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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
汚濁に塗れた精神
38/54

#11

 エリーゼの見解を聞いた僕は、セイカに連れられて部屋まで戻ってきていた。そして、トレアの死因について調べるために、アイラの部屋ーー今は焼けこげてしまったその場所に、僕は立っている。


 僕は深呼吸をして、心を落ち着ける。それから、セイカに用意してもらった丸薬を飲み込んだ。


 死人の脳薬。感情を押さえ込み、精神を強制的に安定させる薬だ。あまりにも強いストレスに対して、応急処置的に使われる事が多い。薬効が強すぎる故の副作用と、そしてその薬効そのものによる注意点がある。名前だけわからなかったけどーーエリーゼが答えてくれた。


 単純な話だけれど、感情がなくなるという事は理性を働かせる原動力がなくなるということに他ならない。この薬を飲んだ後は眠ってしまうか、あるいはあらかじめ明確な目的を意識した上で飲まなければならない。そうしなければ、理性が体を動かしてくれない。


 飲んでしばらく時間が経つと、だんだんと心がスッキリしてきた。頭の中がクリアになる。そこで初めて、僕が漠然とした不安を抱いていた事に気づいた。けれど、それは今はどうでも良い。やるべき事は決まっている。僕はこの部屋を自分の目で見て調べるために、感情を封印したんだ。


 この目が精神の不安定さに連動して物を燃やす事は、まだ確証は得られていないがおそらく正しいと思う。だから、こうして感情を押さえ込めばーー精神を強制的に安定させれば、目は効力を発揮しない。あの竜を滅ぼした後、アイラに抱きしめられて心が落ち着いてから、その後は一時的にでもこの目を制御できていた。トレアの死によって精神の安定を欠いた僕は、再びこの目を押さえ込めなくなっていたけれど……。死人の脳薬を服用している間は、大丈夫なはずだ。


 これは何度も使えない薬だ。さっさと目的を達成しよう。


 僕は目隠しを外した。目を開くと、ぼんやりと部屋の内装が見える。焦点が合うまでに少し時間がかかった。


 焼けこげた床やベッド。染み付いたままの血の跡。精悍な顔で、心配そうに眉根を寄せているセイカ。彼女の灰色の髪を見たのはずいぶん久しぶりのような気がする。耳には僕が買ってあげたピアスが光っている。本来一つのものを二つに割って作られたピアス。繋がりの象徴。


「ロイさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。それじゃあ、少し調べるから、待ってて」


 セイカにそう告げて、僕はトレアの死体があった場所に座り込む。血が染みている。あの時僕は、トレアの死体を焼かないようにとっさに目をそらした。だから、トレアの死体があったその真下はきれいな状態だーーとはいえ、血がしみ込んではいるのだけれど。


「ロイさん、私、あっちに行ってますから。何かあったら呼んでくださいね?」


「わかった、そうするよ」


 血は、トレアの死体があった部分の壁面、床にまんべんなく広がっている。ある程度の速度で流れ出たことになる。あの時僕が踏んだ血液はどろどろとしていた。ある程度の時間が経過していたはずだ。けれど、完全に乾ききるほどじゃない。エリーゼが言うには、人間の血液が流動性を失うまでの時間はすごく短いが、完全に乾燥するまでは数時間かかるらしい。


 僕が抱きしめたトレアの体は、冷えきっていた。僕とアイラがここに帰り着いたのは、多分八時か、九時か、そのくらいだったと思う。話を聞きにきた騎士の二人にも、そう言った気がする。


 逆算すると、トレアが死んだのはあの日の早朝……くらいだろうか。


「だとしたら……どうしてトレアは、ベッドの上で死んでいなかったんだ?」


 眠っている状態で殺されたなら、ベッドの上で死んでいる筈だ。……いや、どうだろう。早朝といっても、六時、あるいは七時くらいだ。普通に起きていた可能性も十分ある。少し考えすぎだったかもしれない。あるいは、トレアを殺した人物ーー殺人者が部屋に侵入した時に、目を覚ましたのかもしれないし。


 焼けこげたベッドを見る。特に変わった様子はない。燃えてしまってるが、骨組みは残ってる。あれから僕とアイラは仕方なく一緒に眠っている。あの日、トレアはここで眠っていたはずだ。そして、目を覚まして、その後で殺された。


 僕は部屋を見渡す。いろいろなところに焦げ後があるけれど、それ以外に荒れた形跡はない。元々きれいな部屋だけれど……テーブルの上には何も置かれていないし。けれど、トレアがベッドから少し離れた壁際で倒れるように死んでいたのなら、どうして荒れた痕跡がないんだろう。いや、それを抜きにしても、どうして血痕がトレアの死体の周辺にしかないんだ?


