表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
染め上がった真実
52/54

#12

「あなたのそういった歪みを見て、無理矢理叩き直してみようかと思ったのは本当よ。とはいえ、それはあなたのためではなくて、私が見て楽しむためなんだけどね?


 ちゃんと保険も打ったじゃない。あの石だけじゃないわ。他にもいろいろと」


 僕が炎の眼(オクルス・フランメア)を使って自殺しようとした時、僕の命を守って砕けた石。あれは元々、ヘイムギルに向かう前にお守りとして受け取ったものだった。竜を魔女がけしかけた以上、あのお守りは、僕を竜から守るために渡したものだったということになる。


「セイカだって、暗殺者があなたもろともトレアを殺そうとした時に備えて、わざわざあなたを守るように指示しなおしたのよ。あの子の守護する対象を書き換えるのは、ちょっと面倒なのよーー」


 あの日。神殿でセイカに食われようとしていた黒い影。あれは、トレアを殺した暗殺者だった。


「でもまあ、あなたの怒りはもっともね。私だって、あなたくらいの年齢だったら怒ってたと思うわよ。そうねーーだから、ここは魔法使い同士、契約を交わしましょう」


「あーー? 契約? 誰がおまえとそんなものーー」


「内容だけでも聞きなさいよ。感情は感情、会話は会話、よ」


「黙れよ。なんで僕がお前とーー」


「一つ目の譲歩は、アイラちゃんの腕よ」


 魔女が言い放った言葉に、耳を疑う。アイラの腕が、契約における譲歩……?


「……どういうことだ」


「あら、私との契約に興味はないんじゃなかった?」


「黙れ。答えろ。アイラの腕ってのは、どういう意味だよ」


「簡単なことよ。私が人形製作の技術と魔法を使って、アイラちゃんの右腕を作ってあげるわ。それをくっつけてあげる」


「く、くっつけるって……そんなこと、できるわけが」


 なんだよくっつけるって。余りにも軽い言い方に目眩がする。


「本物の魔法使いの前で、『できるわけない』とか『ありえない』とか、そういう種類の言葉は言わない方が良いわよ。かっこわるい。


 まあ、完全に元通りとはいかないでしょうけれどね……。弓の技術は数段落ちるとは思うけど、使えるようになるってだけでも、あなたにとっては嬉しいことなんじゃない? これは、多分あなたがアイラちゃんの腕に対してできる、最も良い贖罪よ」


 それはーー悔しいが、その通りだった。


 どんなに言葉を重ねて謝ったところで、どんなにアイラが僕を許したって……結局のところ、失われた腕は戻らない。戻らないから、罪の償いようが無い。いや、償う方法なんていくらでもあるけれど、僕の問題は償いじゃない。アイラの腕を見るたびに、きっと僕は後悔に苦しむ。この先、永遠に。そして、苦しんでいる僕を見て、アイラもきっと苦しんでしまう。


 アイラは優しいから。


「魔法使い同士の契約だものね。その技術を差し出すのは、いわば礼儀のようなものよ」


 魔女は僕のことなんて気にもかけない様子で、言葉を続ける。


「そしてこの技術のかわりに、あなたは私にこれまで通りの対応をすること」


「これまで通りの対応……?」


「そうよ。簡単な話よ。あなたは私の悪戯に気づかなかった。たまたま私の研究内容を知っただけで、王の断片(フラグメンタ・レグノ)のスクロールのことも、トレアを私が作った理由も、竜の仔をさらったことも、暗殺者ギルドと関わりを持ったことも、何一つ気づかなかった」


「ふざけるなよ。そんなことで僕の怒りがーー」


「あなたの怒りなんてどうでも良いーー。契約が成立すれば、その怒りなんて意味がなくなる。どんなに内心で怒りを煮詰めていてもね……。これは、そういう契約よ」


 いつの間にか、動きを封じられた僕の正面に魔女が現れる。転移魔法だ。現れた魔女は、その手に黒い紙を持っている。白く厚みのあるインクで文字が書かれ、意匠が施されたその紙は、どうやら契約書のようだった。


「ティロネの契約魔法よ。この契約は、契約に違反する行動に繋がるような感情を排除し、契約に従う行動を促すような感情を増強するわ」


 感情操作の魔法。しかも、契約書ということは、効果が切れるまで永遠にそれが有効になる。


「ああ、それと、セイカもあげるわよ。弄くって壊すなり、愛玩人形にして愉しむなり、好きにしたら良いわ」


 背後の魔女がそう僕の耳元で囁くと、黒い契約書に一文が書き加えられた。


「そうね、その代わりに、卒業までは研究所の掃除をお願いするわ。私、整理整頓は苦手だけど、雑然としているのも好きじゃないのよ」


 魔女は嘘みたいな条件を追加する。四つの契約条項が書かれた黒い契約書。正面の魔女が突然指を持ち上げ、指先が落ちた。血がどろどろと流れ始める。痛がる素振りも見せずに、魔女は契約書に血判を押す。


「さあ、ロイ、これであなたの怒りは静まり、アイラの腕は元通りよ。全てがこの契約書によって解決するわ。私は秘密を、あなたは感情を、それぞれ相手に差し出す契約よ」


 息を呑む。真っ黒い契約書が、そこに記されたその記述が、無機質な圧力を放っている。考えろ。この契約は、交わすべきか、交わさないべきか。この魔女は油断ならない。罠が隠されている可能性がある。ーーいや、そもそもこうして悩んでしまっている時点で、僕は既に術中にはまっているようなものなんだろうけれど。


 でも、アイラの腕が戻ってくるのなら、これは安い契約じゃないか?


 怒りは既に燻っていた。確かに僕は魔女を許せない。トレアのことだって、許すことはできない。でもーーアイラの腕と引き換えならば、そんなものは全部どうとでも飲み込める。こんな契約書の感情操作に頼らなくても、アイラの腕のためなら、僕自身の怒りなんてどうでもいいことだ。


 ここで魔女を殺しても、アイラの腕は戻らない。そもそも、僕にはもう魔女を殺す手段がない。完全に動きを封じられてしまっている。だとしたら問題は、殺されるか、契約を結ぶかのどちらかだ。


 そして、どちらかしか選べないのなら、答えなんてもう決まっているようなものだ。


「この契約書は、お前の人形一体じゃなくて、全てと僕とで契約することになるな?」


「ええ、もちろんよ。それも条項に書き加えましょう」


 魔女の言葉に従って、黒い契約書に五つ目の文が書き加えられる。


「血判を押した後で項目を書き加えても有効なのか」


「あなたの血判によって契約書は効果を発揮するわ。だけれどまあ、気になるなら作り直しても良いわよ?」


「いや、いい」


 魔女はあくまで誠実だった。僕が一人で怒って、一人で騒いでいるだけ。この魔女は、本当にただの悪戯で、トレアを生み出し、竜をけしかけ、何人もの命を奪い、僕に炎の眼(オクルス・フランメア)を使わせ、アイラの腕を吹き飛ばし、セイカを僕に差し出そうとしている。


 害意がない。


 けれど、どこまでも悪意に溢れている。


 僕は息を呑む。そして、口を開く。


「この契約、飲んでやる」


 ニタリと笑う魔女の口元が見えた。


 そうやって、僕はこの日、紫色の魔女に敗北した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