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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
罪とその後の良好な関係
9/54

#8

 あれから少女は、村長さんの家で眠ってしまった。本来なら今日中にはルディアに帰る予定だった僕たちは、一晩だけ村に泊めてもらうことになった。相談すると、村長宅の空き部屋を二つあてがってもらえた。


 僕とアイラは少女の眠る部屋にいた。


 もう真夜中で、エドもメディもそれぞれの部屋で眠っている。


 ベッドの上で眠る少女。ボロボロだった白いワンピースは、この村で一般的に使われている麻の衣服にかわっている。アイラが治療のときに着替えさせたみたいだ。


 村長さんの自宅は二階建てで、僕たちの客間は二部屋とも二階にある。ここは一階の部屋で、空き部屋だった場所を少女に宛てがってもらった。今は別の場所に住んでいる娘さんの部屋だったらしい。一つだけのベッドに、デスクや本棚がある。


 本棚には薬学に関する書籍が沢山詰められていて、住居は質素なものの、実はこの家はけっこうな資産家ではないかと思ったりする。流石にこれだけの本を持ち出すのが大変だったのか、あるいは全て読んでしまったのか、それは定かではないけれど。


 デスクの上に置かれている魔煌灯(まこうとう)が室内をぼんやりと照らす。


 少女もアイラも、部屋の調度品も、表面に黒い影が這っている。


「目、醒さないね。明日まで眠ってるかな」


「どうだろうね」


 僕とアイラがこの部屋に待機しているのは、村についてすぐに少女が気を失ったからだ。目覚めた時に顔のわからない人だけの部屋にいたり、誰もいない部屋にいるよりは、僕たちのなかの誰かがいたほうがいいだろう。そういう判断で、今は僕とアイラがここに残っていた。


「あの男の人、まだこの子を追いかけてくるかな?」


「男の人?」


「うん、男の人。エドが戦った、暗殺者ギルドの人だよ。男の人だった。私たちより少し年上くらいだと思うけど」


「顔を見たの?」


「そうだよ。顔は隠してなかった。暗殺者ギルドの人で、仕事でこの子を狙ってたなら、顔くらい隠しそうな気がするけど。もしかしたら、顔を変えてたのかな?」


「ふうん……。その可能性もあるというか、多分そうだろうね。もしかしたら、この村の人なのかもしれない。そうすると、僕とメディの顔がばれてないっていうの、あんまり意味ないかもね」


「暗殺者ギルド……。なんでエドは、それが影の魔法を使うって知ってたのかな?」


「さあね。どこかで聞いたか、もしかしたら前に戦ったことでもあるのかもよ。いくらエドでも、あんな風に突っ込んでいくのはちょっと違和感あったし。僕たちがどうするかまですぐに思いついたから、ってだけのような感じもするけど」


 エドはああ見えて頭がいい。座ってじっくり考えるタイプじゃなくて、直感でなんとなく正解を選ぶタイプの頭のよさだけど。それに僕たちは何度も助けられている。


 あるいは、自分が一番やっかいな敵を引きつけておけば、僕がなんとか問題を解決してくれる、みたいなことを考えたことがあって、それを今日実践したのかもしれない。


 頼られるのは好きじゃない。


「ん……ここ……?」


 ぽつりと、少女の声が聞こえた。僕たちはベッドに目を向ける。薄く目を開いた少女が、起き上がろうとしていた。


「ここ、どこ? あなた、助けてくれた人ね」


「……おはよう。ここは君とあった場所の近くにある村だよ。この村の人が、君の治療をして、ベッドを貸してくれたんだ」


 ぼんやりとした瞳のまま、少女は僕とアイラを見る。どうやら、どこか大きな怪我をしているわけでもなさそうだ。擦り傷や切り傷は何カ所にもあったらしいが、治療は終わっている。薄い毛布の下から、包帯の巻かれた腕が現れた。


 少女はすこし何かを考えるような間のあとで、僕に目を合わせた。


「あなた、ついてきても良いっていった」


「……うん、そうだね。そう言った」


「ほんとう?」


 少女は首を傾げる。目は僕をまっすぐ捕えてはなさない。深緑の髪がさらさらと肩から溢れる。


 僕たちのすこし年下、というくらいの年齢だけれど、こうしてベッドの上にいる女の子を見ていると、妙に艶かしい。


「……本当だよ。少なくとも、僕たちの街までは連れて行く。どこにも行く宛てがないならね。ずっと面倒を見れるほど僕は立派な人間じゃないから、そこからどうなるかはわからないけど、自分で仕事を探して生活することも出来る」


