#12
死者への問いかけ呪文については、理解した。部屋はもういい。次は、あの竜について。この本で調べなければならない。
父さんから受け継いだ、ウィル・ハーミットソードの本。蓄積する本の蔵。この本は他の本を取り込んで、取り込んだ全てのページをいつでも開くことができる。元の本が失われるので、図書館から借りた本の内容を取り込むことはできないけれど……。それでも恐るべき魔法具だ。学園の教科書類は全て取り込んであるし、僕が個人的に購入した本も例に漏れない。
竜に関する記述。それを洗い出す。
竜はその卵や仔を守るために居場所を探知する。これは、比翼の理論などに説明されている「本来一つだったものがもつ繋がり」が利用される。親竜は卵に自分自身の血液から生み出された宝玉を半分だけ埋め込み、そしてもう半分を自ら飲み下す習性を持つ。こうして卵の内部に埋め込まれた宝玉は、親竜との切れない絆になる。親竜はこれによって仔の居場所を突き止め、仔に害なす存在を討ち滅ぼす。
みつけた。確か、メリディアの比翼理論。本来一つだったものを分割するとその繋がりが残り、それを見えるようにしたり、聞こえるようにして居場所を探す呪文があるはずだ。竜はその概念を使って、仔を探している。決して匂いなどを追いかけているわけではない。つまり、竜はどれだけ離れた場所にいる仔でも、その仔に必ずたどり着くということだ。そして、たとえそれが死体だとしても。
そこまで考えて、唐突に目眩がした。
死人の脳薬の効果が切れたことによって、僕は再び言いようのない不安に取り付かれる。気づく前は無視できていた些細な感情だけれど、それがついさっきまで取り払われていたんだ。違和感はある。思ったよりも僕の精神は不安定な状態だったらしい。
僕はベッドに倒れた。
あー、ヤバい。なんか意味もなく泣きそうだ。
「ロイさん、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ちょっと、感情が戻ってきて、頭が混乱してるんだ」
考えるべきこと……まだ沢山あるような気がする。でも、眠ってしまいたい。体が重い。
さっきまで頭が働いていたのが、今は全くダメだ。だいたい、最近の僕は不安定すぎる。昨日まではトレアの死に直面して、あんなに動揺してふさぎ込んでいたのに。アイラの「トレアを疑っていた」という話を聞いた瞬間、こんなにもいろいろな事を調べ始めている。何がしたいのかさっぱりだし、どうしてこうなったのかもわからない。
あの直感的な警鐘も戻ってきた。ああ、そうかーー僕が感じていたのは焦燥感だったのか、と気づく。早く現状をなんとかしないと。早く真実を見つけ出さないと。取り返しのつかない事になってからじゃ遅い。本能が僕にそう警鐘を鳴らしているんだ。
トレアが死んだのは僕の不注意のせいだ。僕が警戒を怠ったからだ。
だから、わからない事を見逃せない。
油断すれば死ぬ。判断を誤れば死ぬ。そうやって、トレアは簡単に死んで、妹は視力を失い、僕たちは竜に殺されかけた。
それはどこでも、どんな瞬間でも変わらない。今もそうだ。間違っちゃダメだ。
トレアは……。本当は、何を考えていたんだろう。あの夢のトレアは、誰だったんだろうか。普段のトレア。夢の中のトレア。どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。このことは、トレアの秘密に関わることだろうか。あの夢は、やっぱり僕のただの妄想なのか。
ぼんやりとそんな事を考えながら、目を瞑ったままベッドから起き上がって、目隠しを付ける。
「ふむ、白い髪のロイさんが黒い布製の目隠しを身につけていると、背徳的でなかなかいい感じですね」
「いや、それ言われても困るんだけど……」
身の危険を感じる。僕は起き上がってセイカから距離を取った。
「似合ってるってことですよ?」
「いや、うーん……やっぱ、それ言われても困る」
「ですか……。疲れてます?」
「あんな薬飲んだしね……。それでなくとも、正直、いっぱいいっぱいだよ」
最近、いろんなことがありすぎだ。ポラリス荒野にフィールドワークに行って、謡う伽藍の仕事で囁爪を狩って……。それだけでも多分、疲れてただろう。そこに加えて、トレアの保護と、竜の襲撃と、そしてトレアの死。もう手一杯だ。本当に勘弁してほしい。
そういえば、完全に忘れていたけれど、いくつか出席しないと行けない講義もあった筈だった……。トレアが死んでから今日まで、僕は全く外出していない。当然、講義もサボっているわけで、どう考えても問題だった。
「ロイさん、何か食べます? 台所借りても良いなら、何か作りましょうか?」
「ん、いや、アイラたちが戻ってきてからで良いよ……。でも、セイカの手料理にはちょっと興味あるかも」
「私、元々は料理人を目指してたんですよ。食べるのが好きで、自分でおいしい料理を作れたらいいじゃないですか」
「元々ってことは、今は?」
「あー、今は……特に、将来の展望は無いですね。そういうんじゃなくなりましたから」
そういうんじゃなくなった、というのは不思議な言い回しだと思った。それに、夢を諦めてしまったというのは、少しだけ気持ちがわからないでも無い。僕も、本当は討伐者になるべきなのか、悩んでいる。
討伐者になるなんて、自分の夢のために生きるなんてことが、僕に許されるのか。僕はもっと、妹のために村にいられるような仕事を探すべきじゃないのか。そういう気持ちが消えない。だから、エドに『やりたくない努力』なんて揶揄される。
「料理は、できるんだよね?」
「え? ああ、はい。できますよ、ちゃんと」
「じゃあ、料理人じゃなくても、良いじゃん。僕は、セイカの手料理食べてみたいし」
「……んー、仕方ないですね? ロイさんがそこまで言うなら? 仕方なく作ってあげても良いんですよ?」
「なんで急に上から目線なんだ?」
「さあ、なんででしょうね。そんなことより、疲れてるんなら横になってると良いですよ」
腕をひっぱられてベッドに押し倒される。セイカはすぐに離れて、けれどそのまま僕の肩を押さえつけた。立てない。
「……あー、じゃあ休むから、靴脱がせてくれよ」
「私が脱がせてあげますよ。女の子に手取り足取りお世話してもらうのって、男のあこがれってやつじゃないですか?」
「まあ、うん。そうかもしれないです」
「うひひ、素直ですね」
セイカに靴を脱がされて、僕は額に手を当てた。ベッドに横になって身体の力を抜くと、相当に疲れがたまっていることに気づく。頭が鈍いし、身体が重い。死人の脳薬の副作用かもしれない。急激に眠気が襲ってきた。
「ごめん、セイカ、やっぱりちょっと寝るよ」
「ん、わかりました。じゃあ私はアイラさんが戻ってくるまで、ちょっと出かけてきますね」
「無理につき合わなくても良いけど……」
「アイラさんが戻ってきたら、今日は私が料理作ってあげますよ」
楽しそうに言うセイカ。そこまで言うのなら拒否する理由も無い。なんだかんだ、料理することが好きなんだろう。普段は一人で暮らしているのかもしれない。だとしたら、しっかりとした料理を作る機会はなかなかないものだし。
「わかったよ……。じゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい、ロイさん」
蓄積する本の蔵
「図書館になる書物」とも呼ばれる。無限大のページ数と使用者の必要な情報を探し出して提示する魔法がかけられた、強力な魔法の道具。割と貴重品で、空間操作魔法と精神魔法の権威が数ヶ月の時間をかけて作る。市場には出回っていない道具の一種。