第二話『陸の潮流』
組織の高層ビル内に存在する一室。
普段は会議室として使われるだろう其の部屋に呼びつけられた俺は、緊張でカチコチに固まり、足が震えるのを我慢しながら、呼び出した張本人と対峙していた。
黒目黒髪の鍛えられた肉体の五十代男性。
しかし、威圧感や気配。目付きからすれば、堅気ではなく確実に命のやり取りをしてきたであろうと分かる。絶対強者の風格をした人物。オールバックとスーツ姿が堅気の人間には、決して見えない。普通に怖い。
「やぁ最部君、久しぶり。君が入社して以来だから、三ヶ月ぶりぐらいかな。どうだい、仕事には慣れたかな」
「え…それは……はい、可もなく不可もない感じです」
此の人こそが、俺の直属の上司である。
連合東北支部局情報統制部長=極 士郎。
基本的には営業などの組織運営には関わらない代わりに、現場作業員達を司る頂点とも言える人だ。依頼の受注や正規雇用者への仕事の割り振りなどを指示している御偉いさんである。
その威圧感から「え?それは、嫌味ですか」と聞き返しそうになるのを呑み込んで、取り敢えず俺は曖昧に無難な返しをしておく。物腰柔らかなのに、正面に立つだけでちびりそうになるとは此れ如何に。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、極部長は微笑んでいる。その笑顔も腹が読めずに怖いです。
「まぁ、確かにやる事の少ない所でもある訳だし、上司となる俺も忙しく。顔を見せられないのは、確かに申し訳なく思っている所なんだよ」
「ええ…はぁ…まぁ」
極部長の本心が何処にあるのか、俺には分からない。
と言うか業務内容を知っている彼からすれば、やる事が少ない所では無いと言う事ぐらい知っている気がするので、本当に部長の本心が分からない。会っていな過ぎて、どのような仕事振ったか忘れてるのではなかろうか。
「そして、君は此の業界については疎い筈」
更に続けた部長の言葉に、俺は少し口を噤んだ。
俺が所属する組織は、昔から存在する由緒正しき者達が営んできた組織だ。詳しくないのが普通ではあるし、入って三ヶ月の俺が疎いのは当然である。だが、部長の言葉には他の意味が含まれているのを感じ。
苛立ちにも似た感情が胸の中で、燻り。
自然と目が、睨むような半目へと変わる。
「……その通りですね」
「だから、君に部下を着ける事にした。安心してくれ、君と同い年の青年だ。きっと気が合うだろう」
それを聞いて、脳裏に過ったのは『監視』の二文字だった。けれど、別に組織単位の大それた事件は発生していないと俺は記憶している。それに、俺が取り扱っている資料も黙する物はあるけれど、他の組織と接触した事もないどころか完全な一般人が俺である。
何か知らず知らずのうちに巻き込まれ、俺は嫌疑を掛けられているのだろうか。
やはり、部長の真意が全くとして、読めない。
もし監視なら、もっと影に隠れてやるものだ。
情報漏洩を避ける為の牽制だったとしても、クソ雑魚野郎の俺へと部長が直接声を掛けるだけで済む事で、回りくどく監視を着けるより解雇した方が楽な筈。
単純に増援も不要だし、望んでもいない。
そもそも、やる事がないのに人員追加とは……謎が謎を呼び、若干の恐怖と様々な疑念が生じる。それとも俺の他に一般人を追加……ではないな、業界に疎くないと言う事はある程度の実力者だ。胃が痛い。
しょうがない。一回、ちゃんと聞いてみよう。
ニコニコと怖い顔に微笑みを貼り付ける部長に、俺は意を決して真意を問う事にした。何を望んでの人員の追加なのか、それをハッキリさせたい。
「正直な所、一人でも手は足りています」
「ああ、知っているとも」
「では何故、人員の追加を? もし、私に何かしらの疑いが掛けられているのなら、身の潔白を主張させて頂きたいです」
部長は俺の言葉を聞いて、不思議そうな表情を作ると次に悩むような表情を作り、諦めたように溜め息を吐き出すと、軽く自身の頭を掻きながら口を開いた。
「安心してくれ、最部君。俺は君へと何の疑念も抱いてはいない」
「では、何故?」
「今回問題を起こしたのは、君の所へと配属される事になった部下の方なんだよ」
何処か申し訳なさそうにしている部長の姿と、最初に部長が語らった風を考えると俺にその部下に良いイメージを持った状態で会って欲しかったのだろうと予想がつく。それか、部長なりにした小心者の俺への配慮だったのか。
はぁ……聞かなきゃ良かった。
俺は取り敢えず、痛み出した胃の辺りを摩る事にした。明日、此処に来たくねぇぇえ!