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ずっと昔に会った人

作者: 夕凪 茂

人類は超光速航法を持たぬまま害宇宙に進出し、恐るべき敵と遭遇した時代。

膨大な時間を費やす戦いの中で起こった孤独な男の戦いの物語。

 アルファポリスと重複掲載の予定です。

   ずっと昔に会った人 

           夕凪 茂

 宇宙空間を駆け抜けていく一隻の船があった。巡洋艦アリシューザーそれがその船,

いや艦の艦名だった。今その艦内で一つの意識が目覚めようとしていた。

 艦内の一室に横たえられた長さおよそ三メートル幅一メートル程の柩に似たガラス

ケースのふたがゆっくりと開き初め,ケースの内部からは白いガスが雲の様に周囲に

広がっていった。 艦のメインAI,リサが合成した女性の声で告げた。

 「艦長,お目覚めの時間です」

 白いガスの中から,一人の青年がゆっくりと起き上がった。

 整った顔立ちで年齢は見た目には二十代後半と見えた。

 巡洋艦アリシューザーの艦長.そして今回の航宙では唯一の乗組員,明・スパロウ

中佐だった。八十年近い眠りから覚めたその目はまだ虚ろだった。

 スパロウは乾いた声でリサに尋ねた。

 「何か異常はないか」

リサが静かな声で告げた。

 「艦内の全システム,オールグリーン。星間物質の濃度もエンジンに最適の状態です。

しかし,目標の星系に正体不明のエネルギー反応があります」

 スパロウの目に鋭い光りが走った。

 「正体不明だと,まったくわからんのか」

「かなり強いエネルギー放射ですが,まだ距離が遠すぎます。更に現在の本艦の速度

では正確な計測は不可能です」

 スパロウは今回の航宙のスケジュールを思い出していた。

目的地は太陽系から十九・二光年離れた恒星系ベルアイル。かつて.くじゃく座デルタ

と呼ばれた星系だ。

 航宙の最初の十年間は加速期間。まず反物質エンジンの巨大なエネルギーでバサード・

ラムジェットエンジンの始動可能な速度まで加速する。ついでバサード・ラムジェット

エンジンに点火,更に加速を続ける。その後慣性航行に入り。最後の十年間に減速を開始

して目的地に到着する。

 そしてその減速の最終段階,バサードラムジェットエンジンの稼働が不能な速度ぎりぎり

まで艦が減速したところでスパロウが覚醒し,艦は反物質エンジンを使用して減速を開始する。

全航程を平均して光速の約三十パーセントで航行する事になる。

つまり太陽系からこの星系まで約八十年かかったわけだ。

 人類は今だに光速を越える技術を手に入れていない。

光を越えられない者にとって恒星間宇宙の闇は途方もなく深いのだ。

 今回の任務はベルアイル星系に向かい,その後消息不明になったベルアイル星系調査団の捜索。

 調査団がベルアイルに到着して連絡が途絶えたのは既に百年以上も前だ。

彼等に何が起こったかは不明だが,今さら生存者の救助でもあるまい。要は彼等に何があったのか

を確かめる事だ。もっともベルアイル星系には地球型大気を持つ惑星が存在するから調査隊の

子孫が生き残っている可能性がゼロとも言い切れない。

 そこでこの艦には四十名分の冷凍睡眠装置が用意してあった。その為に今回の航宙では自分以外

の乗員が乗り込む余裕がなかった。

 考えてみればおよそ馬鹿げた話だ。調査隊が消息不明になった直後に救助艦を差し向けられず。

今頃になってこの艦を派遣する事になった事の言い訳にこんな装置を積んで来たような物だ。

 だが,俺にとっては特別な任務だ。

 それにしても正体不明のエネルギー源というのは無視できない。

 「リサ,ステルスプローブを発射しろ。そのエネルギー源を確認するんだ」

 「わかりました」

 スパロウは心の中で呟いた。さて,俺は一体ベルアイルで何を見る事になるんだ。


 ベルアイル星系で唯一の地球型惑星アルタは春の季節を向かえていた。

 暖かな日差しが,緑にあふれた大地に優しくふりそそいでいた。

森の一角にささやかなコロニーがあった。

森の外れの草原で数人の幼い子供がはしゃぎながらボールを追い掛けていた。

 若く美しい女性が森の中から現れて彼等に声をかけた。

 「みんな食事の時間よ,集まりなさい」

 子供達は急いでその声に従った。

 彼等の住居は頑丈さが取り柄の丸太小屋だった。子供たちは慌ただしく食卓についた。 

一人の女の子がさきほど草原まで彼等を呼びにきた女性に声をかけた。

 「かあさん,父さんはどうしたの」

 「父さんたちはまだお仕事よ」

 別の男の子は言った。

 「お仕事ってまた山の上の望遠鏡で空を見てるの,それとも地下室をつくってるの」

  母親は答えた。

 「両方よ,お父さん達は一生懸命働いているわ」

 「あの赤い星と何か関係あるの」

 一瞬,母親の手がとまった。そうまさに一週間前から夜空に見え始めたあの赤い星

こそが問題なのだ。

でも,今この子達にそれを話す訳にはいかない。ぎこちない声で母親は答えた。

 「いいえ,あなたたちが心配する事はないわよ」

 その日の夜,彼女は山頂の天文台にいる夫と連絡をとった。

通信スクリーンに写った夫の顔色を見ただけで彼女は恐れていた事態が起こった事を悟った。

 「あなた,やっぱり・・」

