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第十二話『彼は誰』

 

「…………」


 一寸の先も見えない闇の中で、それは居た。

 いや、既にいたと言う概念を失いかけ、朧げにその存在を個として形成しているに過ぎない存在となり果てていた。

 だから、正しく言うなれば、それは"在った"


 歪に空間へ封をして。

 その中にあった者達は、循環を失っていた。


 だが、歪な空間は魔力という力によって腐る事もなく。元の形をした世界を記憶して刻々とその姿を残すように作用する"無名の悪夢"と呼ばれた"黒い霧"の前身である結界は、やはり不完全な物だった。


 魔力には、性質を強化する力がある。

 だが、その力は妄想や想像と言った指向性に大きな影響を受ける代物で、世界を保存する為の魔力は人の身に取り込まれた時に変質を遂げていた。


 人に取り込まれた魔力が元の形を取る事はない。

 だから、人が喰らった物は元に戻る事はない。



「…………」



 命とは、巡っている。

 植物が二酸化炭素を取り込み、酸素を吐き、生物が酸素を取り込み、二酸化炭素を吐くように生物と呼ばれる生き物は、循環する者である。


 巡らない世界で、人間は。

 唯一、歪な存在として残っていた。


 世界の秒針が止まり、生き物のみの時間が刻々と過ぎる暮れた世界の中。一人の青年は、生きる為に循環する為の悪行を積み。人でありながら、人ではない者へと成っていた。


 魔力を喰らい、世界を喰らう。

 肉を喰らい、人を辞め、脳に穴が空く。


 願いも妄想も空想も、彼が世界を喰い切る前には彼こそが世界であって、穴となっていた。夢も希望も願いも。内に秘めた一つの思い出も。全ては穴の中へと落ちていた。

 青年は、生きながらに穴になっていた。



 彼の名はーーーー。



 変質した魔力が、姿を見せる。

 それは、彼が犯した罪の象徴か。

 青年を写した魔力の幻影か。


 青年は循環の中で、一つの決別を遂げていた。




 ◇◇◇◇




 新しく発見された旧千日越市、黒い霧が晴れ、露わになった全貌を目の当たりにした退魔師達は、その光景に震えていた。黒い霧。それは異世界と現実を繋げ、異邦の地を生み出す魔術である。

 だからこそ、その風景は異常な物だった。



「クソッ……どうなってるんだ⁉︎」


「妖獣も、妖魔の影一つありませんね……」



 まるで、さも昨日からあったかのように。

 まるで、その空間だけタイムスリップしてきたかのように1990年代に黒い霧の影響下に隔絶された筈の街並みをそのままに、その空間は存在していた。


 トタンで補強された壁、禿げがあるペンキが塗られた木製の家。そこが未調査区域だと言われれば、上げられる特徴は薄暗い街中と、一切として生えていない植物類ぐらいだろう。

 踏み入った街中は生活感が残ってて、その事がよりこの空間の異常性を指していた。まるで、人だけがいなくなったかの様な有様だ。


 斥候として派遣されていた退魔師達が、息を呑む。

 妖魔や妖獣がいないという事は、空間を守る者がいないという事で、いつ訪れるか分からない百鬼の者達と直接対決する事を指していた。



「後二日もすれば、本隊が来る。それまでの辛抱か」



 普通は浅い層で、妖獣が這い出て来るのを抑える程度の役割であるはずだったのに、防衛の最前線となっている。ここに、もし百鬼の隊が来たならば前線を下げる事になるだろう。


 深追いはしない。

 百鬼の姿が見えれば、散った方がいい。

 あくまでも、自分達は斥候役であって妖魔と正面から戦闘を行うような事はしない。周囲に散開し、辺りを警戒する仲間達へと指示を出して、意思を共有しておく。


 未調査区域では、常識が通用しない。

 壁から妖魔が生まれた事もあれば、部屋そのものが妖魔であった事もある。空気へと魔力で生まれた特殊な可燃性ガスが混合しており、体内から爆発した同僚もいる。


 今、自分達がすべき事はーー情報の収集だ。



「ここは、本当に未調査区域なんか?

 んにゃ、空間中の魔力濃度が薄過ぎる。双眸ん所の坊を、神子さんに頼んで借りてくるべきだったな。目が効かんくていかん」



 電柱の上へと上り、

 望遠から眺める者が悪態を吐く。


 連合(ユニオン)は、あくまでも退魔の家の寄り合いで多種多様な流派の集団だ。長所もあれば、短所も目立つ。その中では、空気中の魔力などにもよって実力が変動する者もいる。

 その中で躁気術。魔力を体内で巡らせて使う質実剛健の凡庸性の高い者がいる。魔力の薄く、幻術も予想する必要のない空間なら、ぜひ欲しい人材だと言えるだろう。


 だが、それは、ない者ねだりだ。



「はっ、あの爺め。鳥目のクセに此処にくるとは、業突くなこったぁな」


「いやはや、霊もおらん。妖魔も妖獣も、何せ木霊の一つもおらんから、俺も目も悪くなった気がしたが、米縁(こめぶち)の親父がいうからにゃ、やっぱし、この空間が変なんだわな」


「真ん中がな、見えんのよぉ。

 音も返さんし、まるで、喰い破られてるようじゃ」



 その言葉に、辺りが静まり返った。

 真っ暗闇と言ってもいい、気を巡らせ体術や神経を鋭くし、感覚を研ぎ澄ましての薄暗がりであって、街の真ん中までを見る事など出来る訳がない。


 電柱の上から声が続く、抑揚がなく。

 自身を笑った他家の者の言葉すら、周囲の空気を気にした風のない独り言にも似た声だ。その電柱の先にいるだろう米縁(こめぶち)と呼ばれた男の姿を、暗がりから捉える事すら出来ていない。


 それは、彼我を分ける実力の差だと言えるだろう。

 もし、言葉通りなら誰かの固唾を呑む音が響いた。



「ありゃ、人喰いの鬼が住むな……手に負えん」



 老人の語る意味は分からないが、この街の先で何かがあるという事は事実のようだ。深夜のように静まり返り、虫の音一つしない風もないにも関わらず、薄ら寒さが広がる区域に恐怖を覚える。


 区域中の魔力によって、中の妖魔の実力が変わるのは周知の事実。そして、その空間内の性質に合わせた妖魔がでるのも知られてる。

 だが、この区域はどうも他の区域と比べてイかれている。



 旧千日越市(ちかごえし)無人町(ゴーストタウン)

 緊張感が漂い、ヒリつく空気が流れ空間で刻々と時間が過ぎるのを待つ。まるで、世界の終わりのようなこの空間は、余りにも静かで余りにも不気味すぎる。


 ふと、視線を変えライトで照らした先は、まだ濡れた血痕がテラテラと光を反射させ、舐め取られたかのような跡の見える路面がある。

 仄かな血の香りと濃厚な死の香りが、漂っていた。



 まだ三日だが、中には既に精神を疲弊させずきた者まで現れている。鬼が住む。その意味を知る者は、まだいない。



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