ガチャ姫様、爆誕
ガシャポンは登録商標になっているんですね。
お姫様教育がいやで逃げ出したアリーシャ姫は、回廊の暗がりで不思議なものを見つけた。
「何かしら、これ」
彼女の胸ほどの高さにある、青い直方体のような何か。中は透けており、灰色の球体がたくさん入っている。下部にはつまみのようなものがついている。
その何かの裏側には張り紙がしてあった。
『金貨を入れてつまみを回そう! きっといいもの出てくるよ!』
「いいもの……? 金貨……?」
確かに、「それ」には金貨が入りそうな隙間があった。
肝心の金貨はどこだろう?
アリーシャは考え込んだその時、回廊の奥できらっと光るものが見えた。駆け寄ると、そこには金貨が三枚落ちている。
それは見たことのない金貨だった。星がいっぱい描いてある。
「これかしら?」
アリーシャは不思議な物体に金貨を投入してみた。つまみを回してみる。ギッギッギッ、と水車が軋むような音が鳴ったと思ったら、つまみの下からころころと灰色の球体が出てきた。
よくよく見れば切れ目のようなものが入っていたので、開けてみる。
もくもくもく。辺り一面が突然煙に覆われた。
驚いて球体を取り落とすアリーシャ。げほげほげほ、と煙を吸ってむせてしまう。
「こんにちは。お姫様」
誰もいないはずの回廊に、男の声がした。
座り込んだアリーシャに手を差し伸べる人。
おそろしいほどの絶世の美男子が立っていた。
「だ、だれ!」
うやうやしくアリーシャの手に口づけを落とした彼は、さらっとこんなことを告げてきた。
「ガチャポンの妖精です」
アリーシャは耳を疑った。
「……はい?」
「だから、ガチャポンの妖精ですってば」
にかっ、と白い歯を見せる妖精。ちなみに羽根は生えてない。
「おや、ガチャポンを知らないのですか? ガチャポンとは古代人が作りたもうな素晴らしい魔法道具なのです。中身はランダム、かぶりあり、景品のコンプリートを目指してエンドレス課金してしまう魔性の道具……!」
「ガチャ、ポン……?」
「名前は文字通り、つまみを回してガチャガチャした後、ポン、と中のカプセルが出てくるから、ガチャポンと言います。昔はこの魔法道具タイプ以外にも、美女ガチャぽん、美男ガチャポン、大人向けアダルトガチャポン、お子様ガチャポン、億万長者ガチャポン、魔王育成ガチャポンなど、いろいろございましたが、魔法のすたれたこちらの時代では魔法道具タイプのみしか存在しておりません。そして! 姫様は今回、めでたく、我々魔法道具タイプガチャポンのオーナー姫様、略して『ガチャ姫様』となりました! どんどんぱふぱふ~」
「え、え、え~?」
「わかります、わかります。全然、事態についていけていないんですね、お姫様。そりゃあ、無理もありません。僕のような素敵な美男子も現れたことですし、よくわかっていないんでございましょう? 大丈夫、栄えある一回目のガチャで僕を引き当てたこと、後悔させません!」
バチン、とウインクする自称妖精。
「え、え、ちょっと待って。ごめん、まだついていけてないんだけど! あなた、このガチャポン? というものから出てきたわけ? どうやって?」
アリーシャは青年の足元に落ちていた二つに割れた球体を拾った。見た目には、何の仕掛けがあるようにも思えない。
「魔法でございます」
「まほう?」
「とんでもなく素敵な魔法でございますよ」
「へえ」
「とんでもなく素敵な魔法」と言われると、断然興味が出てきた。
「じゃあさ、これもう一回、やってみたら他のものが出てくるの?」
「ええ、もちろん。その金貨を投入すればいいだけのこと。やってみますか?」
「やりたい!」
アリーシャは金貨を入れ、ガチャガチャとつまみを回してみる。ガコン、と出てきたものは、相変わらず中身に何が入っているのかわからない。
