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キンモクセイに星が降る  作者: せせり
「大人の恋」って
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2

 家に帰って、ごはんの後、自分の学習机に伏せる。なんとなくひとりになりたくて。

 樹くんのことが頭のすみっこに引っかかってる。春奈さんとはどう見てもつり合わない感じだけど、ま、片思いは自由だし。でもさ。ママといい羽村くんといい樹くんといい、なんでみんなそんな簡単に誰かを好きになったりできるんだろう。

 台所から、ママが洗い物をしている音がする。今日はママは夜勤あけで、お休み。

 はじめてママに古賀さんを紹介されてから、三回ほど三人で食事に行った。

 古賀さんはやさしいし面白い話もたくさん知ってる。うちの学校の、四十代の男の先生たちと比べてみる。もしも古賀さんが先生だったら、ダントツ人気だったと思う。だけど、さ。

 テレビのある部屋に行く。気晴らしに何か観たい。ソファに腰かけて電源を入れると、いきなり男女のキスシーンが大写しになって、リモコンを落っことしそうになった。これ、「アンダンテ」だ。美里の言ってたドラマ。大人の恋、ってやつ。しかも不倫。

 たしかに、なかちゃんの言うように、ママと一緒には観れないかんじ。

 ドラマの男女のキスはまだつづいてる。長いよ。漫画で見るような、チュッ、って感じのじゃない。それに、抱き合いかたもやらしい感じ。消そうと思ったけど、つい、目がすいよせられてしまう。どきどきしてしまう。

「いつきー」

 背後からママに呼ばれて、あたしは「きゃっ」と小さく悲鳴をあげてしまった。

「なによ、ひとをお化けみたいに。何観てんの?」

「こ、これは、さっき点けたらたまたまあってただけで。ほんとは他のが観たくて」

「ふーん。『アンダンテ』じゃん。これ、ハマってる人多いよねー」

 ママはそのままあたしのとなりに座って発泡酒のプルタブを開けた。み、観たい、のかな……。やだな、なんか気まずい。

 ドラマの男女はどんどんエスカレートしていき、画面が切り替わり、マンションの一室ぽいとこに入ってふたりでもつれ合うように倒れ込んでる。ベッドに。ちょっとこれ、やばい、んじゃ……? 美里ママもなかちゃんママも、こんなドラマにハマってるの?

「あららららー」

 ママがのん気な声をあげた。そっとその横顔をぬすみ見ると、まったく顔色も変えず、平然とお酒を飲んでいる。ママはときめかないんだね。よかった。

 ……って。よくない、ちっとも。

 いつきママは妄想恋愛じゃなくてリアル恋愛してるんだもんね、って。なかちゃん言ってた。そうだ。リアル恋愛って、大人の恋愛って……、

 信じられない。信じたくない。きたない。気持ち悪いよ。

「あたし、このドラマきらい」

「いつき?」

「きらい。もう、消して」

泣いてしまいそうだった。


「アンダンテ」は不倫のドラマで、さっきからみ合っていた男女は、おたがい、奥さんと旦那さんがいるって設定らしい。いっぽう、ママと古賀さんは独身で。つまり恋愛は自由なわけで。

 棚のうえに置かれた写真たてには、小さいあたしと、いまよりもっと若いママと、パパの写真がはいってる。パパは青いTシャツとジーンズ。あの夢とおなじ。いつもこの写真を眺めていたから、この格好のパパが出てきたんだろう。

 ママは彼氏ができてからも、この写真をしまったり伏せたりしない。それってどうなの。罪悪感とか、ないの? もう十年も経ったから、いいって思ってるのかな。だからといって、あしたの朝とつぜんこの写真がなくなっていたとしたら、それはそれで、あたしはママのことを軽蔑するだろう。

 あたしって、めんどくさい。パパの記憶なんてぜんぜんないくせに。


 あたしが生まれてから一番さいしょの記憶は、保育園の年中くらいの頃のものだと思う。正確には何歳のときかわからないし、たしかめるすべもない。ただ、パパはもういなかった。

 ママの実家、あたしのおばあちゃんの家の台所で、ママがざるいっぱいの柿の皮をむいている。干し柿にするためだ。おばあちゃんが勝手口からはいってきて、ママに「まゆり」と声をかけた。ママが柿をむくのを見ていたあたしはそのとき突然思ったのだ。「あ、ママって『坂本まゆり』なんだ」と。当たり前のことなんだけど当時のあたしにとっては大発見だった。それまでのあたしは、ママは「ママ」という生き物だと思っていた。ママはあたしと一心同体で、あたしのためにだけいる存在だった。 

 でも、ちがう。あたしとはべつの人間。雷が落ちたみたいに、あたしは突然そう理解したんだ。

「いつき」

 ふすまの向こうからママのささやくような声が聞こえた。

「あしたは学校なんだし、遅くならないうちに寝なさいね」

 わかってるよと、そっけない返事をする。

 古賀さんは、ゆくゆくはママと夫婦になりたいって言った。かつてはママとパパが夫婦だった。でもあたしは当時のふたりのことをおぼえていない。おぼえていたら、もっと古賀さんのことを嫌いになったかもしれない。


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