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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
染め上がった真実
43/54

#3

 本当の悪意について考えてみたことがある。悪意とは何か。確か、有名な討伐者の伝記を読んだ時だったと思う。そういったことが書かれていた。


 悪意は、悪意っていうのは、自分の享楽のために、他人を踏みにじるような意思のことだ。


 それは例えば、無邪気に笑って蟻を殺す子供とか。


 あるいは、震える妹を押さえつけて眼球を穿り返したアイツとか。


 悪意がある。悪意は、確かにある。僕が悪意だと思うもの。それが、世界には少なくない数、存在している。悪意から身を守るためには、悪意を見つけ出さなければならない。それさえできれば、戦うことも、逃げることもできる。けど、それがわからなければ、ただ蹂躙されるだけだ。


 僕は悪意を、未だに認識できていない。


 今、僕に悪意を持っているのは、一体誰なんだろうか。


 アイラ。


 僕を愛している女の子。僕が愛している女の子。トレアに嫉妬していた女の子。僕を心配した女の子。僕の罪を知っていて、僕が弓を奪った女の子。罪悪感そのもの。幼馴染み。


 メディ。


 僕が命をかけて、命を助けた友達。知り合ってまだ日が浅い。燃えるヘイムギルを見て怯えていて、でも僕を竜の炎から救ってくれた。仲間。


 エド。


 僕に怒ってる、僕の理解者。僕の能力をなんだかんだ認めてくれている。僕のダメなところをちゃんと怒ってくれる。僕を殴るし、僕だって何かあれば、彼を殴るだろう。親友。


 トレア。


 記憶をなくしていた女の子。妹に似ている。僕が殺した。どうして死んだのかわからない。故人。


 ーーああ、わからない。


 誰が嘘をついて、誰が本当のことを言っているのか。


 あるいは、誰もが本当のことを言っていて、真実を黙っているのか。


 誰が全ての原因なのか。何が悪かったのか。どうしてこうなってしまったのか。真実に含まれるべき謎は数多く存在している。


「大抵の場合、重要なのは、適切な問いだ」


 あの人の声がする。


「死人の墓を暴く時に限らず、なんでもそうだよ。答えなんて、ある程度賢かったら自然と導きだせるものだ。だから問題は、適切な問いかけだ。それがあれば、真実にはたどり着いたも同然なんだ。


 逆に適切な問いがなければ、いくら考えたって無駄だよ。だから、考えるべきは、謎の構造だ。根っこにある問題。疑問。不可解な点。それが解決すれば、全ては理解できる」


 ーーでも、だったら、僕が問うべきことはなんなんですか?


「知るかよ。そんなの、自分で考えろよ、少年。お前は別に賢くないし、対した能力も持ってないけど、それでも俺に出会えたことは幸運だ。自分のことは自分で考えるべき、っていう当たり前のことを教えてもらえたんだから」


 ーー自分の頭で考える、ですか。


「ああ、そうだ。自分で考えろ。思い出して、検分して、可能性を考慮し、仮説を書き留め、一つ一つ検証し、不足している情報を集め、最もあり得そうな結論を導きだす。


 どうだ、それはとても簡単なことだろう?」


 ーーそうですね。それは、確かに、とても簡単そうだ。


「わかってんじゃねえか。大事なのは能力じゃない。そんなものは一山いくらで転がってるような、ありふれたもんさ。大事なのは、いつだってたった一つだ。それは、真実にたどり着こうとする意思、だよ。


 真実にたどり着こうとする意思さえ持ち続けていれば、諦めなければ、真実にはたどり着ける。正しいことは、世界に横たわっているんだ。過去はどんな魔法でも変えられない。たとえそのことを世界中の人が忘れてしまったり、そのことがあらゆる人に誤解されたとしても、それが世界にあったという事実だけは、決してなくなりはしないんだよ。