 彼女の夫,ロイ・ソービーが答えた。

 「ああ、やはりメタリワームだ」

 真理子の顔が見る見る青ざめた。

 「そんな,どうするんです。」

 彼女の夫が答えた。

 「とにかくこっちにはろくな武器がない。地下シェルターに隠れて見つからない様に祈るしかない。

しかし,見つかったらどうしようもない」

 そんな,真理子は恐怖に心臓を締めつけられる思いを味わった。

 「隠れおおせる事が出来るでしょうか」

 夫の顔は暗かった。

 「とにかく明日そちらに帰る。シェルターの準備を急がないと,それから通信機はもう使ってはだめだ。

電波をやつらに探知されたらおしまいだからね」

 真理子は青い顔で頷いた。

 ふいに彼女は後ろから抱きしめられた。

 思わず悲鳴を上げそうになった。

 「ねえママ,パパとお話してるんでしょ。私にもお話させて」

 末娘の四歳になる亜理抄だった。

 「ねえ,パパいつ帰ってくるの」

 父親は優しい笑顔で答えた。

 「明日の夜帰るよ。それまでママの言う事を聞いていい子でいるんだよ。亜理抄」

 亜理抄はあどけない笑顔でうなづいた。

 「うん亜里砂いい子でいる。じゃあ明日の夜に合おうね」

 父親は無線を切った。

 亜理抄を抱き寄せる母親の腕は微かに震えていた。

 そして,彼等は知らなかった。その通信が彼等が恐れている相手とは違う者に傍受されている事を。


  巡洋艦アリシューザーの居住区画でスパロウ中佐は食事をとっていた。

 遙か昔の流行歌が居住区画に流れ,食卓には保存食料とは思えないほど豪華な料理が並んでいた。

冷凍睡眠から目覚めた後に味わう数少ない贅沢だ。

 航宙期間中に彼等が体験する時間は相対論的効果と冷凍睡眠によってたかだか数箇月にすぎない。

 しかし,帰ってきた時に彼等を出迎える家族や友人はもはや世をさっているか,生きていたとしても

既に年老いている。思い出に残る場所も変わりはてている。

 ある意味で彼等は故郷を持たない者達だ。 

 だから航宙艦の乗組員達はそうした孤独に耐えられる者が特に選抜される。

 孤独を感じない者達ともいえる。 

 スパロウもそうした男だった。十代の半ばに崩壊した家庭を逃れて連合宇宙軍の士官学校

に入り,ひたすら軍務に励んできた。それ以外にする事が見出せなかったからだ。

 たった一度だけ恋と呼べるものを経験した事があった。

 そう,あの時も食事だったな。

 四回目の遠征から生還して久々に地球に下り,東京で昼食の為にレストランに入った。

食事を終えてワインを味わっていた時,この歌が流れた。なんとなく気に入ってじっと聞き入った。

曲が終わり席を立とうとした時,突然に声をかけられた。

 「ここ,空いてますの」

 スパロウは驚いて相手を見た。若く,美しい女だった。

歳は二十代のなかばぐらいか,黒く長い髪,切れ長の瞳,どこか翳りをただよわせた美しい女性だった。

 スパロウはぶっきらぼうに答えた。

 「ええ」

 何故か席を立てなかった。

 「じゃ,宜しいですね」

 そう言って彼女はスパロウの前に座った。興味深そうな視線をスパロウに向けて.彼女は問いかけた。

「失礼ですが,あなたは恒星艦隊の士官」 制服を着ていたからわかって当然だろう。

スパロウは丁重に答えた。

 「そうです。正確には連合宇宙軍恒星艦隊所属,巡洋艦アリシューザー艦長,スパロウ少佐です」

 彼女は微笑した。

 「失礼しました。スパロウ少佐あたくしは上岡亜理抄と言います。晴海大学の生物学者で,太陽系外の

生物研究に興味がありますの,でもまだ一度も太陽系外に出ていないので」

 そこで言葉を切ってスパロウを見つめた。

 「今,迷っているんです。恒星間探査に参加するチャンスがあるので,それで,じかに他の星系に行

った人と話てみたくて」

 そして彼女は宇宙の事を尋ね,スパロウ問われるままに話した。

彼女にとってはそれは未知の世界の魅力的な物語だったのだろうか。

 しばらくスパロウの話に聞き入り,時折質問した。そんな時間が続き,彼女はまた合いたいと言い。

スパロウは承知した。

 それから何度か彼女と合い,しだいにうちとけていった。そして初めて夜を共にした時,彼女は自分の

事を打ち明けた。

 「私にはもう何もないのよ」

 聞けば彼女の家族は事故で死に,恋人とも別れたという。

 「何もないのよ。あなたと同じ様に」

 そしてスパロウの目を見ながら言った。

 「でも今ようやく見つけたわ,あなたを,あなたを失いたくない」

 スパロウは哀しく答えた。

 「それは無理だ。俺はもうじき」

 「知ってるわアルタイルでしょ,軍の情報はアカデミーには筒抜けよ。

でもね私が参加を誘われているベルアイル探査隊はうまく行けばあなたの艦隊より二年早く太陽系に帰れ

るはずよ」

 スパロウは答えた。

 「俺が戦闘に生き残れる望みはそんなに無いよ」

 亜理抄の肌の温もりがスパロウを覆った。

 「無事に帰って来て,私が待ってるから」 だれかが待っていてくれる。それは初めて抱いた思いだった。

 スパロウは生還した。そしてベルアイル星系調査隊が消息を絶った事を知った時,その捜索任務に迷わず志願した。

 彼女に会える可能性がゼロである事はわかっていた。