ぱかっと開けてみてみると、現れてしまった。
……ドラゴンが。
「うっそぉ!」
北の山脈の奥深くにしか生息しないとされるドラゴン。アリーシャの住むアガト王国ではほとんど誰も目にすることがなかった。
赤茶色のでこぼことした巨体を回廊いっぱいに押し込められている。爬虫類特有の細長い瞳孔が、アリーシャをぎろりと睨んだ。
「ふふふ。驚かれたでしょう。これが魔法道具タイプガチャポンの醍醐味にございます。魔法道具タイプガチャポンは、どのガチャポンよりももっとも多くのラインナップを揃えております。ドラゴンは魔法を使えますからね、魔法道具に含まれているのです。ちなみにこの先、もっと頑張れば、いつか魔王にも出会えますよ! すばらしいガチャポンでございましょう!」
え、魔王。ちょっと会ってみたいかも。
アリーシャの好奇心はちょっぴりうずく。しかし。
「ねえ、あなた」
「何です、奥さん」
「そういうつもりで言ってないけど!? 名前を言いなさいよ、名前を!」
「ああ、私ですか? 名前、名前……?」
美青年は幼子のようにこてんと首を傾げた。
「名前、何でしたっけ?」
「おい!」
「ああ、もうだめですよ、姫様。そんな荒っぽい口を利かれては。百年の恋も冷めますよ?」
「知らないわよ、そんなこと! こっちは婚約破棄されたばかりなのよ、傷口を広げないでくれる!?」
「おかわいそうに、姫様」
名前のない彼はきらきらスマイルでアリーシャにとどめを刺してきた。
「ご安心ください。ガチャポンの妖精はきっちりばっちり姫様への夜伽機能付きでございます!」
「あなた、ドラゴンを目の前にしてよくそんなことをほざけるわね! 見なさいよ、あの赤い目を! 完全に私たちを餌だと思っているわよ!」
アリーシャがびしーっと指した指の先。
ドラゴンが、二人を凝視している。舌なめずりしている。
「ひ、姫様。落ち着いてくださいましね……?」
青年の足はがくがく震えた。
あ、だめだ、こいつ、使えねえ。
アリーシャの目が半眼になる。
「ふ、ふ、ふふふ。たしかに、魔法道具ガチャポンはこのように危険なこともございます。そのために過去、何度廃盤危機に瀕したものか……! しかし! それに対抗する手段もまたありますよ、かつてビーシャを救った伝説の勇者の聖剣も、ここに!」
青年がガチャポンをがしがし叩いてみせる。
昔、何度も絵本で聞かされたビーシャの勇者の物語。ビーシャという町を襲ったドラゴンを退治してしまう話。まさにドラゴン相手にはうってつけだ。あの伝説の聖剣までこのガチャポンにあるのね!
お転婆だったアリーシャのテンションが断然上がった。
アリーシャの瞳にめらめらと炎が灯る。
「聖剣が出てきたらこの私も勇者になれるというわけね……」
金貨は最後の一枚のみ。
「聖剣よ、出てこい!」とアリーシャは必死にお願いした。
金貨は投入口に吸い込まれる。
祈りながら、つまみをひねる。
ゴトンゴトン、とカプセルが落ちた。
アリーシャと青年は何が出てくるのか、かたずを飲んで見守った。
ガチャポンから出てきたもの。それは。
「なによ、コレ」
「これ、これはですね……」
彼は執事のような燕尾服からメモ帳のようなものを取り出した。
『魔法道具ガチャポンの説明書』と表紙に書いてある。
それをぺらぺらとめくる。
「なんと、これは……!」
「なに、なんなの。早く教えなさい。ドラゴンが火を噴こうとしているわよ!」
「おおー、すごい。ガチャ姫様、これは珍しいものです。姫様はさすがにすばらしい運をお持ちだ……。このガチャポンの中では約百万分の一以下の確率でしかお目にかかれない代物ですよ」
彼は本を閉じた。
