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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
染め上がった真実
51/54

#11

 ニーナ・テメノスの燃えかすを踏みつけて、僕はため息をつく。


 トレアの魂をもてあそんだ人間は死んだ。


 僕が殺した。


 消し炭にして。


 あっけない最後だった。いくら人形だろうと、いくら不老不死だろうと、それだけでは滅ぼせないことを意味しない。確かに老いず、確かに死なないのだろうけれど、それは殺せないという意味では決してないのだ。あらゆる存在は消滅して過去になる。


「この目が破壊衝動を使うの、何となくわからないでもないな」


 僕は先生が座っていた椅子を振り返り、机の上に放り出したままのスクロールを回収した。そして、《コクーンの拘束陣》で生み出された糸を焼き払う。これでまあ、だいたい証拠は残らないだろう。実験棟を燃やしてしまえば多分完全に大丈夫だとは思うんだけど、そこまでするのはためらわれた。


 換気しようと思い、遮光カーテンと窓を開ける。日の光が差し込む。まだ夕方というには早い時間で、外は明るかった。


 足音が聞こえた。


 振り返る。驚いて、喉が鳴った。紫色のドレスローブ。グラマラスな体系。つば付きの、ドレスローブと同じく紫色の帽子。首には銀のアクセサリー。毒々しい色の口紅。ぞっとするほど凄絶な笑み。まるで落とし穴に落ちた狼を見下ろすような目つき。モノクルこそないものの、それは見間違うこともない姿。


 ニーナ・テメノスは、存在感を持ってそこにいた。


「ーーそうか、ならまた死ね」


 僕は呟いて、その魔女を焼き払う。手加減はない。戸惑いもない。あらかじめ想定していた展開の一つだったからだ。単に、影武者としての人形が存在するのだろう。ならば、今度こそ滅ぼすだけだ。


 ぐにゃりと奇妙に筋肉を痙攣させて、ニーナ・テメノスは蒸発した。


「あら、あまり驚いてくれないのね?」


 手がーー頬に触れた。


 背後から、僕の頬をゆっくりと撫でる手が。寒いーーいや、錯覚だ。視界の端に紫の爪が見える。


 振り返り様に死に別れぬものの剣を振るう。手応えがあった。一歩下がって距離を取る。脇腹から血を流す魔女の姿があった。炎の眼(オクルス・フランメア)で三人目になる魔女を焼き払った。


「そんなにとっかえひっかえしてると、本命に嫌われるわよ」


 右隣から聞こえた。振り返って再び焼く。四体目。


「それにしてもすごい魔法よね、それ」


 五体目。


光の翼(ペンナエ・レヴィウム)の」「時にも」「同じことを」「思ったけれど」「絶対的すぎて」「扱いに困りそう」ーーーー。


 十体を超えた数を焼き払ったところで、僕は気づいた。気づいてしまった。


 見渡す。周囲を。研究所の中は、紫色の魔女が同じ姿形でひしめき合う、まるで不出来な人形館のような様相になっていた。


 見渡す限り、ニーナ・テメノスと同じ姿の人形が、ニタニタと笑いながら僕を見ている。


 ふらり、ふらりと。人形の数は増えていく。どこからともなく人形が現れ、それは空間を埋め尽くしていく。気色悪い。同じ姿のものが並んでるだけで気持ち悪いのに、それら全てがニタニタと笑いながら僕を取り囲んでいる。


 一体いくつの複製品を作っていたのか。十や二十どころではない。影武者なんて表現が生易しい。ここまでだと、僕はニーナ・テメノスという原本(オリジナル)には一度も会ってなくて、研究所で会話を交わしていたアレも、ここにいるこれらと同じように人形だったのではないかと思えてくる。ーーいや、その可能性はもう、かなり高いだろう。


 けれど、何百体人形が並ぼうと、僕には同じことだ。


 ああーーうっとうしい。失敗作みたいな複製品なんて、全部まとめて焼き払ってしまえーー。


 視界の全て(・・)を注視する。


 溶解が起こった。空気がぐにゃりと曲がり、人形がタンパク質の気体になる。呼吸を阻害する熱を持った空気がまとわりついて、気圧差によって風が起こる。肌が焼けて、吐き気を催す匂いが充満する。蒸気で視界が遮られる。人形たちはこれで蒸発して消え去った。