 おそらく彼女が乗り組んでいた船の残骸でも見つかれば良い方だ。

 せめて何があったのか,彼女がどうして死んだのかを自分の目で確かめたい。そう思って志願したのだが,

今にして思えばそうしたところでどうなるのか。

 ふいにリサの声がスパロウを現実に引き戻した。

 「艦長,ステルスプローブから報告が入りました。先に探知したエネルギー反応はメタリワームの航宙艦と

判明しました。」

 スパロウの全身に驚愕が走った。

 「本当か」

  本当に決まっていた。こんな事を冗談で言う機能はリサにはない。

 メタリワーム,それは人類が恒星間宇宙に進出して初めて接触した最悪の敵だった。

 それは人類にとって未知の,そして無数の異星生物をマイクロマシンによってサイボーグ化した戦闘用サイボーグ

とロボットで編成された機械生命軍団であった。

 最初の遭遇以来,彼等は執拗に人類に対して攻撃をしかけてきた。

この敵に対抗する為に人類は連合宇宙軍を編成し、防戦と反撃に懸命だった。

 この敵の正体は今だに不明だった。

 わかっているのは妥協の余地がない相手だという事だけだ。

 数百年に及ぶ長い戦いの末に連合宇宙軍は敵の大規模な拠点ー戦闘用サイボーグとロボット,更に戦闘用宇宙船の

製造基地である惑星要塞がアルタイル星系に存在する事を突き止め,恒星間戦闘艦の大半を集めて攻撃艦隊を編成し,

アルタイルに派遣した。

 これがスパロウが亜理抄と別れて参加した大作戦だった。

 アルタイル星系での戦闘は激烈を極めた。

 連合宇宙軍の艦隊は半数を失いながらもメタリワームの惑星要塞を破壊した。

 だが,この戦い以前にアルタイルから他の恒星系に発進したメタリワーム艦も多く,連合宇宙軍は今だにその掃討に

苦労していた。そして今,その一隻にアリシューザーは遭遇してしまった。

 スパロウは叩きつける様に命令した。

 「減速停止,噴射炎を敵に探知されるとまずい.それから一切の電波発信を停止しろ。

プローブからの情報を詳細に分析しろ」

 ベルアイル星系調査隊はメタリワームに襲撃されたのか。

だとしたらまったくメタリワームは俺にとって何と憎むべき敵だ。

 しかし妙だ獲物を撃破してから百年もあの星系に居座り続ける必要はないはずだ。

ともかく今は敵に探知される事を極力 さけてプローブからの情報をまつしかない。


 地上に建てられた丸太小屋の一室に大人達が集まり,床に座り込んでいた。

 そこにあるのは恐怖と不安だけだった。

  彼等の先祖の船はこの星系に到着してまもなくメタリワームの襲撃を受けた。

 先祖達は懸命に応戦してかろうじて敵艦を撃破したが,この戦いで先祖達の宇宙船も大破し,母星への帰還どころ

か通信も出来ない状態となった。やむなく彼等はこの惑星におりたち,苦難の末にささやかなコロニーを作り上げた。

 しかし百年前の戦いで撃破された敵艦は火球と化して消滅する直前に,強力な通信波を発進していたのだ。

 百年近くの時を経てその通信が新たなメタリワームをこの星系に呼び込む事になった。

 ロイは全員に説明した。

 「間違いない。やつらはこの惑星に向かっている。もし,発見されたら」

 その先は言う必要が無かった。メタリワームの恐ろしさは彼等も祖父や祖母から聞いていた。

重苦しい沈黙が時計の秒針が一周する程の間続いた。

 一同の中で最年長者の老人が口を開いた。 

「我々の最後の希望はこれだ」

 そう言って老人は小さなプラスチックのケースを開いた。中には数十個の錠剤が収められていた。

 真理子がおそるおそる尋ねた。

 「それは何ですか」

 老人が痛ましい口調で答えた。

 「我々の先祖が残してくれた物だ。自決用の毒薬だ。急速に眠くなり,苦痛を感じる事なく死ねる」

 真理子は悲鳴に近い叫びを上げた。

 「そんな,いくらなんでもそんな物を,子供達に飲ませるなんて,私にはできません」

 別の若い男がやりばのない怒りを暴発させた。

 「じゃあ,どうすりゃいいんだ。メタリワームに捕まった人間がどうなるかは聞いてるだろ。奴等は人間を生きたま

ま解剖して,機械を体に組み込んで。そして」

 「やめて」

 真理子の悲鳴が男の言葉を遮った。

 「お願いだからやめて」

 若い男が消えいる様な声で答えた。

 「すまない」

 メタリワームは人間を殺戮するだけではない。捕らえた人間の肉体をサイボーグ化し,脳にナノマシンを注入して

完全にロボット化してしまうのだ。

 それが彼等の自己増殖のプロセスの一つであり、悪魔も歯に噛むと思える程のおぞましい所業だった。

 メタリワーム(金属虫)という呼名はこのナノマシンが彼等の全てのマシンの中核と細胞の両方になっているところ

から付けられたのだ。人間以外にも様々な生物がその様にしてロボット化されていた。

 再び一座を沈黙の幕が覆った。

 その沈黙を大爆発の爆音と振動が突き破った。

 人々は仰天して建物の外に飛び出し、そして見た。一キロ程離れた山の斜面が炎と煙に包まれていた。

一人の男が声を震わせて言った。

 「あれは昔の着陸艇の残骸があったところだ。見つかったんだ」

 「いやよ,そんな」

 まり子は叫んで夫にしがみついた。

 「あたしはどうなってもいいわ,せめて子供達だけでも」

 しかし,真理子の肩を抱く夫の手も震えていた。

  

