旅人よ、振り向くことなかれ
血まみれになったスタンダスタは急いで自分の家に帰った。
「気持ち悪りぃよー!!」
スタンダスタが家に帰ってからの第一声だった。
「どうしたの?スタン・・・って何よそれ!!」
いきなり血まみれで帰ってきた息子に、驚きを隠せないミルディア。とりあえず、スタンダスタをすぐに風呂場へと向かわせた。
数分後、血を洗い流したスタンダスタが風呂場からあがってきた。
「いやースッキリした!!」
「何があったの!?さっきの血はどこでつけてきたの?」
「聞いてよミルディアちゃん!!ボク初めてナイフを使ったんだよ!外に牛みたいやついるでしょ?あいつをパパっと殺ってきた」
「殺ってきたって・・・どうしてそんなこと、、、もしかして、あなたここから出るの?」
「そういえば、ミルディアちゃんに言ってなかったね。、、、うん、ボクはここから出ていくよ。少し寂しくなるけど、、、分かってくれるよね?」
16才になると、この村から出ていくしきたりがある。もちろんミルディアもその事は知っている。いずれ、息子のスタンダスタもそうなるだろうとは思っていた。母親として寂しさもあるがそれと同時に、決して体が強い訳ではなかったスタンダスタがナイフを扱い、そして親離れすると決めた事。それがミルディアにとって「嬉しい事」でもあった。
「・・・大きくなったんだね。私はスタンダスタを応援するわ。でも、危険なことは絶対しちゃダメよ!そして、いつでもここに帰ってきても良いんだからね。ここはあなたの「帰る場所」なんだから。」
「ありがと、ミルディアちゃん。・・・あ、リオの事忘れてた。ごめん、もう行くね。とりあえず、隣町に着いたら連絡する!あ、ミルディアちゃん!こっち向いて!」
「えっ?」
パシャ
1つのリュックで収まるほどの荷物と「カメラ」を持ち、そしていきなりの事で驚くミルディアちゃんの顔をフィルムに納め、スタンダスタは家を後にした。
「ちょっとブレてる・・・いいや、急ごう」
「重ーい!!!」
スタンダスタが仕留めた牛に似たモンスター「カウランサー」は、ゼル村では貴重なタンパク源だ。そいつ1匹で4人家族なら半月は、肉に困らない。とにかく「デカイ」のだ。そんなデカイカウランサーをリオは一人で引きずっていた。最初は浮かれていたが、いつしか「なぜこんなデカイやつを一人で引きずっているのだろうか」と自分に問いかけていた。そして、腕はもうパンパンだった。
「おーい!!リオー!!」
血を洗い流していたスタンダスタが、走って戻って来た。
「ちょっと!仕留めたと思ったら、いきなりどっか行っちゃって・・・って、それよりスタン!!これ家まで運ぶの手伝いなさい!!」
「え、これ一人でここまで持ってきたの!?大変だったでしょ!あ、ちょっと・・・」
リオの事を心配しつつ、キツそうな顔をしたリオに向かってカメラを構え、シャッターを切った。
「カメラで撮ってないで、さっさと手伝いなさい!!」
「だって、こんなリオ見れるなんて珍しかったから・・・」
どうせ撮るなら、もっと良い場面を撮ってよ、、、私だって女の子なんだから。
「はーい!」
スタンダスタはカメラを首にかけ、リオの家までカウランサーの足を掴んで二人で引きずっていった。
約5分後、なんとかカウランサーをリオの家の前まで引きずることが出来た。この5分は二人にとってものすごく長く感じた5分間だった。
「はぁはぁはぁ・・・」
「はぁはぁはぁ・・・」
家に着いた途端、引きずったことの達成感と今まで味わったことのない疲労感がドン!と来て、二人は息切れてしまった。息を整え、落ち着いたところでリオが喋りだす。
「そういえば、今日お父さんいないんだったわ・・・仕方ないわね。スタン!あたしたちで、さばくわよ!」
「何を?」
「ここにきて、「魚さばくわよ!!」なんて言うと思ってるわけ?こいつよ、こいつ!!」
リオが指差すもの・・・勿論、スタンダスタが仕留めたカウランサーだ。
「待ってリオ、こんなデカイのいくらあっても時間が足りないでしょ!ボクさばくの初めてだし・・・」
「大丈夫よ!2時間で終わらすわ!スタンは、あたしの言う通りにしてくれれば良いから!」
「え、2時間もかかるのか、、、」
「はいそこ!文句言わない!まずは内蔵から取り除くわよ!早くしないと!!肉は鮮度が命!!」
「あ、はい!!」
スタンは、リオの言われるがままに手を動かす。スタンのナイフの技術がすごいのか、リオの指示が的確だったのか、1時間もしたら肉はすべてさばき終えていた。
「思ったより早く終わったわね、、、」