 百体の人形があるなら、百体の人形を。


 千体の人形があるなら、千体の人形を。


 そして最後には、ニーナ・テメノス本人を、僕は必ず滅ぼす。そう心に決めていた。理由は簡単。これは、ただ単純な怒りだ。


 トレアという妹の模造品(イミテーション)を僕にけしかけたことへの怒り。


 僕自身の心をただ自分の退屈しのぎのために弄んだことへの怒り。


 アイラの腕の、仔を攫われた竜の、そしてなにより、これらのことのためだけにトレアを生み出したことへの、怒りだ。


 理不尽だと自分のことを客観視して思う。アイラの腕は僕がやったし、竜だって僕が殺した。トレアを最後に守れなかったのも僕だ。だから、僕が魔女に怒りを覚えるのは、そしてその怒りにまかせて魔法を振るうのは、理不尽だ。不合理だ。だけどーー


 怒りなんて、理不尽で不合理なもんだろう。


 僕はこの魔女を滅ぼさないと気が済まないーーそれが、怒りだ。


 背後から地面を踏む音が聞こえる。何体目だろうか。胡乱にそう考えつつ、振り返る。


 振り返ろうとした。


 体が動かなかった。


「なっーー?」


「動けないでしょう? あなたの体は今、その空間に固定化されているのよ」


 体が動かない。筋肉が動かないのではなく、筋肉を動かしても、体がまるで無数の針で縫い付けられているようで、その場から何も動かせない。腕も、脚も、首もーーそして、目も。唯一動かせるのは、口だけだった。


「口だけはね、この方法じゃ動きを止められないのよ。だから、呪文の詠唱はしないでね。そんなことしたらーー」


 悪戯じゃなくなっちゃうから、と嘯く魔女。


 背筋に寒気が走る。


「私、専門は人形製作だけど、それしかできないってワケでもないの。魔法具も、知識も、魔法も、呪文もーー私自身に備わるあらゆるものの数と質が、たった十数年生きているあなたとは比べ物にならないのよね」


「……よく回る口だな。さっさと焼き落としてやりたいよ。人形じゃない本体はどれだ」


「うん? 本体? ……ああ、本体か。そう、なるほど。何か誤解しているみたいね」


「誤解……?」


「ええ、誤解よ。私、だって、今あなたと話しているニーナ・テメノスも、ニーナ・テメノスという存在の原本(オリジナル)であり、同時に複製品(コピー)なのよ」


 原本(オリジナル)であり複製品(コピー)


 魔女は嗤う。


「最初は生身の私もいたのだけれどね。私が私自身を模造し、魂までをも複製しているうちに、どれが本当の私かわからなくなったのよ。最後には魂を共有化してしまったから、個性も無いの。別々の意思を持ったそれぞれのニーナ・テメノスとして、私たちは魂から指先まで、寸分違わず無数に存在する」


 それは、それならば、それじゃあまるでーー


「要するに私、不老不死なのよ」


 滅ぼせなくて残念ね、と楽しそうに嗤う魔女。


 不老不死。


 死なず、老いない。エリーゼの言葉を思い出す。曰く、この世界に不老不死はありふれている。けれど、その不老不死は、生半可じゃない。いったいどれくらい存在するのかもわからない無数の人形全体で、一つの生命だとしたら。それはもう不老不死なんて生易しい存在ではない。


「私の現在の個数は私にも正確に分からないけれど……そもそも、転移魔法でここまで出向いているのよ? 逃げることなんて簡単。どれか一体でも生き残れば私は死なない……。それに、あなたが今滅ぼした数は、全体から見れば無視できる程度のものよ。だからもう諦めて欲しいわね。可愛い生徒が無駄なことに一生懸命になっているのを見ると、とても悲しくなるのよ」


「人をさんざん玩具にしておいて、よくそんなことが言えるな」


「玩具ね。まあ、それは否定しないけれど、でも同時に、あなただって、妹さんのことからいつまでも逃げ続けられるとは思っていなかったでしょう?


 あなた、自分のこと、正しいと思っていたみたいだし」


 魔女の指摘に、僕は絶句する。確かにーーそれは、否定できないことだった。


 そもそも僕は、アイラを見てさえ妹を思い出してしまうほど、妹に執着していた。いや、今もしている。妹への罪悪感に苦しんでいたし、妹のことを言い訳にして、アイラから逃げ続けていた。今だからそのことが見える。


 幸せにならないためにアイラを拒絶して、妹のことを忘れて僕にまっすぐな好意を向けるアイラを、心の中で忌避していた。


 僕はーー自分が奇麗な人間であろうとして、代わりに、アイラを汚いものだと思っていた。

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