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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
罪とその後の良好な関係
8/54

#7

 最初に彼女を見つけたのは僕だった。


 ポラリア荒野の北西、岩がごろごろしていて視界の悪い場所で、岩によりかかってうずくまるように倒れている人がいた。遠目で確証が持てないけれど、白いワンピースのようなものを着ているみたいで、とてもじゃないけどこんな場所ですべき格好ではない。


「ロイ、あれ、人だよな?」


 エドも気づいたみたいだ。その言葉に、少し離れたところで記録を取っていたアイラとメディも駆け寄ってくる。


「どうしたの、何かあった?」


「あそこ、人がいる。アイラ、ちょっと様子を見てくれないかな」


 人影を指差して言う。


「わかった」


 アイラが短く答えると、彼女の目の前に半透明のレンズが浮かび上がった。アイラが目を細める。


「普通の人。女の子だ。十代の半ばくらいに見える。特に荷物も持ってないみたいだけど、どうしてこんなところに……」


「どんな様子?」


「顔色が悪いけど、特に怪我はしてないみたい。……行ってみる?」


 顔色が悪い……体調でも悪いのか。どこの人で、どうしてこんなところにいるのかはわからないけど、冒険者を狙う罠ってこともないだろう。見通しは悪いので盗賊が潜むことはできるけど、そもそもこんなところにやってくる冒険者も殆どいない。


 僕たちは本当に例外だ。


 そう考えると、あの人はおそらくこの荒野の周辺に住んでいる人かもしれない。何かの事情で足を踏み入れたと考えるのが妥当だ。この辺りは大きい街もないから、護衛に冒険者を雇うことも出来ない。


 そこまで考えて、僕がアイラに返事をしようとした瞬間だった。


「……ッ! おい、アレ! 暗殺者ギルドのやつだ!」


 エドが叫んで走り出す。


 僕とアイラ、メディは、すぐにエドの走り出した方を見る。


 ワンピースの少女に向かってまっすぐ歩いていく人影が現れていた。どこから現れたのかわからないが、エドは何か見たのだろうか。普通の服装に見える。


 その人物は少女に向かって歩いているが、少女はその人物から逃げようと立ち上がる。よたよたと歩き出すが、歩いている人の方が早い。


「エドが足止めしてる間に、女の子を保護しよう」


 僕はそういって、エドを追いかけるように走り出す。魔法で派手な稲光をまき散らながら、すさまじい速さで走るエド。


 僕は少し考えて、方向転換した。エドと違う経路を通って、少女に近づこう。その方が、あの人物に気づかれない。岩陰に入り、エドも少女も謎の人物も見えなくなる。アイラとメディも僕の後をついてきた。


「遠回りであの子を保護する。あっちの怪しいのはエドに任せるけど、もしエドが危なそうなのが見えたら、アイラが助けに入って」


「わかった」


「了解よ」


 アイラとメディは短くうなづく。


「オラオラオラオラ! どこの誰だこのドアホが! 禁術とか使いやがってこのボンクラァァァァァァァ!」


 爆発音と焦げ臭い匂いの爆風が、エドたちの方から届く。派手に暴れているみたいだ。おそらく、エドも僕と同じことを考えている。だから、わざと目立つ言動をして、派手な魔法を使っている。


 人間を相手にするなら、集中力を使う魔法よりも、剣術だけの方が良い。エドは武器を選ばない、戦いの天才だ。ここで魔法を使う理由はない。


 僕たちはできるだけ足音を立てないように移動する。


 少女の位置はわからないが、およその見当は付く。最初の位置から少し移動した程度だろう。そう当たりをつけて、僕は少女のいそうな場所を、岩陰から覗く。


 いた。


 白いワンピース姿の少女だった。かなり可愛い顔をしているが、ワンピースも顔も手足も、土に汚れている。髪も乱れて、ぼろぼろの姿だ。顔面蒼白で、歯を鳴らしながら怯えている。


 どれくらい追われたんだろう。


 追われてる理由はなんだ。


 それらの疑問を無視して、僕は岩陰から出た。少女が僕たちに気づいて驚き、とっさに逃げようとする。


「待って、大丈夫だ。僕たちは助けにきた」


 僕が言うと、少女はぴたりと動きを止めた。疑い深くこちらを見ている。目には怯えと、警戒の色が宿っている。アイラとメディも僕の後ろに立っているけど、口を出したりしない。こういうのは僕の役割だからだ。


「僕はルディアに住んでる学生だよ。今あっちで暴れてる金髪も仲間だ。君が襲われてるのに気がついて、助けにきた。だから、安心してくれ」


 少女はしばらく僕たちを見て、エドを見て、そしてまた僕たちを見た。エドは相変わらず派手に戦っているが、少しずつ音が遠ざかっている。上手く相手を誘導しながら戦っているみたいだった。


