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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
罪とその後の良好な関係
4/54

#3

「はぁ……はぁ……」


 息を切らして仰向けに寝転がっていた。肺が痛いし、体の節々も痛い。剣は吹き飛ばされてしまった。起き上がってから拾いにいかないといけない。


 冬だったら冷たい空気のせいでもっとつらかっただろうが、今は春の終わりだ。幸いなことにとても過ごしやすい気温で、僕の肉体に必要以上の負担もない。


 空は晴れていて、すでに街の明かりが少なくなってきたこともあり、星空が広がっていた。二つの月が両方見える時期らしい。ぼんやりとした頭でそんなことを考える。体を動かしすぎたのかもしれない。


「もうギブアップかよ」


 すこしだけ楽しそうな色を含んで、エドがそう声をかける。僕は息も絶え絶えになんとか上半身を起こす。


 エドワード・ノエル。


 金髪が似合う男で、体は大きくはないがしっかりと筋肉がついている。黒いシャツにブラウンのパンツとハイカットブーツを履いている。幅のある刃に魔法式が刻まれているマギカソードを地面に突き刺している、闘技場で戦っている拳闘士と言われても通じそうな出で立ち。自信家に見える顔立ちの通り、自信家だ。碧眼がよく似合う、鋭い目をしている。


 二年の時からの友人で、僕の知る限り最も白兵戦に秀でた同級生だ。剣が最も得意とする獲物だけれど、かといって剣しか使えないわけではなく、魔法も普通に使いこなすことができる。


「いや、もう無理。ちょっと……休憩……」


「まあいいぜ。付き合ってやるよ。で、最後にもう一回な」


 息を切らしている僕と未だに元気そうなエド。体力と技量の差は歴然だった。確かに僕は体力がない方だけど、エドに体力がありすぎるのも事実だ。何十回と打ち合っているが、キレが全く落ちない。


「そういえばこの間さ、人間そっくりのやつと戦ったんだけど、反則みたいに強かったぜ。壊しても良いっていうから手加減しなかったんだけど、普通だったら致命傷になるようなのでも、死なないわけ」


「何の話だよ……」


「ん? ああ、人造人間(ホムンクルス)だよ。アルケマ系の魔法で作るやつ。うちの先生は錬金術師だって話、しなかったっけか」


 そういえばそんな話も聞いた覚えがあるな……。ぼんやりとした頭でそう考える。


 錬金術。アルケマ系の魔法の別名で、人造人間(ホムンクルス)やら賢者の石ラピス・フィロソフォルムやらを製造するための伝承や独自言語を発達させたものらしい。普通の魔法使いが使いこなすにはいろいろと難があるので、一般的ではないのだけれど。


「女の人造人間(ホムンクルス)だったんだけどさ、裸に剥いたけど人間と区別つかなかったわ。似たような技術もたくさんあるらしいし、相手が人間の顔だからって人間だと思っちゃダメだな」


「女の子を裸にするなよ……」


「良いじゃん別に、嫌がられなかったし」


 聞き捨てならない話だった。これだからイケメンは……。


 エドはそれなりにモテる。なんでこんな雑で適当な男がモテるのか甚だ謎だけれど、残念ながらモテる。僕と二人で歩いているときに、エドだけが女の子に話しかけられるのなんて日常茶飯事だ。僕は空気か。


「嫌がられなくても、モラルってもんがあるだろ……」


「いやいや、人造人間(ホムンクルス)って簡単なことしかできないからさ。あれって、質的には肉体の再現らしくて、精神の方は別の領分なんだと」


「ああ、なんかボーっとしてて押し倒しても無反応な女の子が容易に想像できる」


「実際そんな感じだったぜ」


 嘆息するエド。どことなく不機嫌そうだ。


 無反応な女の子か。エドの趣味と真逆だな。だいぶはっきりしてきた頭で僕はそう思う。


 女の子の好みって意味ではなく、エドは戦い合える人間を好む傾向がある。反対に、誰かの言いなりになっている人間や自分で明確な意志を持たない人間を嫌っている。そういった人に会うとエドは不機嫌になる。眉間に皺が寄って、周囲を見下すように顎をあげるのだ。背の高いエドがそうやって睨みを利かせると、周囲はどことなく萎縮する。