 アリシューザーのブリッジではスパロウがメインスクリーンに表示される敵の動きを見つめていた。

ふいにリサの声が響いた。

 「プローブから更に情報が入りました。アルタの地表から微弱な通信波が探知されました。

メタリワームの物ではない様です。惑星地表での近距離画像通信です。スクリーンにだします」

 次の瞬間メインスクリーンに若い男女の顔が並んで写し出された。

 そしてスクリーンに浮かび上がった女の顔を見てスパロウは愕然とした。

これは夢か,それとも自分は狂ってしまったのか。

 メインスクリーンに写ったのは彼女だった。他の誰を忘れても彼女だけは忘れる事はできない。

まさか,そんな事が。スパロウは茫然と呟いた。

 「亜理抄」

 遙か昔に愛し合いそしてこの星系で死んだはずの彼女。その彼女が生きている。

 メインスクリーンの半面を占める若い男が答えた。

 『あれはやはりメタリワームだ』

 スパロウは茫然としながらも理解した。アルタの生存者達も危機に気付いているのだ。

 画面の亜理抄に後ろから突然幼い女の子が抱きついた。

 「ねえママ,パパとお話してるんでしょ」 ママ,パパ,どういう事だ。

 画面の若い男が笑顔で喋り続ける。

 「明日の夜帰るよ。それまでママの言う事を聞いていい子でいるんだよ。亜理抄」

 亜理抄,あの小さな女の子が亜理抄だって。それから数秒を経てようやくスパロウは事態を正確に把握した。

 そうだ。あれが俺の愛した亜理抄のはずはない。彼女はもう何十年も前に死んだんだ。

 あの『ママ』は亜理抄の孫か曾孫だろう。なんて事だ。

 リサの声がスパロウの思考を中断した。

 「メタリワーム艦から高速物体一個の発射を確認,アルタに向かっています。」

 スパロウの頭脳は瞬時に戦闘指揮官のそれに切り替わった。

 おそらくあれは威嚇の為に発射した質量兵器だろう。相手を軽くつついて反応を見る為だ。

相手の戦力が不明な場合にメタリワームが必ず使う手だ。

 もし,アルタの人間たちに充分な戦力がないと知れば直ちにアルタの地表にサイボーグ部隊を降下させようと

するだろう。

 もはやとるべき手段は一つだ。

 「リサ,アルタと交信したい。さっき傍受した地上通信と同じ波長で最大出力。今から俺が言うメッセージを発信しろ」

 リサが抗議した。

 「それでは通信を敵に傍受されます。こちらの存在を敵にしられます」

 「かまわん,というよりそれが俺の狙いだ。それから現状を司令部に報告しろ」

 報告と言ってもその通信波が太陽系の司令部に到達するのは十九年も先の事だが。

 「了解」

 スパローはマイクを掴んで声を張り上げた。

 「こちら連合宇宙軍所属巡洋艦アリシューザー,アルタ応答せよ。アルタ応答せよ」 


 アルタの人々は一番大きな地下室に集まっていた。みな一応に黙り込み絶望の苦い味を噛み締めている。

涙を流して抱き合っている家族もいた。

 一人の男の子が玩具の代わりに通信機をいじっていた。突然通信機から大声が響いた。

 「アルタ,応答せよこちら連合宇宙軍所属,巡洋艦アリシューザー」

 人々は仰天した。そして次の瞬間には通信機の周囲に群がっていた。

 誰もが皆一応に信じがたい奇跡を目にした様な顔をしていた。通信機からは声が流れ続けていた。

 「応答せよ.こちら連合宇宙軍所属巡洋艦アリシューザー,既にアルタから一光時の距離にあり,応答せよ」

 村のリーダーである真理子の夫。ロイ・ソービーがマイクを取った。

 「こちらアルタ,アリシューザー応答願います。」

 答えが返ってくるのに二時間かかる。

 人々は不安と期待にゆれる思いで通信機を見つめた。

 二時間後に通信スクリーンに戦闘用宇宙服に身を固めた一人の若い男の顔が浮かび上がった。

 「こちら,巡洋艦アリシューザー艦長,スパロウ中佐。余り長く話している余裕はない。そちらの状況は知っている。

本艦は数時間後にメタリワームに総攻撃をかける。諸君は出来るだけ深い地下室に退避して最低でも三日はその地下室

から出ないように。戦闘の衝撃波がアルタに及ぶ可能性がある。本艦は必ずメタリワームを殱滅する。以上だ」

 スパロウは敬礼して通信を切った。

 人々はしばし茫然としていた。一分近くも沈黙の時が流れた。

 やがて一人の男が叫んだ。

 「助けが来たんだ。助かったんだ。連合宇宙軍が来てくれたんだ」

 人々は一斉に歓声を上げ,抱き合って喜びをわかちあった。もはや全ての希望が失われたと思っていた。

しかし,今希望の光りが差し込んだのだ。


  希望の光りを投げ掛けた方は無邪気な喜びを味わってはいられなかった。

 これまでの観測から得られたデータから見てメタリワーム艦は超弩級戦艦らしい。もっとも厄介な相手だ。

質量は優に十億トンを越える。巨大な動く要塞とでも言うべき強敵だ。形状は玉形。

 対するアリシューザーは質量では相手の十分の一に満たない。

