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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
染め上がった真実
42/54

#2

 暗い青色の瞳が、僕を見つめる。それの表情は、苦しそうに歪む。なるほど、苦しそうなその表情は、見ていてとても嬉しかった。


 歓喜。


「アイラ、もう一度聞くよ。君がトレアを殺したの?」


 誰も動かなかった。セイカも、メディも、アイラも、僕も。動く気配がない。たとえ俯いていても、その視界にセイカの怯える顔だけしか映っていないとしても、鋭敏になった僕の聴覚が、そのことを教えてくれる。


 無音の時間が流れた。


「ーー殺してない。殺したのは、私じゃない。でも、感じたことは、本当」


「だったらどうして、ヘイムギルからルディアに戻った時、僕のあの場所に誘ったんだ? アレがなければ、トレアを助けられたかもしれない。


 君は何らかの方法でトレアが死ぬような細工をしていて、その時間稼ぎのために、僕をあの場所に誘ったんじゃないのか?」


「な、何言ってんのよロイ? 落ち着きなさいよ。あなた、混乱してるのよ。呪文がーー」


「黙れよメディ。僕は冷静だ」


 頭は冴えていた。はっきりと。目の前にいるモノの、化けの皮を剥いでやらなくてはならない。そうしなければ、またいつ人を殺すか知れたもんじゃない。警鐘の正体はきっとこれだったんだ。


 憤怒。


 そう言えば、トレアの死の可能性として、冷気を検討したけれど……例えば、水魔法を使えば、窒息死させることもできるかもしれない。あるいは、隠しているだけで、アイラは氷魔法も使えるのかもしれない。水魔法と氷魔法はイメージが違いから、使えないこともないだろう。そうすると、トレアを刺した凶器は、氷で作ったナイフかなにかだ。


 アイラは、僕がトレアに妹を重ねていることまでわかっていて、その上で殺したんだ。どうやったらそんなことができる。トレアには、なんの罪もないのに。だとしたら、昨晩言ったことは、トレアに僕の疑いを向けさせるための、誘導だったのか。


 屈辱。


「ロイ、冷静になって、お願いだから。ちゃんと謝る。説明もする。だから、とにかく冷静になって」


「僕は冷静だって言ってるだろう」


「いえ、ロイさん。冷静じゃないです。とても冷静な人のする表情じゃありません」


「表情? 何を言ってるんだよ、セイカ。そんなこと、問題じゃないだろ。大事なのは、アイラがトレアを殺したっていう事実だ」


「それは事実じゃない……違う。ロイ、お願いだから、話を聞いて」


「いや、もう十分だ」


 もう良いんだ。もうたくさんだ。全部なくなってしまえば、もう僕は苦しまない。生きている理由もなくなる。だから、死んでしまえる。全部、全部全部全部! まとめて滅ぼしてしまえば良い!


 ーー破壊衝動。


 アイラを見ようとして顔を上げた。僕の目の前にはテーブルがあった。


 僕の部屋にあるテーブル。メディの向こう側にあったはずのそれが、宙を舞って僕に迫っていた。


 セイカの叫び声が聞こえる。


 焼き払う。薄っぺらいテーブルなんて、一瞬で消し炭になった。スカスカになったそれを、殴って砕く。煙が視界を塞ぐ。数秒。それが()れると、三人は消えていた。


 扉を焼き払う。延焼なんてしない。黒い煙になって、一瞬で消える。空気が歪む。


 扉の向こう側を見る。アイラとトレアと、三人で食事をした場所だ。エドやメディが来たときもあった。そういえば、五人で一度だけ、一緒に座ったことがあった。


 幻のような光景だと思う。あの時は、エドと喧嘩をしてたか。もったいないことをした。ぼんやりとそう思う。


 後悔。


 そのテーブルも、煙になった。


 息が苦しい。空気が悪いからだ。煙ばかりになった空気は毒になるって、何かの本に書いてあったのを覚えている。確かにこの息苦しさは、まるで神経毒のようだ。一度だけそれを浴びた経験を思い出して、そう思った。


 扉が閉まった。玄関だ。それも焼き払った。視界をずらす。壁が溶けていく。どろどろと溶かしてみるけれど、どうやら逃げ切られたらしい。


 僕は目を瞑る。


「ふう。ああ、死にたい」


 口をついて出た言葉は、自殺志願者のそれだった。


 テーブルは、多分、メディあたりが魔法を使って投げたんだろう。爆発を上手く使えばそういうことができそうな気がする。叫び声を上げたセイカに反応して動いたのか。アイラは多分、引っ張られるままに逃げ出したと思う。なんだか人間みたいにショックを受けていたのがおかしかった。


 化け物のくせに。


 あれ? そうすると、メディやセイカもまとめて殺そうとしてた僕も、化け物ってことか。


「ーーま、いいか。もう」


 そうだ。もういい。死ぬから。


 もうたくさんだ。トレアをアイラが殺して、アイラを僕が殺すよりはーー僕がここでさっさと死んでしまった方が、楽になる。アイラのことが好きだし、大切だから、だめだ。もう嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。