「あんな巨大なものを、みんなが肉として口に出来るように、こうやってさばく人がいるんだよね、ボクらが知らないだけで。こんな大変だとは思わなかったよ、、、見えないところで、大変な思いをしてる人たちが居るから今こうして僕たちが生活できてるんだよね。縁の下の力持ちって言うのかな?そんな人にボクはなりたいな」
スタンダスタが思いを語る一方、リオは庭の端で血を洗い流していた。
「なに~?なんか言った?」
「ボクの語りを返してよ!!」
「スタンも早く、血を洗いなさい!洗い終わったら、二人でバーベキューをしましょ!旅の記念にね!で、バーベキュー終わったら、すぐここを出るわよ!!」
いよいよ、二人はこのガル村から出る。二人は気持ちが高ぶっていた。純粋に旅を楽しみたいと言う気持ちがある。そして不思議と不安はなかった。一人ではないから。これでガルと合流したら、もっと楽しくなるんだろうな~なんて思ったり。
リオは庭の中央に、木材を高く組み立て始めた。そして、火をつけた。
「これ1回はやってみたかったんだけど、作ってて思ったのよね・・・なんだっけこれ?」
「漠然としすぎる、なんだっけだね、、、これってキャンプファイヤーじゃないの?」
「そうそう!キャンプファイヤー!!なんだか、炎を見てると落ち着くのよね。暖炉の炎と同じ感じで。」
「リオの家って暖炉あったっけ?」
「たとえ目の前に無くたって、豊かな創造力さえあれば・・・」
「うん、やっぱ無いよね」
「うるさいわね!もう!・・・その肉食べたら、ここ出るわよ!!」
リオは腕を組み、顔を膨らませながらそっぽを向いた。スタンダスタは、ニヤニヤしながら「はーい!」と言葉を返した。
時刻は夜7時を過ぎている。しかし周りは、やけに明るい。雪が多い地域によくある「雪焼け」という、月の光や街灯の明かりが積もった雪に乱反射して、夜なのに周りが明るくなる現象のためだ。今でこそ、よく見る現象だから特に驚きはしないが、初めて目の当たりにした時は「この世の終わりなのでは、、、」と思ったくらい驚いたものだ。
その明るさのせいか、遅い時間に村を出ることにそれほど恐怖心はなかった。
バーベキューの片付けを済ませ、リオは旅の荷物を取りに一旦家の中へと戻っていった。待っている間に、キャンプファイヤーの火が消えて少しだけ周りが暗くなった。しばらくすると
「バタバタバタ!!!」
リオの家がなにやら騒がしい。リオが階段から転げ落ちたのか、部屋でなにか探し物をしているのか・・・そんなに急がなくてもいいのに、、、とスタンダスタは思う。
「リオ~!!大丈夫?」
スタンダスタは大声でリオに呼び掛けた。
「大丈夫よ~!ただ階段を踏み外しただけだから~!!」
本当に大丈夫なのか、、、ま、本人が大丈夫だと言ってるから・・・ね。ほんの少しだけ不安になりながらもスタンダスタは待ち続けた。
「お待たせ~!!さぁ行くわよ!!」
リュックサック1つだけ背負って、やってきたリオ。
「あんだけ激しい音出してた割には荷物少ないね?」
「当たり前よ!必要最低限の衣類と日用品だけよ、余計なものは邪魔になるだけだからね。あとは・・・」
リオは大きな剣を手に持っていた。
「姉さんが使ってた剣よ。これは私の武器であり「お守り」なの。これさえあれば、もう安心よ!姉さんが守ってくれる・・・」
しばらく剣を見つめるリオ。エルネスの事を思い出しているのだろうか、、、そして、頷き「よし」と一言。
「ねぇ、リオ。パパさんに会っとかなくても良いの?」
「いいわよ、今日の朝会ってるわけだし。変に会っちゃうと、、、ほら、寂しくなるじゃない?だから、、、いいのよ」
忘れているかもしれないが、リオは今日の早朝5時半にスタンダスタの家に来ている。会ってるとは言っているが、パパさんは恐らく寝ていたはず。そして普段強がりなリオも、いざ家族と離れるとなると寂しくなるのは当たり前。それでも恥ずかしさがあり、面と向かって「行ってきます」が言えないのだろう。家族の関係にとやかく言うつもりはないスタンダスタは
「そっか」
と言うだけだった。
二人は、ゼル村を後にした。村を出るまで、そして村を出てからも一度も振り返ることはなかった。
二人が最初に向かおうとしている街は「ワームガルダ」という、ゼル村から歩いて30分ほど離れた場所にある港町だ。この街から出るフェリーは、様々な大陸へ行くための「唯一」の手段である。その為、様々な人種が毎日のように行き交う。夜であっても、どこもかしこも騒がしい。「眠らない街」と言っても過言ではないだろう。そんなワームガルダに行く理由はもちろん「ガルを見つけるため」
