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おこしやす~オカルトの世界へ  作者: ゆさゆさ
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プロローグ  お化け屋敷

1話まるまる加筆です。

 京都へ来て数カ月。

 講義や初めての一人暮らしに戸惑うこともあり、たまにホームシックになることもあった。だが、慣れとはおそろしいもので、今ではすっかり馴染んでしまっている。


 おそらく日本屈指の観光地であろう京都――自分が住んでるからって贔屓しているわけではない。

 京都市内を東西に横切る大路、御池通りからとある路地を少しく下ったところに広がる住宅街。

 市内のやや東寄りに位置しているが、普通の民家に混じって京町屋や有名な老舗旅館などがポツポツと点在し、京都らしさを感じられると同時に、少し歩けば高瀬川、更に歩けば鴨川、というなかなかの人気のエリアだ。


 繁華街にも近く、交通の便もいい、食べるとこも買い物するとこにも困らない――ということを大学に入ってすぐに聞いたので、ならバイト先もここらへんにするかとあっさりと決めてしまった。


 自分が借りてるマンションからは多少離れてしまったが、講義がない日はバイト前にぶらぶらすることもできるし、終わった後に買い物にも行けるので満足していた。だが、それだけではなかったようだ。


 なんと!

 あの、御堂はるゆきが住んでるなんて!!


 こんなに興奮したのは大学の合格発表以来ではないだろうか。いや、それ以上だろう。俺以上に受験に必死になってたママごめんよ。

 まさかバイト先の近くに有名人が住んでいるとは、なんという幸運だろうか。体を動かすバイトならいいか、と適当に決めただけに余計そう思える。


 自分みたいなパンピーが有名人に会える機会なんて滅多にないというのに、この幸運を一緒に喜んでくれたっていいのに、


「馬鹿かお前。やめとけ」


 こいつらときたら、何故止めるのだろう。何故こんなにも顔色が悪いんだろう……。


「やめとけ。気持ちは分かるけど、お前絶対後悔するって。いつもの担当やっとけ」

「……私も行くのはやめたほうがいいと思う」

「ほんとにいるかどうかも分からないしね。それにファンでもプライバシーに割り込むのはよくないんじゃないの?」


 何をそんなに必死になっているのか……不思議に思って問いただしてみると、呆れた理由だった。



「仕事のついでに見るだけだっていってんじゃん。そんなの嘘に決まってんだろ? お前ら暇なおばはんらに何吹き込まれたのか知らねえけど、からかわれたんだよ。んじゃ行ってくる!」

「あ、おいっ!」


 ――お化け屋敷なんてバカバカしい!




 ◆◆◆




 大きな家の前に一人の青年が立っていた。

 結構な身長があり、大学生ぐらいの――だがまだ少し幼さが抜けきってない風貌だ。

 手には分厚い封筒。格好は年相応の恰好ではなく、頭には白のキャップ、上は白のポロシャツに胸のあたりに紺色のラインが入っており、下は紺色のズボン――という、動きやすい、何かの作業着らしき恰好。


 ぱんっと両頬を叩き、「おっしゃ行くぜ!!」と気合いを入れる。これから何をするのかというと、


「おおきに、宅配で~す。御堂幸春さんいらっしゃいますか~?」



 噂の家に配達に行けることになるとは思っていなかったので、青年は少し興奮気味だった。本来なら自分の担当エリアではないので諦めていたのだが、運よく配達の機会が回ってきたのだ。


 それにしても。


「でかい家だな~。金かかってそう……」


 今年に入って建てられたという洒落たデザインのこの家は、近所の住人だけでなく仲間うちでも噂になっていた。


『配達行ったときに聞いたんだけどさ――。お客さんが例の家からイケメンが出てくるのを見たって言ってたのよね』

『あ、それ俺も聞いた! この前配達行ったけど、噂になるだけはあるね。男前が出てきてびっくりした』

『あたしも会ったよ――。かっこよかったよね! 玄関しか見れなかったけど、いたるところに本が積んであったし、いかにもって感じじゃん。あんたの言う通り御堂はるゆきの家なのかもしれないね』


 青年はその御堂はるゆきのファンだった。

 だから止める同僚を振り切ってここまできたのだ。


 憧れの人物がいるかもしれない――高確率で。そう思うと平常心ではいられず、その後の同僚の会話をあまり聞いてなかったが、同僚が聞いたのは『有名人が住んでいるかもしれない家』という噂だけではなかった。