 僕は目を開ける。視線の先が焦げ始めた。どうやら、先ほどより威力が弱まっているらしい。この目、破壊衝動に反応するんだな。なんとなくそんなことに思い至る。単に精神が不安定なだけじゃ、発動しないらしい。アイラがいなくなって、衝動的な破壊欲は薄れていた。あんなに人を壊したいと思ったのは、多分、初めてだ。人でない悪魔になら思ったことがあったか。僕は妹が目を齧り出されたあの光景を思い出した。けれど、何も感じなかった。


 結局のところ、もう僕は、終わっていたんだ。完全に。詰んでいた。どうしようもなかった。真実なんて、碌なもんじゃない。


 ふらふらと歩いて、洗面台に入り、鏡を見る。


 白い髪。青い瞳。妹に似た顔立ち。能面のような表情。僕は僕の顔が嫌いだ。見ていると死にたくなってくる。僕は鏡から目を逸らさず、そのまま、まっすぐに僕自身の顔を見る。皮膚が爛れ始める。痛みを感じる。視線を体に向けると、首もとから、同じように爛れ始めた。なるほど。炎の眼(オクルス・フランメア)とはいいつつも、この魔法の本質は、熱であるらしい。


 僕は目に力を込める。アイラの右手を蒸発させる熱。それを、僕自身の頭部に向ける。


 ーーパリン


 ジャケットの胸ポケットで、何かがはじける音がした。そして、代わりに僕は生きている。


 あれ?


 どうしてまだ生きてるんだろう。


 もしかして、自分を殺すことはできないのか? そういう制約がある?


 いや、違う。だとしたら、そもそも僕の皮膚が焼けたりしないはずだ。さっきの音は……ああ、そうだ。思い出した。


 ーーそれは、致命傷を一度だけ避ける魔法具なの。念のため持っておきなさい。今回は不要でも、いつか役に立つわ。荷物にもならないしね


 そう言われて、先生から小さな石をもらったんだった。今、その効果が発動したんだろう。


 だとしたら、もう一度やれば、ちゃんと死ねるはずだ。


 先生。そういえば、先生の研究テーマ、それがわからないままなのは、少しだけ心残りかもしれない。結局のところ、あの紫色の魔女は、何を研究していたんだろうか。なんとなく、それが気にかかる。どうしてだかわからない。直感が警鐘を鳴らしている。


 頭を振って、それを無視する。


 もうそんなことは良い。


 結局のところ、僕が死ねば全て終わる話だ。世界のすべてを滅ぼすことと、僕が死ぬことは、僕にとって全く同じことだから。だから僕は、今から、大嫌いなこの世界を滅ぼすんだ。


 再び鏡を見る。鏡は真っ黒に染まっていた。僕の顔は映らない。


「ーーうん?」


 疑問。


 どうして鏡が、僕の姿を写さない?


「歯ぁ食いしばれよ、ロイ」


 声が聞こえた。


 顔面に衝撃が走る。


 殴られた。


 この痛みは三度目だ。


 ああ、もう、めんどくさいな。死なせてくれよ。


 吹っ飛んで、シャワールームのドアをぶち破る。痛い。ーーいや、あんまり痛くないな。どこかで痛覚が麻痺してしまったのかもしれない。さっきまで、火傷、痛かったのに。


「何しにきたんだよ、エド」


 立ち上がり、目を使ってエドを睨みつける。それでも、僕はエドから目をそらさないし、エドは僕から逃げようとしない。なぜだか僕の熱は、エドには通じていない。魔眼対策の魔法具でも持っているのかもしれない。けれど、周囲の空気を熱することは止められていなかった。


「何しにきたって、そんなの決まってんだろうが」


 僕の視線と、熱のすべてを無視して、エドが答える。


「殴りにきたんだよ」


 近づいてきたエドに胸ぐらを掴まれて、再び殴られた。四度目だ。


 ああ、めんどくさいな。放っておいてくれ。


 エドに熱が通じないのなら、他の手段でいくしかない。僕はエドから目を離し、壁を、柱を、睨みつける。子気味良い音をたてて、それらが炭になり、ぎしぎしと建物が音を立て始める。


 エドも僕が何を仕様としているのか悟ったんだろう。再び僕に近づいてきた。だけど、もう遅い。もう終わりだ。


 がくり、と。


 意識が混迷する。思考が胡乱になる。何も見えない。聞こえない。


 何をされた?


 ぐらぐらと、思考がバラバラに分解される。立っているのか座っているのかもわからない。エドだ。なにかしたんだ。どうしてエドは、僕の目のこと、知ってるんだ。熱だって通じなかった。なんなんだ。影の魔法のことも。どうして? 何を知ってる?


 疑問が次々と浮かんでくるが、それらはすぐに混乱に飲み込まれて、僕は眠るように意識を手放した。


 ーーまた死に損なった。


 そんな声が、聞こえたような気がした。

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