「その魔法道具の名は、ハリセン。ぼけた人間に対するツッコミの手段として有効です。これはガチャポンが製造された古代の芸人たちが、こぞって使用しました。このハリセンのよきところは、叩かれたとしても音の大きさの割に痛くないところ。ベストポジションは、自分の肩に軽く当てた状態とのこと」
「で、それがドラゴン退治の役に立つの?」
「立ちませんね」
「え? じゃあ、どうやってドラゴンに勝つの! ねえ、ねえったら!」
ドラゴンは大きく口を開けた。ああもうだめだ、二人そろって丸焦げにされてしまう……。
ハリセンを肩に当てながら諦めかけたその時。
「アリーシャ。そんなところで何をやっているんだよー」
「げっ」
アリーシャは見たくもない顔を見つけてしまった。
「って、うわあ、ドラゴンだねえ。すごいすごい! アリーシャが見つけてきたの? レッドドラゴンなんてかなり希少じゃないか」
「ヴァン、来ないで!」
ヴァン、と呼ばれた青年はその場で立ち止まった。
「え? どうしたの……って。えー、隣の男は誰かなあ? アリーシャ、またたぶらかしてきちゃったの? だめだよ、いくらイケメンでもイケメンを拾ってきちゃあさあ。どこの馬の骨とも知れないでしょ」
「ふ、ふん。知らないわよ、婚約破棄をしてきた男の顔なんか忘れちゃったわよ。一昨日きやがればかやろう」
「婚約破棄をしてないよー。君があんまりにも可愛い態度をとるからついついからかいたくってさあ。あれぐらいは浮気にはならないよ。それに……浮気しているのは君の方じゃない?」
ヴァンは腹黒い笑みを浮かべた。
アリーシャは、冷や汗がだらだらと背中から流れ落ちるのを感じた。
しかし、隣の青年は何も言わないでひらすらにこにこしている。
ドラゴンは、今まさにヴァンの全身をぺしゃんこにするように前足を振り上げた。
「ヴァン!」
「なに?」
彼は右手の指を鳴らした。……それだけに見えた。
なのに、その途端。ドラゴンが、忽然と消えてしまった。
「ん? え、あれっ! ドラゴンが……?」
「大丈夫。ドラゴンぐらいならすぐに消せるから」
「ハイ?」
「そっかあ、アリーシャは知らなかったんだねえ。対外的にはあまり知られていないけれど、僕は魔力がかなり強いんだよ?」
ヴァンが一歩一歩近づいてくる。彼はアリーシャの耳にかかった髪を一房掴み、虹彩まで真っ赤な瞳をアリーシャに注いだ。
「なんたって、僕は魔王だからね」
「……ハイ?」
「ああ、魔王様!」
自称ガチャポンの妖精は、ヴァンに跪く。
「どうか、わたしの不徳をお許しください。魔法道具ガチャポンは、みな、あなたさまの軍門に下りますので! ええ、もう、今日からわたしは魔王陛下のしもべになりますうううう!」
なんじゃそれ、とアリーシャは思った。
ヴァンが魔王とかよくわからない。彼はただの隣国の王子である。アリーシャとも昔から何度も顔を合わせてきたはずだ。
「それにしてもアリーシャ。君も厄介なものに好かれてしまったんだね。魔法道具ガチャポンとかいう前時代の遺物の主になってしまうなんて。君に一目惚れした僕の目は間違っていなかったみたい。ああ、別に魔王とか言っても気にしないでね。寿命自体は普通の人間と同じだし。だって、魔王と言ってもさ、魔王育成ガチャポンの成れの果てだからさ、ベースは人間なんだ。子孫が代々魔王の力を受け継いできただけだから」
安心して。死ぬまで一緒だよ。
その言葉に震えない女がいるだろうか。いや、いない。
昔から知っていたはずの婚約者が魔王でした。そしてアリーシャは『ガチャ姫様』になりました。
アリーシャは信じたくない、この意味のわからん現実を。
そして逃避したい、目の前の二人の男たちから。
「さて、妖精君。まずは何をしてもらおうか」
「何なりとご命令ください、ご主人様!」
――ただお姫様教育から逃げ出したかっただけなのに。どうしてこうなった!
アリーシャ姫はハリセンを思い切り振りかぶった。