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キンモクセイに星が降る  作者: せせり
ママの恋人
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 うろうろ迷っているうちに、間違ってよそのテリトリーにはいってしまった犬みたいな気分だった。あてずっぽうな音であふれる、放課後の音楽室。

 同じクラスで吹奏楽部のなかちゃんに、うっかり「オーボエって、どんな楽器?」と聞いてしまったのがいけなかった。熱血音楽少女のなかちゃんは、新入部員獲得のチャンス! とばかりに、あたしを音楽室まで引っ張ってきたのだ。 あたしは音楽室のすみっこにぽつんと立って、手際よく椅子をかたづけたり楽器を組み立てたりしている生徒たちを見ていた。あたし、完全によそ者だ。

「いつき。紹介するね。こちら三組の羽村。うちの部のオーボエ吹き」

 あ、ども、と羽村くんは遠慮がちに頭をぺこりと下げた。

「あ、これがオーボエ、です」

 黒くて細長い楽器を見せてくれる。銀色の金具がぴかぴかしている。まだ新しいみたいだ。

「へーえ。クラリネットに似てるね」

「んー。ぱっと見はね。ほんとは結構違うんだけど……。ま、いいや。ちょっと羽村、一曲吹いてみせてやって」

 なかちゃんは羽村くんのきゃしゃな背中をぱんと叩いた。いてえな中根、なんて言いながらも、羽村くんはこほんと咳払いして、オーボエを吹いた。

「あっ! チャルメラだ! チャルメラの音!」

 つい、大きな声を出してしまう。近くにいたフルートを持った女の子がじろっとこっちを見た。恥ずかしい。

「羽村あ。あんた、なんかもっとマシなの吹いてよ。白鳥の湖とかさあ」

 なかちゃんがあきれ声を出す。

「わかったよ、白鳥の湖だな?」

 ふたたび吹きはじめる羽村くん。あたしでもよく知ってる、あの有名なフレーズを、とちりながら止まりながら吹いている。これじゃあまだまだ白鳥未満、みにくいあひるの子だ。

「修行が足りん!」

 なかちゃんがキレて羽村くんにケリをいれる。あたしはにが笑いした。

「ありがと、ふたりとも。じゃ、あたし、そろそろ帰るね」

「えー。もうちょっと見ていけば? ほかの楽器も紹介してあげるよ」

 なかちゃんはあくまでわたしを吹奏楽部にひきいれるつもりらしい。

「ごめん。先に言っとくけど、あたし、入部は無理。いろいろ忙しいし」

「えー? だって、いつき、やっと家の手伝いから開放されるんでしょ? これからいろいろ好きなこと始めるチャンスじゃん」

「え?」

 思わず聞きかえしてしまう。今、なんて?

「いつきのママ、再婚して、専業主婦になるんでしょ」

「なかちゃん。それ、だれから……」

 聞きかけてやめた。美里だ。ママのこと、美里にしかしゃべっていない。いくらなかちゃんが仲良しだからって、こんなにすぐ人にしゃべるなんて。しかも、話に尾ひれがついてるし。ママに彼氏ができたって話が、どうして再婚するって話にまで飛躍しちゃうの!

 思わず、はああっ、と大きくため息をついた。

「再婚なんてしないよ。彼氏ができたってだけ」

「そうなんだ。しょうがないなあ美里のやつ」

 なかちゃんはぽりぽりと頭をかいた。

「それにね、万が一、万が一だよ、ママが再婚するとしても、絶対仕事はやめないから」

 病院で仕事しているママを見たことがある。ママはくるくると忙しそうにはたらいていた。ママは銀色の器具のたくさんのったトレイを運んでいるところで、すれちがう入院患者さんにやわらかくほほえみかけていた。あたし、そんなママをほこらしく思ったんだ。

「どしたの、いつき」

 ひとりこぶしを握り締めて熱くなるあたしに、なかちゃんが不思議そうに首をかしげた。

「ごめん。とりあえず今日は帰る。用事があるんだ」

 気のすすまない用事。ほんとは音楽室に居残ったほうがはるかにマシかもしれない。しかも今日は金曜日、「キンモクセイ」でコンサートがある日。でも、それも行けそうにない。

 あたしはなかちゃんと羽村くんにもう一度お礼を言って、音楽室をあとにした。


 あたしは車の助手席にすわり、ママを待っていた。めんどくさいから、着替えずに制服のまんま。

 これから古賀さんに会いに行かなければならない。古賀さんのつとめる宇宙館の近くにおいしいカレー屋さんがあるらしく、今から出てちょうど着くころに古賀さんの仕事が終わるから、そこで待ち合わせてごはんを食べることになっている。

「ごめん、いつき。ちょっと時間かかっちゃった」

あわただしく運転席に乗りこみ、乱暴にドアをしめるママ。あたしは何も言わない。

 ママはいつもより念入りにお化粧しているのか、少しはなやいでみえる。仕事に行くときだって、きちんとメイクしてめがねもコンタクトにしてるけど。

 だけど今日は……、ふんわりした素材のワンピースにオフホワイトのジャケットだし、ピアスもいつものシンプルなひと粒パールのじゃなくって、ゆらゆら揺れる可愛いやつだし。それに、口紅も、はじめて見る色。

 ……うんざりする。ママにも、そんなことに目ざとく気づいてしまう自分にも。

 車ははしる。街の中心部をぬけて、山手のほうへ、山手のほうへと。

 人家がだんだんまばらになってくる。山の斜面をけずるようにつくられた、だんだん畑。黄金色の稲穂がそよぐ田んぼ。もう収穫を終えた田んぼもある。積みわらの脇で、おじさんが何かを燃やしている。ほそく長く煙はのびて、オレンジ色に染まった秋空へと吸い込まれてゆく。はんぶんだけ開けた窓から入り込む風は、干し草の焦げたようなにおいがする。どこかなつかしいにおい。

 あたしとママは互いにだまりこんでいる。ママが時々何か話しかけようとしてるけど、あたしは窓の外に視線をやって「話しかけるなオーラ」を出す。

 これからママの彼氏に会う。どんなひとだろう。へんなオッサンだったら嫌だな。でも、美里の言うように、イケメンだったとしても、それはそれでちょっとしゃくにさわるし。ていうかまじで向こうも子ども連れて来てたらどうしよう。ありえるよね。独身は独身でも、バツイチってことも、うちみたいに先立たれたってことだってあるわけだし。

 景色からだんだん畑すらも消えて、車はひたすら林の中をはしっている。曲がりくねった坂道がつづく。急カーブを曲がるとき、遠心力であたしのからだがかたむいて、ママのからだにふれた。

 いやだ。あたしはとっさにからだをひっこめた。それからすぐ、心のなかであやまった。ごめん。ママに対して、こんなこと思うなんて。

 どうしてだろう。今まで、こんな風に感じること、なかったのに。


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