 だからな、少年。両親のことを諦めるんじゃないぞ。たとえ死んでしまったとしても、君の父さんと母さんは確かに生きていたんだ。そのことに変わりはない。二人が世界に残した痕跡は、きっと残っている。それが何であれ、真実は絶対に消えないんだ」


 両親……。そうだ。村に両親の訃報を伝えたのは、あの人だったんだ。


 だから、これは、あの人の話だ。僕がまだ、十一歳の時。妹の視力が失われる少し前。僕がまだ、安穏とした平穏の中で生きていた頃の話。僕の人生にとって、最初の事件。


 妹のことですっかり忘れていた。なんて情けないんだ。


「じゃあな、少年。いつか再会できると良いな」


 あの人はそうやって笑って、行ってしまった。


 取り残された僕は考える。トレアと出会ってからのことを、一つ一つ思い出して、検証する。些細なことまで必死で思い出して、あり得そうな可能性を考慮する。それはただの苦行だった。トレアの笑顔を思い出す。妹と重ならない、トレア自身の笑顔を。妹とトレアを重ねていたことを自覚してしまった今では、トレア自身の笑顔に、トレア自身の感情を読み取ろうとしてしまう。トレアが死んでしまったことが、頭から離れない。僕が殺した。


 ぐらぐらと揺れる。


 最後に鏡を見た時の、僕自身の焼けただれた顔。妹に似ている僕の顔。そういえば、トレアの顔は妹に似ていたような気がする。髪の色も、目の色も、雰囲気も違うけれど……顔立ちだけは、妹に似ていた。あるいは僕に。だからこそ、僕はきっと無意識のうちに、トレアに妹を重ねていたんだろう。まるで見本でもあったかのように、トレアと妹は似ている。


 アイラが殺したとしたら、僕はアイラを殺すだろうか。アイラの笑顔を思い出す。怒った顔も、泣きそうな顔も。僕に告白した、あの丘での表情も。


 トレアが死んで嬉しかったと言ったアイラを、僕は嫌いなんだろうか?


 例えトレアを殺したのがアイラだったとして、僕がアイラを憎むだろうか?


 嫌うかもしれないし憎むかもしれない。でも、そうだとしても、僕がアイラを好きでいなくなったりはしない。アイラがどんな罪人だとしても、僕はアイラが好きだ。いつも僕を気遣ってくれて、僕を疑わずに信じてくれる。いつだって笑顔を見せてくれる。何度それに救われただろうか。


 だから、僕はアイラを殺さない。


 アイラがいなくなったら、きっと僕は耐えられない。アイラに二度と会えないのなら、生きているなんて無理だ。アイラを失うなんて、想像しただけで胸が痛い。会えない。死んだらもう、会えなくなる。そんなのはダメだ。アイラに生きていてほしい、そばにいてほしい、そのことに、アイラの罪がどうして関係するんだろう。


 罪は裁かれるべきだなんて、どうしてそんな馬鹿なことを、僕は考えていたんだろうか。


 アイラが死ぬほど苦しんでも、僕はアイラに生きていてほしい。アイラがたとえ全身を焼かれても、僕はアイラに生きていてほしい。アイラが一人で生きられない身体になったとしても、僕はアイラに生きていてほしい。例え誰を殺しても、僕はアイラに生きていてほしい。例えアイラが誰を殺していても、僕はアイラに生きていてほしい。


 愚かな思い込みで、アイラを殺すところだった僕が、何を今更、考えているんだろう。


 夜椿を振り返る。


 罪なんて、そんなどうでもいいもののために、どうして僕は振り回されていたんだろうか。僕が妹の人生をめちゃくちゃにしたからといって、それがどうして、僕が自分の人生をめちゃくちゃにしてしまう理由になるんだろう。アイラがトレアを殺したとして、それがどうしてアイラの死ぬ理由になるんだろう。罪なんてつまらないもののために、人生を捧げることなんてない。


 僕だって一緒だ。間違っていたとしても、それがどうして、僕が苦しむ理由になる?

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