 しかし,スパロウには勝算があった。   アリシューザーは防御火器としてはレーザー砲数門と僅かな

デコイミサイルを持つにすぎないが攻撃兵器たる主砲は反物質砲である。

この反物質砲は現在までに人類が開発した兵器の中で最大の破壊力を持つ物であり,アリシューザー艦内の反物質

タンクには優に地球規模の惑星一個を粉砕できるだけの反物質が貯蔵されていた。

 しかし,この反物質は戦闘用の物だけではなかった。反物質エンジンの燃料でもあったのだ。

つまり反物質を戦闘で使い過ぎれば,アリシューザーは減速できなくなり、この星系を通過して遙かな恒星間宇宙

に飛び出してしまう。

 つまりベルアイル星系内で停止して更に太陽系に戻る事は不可能になる。

 恒星間宇宙を漂う水素分子を燃料とするバサードラムジェットエンジンだけが残された推進手段となるが,

これではベルアイル星系内で停止する事が出来ない。バサードラムジェットは時速十億キロ以下の速度では

作動できないからだ。

  どうすべきか。とれる戦術はかぎられていた。反物質の消耗を最小限度に抑えて勝つ手段はあるのか。

 「リサ,戦闘に必要な反物質の量をシュミレートしてくれ」

 「了解」

 五秒程の沈黙ののち答えをだした。

 「敵艦を完全に撃破する為に,最低でも本艦が保有する反物質の六十パーセントを使用する必要があります。

つまりベルアイル星系内での停止及び太陽系への発進は不可能になります」

 そうだろうな。何しろ相手が強大すぎる。おまけにこの敵は完全に殱滅せねばならないのだ。

 もし僅か数体のサイボーグでも生き残ってアルタに降下すればアルタの住民は皆殺しにされてしまうだろう。

 「リサ,もう一度,最初に傍受した地上通信の画像をスクリーンに出してくれ」

 メインスクリーンに男女の顔が浮かび上がった。

 スパロウは男の方には目もくれずじっと女性の顔を見つめた。

 ようやくわかった。自分の心が。

 俺は彼女に合いたかったのだ。

 それが不可能と分かっていても合いたかった。

 彼女は俺にとってそれほど大切な人だった。

 俺は彼女を愛した。彼女も俺を愛してくれた。俺は彼女に愛されるまで自分が誰かに愛される事など考えも

しなかった。

 彼女は俺が人に愛される。その価値がある人間なんだと教えてくれた。

 だから俺はここまで来たのだ。 

  ならば今はこれまでもそうだった様にやるべき事をやるまでだ。

 リサの声がスパロウの耳に響いた。

 「艦長,敵はこちらに気づいた様です。軌道を変更して本艦に向かってきます」

 「よろしい,作戦通りだ。」

 敵を可能な限りアルタから離れた宙或に誘い出し,反物質砲で一気に撃破する。それがスパロウの作戦だった。

 反物質砲の持つエネルギーは余りにも強大でアルタに近い宙或で戦えば。アルタの大気や地表にも影響が及ぶ

可能性がある。

 この際,奇襲の利点を捨てても敵をアルタから引き離す必要があった。

 これは俺自身の戦争だ。

 スパロウが感情のこもらない声で指令を下した。

 「リサ、作戦を伝える。本作戦の目的は敵艦を完全に殲滅し、アルタ住民の安全を確保する事にある。必要なら

反物質を全て使い果たしてもかまわん。反物質砲による敵艦の撃破に失敗した場合,本艦は最大加速で敵艦に

体当たりする」

 リサの応答がほんの数秒遅れた。

「了解しました。なお今後の戦況をすべて総司令部に報告すべきと考えます。作戦規定ですから」

 「許可する」

 太陽系の司令部はなんと記録するのか。巡洋艦アリシューザーはベルアイル星系においてメタリワーム艦と

遭遇し交戦状態に突入せり,というところか。ささやかな墓碑名だな。いや違う, アリシューザーは敵艦

を完全に殱滅せりだ。

 そうでなくてはならないのだ。

この艦をこの星系に派遣した司令部の決定は正しかった。それを彼等に知らせるべきだろう。

 「リサ,交戦距離到達までの時間は」

 「四時間です」

 「宜しい。艦内の全システムをチェック 。更にプローブ発射。敵のデータを集めろ」

 「了解」

 続く三時間,スパロウは艦内の各システムを黙々とチェックした。これまでに何百回と行ってきた作業だが,

 これが最後になるだろう。チェックはちょうど終わったその時,リサが報告した。

 「艦長,プローブが敵艦の映像を送って来ました」

 「メインスクリーンに出してくれ」

 スクリーンに暗黒の宇宙を背景にして恒星の光を浮かびて光る巨大な銀灰色の球体とその後部から噴射される赤い

噴射炎が写し出された。

 こいつが俺の最後の敵か,いいだろうやってやるさ。

 亜理抄。俺の最後の戦いだ。よく見ているがいい。君には何もしてやれなかった。だからせめて,

俺にはこれぐらいしかできないのだ。 多分,俺の人生はこの時の為にあったのだろう。それも良いではないか。

 「リサ,アルタに連絡しろ一時間後に本艦は敵と交戦状態に入る」

 「了解」

 