『でも、変な噂もあるよね』

『えっと、なんだっけ……たしかすんごい顔した子がいるとか聞いた。ぶさいくっていうのじゃないらしいんだけど』

『いや、そんなのじゃなくてお化け屋敷だって聞いたんだけどあたしは』

『あ――……中から気持ち悪い笑い声が聞こえる……ってやつでしょ?』

『いつだったか、すごい悲鳴が聞こえて隣のおばさんが様子を見に行ったんだけど、何でもないとしか言わないんだってさ。あれは絶対何かあるっておばさんすごい心配しちゃって。まだ配達あるのについ話に聞き入っちゃったわ。虐待とかではないっぽいし、マジ幽霊関連なのかしらね~』


 まさかの心霊スポット!


 この話を聞いて、周りにいた同僚たちは怖がるどころかますますテンションを上げた。

 もしその話が本当ならば見てみたい、と思うのが普通だろう。御堂はるゆきにあまり関心がない者も、お化け屋敷には興味を示していた。


 配達区域はローテーションで回しているが、全部の区域を万遍なく担当するわけではない。「自分の担当だったらよかったのに」と残念がっている者がいて、当の担当者たちは、「いいだろう」と自慢していた。だが、一部浮かない顔をしている者もいた。何をそんなに暗い顔をするのか、少し気になったが、大人しい部類に入りおおっぴらに自慢するような性格でもなかったのでさして気にしなかった。


 そんなわけで、そのようなことがあって以来、荷物が来るたびに担当エリアを代わって欲しいと頼んでは配達に行く者が続出した。

 だが、「会えた!」「かっこよかった!」とハイテンションで戻ってくる者もいれば、真っ青な顔になって戻って来る者もチラホラいた。何があったのか聞いても皆口を噤んで教えてくれなかったが特にそれ以上気にしなかった。おそらくあまりのイケメンぶりに舞い上がってしまい、失礼なことをして怒られたのではないか――そう適当に理由をつけた。


 そしてある日、件の家宛の荷物が店に運び込まれ、それを見た担当者が顔を曇らせたのを青年が見たのだ。


 行きたくなさそうだな……。


 そう思って自分が代わりに行こうか、と声を掛けるとその担当者は、


「本当か!? なら頼む!」


 案の定、あっさりと配達権を青年に委ねた。


 いいのかな、と思いつつ、小躍りしそうになる青年を、近くにいた――おそらく御堂はるゆきに会えなかったかあるいは、怒られたのだろう――同僚は、止めたほうがいいとやたらしつこく行くのを阻止しようとしたのだが、当然青年は聞く耳を持たなかった。


 そして、現在その家の前。


 さ~早く来い来い! 留守じゃありませんように――。

 青年の目はキラキラとしていた(年の割に幼く見えるのはこの目のせいだろう)。


 彼がファンである御堂はるゆきという人物は、売れっ子作家でテレビや雑誌等メディアに騒がれている有名人。

 ほぼ毎日チェックしている御堂はるゆきのブログに、近々京都に引っ越すと書かれていて、その引っ越し先がアルバイト先から近いこのエリア――多分。引っ越してきた時期、近所の噂、配達人の名前から、御堂はるゆきではないかと思っていた。


 普段本を読まない大学の友人や仕事仲間でさえ知っている有名作家。そんな人物が住んでいるのかと思うと緊張する。ほんとかどうかは分からないけれども――。


 大丈夫、落ち着け、荷物を渡すだけなんだから……。


 あわよくばサインをと思ったが、流石にそれは失礼だろう、そもそも仕事で行くのだ――と断念した。それに、もし本人が住んでいる家だったとしても、本人が出てくるとは限らないし、本人かどうかも分からない。メディアに取り上げられることはあっても、表に出てくる人物ではないのでコアなファンでさえ顔を知らないのだ。



