第十八話『猛進的な信者』
一寸の先すら覆う闇を、隊が突き進む。
轟々と鳴り響く。
その足音には統率性はない。
その隊には二足で駆ける者を始め。
四足一足と足の数からして統率性などありはしない。しかし、そこ集った者達の瞳にはどこか浮かされたような妖しい意志の炎と熱が揺らいでいた。
『羅吼とは、本物の化け物らしい。』
最部 俊一は、
その光景を前に、内心で毒吐いた。
その言葉には、畏怖にも似た感情が乗っていた。
万力の膂力を有した知気ある妖魔を言葉巧みにまとめ上げ、統率してみせる手腕。妖魔とは現象に近い者から、人に近い者まで幅広く。まとめ上げるなど尋常の沙汰ではない。
羅吼とは妖魔である。そう言った存在なのだからと纏めらる事も可能だろう。けれど、その存在に底気味悪さを覚えずにはいられない。
最部 俊一は、
『宵闇の世界』で魔導に通じた者である。
だからこそ、世の理に知っている。
いや、より詳しく語るなら最部こそ『出来ることは出来。出来ないことは出来ない』と言った線引きを、突き詰めていった者の一人であり、魔導関連の一線にいると言える。
だからこそ、
理知の内にありながら、外に近い。
羅吼という存在に、複雑な感情を抱いていた。
神輿が揺れる。
ふと最部が横を見ると、隣に座した軍服姿の妖魔が自身の顔を覗き込んでいるのに気がついた。薄暗闇の先で微笑んだ妖魔は、やはり人とは違く。病的なまでに白い肌をしており、見た目は人に近くとも妖魔なのだと否が応にも理解させられる。
『そうだな。
俺にとっては、妖魔も人も対して変わらない』
燻るような苛立ち。焼け爛れたように臓物に居心地の悪さにも似たムカつきが湧くーー最部 俊一は、自然と懐にしまった本を握り締めていた。
彼の本懐こそ、その本の中にある。
◇◇◇◇
羽虫が集った霞は壁のようである。
それを人外達は物ともせずに蹴散らし、躊躇なく猛進を続けながら、一切として進軍速度を落とす景色はない。なるほど、化物だ。
飛び散った羽虫の残骸やら体液やらが、神輿の上にまで吹きかかり。息すらまともに出来ない人間の俺とは、身体の作りから違うらしい。妖魔だからね。仕方がない。クソ汚ねぇ。
「ふっ………それにしても。
人間の中にも羅吼姫様の素晴らしさを理解できるような者がいるとは。 あのテレビ?とか言う箱で、世迷言をほざく下等生物以下のクズ共にも爪の垢を煎じて飲ませるべきだろう」
「はははっ」
神輿の上には、俺の他にもう一人いた。
その兵藤 日輪と語った妖魔は、人に近い。
けれど、やはり人間とは違った雰囲気を纏っており。片手に持った短剣がついた銃は、いつでも臨戦態勢へと移行できる緊張感を張り詰めている。戦闘好きな妖魔なのだろうか。
彼の話を話半分で聞いていたが。
それだけでも、頭おかしい事は理解できた。
だが『五百山 羅吼』を褒めておけばいい。
ロリババァって言った後に、口八丁で褒め言葉なのだとゴリ押していなかったら、きっと俺はもう此の世にはいないだろう。多分、信仰心強すぎて羅吼以外の思考回路が後退しているのだろう。
……俺は、やばいカルト教団に目を付けられてしまったのかもしれない。
「最部 俊一。
貴様は我らが過ちを正し、我らが親愛する絶対存在である羅吼姫様の今の姿こそ、正しき御姿なのだと教えてくれた。感謝する」
「なに……俺が言った事は、羅吼姫さまの素晴らしさを理解しうる、君達の存在あってこそだよ」
ロリババァって、悪口じゃないだなぁ〜。
俺にはちょっと、よく分かんないなぁ〜。
妖魔とは年齢と姿が比例しない。
その中でも『五百山 羅吼』の姿は、成熟しきった女性とは程遠く。言動と容姿には大きな隔たりがある。影でロリババァなどと揶揄される程に幼い見目をしているにも関わらず、人間とは比べ物にならない月日を生きているとされる。
だから『ロリババァ』で間違いない。
そして、その言葉は蔑称に近い。
俺も当初は、侮蔑の意味合いを込めての言葉として利用した。彼女の言動は容姿にそぐわず、ちぐはぐであり。彼女の存在を知る者で、嘲笑を上げるものはいないだろうが、知らなければ子供が粋がっているようにしか見えない見目なのだ。
一方で、考え方を変えれば。
彼女の欠点は、それぐらいしか存在しない。
そして、それも欠点足り得ない。妖魔には人間のような成長過程を踏む者も存在し"五百山 羅吼"も、その枠組みの中にある。生きる長さに違いはあれど、容姿と同様に彼女はまだ成長過程であり、そうでありながら『表の統率者』なのである。
今はまだ、容姿を笑えるが。
今後の事を考えれば、笑えない。
そんな事をポジティブに、俺は語った。
時に語気を荒げ、言葉に熱を持たせ。いつ首を刈られるか分からない緊張感の中で演説しーー俺は、生き残った。そこには退魔士のプライドも人間としての立場もなかった。
全ては、生き残るため。
俺は退魔士が嫌いだ。
そして、羅吼のような持って生まれた存在も大嫌いだ。その存在を知る度に苛立ちにも似た感情が渦巻く。俺からすれば、退魔士も妖魔も大した違いはない。どちらも化物だ。
横に座り。鷹揚にうなずく妖魔を見る。
だから、コイツも退魔士達と大した違いはない。
『魔力不全症』の俺にとって。
此の宵闇の世界に生きる者達は、全てーーーーだ。
俺は弱いし、力がない。
だから、利用できる物は、何でも利用する。
妖魔の軍勢が、退魔士達を薙ぎ払う音を聞きながら、俺は小さく溜め息を吐いた。相対したのなら俺など秒も掛からずに倒せる者達が、まるで小動物を蹴散らすかのように吹き飛ばされてゆく。
ネコミミ兄がいないか。
確認しながら、流れてゆく光景を見て。
「弱さとは、罪だな」
ただ、俺はそう思った。