 アルタの地上で真理子は不安と期待のいり混じった表情で夜空を仰いだ。

 もうじきだ。もうじき私達が生き残れるか自決用の毒が入ったジュースを飲むかが決まるのだ。

 ふと彼女は肩に掛かる夫の手に気付いた。

 「そろそろ地下室に入ろう」彼女はこっくりとうなづいた。それからふいに言った。

 「ねえ,あなた」

 「なんだい」

 「巡洋艦アリシューザーのスパロウ艦長」

 彼女はもう一度夜空をふりあおいだ。

 「どんな人かしら」

 ロイも同じ様に夜空を見上げて答えた。

 「きっと優れた戦士だよ。今のぼくらは彼を信じるしかない」

 「そうね」

 二人は無言で地下室へと歩いた。

 

 艦橋のメインスクリーンには相変わらず敵艦の巨体が浮かんでいた。突然その外見に変化が生じた。

球形の艦体各所に配置された発射口が開き無数の物体がまばゆいばかりの噴射炎を吐いて射出された。

 リサが報告した。

 「敵艦が高速物体多数発射,ミサイルです。約一万発」

 おいでなすったか。チャンスは一度きり。この秒速数千キロの相対速度では一旦すれちがってしまえば

もう戦闘のチャンスはない。

 スパロウは命じた。

 「反物質砲,弾幕発射用意,目標敵ミサイル群」

 リサが答えた。

 「了解、目標ロックオン」

 「よし発射のタイミングはまかせる。ビーム発射後、光学センサー以外の全センサーを オフにせよ光学

センサーは対ショック,対閃光モードにセット」

 「了解」

 円筒状の艦体の艦首から反物質プラズマビームが発射された。

 数秒後,メタリワームのミサイル群に命中,反物質の発揮するエネルギーは凄まじい。ミサイル群の殆どが

爆発し,その閃光が束の間,宇宙空間を超新星さながらに照らした。 膨大なエネルギー衝撃波がアリシューザー

の艦体を大地震のように揺さぶる。おそらくこの膨大なエネルギーの放射によって敵のセンサーは焼き切れてしまっただろう。

 無論すぐに自動修復機能が働くだろうが,しばらくは役に立つまい。こちらも同じ事にならない為に全てのセンサーを前

もってオフにしたのだ。

 ふだんは薄暗いアリシューザーの艦橋はモニターから放射される爆発の閃光で満たされた。その艦橋でスパロウは叫んだ。

 「全センサー再始動せよ。敵艦に向けて最大加速。反物質砲,メインビーム発射用意」 リサが相変わらず冷静な声で答えた。

 「了解」

 閃光が消え、メインスクリーンに再び敵艦の巨体が浮かび上がった。

 強烈な加速のGに押さえつけられながらも,スパロウは敵艦をにらみつけた。

 敵艦からまたしてもミサイル郡が発射された。さっきよりずっと多い。

 リサが報告する。

 「敵艦より更にミサイル。約二十万発」 スパロウは冷静に判断した。敵はセンサーが使えないので数にものを言わせる気だ。

 「反物質砲,弾幕斉射用意。弾幕を艦の前方にしぼれ。反物質砲で敵の弾幕に突破口を開き,そこから一気に突入だ。

こっちのセンサーのガードを忘れるな」

 リサが相変わらず冷静に答える。

 「了解」

 再び反物質プラズマのビームがアリシューザーから発射され,アリシュザーの軌道前方から接近するミサイル群を捕らえ

更に猛威を発揮した。すさまじいエネルギーが敵ミサイルを巻き込んで爆砕するか,木の葉の様にふきとばした。

 アリシューザーの艦体にも巨大なハンマーを叩きつけた様な振動と轟音が走る。

 「今だ,全力加速,一気に突っ込め」

 この一撃に全てをかける。この一撃に。    

 アルタの人々は地下室に集まり,口数も少なくただ待っていた。まつ以外に何もできないという事はあまりにつらかった。

 ロイが時計を見つめて言った。

 「そろそろ戦いが始まっているだろうう」 真理子が答えた。

 「大丈夫,アリシューザーを信じましょう。守ってくれるわ」

 自分も含めてみんなを落ち着かせる為にはそう言うしかないのだ。

 巡洋艦アリシューザー,そしてスパロウ艦長。あった事もない艦長,見たこともない巡洋艦。

それが今や自分達の運命を握っているのだ。握って戦っている。

 突然,通信機から,バリバリっという凄まじい雑音が響いた。一瞬だれもが耳をおおいかけた。

 ロイが通信機に取りついた。

 「こいつは通信波じゃない。相当に強力な電波雑音だ。それも宇宙からの」

 真理子がつぶやいた。

 「それじゃ」

 「ああ,おそらく戦闘の出すノイズだ。いよいよ始まったんだ」

 真理子は亜理抄を抱き締めてささやいた。 「神様」

 

 アリシューザーのエンジンは最後の一グラムまで推力を振り絞って,まばゆいばかりの噴射炎をはきだしていた。

 スパロウが怒鳴った。

 「敵艦にまっすぐ突っ込め」

 猛烈な加速のGが体を締め上げた。しかしスパロウはもうそんなな物は感じなかった。 ここが勝負だ。俺の勝負時だ。

 「反物質砲,メインビーム発射用意完了、敵艦に照準ロック」

 「撃て」

 アリシューザーの艦首から長大な反物質プラズマのビームが射出された。殆ど光速に近いまでに加速された反物質プラズマ

は宝石の固まりの様な輝きを放ちながら敵艦に向かって突進する。

それはまさしく猛威を秘めた破壊神の槍先そのものだった。

 ビームは虚空を一気につき抜けてメタリワームの巨艦につきささった。次の瞬間に反物質の全てがエネルギーと化し、

巨大な火球がメタリワームの巨艦を飲み込んだ。

 スパロウは自分の勝利を知った。

 俺は勝った。これでいい,後はアルタの人々が無事ならそれでいい。心からそう思った。次の瞬間,

メタリワーム艦を飲み込んだエネルギーの波がアリシューザーをも飲み込んだ。 

                   