「なんか人間の姿した別のもの触ってるみたいだったな。体触っても反応しないし、剣で刺しても痛くなさそうだった。そもそも心臓で動いてるわけでもないっぽくてよ、潰しても平気そうだったな」


「それはなんというか、かなり怖いね」


 人間と全く同じ体の、人間ではない存在。哲学的ゾンビだったか。いや、あれは少し違うんだっけ……。


「ほら、もう十分休んだだろ。立てよ」


「ああ、わかったって」


 ため息をつきながら、僕は立ち上がる。エドも構える。


 一呼吸の静寂。


 エドが僕に向かってくる。マギカソードを両手で構え、右下段から振り抜く。


 僕はノービスソードで受けるようなことはせず、一歩と半分だけ体を下げる。エドの斬撃は僕に触れないが、返す刃で今度は袈裟切りに振り抜いてくる。


 刃に幅があって重たいマギカソードの攻撃を、細いノービスソードで受けるわけにはいかない。武器の重さもあるが、なによりエドは力が強い。重力と勢いに乗った攻撃を受けても、防ぎきれないでダメージを受ける。


 だから、今度は横に体をスライドさせて攻撃を避ける。安全圏に入ってすぐ、エドがマギカソードを振り下ろしきる前に、ノービスソードで突きを放つ。狙うはエドの左肩だ。


 僕の突きが届く寸前、ふわりとエドの体が中に浮かぶ。重たいマギカソードを振り下ろした勢いのままに、ジャンプして僕を乗り越えた。


 いや、乗り越えてはいない。


 かかと落とし!


「ぐ、あぁぁ!」


 ノービスソードを突き出した姿勢のまま、右肩にエドの固いブーツのかかとを受ける。空中で半回転してのかかと落とし。曲芸師かよ。なんて身軽さだ。そのまま、逆脚による蹴撃を胸に食らって、僕は吹っ飛ばされた。


 されるがままに地面を転がる。


「突きは悪くなかったけど、まだまだだな。相手が前方にいるからと言って、攻撃も前方から来るとは限らないぜ。とくに至近距離での戦闘だとな」


「ああ、そうか、勉強になるよ」


 構えを解いたエドが倒れてる僕に手を伸ばす。僕はその手を取って、エドに引っ張られるようにして立ち上がった。


 エドは戦闘の天才タイプだが、頭が悪いわけでもない。自分が体でなんとなく理解していることを、少しずつではあるが噛み砕いて教えてくれている。頭でっかちの僕には良い師匠だ。


 半分は僕の稽古ではなくて、エドの運動なのだけれど。彼はどうも、体を動かしたくなったときに動かさないでいると、不機嫌になるらしい。自分でもわかってるが、どうしようもないと言っている。付き合わされる方の身にもなれ。


「アイラがお前の剣を買い直すって言ってたけど、どんなのにするか決めてんの?」


 不意にエドが真面目な表情になる。


「いや、決めてないよ。とくに希望も無いし、細剣のままで良いと思うけど」


「そうか。じゃあま、せめて魔法の効果があるやつにしろよ。恩寵のあるやつとか。《サラマンダーの背骨》、使ったんだろ」


 《サラマンダーの背骨》とは、字面通りのグロテスクな背骨ではなく、儀式用のナイフだ。呪文を唱えることで、炎に対する結界を作ることが出来る。メディの持ち物なのだけれど、先々週、僕はメディからそれを借りて使用したのだ。