 何度も刺されているのなら、少なくとも逃げようとしたり、暴れたりしたはずだ。その痕跡が全くない。微かに残っているのは、粘度の高い状態で引きずられたような擦れた跡だけだ。これは僕がトレアの死体を抱きしめたときの痕跡だろう。


 だとしたら、トレアは刺されても逃げなかったことになる。殺される事を受け入れていたのか? ……いや、違う。


 これは間違った推測だ。あの騎士も言っていた。トレアは刺された時には既に死んでいたんだ。冷静に考えれば、死体の状態を詳しく調べずともわかりそうなことだ。僕がアイラの部屋に火をつけたから、気づきにくかったけれど……。トレアが暴れた痕跡もなく刺されていた時点で、これは自明なことだった。


 けれど、だとしたら、トレアはどうやって殺されたんだ?


 睡眠毒、即死をもたらすような禁術、冷気……トレアの死体や死に顔から想像するなら、この三つくらいしか思いつかない。毒を用意するか、あるいは呪文や魔法を使える人物が殺人者ということになるだろうか。


 禁術。そういえば、エドとアイラが戦った、最初にトレアを襲っていた暗殺者は、禁術指定されている影の魔法を使っていたんだっけか。あれはエドの見立てだけれど……禁術指定されている影の魔法。何の魔法だろうか。それについても、調べてみる必要があるかもしれない。


 実際のところ、毒だったら体に痕跡が残っているはずだ。痕跡の残らない毒もあるだろうから、確定はできないけれど、可能性としては低いように思う。冷気を使っているとしたら、部屋や血液に痕跡が残りそうな気もする。人が死ぬほどの冷たさというのはどの程度になるんだろうか。


 いや、部屋が冷たければ逃げれば良いだけだ。動きを拘束されていたとは考えにくい。だとしたら、冷気で殺されたパターンもあまり考えなくていいかもしれない。


「トレアはどうやって殺されたのか……。ん? そもそも、どうして騎士団はトレアが刺される前に殺されたと判断したんだ?」


 あれだけ出血して死んでいたら、刺し傷が原因で死んだと考えるべきだ。そこに疑いの余地はない。なのに、どうしてかトレアの死体を調べた医術師は、トレアの死の理由に疑問を持った。そして詳しく調べることで、刺し傷が原因で死んだのではないという結論を出したはずだ。


 だとしたらその根拠はなんだ?


「医術師に直接会って聞いてみるか……?」


 そんなことができるのだろうか。……いや、難しいだろう。個人的に話を聞くだけなら可能かもしれないけれど、トレアの死体を調べた人物を探し当てることがそもそも難しい。トレアの死について、騎士団でさえもう調べてないんだ。


 探してみる価値はあるけれど、期待すべきじゃない。それよりも自分でまずは推測すべきだ。


 死の理由を推測する呪文や魔法が存在するのか、あるいはそういった技術があるのか……。僕はふと、エリーゼの言葉を思い出す。


「死者への問いかけ呪文……か?」


 死体の調査について尋ねたとき、専門的な方法の例示として、たしか、エリーゼはそう言っていた。いつか講義で使った本に書かれていたような気がする名前だ。だとしたら、父さんの本に残っている。


 僕は一旦自室に戻る。途中でアイラの部屋を出た僕に気づいて、セイカがあわてて着いてくる。自室のテーブルに置きっぱなしにしていた装備の中から、父さんの本を取り出して適当にページを開く。



 死者への問いかけ呪文


 魂の存在していた生体について、魂の消失の理由となった原因を照合する呪文。原因は完全なものである必要はなく、例えば刺し傷が理由で死んだ生物の死体についてこの呪文を用いると、刃物に対して反応を示す。


 死の原因とは外的要因のことであり、傷などの死体に残る痕跡ではない。


 死の原因となった可能性のあるものをあらかじめ用意して、それらについてテロメアを利用し、音や光などの認識可能な現象を励起させるよう呪文を構築しなければならない。あくまで魂が存在した物に対して、その消失の理由が正しいかどうかを照合するのみであり、例えば魂が存在した事を確認する事はできず、また試したものが死の理由でない場合も効果を発揮しないため、その意味で使い勝手の悪い呪文である。



 これだ。死者への問いかけ呪文。これを使えば、トレアの死の原因が刃物ではない事がわかる。そして、医術師が死の理由を特定できなかった事にも頷ける。原因になったものが手元になければ、この呪文は効果を発揮しない。


「ロイさん、何を調べてるんですか? 呪文書……?」


「トレアの死の理由は刃物による刺し傷じゃない、ということをどうやって特定したのかと思ってね」


「死者への問いかけ呪文ですか……。確かに、これなら少なくとも、刃物で死んだのではない、ということはわかりますね」


「これを使ったかどうかについては調べる必要があるけれど、多分、これくらいなら騎士の誰かに聞けばわかると思う……一歩前進、か?」

禁術指定


国境を越えた魔術師連盟によって制定されている魔術盟令によって、使用を禁じられている魔法や呪文。場合によっては、それにまつわるあらゆる知識が封印されている場合もある。

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