 通信機からはこれまでより遙かに大きな雑音が流れ出した。

 アルタの地下室で通信機の回りに群がっていた人々は思わず顔をしかめた。

 ロイがボリュームを最低に落とし,受信周波数を幾つも切り換えたが受信状態はまったく変わらない。

 ロイが言った。

 「もの凄い量のエネルギーが放射されているらしい。それしかわからない」

 別の男が苛立たしげに言った。

 「一体,どっちが勝ってるんだ」

 真理子が落ち着いた声で言った。

 「大丈夫よ」

 一同を見回して彼女はもう一度言った。

 「大丈夫よ,アリシューザーはやってくれるわ」

 理由もなく彼女はそう知っていた。

 

 煙と火花が充満した艦橋でスパロウが怒鳴った。

 「損害を報告しろ」

 「メインレーダー大破,修復不能です。その他にも損傷がありますが,致命的な物はありません。

バサードラムジェット も多少の損傷がありますが修復可能です」

 「そうか」

 どうにか助かったな。

 「ですが反物質は全て使い果たしてしまいました」

 それはいい、最初から覚悟していた事だ。

 「アルタへの影響はどうだ」

 「アルタまでの距離と放射されたエネルギー量からみて住民や惑星の環境には影響ないはずです」

 良かった。本当に勝ったのだ。

 「通信システムは生きてるか。アルタと話したい」

 「通信システムも損傷していますが,二時間程で修復可能です。ちょうどその頃に本艦はアルタに最接近します」

 「わかった」

 これでいいそうこれでいいのだ。

 勝った。そして終わった。

 通信機からのノイズが途絶えてて二時間がすぎた。人々はただ待ち続けた。

 突然通信機の画面に一人の男が現れた。

 「こちら,巡洋艦アリシューザー。アルタ応答されたし。本艦は既にアルタのすぐそばまで来ています。

メタリワーム艦は完全に殱滅しました。もう心配する事はありません」 一瞬,室内に静寂が流れた。

それは不安から歓喜へと切り替わる一瞬であった。

 次の瞬間,人々は歓喜を爆発させた。皆が歓声を上げ誰かれ構わず抱き合い,飛び上がった。

真理子も夫と抱き合って喜びの涙を流した。

 その姿は巡洋艦アリシューザーのメインスクリーンに写し出された。

 これが俺の守った人々か。本当に良かった。俺の人生もすてたもんじゃなかった。

 生まれてきたのは無駄じゃなかった。

 ロイがマイクを掴んでスパロウに話かけてきた。

 「艦長,感謝します。この上は一刻も早くじかにお会いしたい。あなたと部下の皆さんを我々の星にお迎え

したいと思います」

 スパロウは微笑して答えた。

 「残念ながらそれは出来ないのですよ」

 そして説明した。この艦には自分以外の乗組員がいない事。

そしてアリシューザーは彼等の星のそばを通過する事しかできない事。二度と再び彼等には会えない事を。

 スクリーンに写る人々の顔に驚きの色が浮かんだ。

 「では艦長,あなたは御自分が死ぬと分かっていて我々の為に・・」

 スパロウは穏やかに微笑して答えた。

 「これが私の義務ですからね。それに死ぬと完全に決まっているわけでもない」

 たとえ決まっていてもこの人はやってくれただろう。真理子はそう確信した。そう,この人はそういう人だと。

 真理子が言った。

 「艦長,感謝します。あなたの御厚意は決して忘れません。決して」

 声が涙につまった。

 スパロウは真理子の腕に抱かれている小さな女の子に暖かい視線を向けた。

 「かわいいお嬢さんですね」

 真理子が涙を拭いながら答えた。

 「娘の亜理抄です」

 「亜理抄ちゃんですか。良い名です。だれかの名前を貰ったのですか」

 「ええ,私の祖母の名を貰ったんです」

 ああ,やはりそうだったのか。

 ロイが言った。

 「艦長,私達は決してあなたから受けた御恩を忘れません。あなたの名を我々の子供たちに語りつぎ・・」

 スパロウは笑みを浮かべてさえぎった。

 「無用です。あなたがたが生き延びて下さる事が私にとって最大の喜びです。それから太陽系にはあなた方の事を

報告しておきました。おそらく数十年後には別の船がくるでしょう。本来なら私があなたがたを太陽系にお連れしな

くてはならないところなのですが」

 ロイが答えた。

 「あなたは我々を守ってくださった。それだけで私達には充分です。それに私達はこの星で生まれ育ちました。

太陽系に行きたいとは思いません」

 「それは理解できます」

 彼等は誰の助けもかりずにやってきたんだからな。

 「さて,そろそろ私は艦の修理と冷凍睡眠の準備にかからねばなりません。もうお会いする事もないでしょう。

さようなら。皆さんの平和を祈っています。」

 真理子が言った。

 「さようなら艦長,けっして忘れません」 何よりの花むけだ。スパロウは敬礼して通信を切った。

これで役目は終わった。完全に。


 真理子が叫ぶ様に言った。

 「外へでましょう。もう大丈夫よ」

 賛同のつぶやきが重なり人々は地上に通じる階段に群がった。夜空が異様に明るい。

  遙か東の星空に強く輝く星があった。おそらく撃破されたメタリワーム艦がプラズマ化して輝いて出しているの