 インターフォンを押して数秒、家の中から「ドタドタ」「ドスンッ」「バサバサッ」と騒がしい音が聞こえた。走るというか、何かが落ちてきたというか。

 よかった人がいる、と安心したが、少し不安になった。

 なんか尋常じゃない音が聞こえたんだけど、大丈夫なのか――。中で何をしてるんだろうか……。


「……お待たせしました。ご苦労さまです」

「あ、ども!」


 扉を開けて現れたのは大人の男性ではなく少年だった。

 高校生ぐらいだろうか。

 自分が待ち望んでいた人物なのかどうかは分からない。御堂はるゆきは男性ということ以外、本人の特徴となるものは一切知られていないからだ。勿論年齢もだ。たまに受けているインタビューの内容から、思慮分別のある人物――多分大人だと青年は思っていたのだが――。

 仕事より私情を優先しないよう、平静な態度を取りつつ、ふと同僚との会話を思い出した。


『高校生ぐらいの子も住んでるらしいよ~。さっき言ったすごい顔した子ってのがその子』


 その時は「ふ~ん」としか思わなかったが、ひょっとしてこの少年だろうか。

 はじめは全く興味がなかったが、実際目の前に現れたとなると気になる。


 微妙に顔が見えない。もう少し、顔を上げてくれないかな……。そうすれば少しは見えそうなのに。


 目の前の少年はTシャツ、短パンという格好で上からフード付きのダボダボの服をひっかけていた。フードを深く被っており、鼻から下しか見えない。

 朝は冷え込んでいたが、今は正午を過ぎて少し汗ばむぐらい気温が上がっている。フードつきのシャツと中の服装が噛みあっていない。多分外に出てくる前にわざわざ着たのだ。


 顔を見られるのがそんなに嫌か――でも、そこまでされるとますます気になるというものだ。


 青年がさりげなくじりっと近付くと、少年はビクッと反応し、後ろに下がった。

 少年は目の前の青年を気にしつつも後ろをチラチラと見ていて、何かに怯えているようだった。

 何かあるのか?

 ほんのわずかな時間で、青年の頭からはすっぽりと御堂はるゆきのことが抜け落ちていた。


「あ、あの……」

「荷物ってそれですか?」

 少年は、青年が戸惑いがちに何かを言おうとしたのを淡々とした口調で遮った。静かな口調だったが、余計なことを言うのを許さないといったふうに感じられた。


 早く帰ってほしいんだろうなあ――少年の反応を見て青年はそう思った。


 御堂はるゆき本人なのか、それとも息子だろうか……。弟とか? 

 少年を見ていると、少年の後ろから物音がした。そして後ろで何かがゆらゆらと動くのが見えた。


 きゃはははは。


 扉の影から真っ白な手がにゅっと伸び、少年の服の裾を掴んだ。

 とっさに声が出そうになったが、かろうじてとどまった。


 び、びびった――。

 心臓がばくばく言っているのが分かる。


 声の高さから……女の子だろうか、妹……それとも姉なのか。友達、彼女かもしれない。


 無邪気な笑い声にビクリと体を震わせた少年は、青年の視線に気づいたようで、慌てて手を払った。

 なんとなく、微妙な雰囲気だ。


 タイミングが悪かっただろうか……青年は顔を引きつらせた。

 彼女といちゃいちゃしているときに来やがって! とか?


「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも……あ、これに受け取りのサインをお願いします」


 どこか落ち着かない感じがする少年にひっかかりを感じたが、少し気を取られただけでそこまで興味を引くことではない。特に問題を起こすことなく終わりそうでホッと胸を撫で下ろした。そして視線を目の前の少年へと移す。


 焦ったように少年は手を動かした。サインは『御堂』だけ。下の名前が知りたいのだが……。こればかりはどうしようもない。


「………………はい、これ。殴り書きですみません」

「いえ」


 配達表のバーコードを、腰に下げていた小型の機械にかざし、ピッと音が鳴ることで配達完了が登録された。

 だが、これで用はなくなってしまった。

 他の同僚は、御堂はるゆきかどうかよりも、目が覚めるようなイケメンを拝めたことに満足して帰ってきたが、自分には男にキャーキャー言う趣味はない。イケメン云々の前に顔が見えないのだ。

