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キンモクセイに星が降る  作者: せせり
サンタクロースはもう来ない
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 十二月二十四日。終業式、二学期最後の日。クリスマスイブ。

 美里は、「あーん今年もひとりきりのイブぅ」なんて嘆いている。

「ばっかじゃないのあんた。クリスマスってのはキリストの誕生日で、異教徒のカップルにはそもそも何の関係もないおまつりなの」

 なかちゃんは相変わらず冷静につっこむ。

「でも、小さな頃はたのしかったよ。サンタさんを信じてたころ」

 あたしは言った。

「小さな頃っていうか、いつきは五年生まで信じてたんだもんね。ありえない! ね、美里」

 なかちゃんがそう言うと、美里は小さくわらった。あの、テスト前のいさかいがある前だったら、もっとけらけら無遠慮にわらっていたはずなのに。また、あたしを怒らせはしないかと気づかっているんだ。

 あれからこういうことがふえた。一度だれかを傷つけると、必要以上に臆病になる。傷つけられたほうは、そうしたくなくても、そのひととの間にかすかな溝をつくってしまう。

 なかちゃんは、そんなあたしたちのあいだの空気を敏感に感じているみたいで、やたら明るくふるまっていた。そして、たいがいは空回りに終わっていた。

「きょうさあ、うちの部、商店街でミニ・コンサートやるの。ひたち小の金管バンドと藤高のブラスと合同で。三時からだよ。よかったら、ふたりで冷やかしにおいで」

 あたしと美里は顔を見合わせた。

「どうせふたりとも用事ないんでしょ? はい、決定!」

 そう言って、なかちゃんがぱんと手を叩き合わせたところで教室の扉が開いた。

「席につけー。いまから、クリスマス・プレゼント渡すからなー」

 入ってくるなり、先生が成績表の束を高々とかかげて意地悪くほほえんだ。教室中にわきあがるブーイングの嵐のなか、きょうは古賀さんと三人でパーティだし、春奈さんのコンサートもある、忙しいな、なんて考えていた。


 正午すぎにホームルームが終わり、あたしと美里は、学校近くのお好み焼き屋さんでお昼を食べた。ドラマの最終回の話とか、美里が好きな嵐の新曲の話とか、そんなあたりさわりのない話をしているうちに、すぐに三時近くになった。

 商店街の真ん中、手芸屋さんと文具屋さんの真ん中あたりにベンチのあるちょっとした広場があり、そこに段のある大きな台が置かれて即席のステージができていた。わきには大きなツリーがあり、赤や黄色の電飾がぴかぴか光っている。観客側には椅子なんてなく、当然、全員立ち見で、あたしはデジカメをかまえた保護者たちの熱気でむせそうだった。

 ステージでは、小学生はおそろいのチェックのブレザーに半ズボンでお行儀よく出番まちをしている。高校生たちは時おり声をひそめて何かささやき合っている。うちの中学の生徒たちがいちばん落ち着きなくて、うかれてこづき合ったり、やたら髪をさわったり、司会のお姉さんがしゃべっているうしろでピースしたりしていた。

「あ、なかちゃんだ」

 一番うしろの列で、金色にかがやく楽器を手に立っているなかちゃんは、あたしたちに気づくとこっそり手をふった。いちだん前の列の、ちょうどなかちゃんの前にいる羽村くんの肩をたたいて、こっちを指さす。羽村くんはすこしびっくりしたように目をくるっとまるめ、それからにっとわらって片手をあげた。