 これならすこしは話が出来る。


「転移石がある。これを使えば、ここの一番近くの村まで戻ることが出来る。一つで三人まで転移できるから、君を入れてもすぐにここから立ち去れる」


 僕は鞄から転移石を取り出して少女に見せる。少女は石をじっと見つめた後、今度は僕の目を見た。


「……つれてって、くれる?」


 変な言い方だ。そう思った。けれど、今はそのことを考えている状況じゃない。僕はひっかかりをあたまの片隅に押しやって、うなづく。


「いいよ」


 少女は安心したのか、ほっと息をついて、おぼつかない足取りで僕の方に歩いてくる。メディが駆け寄って肩を貸す。どこか痛めているのか、ぎこちない動きだったが、なんとかメディによりかかって歩き出した。


「アイラ、転移石を使ってエドをつれて帰ってきてくれ。僕たちが転移して、しばらく時間が経ってから。エドのサポートをしつつ近づいて、転移するのが良い」


「わかった。できるよ」


「任せたよ、アイラ」


 アイラはすぐにエドの方に駆け出していった。すこし僕たちから距離を取って、エドを支援するのだろう。射手とはいえ、僕たちに近い場所から攻撃し始めたら、僕たちのことを感付かれるかもしれない。


「エド、早く転移しないと!」


「わかってる。《転送せよ(テレポートネス)》」


 発動呪文を唱えると、転移石が砕け、僕たちの周りの景色が歪む。ぐにゃりと。全てぐしゃぐしゃになった景色が、元通りになると、そこは僕たちの立ち寄った村、ハックスフッズだった。


 木造の家屋が立ち並ぶ、小さな丘陵の上にある村で、まだ昼過ぎだからか、農作業に勤しんでいた村の人たちが見える。


「おお、おかえり。……うん? その娘はどうしたんだね?」


 たまたま近くにいたハックスフッズの村長さんが、僕たちを見つけて声をかけてくる。


「この子、ポラリア荒野で倒れてたんです! すぐに診てもらえませんか!」


 メディが村長さんに詰め寄ると、村長さんは慌ててメディたちを案内する。


「なんだって!? 早くこちらにつれてきなさい。私の家で寝かせて、すぐに修道女様をつれてこなければ!」


「お願いします、どちらでしょうか」


「こっちだ! さあ、早く!」


 二人が急いで少女を連れて行く。少女は安心して力が抜けたのか、完全にメディにもたれかかって、気絶しているみたいだった。疲れて眠っているのか、どこか大怪我をしているのか、どちらかはわからない。


 三人がいなくなってすぐに、エドとアイラも戻ってきた。僕の背後に、人が降り立った気配がする。


「あー! クソッ! あの野郎、殺せなかった!」


「物騒なこと言わないの」


「……二人ともおかえり。怪我は無い?」


「いや、俺もアイラも大丈夫だよ。つーか! あんな中途半端なヤツ相手に怪我なんてするかよ! 雑魚だよ雑魚!」


 エドが大声で謎の人物を罵る。アイラがうんざりした顔でため息をつく。


「なあエド、なんであいつが暗殺者だってすぐにわかったんだ?」


「ああ? そんなん簡単だろ。影から出てきたからだよ。岩陰って意味じゃないぜ。文字通り影の中から出てきたんだ。ガスみてーな黒いもやもやと一緒にな。アレは禁術指定されてて、今でも使うのはモグリの暗殺者ギルドだけなんだよ」


「へぇ……そんな魔法があるのか」


「いや、あれは呪文の分類だな。ルディア付近じゃ封印されてんじゃねーの? 学生の身の安全をーとかいって。ま、そういうヤツを使ったから、すぐわかったんだよ。……それより、あの子は大丈夫なのか? 一応、戦いながら離れてったから、お前とメディの顔は見られてないと思うが」


「あ、そうか。顔を見られたのはまずかったかもな……」


 今更ながら嘆息する。しかし後の祭りだ。


「あの女の子は村長さんの家だよ。多分、治療中じゃないかな」


「オッケー、じゃあ俺たちも行こうぜ。ちゃんと事情、聞きたいしな」


 それはそうだ。気になることはいくつもある。


 いくつもある、けれど。


 一番気になるのは、あの子の言葉だ。


 ……つれてって、くれる?


 頭の中にこだまする。


 あれじゃあまるで、行き場のない人の台詞だ。故郷を失った人か、家を失った人か。とにかく、何か大事な物を失ってしまって、もう誰にも頼れない人の言葉だ。


「嫌な予感があたりませんように」


 僕はそう祈って、先を歩くエドとアイラを追いかけた。

転移石


転送呪文を発動できる魔法具。内部に特定の場所への転送呪文が刻まれている。ギルド宝具の頂(クラッグ・ハウド)が、それぞれの街や村のものを製造・販売している。


緊急時に用いるために、年に数個のみ無償で村などに届けている他、冒険者ギルドやディルセリア魔法学園などに一定数を卸している。

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