#6
翌日。寝てないから、翌日という感覚はないんだけど。
僕とアイラの部屋はいろんな意味で大丈夫じゃないものの、神殿に居座るわけにもいかず、仕方なく僕たちは冒険者向けの宿を取った。アイラは眠気が限界だったのと、緊張が解けて気が抜けたのもあるんだろう。沈むように眠ってしまった。
僕はやるべきことがあったので、無理矢理起きている。
どうせ夕方には全部終わるんだ。
さあ、答え合わせといこうじゃないか。
「それで、恥ずかしい勘違いで部屋を全焼させた人が、私たちに何の用なのよ」
「つーかお前さ、俺のこと殺そうとしたろ? その目で。俺が対策してなかったらどうするつもりだったんだ?」
「いや、それについては悪かったよ……。もう落ち着いたからさ。ほら、今度なんか奢るから」
エドとメディ。二人と一緒に宿屋の一階でテーブルを囲んでいた。一階は食堂のようになっていて、女の子が何も言わずにエールを置いていった。苦手なので脇にどけている。他にも埋まっているテーブルはあって、酒に潰れた人ばかりだった。
なんというか……冒険者って、まあ、こんななのか。
「まあ、それはいいけどよ」
エドが口を開く。
「結局のところ、何の用だよ? 俺たちが竜について調べてる間、お前もいろいろ調べてたらしいじゃん」
「それ、誰に聞いたの?」
「セイカっていう灰色の髪の女。つーかあれ、誰? 二股かけてんの、お前?」
「かけてねーよ。そもそもアイラと僕は恋人じゃない」
「いや、それはねーよ」
エドが呆れた顔をする。
「そりゃあちゃんと恋人同士ってわけじゃないのかもしれないけどさ……。相手の好意もわかってて、自分の好意も自覚してる。それで他の女に手を出して、出てくる台詞が『恋人じゃないから二股じゃない』とか、男としてどうなの?」
「いや、まあ……。あー、ほら、本題はそんなことじゃなくてさ」
露骨に話題を逸らす僕だった。
メディもエドも避難するような目を向けてくる。無視だ、無視。
「竜のこと、調べてくれた?」
「ええ、そもそもそれが依頼だったわけだしね。で、もうぶっちゃけるけど、ロイが言ってた争っていた後は全くなかったわよ。竜の巣は首尾よく見つけたんだけどね。余りにも奇麗すぎて、ヘイムギルを襲った竜が住んでいたのかどうか、疑ったくらいよ」
竜が仔を見つける方法に続いて、こちらでも僕の仮説が当たっていた。だから、やっぱり、思った通りだったということになる。
「で、それがどうしたのよ?」
メディが問いかける。僕は少し頭の中を整理して、それから口を開いた。
「大前提として、竜が仔を探す方法の問題がある。竜は自分の血から宝玉を作って、その半分を卵の内部に、もう半分を自分で飲み込むんだ。それで、その宝玉を使って、仔を探すらしい」
実際にその光景を見たわけでも、竜の体内にある宝玉を確認したわけでもないけれど。
「ふうん、なるほどな。探知呪文とか、標の呪文とか、そういう系の呪文もあるしな。竜が仔を探すのは、そういう呪文に似た構造の魔法器官があるから、ってことか」
「比翼の理論で説明されてることよね、確か」
メディの言う通りだ。メリディアの比翼理論。探知呪文や標の呪文の他にも、連理呪文や、転移呪文なんかにも応用事例がある。
「これは推測だけれど、竜はどんなに離れた場所にいる仔でも見つけ出すことができると思うんだ。標の呪文なんかもそうだしね。だから、例えば、転移呪文で仔だけをヘイムギルに送ったとしても、竜はきっと仔の居場所を突き止めることができる」
「そりゃあ、まあ、そうだろうな。でも、それがなんで……ああ、なるほどな」
エドが気づいたようで、にやりと笑って僕を見る。
「巣に争った痕跡が無いからか」
「ああ、なるほど」
エドの言葉でメディも合点がいったらしい。
「争った痕跡が無いのなら、竜の仔は一瞬で攫われたことになる。そしておそらく、転移呪文の術者も一瞬で消えた。竜はすぐに仔を追いかけて巣を出て行ったから、巣に争った痕跡が無かった。お前の推測だと、こうなるわけだ?」
「そうだ。つまりーー」
「竜にヘイムギルを襲わせた人物がいる、ということね?」
メディの言葉に僕は頷く。
たとえば転移呪文を使うことができたとして、モンスター級の生物だけを街に送り込んでも、街はパニックになるだけだ。本当に街を破壊したいのであれば、ただ送り込むだけじゃなくて、暴れ回る理由を作ってやらなければならない。それに最適だったのが、竜がその仔を守る習性だ。
「へえ、なかなか面白い推測じゃんか。なあロイ、なんで転移呪文のこと、思いついたんだ?」
「身近に転移呪文を使ってる人がいたからね……。まあ、僕の推測はこんなところだよ」
「転移呪文以外に考えられる可能性はないのか?」
「いやまあ、いくらでもあるよ。転移呪文が一番わかりやすいだけでさ。親竜を眠らせたとか、巣じゃない場所で捕獲しておいたとか。ただ、仔を攫うことが目的なら、最初から竜を殺そうとした方が良いってことだよ」
「そりゃあまた、物騒な話だな。でもま、そうだな。どうせ後で襲ってくるなら、先に殺しておいた方が良い。竜の体は隅々まで金になるらしいしな。殺せないなら、最初から攫うべきじゃない。そういうことだな」
エドの言葉に僕は頷く。
少し考えればわかることだ。卵にしろ仔にしろ、竜が街を積極的に襲った時点で、それらが理由であることは想像がつく。そして、竜が無事に街を襲えた時点で、卵か仔が街のどこかにいたことは疑いようが無い。竜の仔を攫える生物なんてほとんどいない。だから、人が攫った以外に考えられない。
竜の仔を攫うなら、高確率で竜を無力化する。竜の巣に争った痕跡が無いのは、竜を一瞬で無力化する手段を持っているか、仔を一瞬で攫う手段を持っているか、そのどちらかだ。
「よし、じゃあロイの考察をふまえて、謡う伽藍に報告しにいこうぜ。そしたら依頼も完遂だ」
エドが立ち上がる。つられてメディも立ち上がろうとするけれど、僕はそれを手で制した。まだ話は終わってない。
「ああ、悪いけど、報告はメディに頼みたいんだ」
「へ? 私?」
首を傾げる二人。そりゃそうだ。竜をけしかけた人物がいる。巣の状態からそれがわかったなら、あとはヘイムギルの騎士団や、そういった犯罪調査を専門にするギルドの仕事だ。詠う伽藍としては、そこまでで十分だということになる。けれど、僕の目的はそこじゃない。
「ああ、メディ、悪いけど頼む。エドは、ちょっとついてきてほしいんだよ」
「別に良いけど、どこに行くんだよ?」
「何、ちょっと、クロッズ先生の研究室にね」
クロッズ・ドットウェル。この学校の教師で、研究者。僕たちがトレアと出会ったポラリス荒野へのフィールドワークの依頼者。僕は彼に、確かめなければならないことがある。