「それでは演奏していただきましょう。一曲目は、みなさんおなじみ『そりすべり』です!」

 司会のお姉さんが威勢よく言って、まばらな拍手が起こった。そして演奏がはじまった。

「なんか、これだけ人数いると、うまいんだか何なんだかわかんないね」

 美里がこっそり耳打ちする。うなずく。何せ、鈴だけで五人もいるのだ。もう、がちゃがちゃだ。

「でも、なかちゃん、この前の合同演奏会よりも、いいカオしてる」

 両隣を高校生たちにはさまれて、なかちゃんは堂々と、いきいきとトランペットを吹いていた。羽村くんはちょっと自信なさそうに、一生懸命楽譜を目で追っている。

 思い出していた。あのとき、演奏会に来ていた春奈さんと樹くん。桜の花のつぼみのようにきれいな春奈さんと、さえない樹くん。どう見てもアンバランスな組み合わせ。そう思うとちょっと安心して、同時にそんな自分に気づいて、あたしは少し戸惑った。


なかちゃんたちのコンサートは五時すぎにくらいに終わった。

「これから、どうする?」

 美里が遠慮がちに聞いた。

「ひさしぶりに、あたしんち、来る? ママがケーキ焼いてるよ」

 少し考えて、「きょうはやめとく」と返した。美里がかるく落胆したのがわかる。

 小学生の頃は、毎年、仲良しグループのみんなと、美里の家で手づくりのケーキやごちそうを囲んでパーティをしていた。音楽をかけて、プレゼント交換なんてして。なんだか遠いむかしの出来事みたい。

 今のあたし、あんな風にクリスマスというだけでわくわくで胸をいっぱいにすることはできない。正真正銘、あたしにはほんとうの意味でサンタクロースが来なくなってしまったのだ。ただただ、ひとりになりたかった。


 美里とわかれたあたしは、なんとなくひとりでぶらぶらしていた。携帯で時間を見る。もう六時か。

 今日は一日ゆっくりごちそうの準備するんだって、ママはりきってた。古賀さんのパエリヤがあれだけおいしかったんだから、ママもへたな料理は出せないよね。そんなことではり合ってどうすんのって感じだけど。

 今頃ママと古賀さんはふたりきりでまったりしてるかもしれないと思ったら、まだ帰る気にはなれなくて。アーケードはずれにあるショッピングセンターで時間をつぶした。ここには生鮮食品売り場のほかに、軽食コーナーや洋服屋さん、百円ショップやちょっとしたゲーセンなんかがある。ずっと本コーナーで雑誌を立ち読みしてたから、いい加減足が痛かった。

「恋人たちのクリスマス」が延々と流れる店内を、出口にむかって歩く。三歳くらいの子どもが、おもちゃ売り場の床に座り込んでだだをこねている。ママらしき女の人が、「言うこと聞かない子には、サンタさんは来ないよ!」と、キンキン声で叱りつけている。

 そういえば、あたしにはあんなことした記憶がない。わがまま言ったり、何かが欲しいとおねだりしたり、そういうこと。うちにはパパがいないから、よそのおうちよりお金がない。ママは何にも言わないけど、あたしはきっとそうなんだと思っていた。だからクリスマスが楽しみだった。サンタさんが相手なら、欲しいものを素直に伝えられた。

 五年生のクリスマスの朝、あたしの夢はこわれた。なかちゃんは笑ってたけど、あたしだってその頃にはもう、いくらなんでもまるまるサンタクロース伝説を鵜呑みにしてたわけじゃない。でも、「架空のサンタさん」を通してしか、あたしはママにわがままを言えなかったんだ。ママもそれをわかってて、サンタさんを演じてくれていると思ってた。なのに、その日の朝は枕元にプレゼント(確か、ブーツをリクエストしていた)なんてなにもなくて、放心しているあたしに、ママは言ったんだ。

「ごめん、いつき。今年はどうしても忙しくて、プレゼント買うひまがなかったの。今度デパート連れてってあげるから、一緒に買おう」

 あたしはもちろん泣いた。ママはうろたえた。

「ほんとにごめんね、そんなにブーツがほしかったの?」

 首をふる。

「まさか、本気でサンタさんを信じてたの?」

 目をまるくするママ。ママって何にもわかってないんだな、って思った。ママは、あたしをだます役割を放棄したんだ。あたしは、そのことが悲しかったの。

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