ガルの最終目的地は分からないとしても、いずれにせよワームガルダに向かうことは間違いない。ガルがフェリーに乗る前に、会わなければいけない。リオとスタンダスタに時間はあまり残されていなかった。
「ねぇスタン、そういえばガルっていつゼル村から出たの?」
「ボクの誕生日の前日だから・・・2日前だね。」
「あら、そんな最近だったのね。どうせなら、スタンの誕生日まで居たら良かったのに・・・」
「ガルって思い立ったら即行動!!みたいなタイプじゃん?旅出よう!って思ったのが、たまたまボクの誕生日の前日だったってだけだよ。」
「そうね。ま、2日前ならまだワームガルダにいる可能性は高いわね。でもモタモタしてる暇はないわ!急いでワームガルダに行くわよ!」
リオは持っている剣を目的地の方向へと振りかざす。
「リオ・・・ワームガルダはあっちだよ。」
リオとは逆方向へ指を指すスタンダスタ。
「スタン、急がば回れよ」
「いや、こっちにしかワームガルダに続く道ないから!!」
スタンダスタは、間違いを認めず意地でも我が道を行こうとするリオの腕を掴み、強引に引っ張り何とかワームガルダへの道へと引きずり出すことが出来た。
ワームガルダまでは決して遠い距離ではなくガル村からでも街の明かりが見えるくらいなのだが、ほんの数十分前から猛烈に雪の降る勢いが強くなり、膝下まで積もっている雪のせいで到着までに大分時間がかかっていた。リオに至っては、エルネスの形見の剣が邪魔で
「歩きづら~い!!!」
と叫びながら歩いていた。途中
「疲れた~!!」
と、叫んでいたので
「叫んでるからじゃないの~?」
とスタンダスタが返したところ
「確かに~!!」と返ってきた。真に受けたのか!とスタンダスタは驚き、さすがに可哀想かもと思ったのか、ワームガルダまでの道中、リオの剣を持ってあげることにした。
「そういえば、思ってたよりもモンスター見当たらないね。」
スタンダスタは、リオに「村から出たら危険がたくさんだから!」と散々言われていたので、かなり構えていたのだが余りの敵の少なさに少し拍子抜けしていた。
「そりゃ、こんなに寒くて雪も積もってんだからモンスターだって動きたくないでしょうよ!変な話、こんだけ雪が降ってるのは、あたしたちにとっては好都合なのよ!」
「そうだね、今のぼくたちにとってはモンスターが居ないに越したことないもんね~。あー平和って素晴らしい!」
「・・・スタン、どうやら平和じゃなくなるかもしれないわ。」
急に声色を変え、怖いことを言い出すリオ。そして、スタンダスタが持っていた剣を奪い取り、走り出した。
「ちょっと、リオ!!」
「スタン、走るわよ!!」
「いきなりどうしたの?」
「とにかく走る!!!」
訳も分からず、スタンダスタはふと後ろを振り返ると遠くから5匹ほどのカウランサーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。どうやらリオの叫び声に反応したらしい。スタンダスタは、前を向き一つ深呼吸。そして・・・走る。
「リオ~!!待って~!!」
二人は全力で走った。リオは足で雪を掻き分けながら必死に走る一方、スタンダスタはリオが通った道を「必死」に走り抜ける。
走り続けて5分ほど経った頃、相手が根負けし走るのを止めて、すたすたと何処かへ去っていった。
ぜぇぜぇと、息切れしているリオ。膝に手を当ててはいるが、それほど疲れた様子では無さそうなスタンダスタ。同じ距離を走ったとは到底思えないくらい、二人は対照的な疲れ様だった。
「スタン、、、アンタ、、、あたしが掻き分けた道を、、、、アンタ、、、楽しやがって」
女の子が言ったとは思えない捨て台詞を吐き、リオはスタンダスタを睨む。スタンダスタは「ゴメンゴメン」と謝る。
「でもさ、これ見てよ!!」
スタンダスタが指差すところを見てみると、1つの看板があった。そしてそこには
「ワームガルダ」
と書かれていた。
「着いたよ!ワームガルダに!!」
随分と走ったお陰で二人はワームガルダの目の前まで来ていたのだった。
険しい顔をしていたリオも、看板を見るや否や笑顔になり、そして立ち上がりワームガルダの入り口に向かって歩き出した。
「スタン!!さっさとホテル予約取るわよ!!早くお風呂に入りたいわー!」
リオは、さぁ行くわよ!と言い、手招きをした。
「そうだね!ボクもゆっくりしたいかな、、、」
少しばかり、身の危険が迫ったが二人は無事ワームガルダへ着いた。二人は街にいる人に道を聞きながら、なんとかホテルへたどり着き、各々の過ごしたいようにその日は過ごした。本日はすでにフェリーの最終便が終わっていたため、急いでガルを探さなくても大丈夫だろうと判断し、ガル探しは明日から始めることにした。