに言えば、そんな格好で諭す様な事を言っちゃダメだろ。
「あと、なるべく一般常識を学んできなさい。」
常識のなさそうな人に言われてもなぁ・・・。
でもグダグダやってる暇もないし、反論するのも野暮だな。
「わかった」
「そちらのお嬢さんも、リアンをよろしくね。」
「かしこまりました。」
「それから、にゃ助もね。」
《ニャ〜》
そして、俺たちは家を後にした。結界を通り抜けて、再び元の森へと帰る。
しかしここから向かう先は王都と反対方向だ。
五大英雄の一人、ウォーリアの故郷であるルルフトラ火山周辺の村を目指す。封印のカケラ、五英宝具の一つがあるかもしれない。
五英宝具のうちの一つは勇者の聖剣。これは王家が隠し持っている。俺がブリアノーレの宝玉を持っている。
探し出すのはウォーリア、ヒーラー、アーチャーの持っていた宝具だ。
封印のカケラは宝石のカケラのような物かと思っていたが、そうでもなさそうだな。
ウォーリアはルルフトラ火山周辺の地域で生まれ、そしてそこで生涯を終えたと伝え聞く。
アーチャーは蜃気楼の塔でその生涯を終えたと伝えられるが、これについては情報不足だ。
ヒーラーに至っては全く情報がない。
なので、まずは場所の定まりやすそうなウォーリアの宝具を探す事にしたのだ。
最初の目的地は王都から歩いて1週間程度の距離だ。なんとかなるだろう。
母の教育のお陰で世界地図は頭に入っている。進む先はペガという村。
ウォーリアの生まれ故郷だ。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
歩き出そうとした俺の足を、フローラが止める。
「先ほどのお片づけは、魔法でしたか?」
どうやら気になっていた様だ。
「そうだな。発動方法は企業秘密って事にしとくけど、収束魔法と転移魔法を使ったのさ。あと、簡単な消滅魔法だな。
一度には難しいかもしれないけど、魔法自体はフローラでも使えるだろ?」
魔法に見えない様にしているだけで、誰でもできる魔法だ。
一度に複数を対象として選択する事は難しくとも、順にやっていけば簡単だ。
「いや、無理ですよ?」
「またまたぁ、簡単な魔法じゃないか」
「簡単かどうかは知りませんが、少なくともそんな魔法は使えません」
「え?」
いや、だって母さんからこれくらい出来て当然と言われて8歳くらいには覚えた魔法だぞ?たしかに覚えるために苦痛を強いられた記憶もあるけど、一般的に使えるんじゃないのか?
あれか?フローラは魔法がからっきしって事?
「そっか、フローラは魔法は苦手なのか。苦労してんだな・・・」
「たしかに私は魔法が苦手ですが、王宮魔導師でも転移魔法なんて使えませんよ?
伝説上の魔法です。ましてや消滅魔法だなんて・・・。
お母さまが常識を覚えろと仰られた意味が、わかった様な気が致します」
フローラは細い目をして俺を見ると、何やらため息を吐いた。
俺も少し混乱する。
転移魔法って伝説上の魔法なの?
確かに人を転移するのはかなりの魔力を使用するけど、まさか・・・母さんに騙された!?