 だろうとロイは言った。

 突然,真理子と手をつないでいた亜理抄が声を上げた。

 「ママ,流れ星よ」

 真理子は一瞬はっとして娘の指差す方向を見た。東の空から白い光りを放つ流れ星が凄い速さで空を横断していく。

 真理子はかすれる様な声で言った。

 「あなた,あれは」

 ロイが答えた。

 「ああ,アリシューザーだよ。きっと」

 亜理抄が無邪気な声を上げた。

 「ねえママ,流れ星にお祈りをすると願いがかなうんでしょう」

 真理子が答えた。

 「ええ,そうよ」

 ふと真理子は涙がこみあげてくるのを感じた。

 「願い事をなさい。いえ,祈りなさい。あの星にね」

 あの星はあなたを守ってくれたのだから。私達みんなを守ってこの宇宙を永久にさすらうのだから。

 真理子が呟いた。

 「不思議ね。スパロウ艦長。あの人,ずっと昔に合った様な気がするの。何故かしら」

 アリシューザーのキャビンでは,スパロウがワイングラスを手にして眼下の惑星アルタを見つめていた。 

 現在のアリシューザーの位置からでは夜の半球しか見えないが。

 しかし,あの夜の闇もそんなに長くは続かないだろう。

アルタが移民星として理想的な星である事は既にわかっている。

遅くても二百年以内には太陽系から数百万人の移民団が押し寄せるだろう。あの星に不夜城の様な高層ビルが立ち並ぶ

大都会が出現するのは間違いない。

 その時アルタにいる彼等は,いやかれらの子孫はどうなるのか。

 恒星間移民法によって彼等は最初の植民者としての権利を保証されるだろう。

しかし,やがては彼等も太陽系から押し寄せる人の波に飲み込まれていくだろう。

 それは時代の流れであり,自分にはどうしようもない事だ。


 今度の戦いも束の間の夢だったのかもしれない。

 「艦長,破損箇所の修復完了しました。完全冷凍睡眠も準備完了です」

 「わかった。では五パーセントに賭けるとするか」 反物質燃料を使い果たした今、残された推進手段はバサードラムジェットのみだ。

 しかしバサードラムジェットだけで太陽系に帰還する事はまったく不可能ではない。

 軌道に対して横方向に加速を行い、半径数光年に及ぶ巨大な半円を描いてUターンし,太陽系への帰還軌道に乗る事は可能だ。

しかし,それでは当初の予定よりも遙かに長い航宙を行う事になる。

 リサはその場合,太陽系への帰還は艦内時間で百二十年後になると計算していた。

 そうなると厄介な問題が生じる。

 冷凍睡眠に必要な低代謝薬品の量が決定的に不足するのだ。

 冷凍睡眠中の人間は完全に新陳代謝を停止するわけではない。新陳代謝を極めて低いレベルに抑えて細胞の老化を防ぐ状態に

おかれるのだが,最低限度の代謝を維持する為の薬品がアリシューザーには八十年分しか搭載されていないのだ。

 残された方法は一つ新陳代謝を完全に停止させた完全冷凍の状態で航宙期間を過ごす事だ。

 しかし,この完全冷凍状態の冷凍睡眠は連合宇宙軍の将兵から氷の柩と呼ばれ.恐れられていた。

 この状態からの蘇生確率は現在の技術では五パーセントに満たないのだ。すなわち太陽系へのスパロウの生還は殆ど

不可能になるのだ。

 それでも良い、覚悟していた事だ。

 もし太陽系に戻って,運良く蘇生に成功したら,俺は再びこの星系に来るかな。

 そしてあの星に築かれた都市の大通りを歩けば,あるいは亜理抄にそっくりな女性に出会うかもしれない。

これも淡い夢だな。

 いや、亜理抄にそっくりでなくてもいい。生きていれば出会いがある。俺が愛する誰か、俺を愛してくれる誰かと出会えたら。

それでいい。

 リサの声がそんな思いを破った。


 リサが答えた。

 「七パーセントです」

 「なに?」

 「たった今,太陽系からの定時連絡を受信しました。完全冷凍状態からの蘇生率は二パーセント向上しました。現在も研究が

続いていますから本艦が太陽系に帰還する頃には更に蘇生確率は向上しているでしょう」

 「そうか,結構な事だな」

 数分後,スパロウは冷凍睡眠用のスーツを装着してカプセルに横たわっていた。リサが告げた。

 「冷凍睡眠システム,オールグリーン」

 「よし,さっき作成した報告書は太陽系に送信したな」

 「送信しました。あの艦長」

 そういって数秒間リサは沈黙した。

 「なんだ」

 「良い夢を」

 「ほう,気のきいた事を言うな。しかし,ありがとう」

 ふとある思いがスパロウの頭に浮かんだ。 「リサ」

 「はい」

 「本当に俺が手に入れた物はお前だけかもしれんな。よくやってくれた」

 「私は,このアリシューザーの一部にすぎません」

 スパロウは笑った。

「そうだな。しかしそれは俺も同じ事だ」



  ずっと昔に合った人 -完-        


つたない小説ですがいかがでしたでしょうか。



         

 

一人の孤独な男と人工知能、そして一隻の巡洋艦の戦いの物語でした。いかがでしたでしょう。

換装など読ませていただければ幸いです。

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