 ディルセリア魔法学園のあるルディアは、学生の街であり、同時に職業の街としての側面も持っている。


 僕たち五年生からは、学業の一環としてそれぞれが希望する職業の見習いになることができる。小額ながら報酬が出て、ルディアの職人や専門家は安価に身元のある程度わかる弟子を取ることができる。そういう経済政策の上で、ルディアは成立している街だ。


 そのため、働き手は若く、流動性が高い。ルディアで修行して出て行く学生も、ルディアで弟子を見つけて故郷に戻っていく人間もいる。巨大な労働者市場そのものの街だ。だから、故郷を無くした若い人間が、仕事を求めてやってくることも少なくない。


「いくあて、ないよ」


「じゃあ、僕たちと一緒においで。明日の朝には出発するから、それまで眠っていた方が良い」


 僕がそう言うと、少女は小さく笑って頷いた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「それよりも、怪我はもう大丈夫なの?」


 僕たちのやりとりが終わるのを見ていたアイラが、少女に尋ねる。


「どこか痛いところはない? あるなら、今のうちに教えてね」


「だいじょうぶ、です」


「……そっか。わかった。もし体調が悪くなったりしたら、私たちは二階にいるから、起こしにきてね。この家の人は一階で寝てるけど、お年寄りだから、あまり起こさないようにね」


 アイラが言うと、少女はこくこくと頷く。それを見て、アイラは微笑んだ。妹の面倒を見ているような気分なのかもしれない、と思って、故郷にいる僕の妹を思い出した。


 そしてまた死にたい気分になる。


 この子を助けたところで、妹の光は戻ってこない。


 いや、違う。この子を助けることと、妹のこととは、別の問題だ。そう自分に言い聞かせ、混乱しかかった頭を落ち着ける。大丈夫だ。これとあれは、違う。


「そういえば、あなたのお名前は?」


「名前……。私の名前は、トレア」


「トレアちゃんか。わかった。私の名前は、アイラよ。彼はロイ。あとの二人は、明日また紹介するね」


「わかりました」


「よし、良い子だね」


 そう言いつつ、アイラはトレアの頭をなで、トレアが目を細める。あまり表情はかわってないけれど、無意識にだろうか、頭を少しだけアイラの方に向けていて、されるがままになっている。アイラに触られるのが気持ち良いんだろう。


「じゃあ、今日はまた休んで、明日はできるだけ早く起きてね」


 そう言って僕が立ち上がると、アイラもそれにつられる。トレアが残念そうな顔になる。


「また明日ね、トレアちゃん」


「わかりました、アイラさん、ロイさま」


 空気が凍った。


 待て、落ち着け。クールダウンしろ。いや、既に空気は絶対零度だ。


 今この子ななんといった?


「ごめんねぇ、トレアちゃん……」


 アイラが怒気を纏っている。僕はそれにあてられて体から冷や汗がだばだば出ていた。経験が警鐘を鳴らすが、身動きは取れない。


 すいっ、と僕が指差される。


「いま、彼のこと、なんて呼んだのかな?」


「ロイさま!」


 即答だった。


 おかしい。理不尽だ。僕が強制して呼ばせているわけでも何でもない。どこにそんな暇があった。冤罪だ。僕は無実だ。決して年下に手を出す趣味はないし、様付けで呼ばれて喜ぶ下衆な趣味もない! ち、違うぞ! だから落ち着いてくれアイラ!


「ロイ、そろそろ休もうか? 大丈夫だよ? 村長さん、もう一部屋あるって言ってくれたから?」


「わ、私めは宛てがわれた部屋で十分でございますが……」


 そのもう一部屋で何をする気なんだ!


 アイラが笑顔で腕を絡めてくる。楽しそうに笑っているが、目が笑ってない。


「それじゃあ、トレアちゃん、また明日」


「またあした?」


 状況がよくわからずきょとんとしているトレアを残し、僕は部屋から引っ張りだされる。


「また明日!」


 トレアにそう投げかけたところで、アイラの手によってドアが閉められた。果たして明日、僕は生きているのか。


「アイラ、落ち着くんだ。僕の話を聞いてくれ」


「男の子のそう言う台詞は信じるなって、お母さんが言ってたよ」


 なんてことを言うんだあの人は!


「大丈夫、ちょっとお話を聞いて、もしかしたらロイが窒息しそうになったり、弓術の練習台になったり、その程度だよ?」


「大丈夫じゃない! それは全く大丈夫じゃないから!」


 エドもメディも眠っていて、僕を引っ張って階段をのぼるアイラから逃れる術はない。


 僕は地獄へと連行された。

魔煌灯


明かりの呪文の媒体になるランタン状の道具。水晶の中心部に精霊鋼(ミスリル)の輪が埋め込まれた構造をしていて、輪の中心にエルゾアの光結晶(エルゾア・トーチ)が灯りやすくなっている。

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