「はあ、考えとくよ」


「じゃ、俺はもう帰るわ。付き合ってくれてありがとよ」


 そういって息絶え絶えの僕を放置して空き地を出ようとしたエドが、思い出したようにこちらを振り返る。


「なあ、ロイ」


「なんだよ……」


「なんでお前、俺が誘わないと剣の訓練しないんだ? もしかして、剣以外の武器を考えてんのか?」


 …………。


 僕は沈黙する。息を整えるために、だ。エドは僕の答えを待って、空き地の出口で立ち止まっている。息を整えて、一息付いて、エドを見る。


「……そういうわけじゃないよ。僕はあくまで剣使いだ。お前と一緒で魔法剣士を目指してるから、剣だけを使うってわけでもないだろうけど」


「……そっか。ま、それならもっと積極的に剣の訓練でもなんでもしろよ。筋はわるくねーのに、鍛えないのはただのサボリだぜ。俺が誘わないと剣を握らないって、どういうことだよ」


「人には向き不向きがあるからね。僕は自分に向いてる訓練をやってるよ。やりたい努力ってやつだ」


「やりたくない努力の間違いだろ」


そういって、エドは手をひらひらを振って、今度こそ空き地から出て行く。やりたい努力、やりたくない努力。それはどちらでも同じことで。エドはやっぱり、付き合いは短くとも僕の友達だと思った。


 エドにこうしていろいろ教えてもらってはいるものの、僕はエドのように上手く立ち振る舞えないでいる。しかも、特に上達した感じもしない。こういうのはある日突然上達を自覚できるものだ、とは言われるが、果たしてそんな日は来るのだろうか。


 僕には剣術の才能がない。それどころか、あらゆる実践の才能が無い。才能の一言で片付けるのは努力家に失礼かもしれないが、事実、そうなのだから仕方が無い。ゼロにはなにをかけてもゼロだ。


 僕が普段一緒に行動している仲間は誰もが優秀だけれど、僕はそれに相応しいだけの力を持っていない。


 けれど、それでも良い。僕が優れた能力を持っていたら、もし僕が恵まれた存在だとしたら、それは、間違っているからだ。


 既に間違ってしまっているのに、これ以上間違ってはならない。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 帰宅すると、アイラが既に白いガウンに着替えていた。シャワーは浴びた後なのだろう。髪が濡れている。


「はやくお風呂に入って、寝ないと駄目だよ」


「わかってるよ。おやすみ」


「ん、おやすみ。またあした」


 寝室に入っていくアイラを見送って、僕は洗面台の前に立つ。


 白い髪。青い瞳。妹に似た顔立ち。能面のような表情。僕は僕の顔が嫌いだ。見ていると死にたくなってくる。僕は鏡から目を逸らす。鏡の中の僕から、目を逸らす。さっさと服を脱ぎ捨てて、シャワールームに入った。ノズルを捻って熱いシャワーを浴びる。


 べたついた体の表面から、汗が流れ落ちていく。髪を濡らす。あまり長い時間濡らしていると、僕の髪は痛んでしまう。太陽の光に耐性が無いので、長い間の外出でも痛む、弱い髪質だ。こういったことは、妹の髪を手入れしていた頃に覚えた。


 白い髪を、僕は嫌いきれないでいた。妹の髪と同じだし、母さんの髪と同じだからだ。僕が両親から受け継いだのは、父さんの青い瞳と、母さんの白い髪と、それから、討伐者の血統だ。


 けれど、僕は両親のようにはなれない。学園に来て四年が経つが、実践ではまるで体が動かない。何かが僕の中でぼんやりとしていて、思うように体を動かせないのだ。


 今日も僕は、死にたい気分だった。

マギカソード


魔法使い、あるいは魔法剣士用の剣。


すこし幅の広い平坦な刃に、魔法式を書き込みやすくされている。通常は、魔法式を書き込んだ後、さらに処理を加えて刃を強化し、魔法式が劣化しないようにする。

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