 御堂はるゆき本人かどうかも分からず、失望感でいっぱいになった。


 少年からサインされた伝票を受け取り、がっくりと肩を落として家の前に止めてある台車に戻ろうとすると、


「あ!?」

 青年の目は大きく開かれた。


「どうしました?」

「えっ!? いえ……その……手……」

「手?」

 青年の視線は少年ではなく、少年の頭上へと向いていた。


 玄関口の上という、不自然なところから手が伸びていた。するすると手は上から下へと伸びる……というか落ちていき、そのまま少年の顔に――、


「うわあああ!?」

「えっ」


 つい大声で叫んでしまっていた。青年の声に少年は驚いた。


「い、いえ……」


 声が震えた。

 手は消えていたが、気のせいではないだろう。はっきりと見てしまった。そして、少年の体がビクッと震えた。震えたのと同時に何が起こったのか気付いた青年は短い悲鳴を漏らした。


「ひっ!?」


 青年の顔が引きつった。

 少年に女の子がしがみ付いていたからだ。


 さっきの手はこの子だろうか。いつの間に出てきたんだ。


 声を聞いたし、気味の悪い手を見た。だが不思議なことに人の気配を全く感じなかった。こんな近くにいたのなら出てくる直前に少しは気配を感じるだろうに……。物音も立てず、どうやって……いったいどこにいたのか。


 雰囲気から彼女ではなさそうだ。無邪気な感じではなく、どこか殺伐としている。風も吹いてないのにひんやりとした何かが青年の体を包み込んだ――気がした。

 少年は顔面を少女の手に掴まれていて、相変わらず顔は見えなかったが、真っ青になっていそうだ。体が小刻みに震えている。


 顔面を掴まれ、首に手を回され、腰には足が絡まっている。女の子は完全に少年にぶら下がっていた。


 女の子がにんまりと青年に向かって笑った。


 こわっ。

 反射的に目を逸らしてしまった。


 長い髪は鳥の巣のように絡まり、ボサボサ。目は血走り、ぎょろっとしている。肌が不健康なほどに真っ白で細く、血管が浮いていた。制服を着ていたが、この辺で見かけるものではない。


 愛想笑いは無理だ。乾いた声がでた。


「……あ、あははは。かっ、彼女さんですか?」


 そのセリフは、つい出てしまっていた。血迷った、ともいう。


 何言ってんだ俺は!? 

 青年は焦った。


「そんなふうに見えますか……」

 小さく、低い声で少年が答えた。声の調子で違うということは分かった。


「じゃ、じゃあ、お姉さん、妹さん……」

「…………俺は一人っ子なので」

「え~っと……」


 じゃあ、誰なんだよ!? 友達? 親戚?


 しばらく嫌な沈黙が続き、


「知らない子です」


 少年が言った。


「あ…………あの……あの……ええと……ははは……」


 青年の脳裏に、同僚が言っていた『お化け屋敷』という単語がぐるぐると回っていた。


 なんだかよくわからないが、まずいことになっている気がする。


 ――知らない子。


 強盗じゃない――そういう類の危険じゃない。小さな、自分より年下っぽい女の子だから、という理由ではなく。

 直感で、自分にはどうしようもできない状態――そう思った。

 根拠はない、ないからこそ余計に、そう思える。


 ――ここにいてはまずい、逃げたほうがいい。

 ――でも、どうする。


 女の子は青年を見てけたけたと笑っている。


 固まっている青年に少年が声を掛けた。


「……見えてるんですね」

「え?」

「見えるんなら、ここにはなるべく来ない方がいいと思いますよ……。まあ、仕事上無理なのかもしれませんけど」

「………………は……」


 どこか疲れたように言う少年にどう返していいのか分からず、口を半開きにしたまま固まっていると、


「あれ、いない……」


 女の子はいなくなっていた。

「え? あれ?」

 青年が首を傾げていると、


 きゃはははははは


 甲高い笑い声が青年の耳に入った。


 声に反応して、青年が体を硬直させると、それは突然起こった。


 家の中から無数の手が蛇のように伸びてきた。

 少年は無数の――百本はあったのかもしれない――手にがっしりと掴まれ、悲鳴をあげる暇もなく家の中へと引きずりこまれていった。

 ほぼ、一瞬といっていい。

 ブラックホールに吸い込まれるってこんな感じだろうか――呑気にそう思った。


 大きな音をたてて扉が乱暴に閉められ、青年が唖然としていると、家の中から女の子の笑い声が響いた。


 きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは


「…………あ……う……うわあああああああああああああああああああ」


 青年は血相を変えて飛び出していった。

 青年がその家に来ることは二度となかった。




 

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