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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
汚濁に塗れた精神
37/54

#10

「死体について、ですか?」


 エリーゼが戸惑っている気配が伝わってくる。僕は言葉を重ねた。


「そう、死体について。具体的には、死体を調べる時、どういうところを見たら良いか、とかかな」


「死体を調べるんですか?」


「死体そのものは調べれないけど、それがあった場所は調べれるからね。聞くだけ聞いておこうと思って」


「センパイ、一体どんな物騒なことに巻き込まれてるんですか……。ああ、先ほど言っていた、スクロールをセンパイに譲った方のことですか」


 流石にわかるか。僕はため息をつく。エリーゼは多くの知識を持っているけれど、それは言い換えれば、多くの知識を収集して整理しておくだけの能力を持っていることをも意味する。こういった調べものには、本来僕より向いている人間だった。


「そういえば東区で女の子が殺されたという噂がありましたね……。ふうん。なるほど、それであれば、血液と死について、いくつか教えて差し上げますよ」


「血液と死?」


「ええ、血液と死です。……死体を調べる学問はいくつかあるのですが、これは学問とまでも行かない、たとえば盗賊や商人の護衛をやっている傭兵でも知っている程度のことですけれど、案外、要点だけをまとめた書物がないのです。死者への問いかけ呪文とか、血液人形とか、いろいろ専門的な呪文や魔法もあるんですが……。まあ、その辺りは複雑は話になりますし、専門でない私が解説することでもないでしょう」


「ふうん……? で、なんで血液なんだ?」


「血液は沢山の情報を伝えてくれるからです。


 一つ目は血痕の問題です。血の跡は死の状況をより鮮明にします。血を引きずった跡は死の間際の動きを教えてくれますし、あるいは殺害者の足跡や痕跡をそのまま残している場合もあります。血痕は注意深く観察すべきです。


 二つ目は……センパイの場合は、既に死後日数が経過していますから意味がないかもしれませんが、血の粘度です」


「血の粘度……?」


「はい……。血、というのは、ご存知かもしれませんが、体から流れ出て時間が経つと、どんどん粘り気が増し、最後には固まってしまう性質を持っています。一部の毒はこの性質を打ち消す場合もありますが……まあ、それはあまり気にしなくても良いでしょうね。


 血液が強い粘り気を持つのは、体から流れ出て数分ですが……完全に乾燥するまでは数時間程度かかるそうです」


 試したことはないですが、と嘆息するエリーゼ。


「そもそもセンパイも、こういうことには詳しいんじゃないですか?」


「いや、どうしてそう思ったのかわからないけど、僕は死体の検分とか、そういったことには全く疎いんだよ。生き物を殺す方法なら沢山知ってるけどね」


 冒険者はともかく、討伐者は、要するに生き物を殺すのが仕事だ。たとえばあの火竜(フォンドラゴン)のように、人に害ある生き物を殺すのも。そのための方法ばかりが、僕の頭の中と、そして父さんの本には記述されている。とはいえ、父さんから受け継いだこの本は、もっと多様なのだけれど。知らない単語は調べられないし。言葉そのものだけは誰かに提示してもらう必要がある。


「それもそれで、なんというか、物騒な話ですね」


 エリーゼが嘆息する。


「まあでも、ありがとう。あとは自分でいろいろ調べてみるよ……っと」


 僕は椅子の背もたれを握って、バランスを取りながら立ち上がる。まだ目に頼らないで歩くのは難しい。暗闇を歩くのは簡単なんだけど、目隠しをされた状態で歩くのは難しいんだから、不思議だ。


 エリーゼに助けられて出口まで向かう。ドアノブを握らされて、自分の役目はここまでだと言わんばかりに僕から離れるエリーゼ。


「それじゃあ、助かったよ、エリーゼ。今度来る時は、なにか珍しいお菓子でも持ってくるよ」


「一応、期待しています。ああ、それとセンパイ」


「ん?」


 まだ何かあるんだろうか?


 ここには僕から尋ねてきたのだし、エリーゼの側に僕に用があるはずもない。あるとしても、今話を切り出すのは変だ。僕が席を立つ前ならともかく……。そう思いながらエリーゼの言葉を待っていると、彼女は戸惑ったような従順の後、口を開いた。


「魔法にせよ呪文にせよ、最も注意すべきは、目に見える現象を起こさない(・・・・・)種類です」


「…………」


「居場所を特定するもの、感情や思考を操るもの、契約の呪文……様々な種類がありますが、センパイ、気をつけてください。センパイは今、私にはいつも通りに見えます。けれど、これから死体を見に行く人間の精神状態には、とてもじゃないですが、見えません」


 居場所を特定する呪文……。そういえば、竜はどうやって仔や卵の居場所を探すんだろうか。


「……死体というより、殺人現場なんだけどね、調べるのは」


「それでもです。センパイは少し、冷静すぎます」


 冷静すぎる……ね。けれど、冷静なことは良いことだろう。感情に振り回されて自分のことがわからなくなって、挙げ句の果てにーーアイラの腕を焼き落とすよりは、ずっと。


 いいことだと、思うけれど。


「呪文は、精霊を使った技術(・・)です。魔法とは異なります。あれは世界結界に反抗しません。あたりまえのことですが、何かされた後では気づけない場合も多くあります。


 本当に気をつけてくださいね。自分は大丈夫だという思い込みが、最も恐ろしいのですから」


 夜椿が取り憑いているのに、取り憑かれている人は気づかないーーか。


「……そういえば、感情を押さえ込む魔法薬の話を聞いたことがあるけど、名前って知ってる? 感情がなくなりすぎるから、何もできなくなっちゃうやつ」


「感情を押さえ込む、ですか? そうですね、うーん、死人の脳薬でしょうか。あれは使い方を間違えるとあまり意味が無いですけど。普通に、強い精神安定剤として売られていますよ」


「ふうん……。わかった、ありがとう」


「本当に、一体何に巻き込まれているのやら……です。それでは、息災(そくさい)で」


「エリーゼもね」


 小屋を出る。ため息をつく。


 僕の今の精神状態について、か。確かに、不思議だ。トレアの死体を思い出しても、僕は何も感じていないーー?


 精神が安定している。言ってしまえばそれだけだけれど、これは、一体いつからだろう? エドに殴られた時、僕は真実を知りたい気持ちと、もうトレアのことに関わりたくない気持ちが、両方あったと思う。少なくとも竜のことだけでは、真実にはたどり着けないという確信はあって……だからこそ、エドの誘いを断って、けれど、メディに調べものを頼んだ。


 僕はどうしてーー


「ロイさん、なにか収穫はありましたか?」


 セイカの声が聞こえた。隣に立つ気配がして、腕を取られる。


「思った以上だったよ、セイカ」


「それは良かったです。それじゃ、帰りますか? ていうか、下り階段って目の見えない人連れて歩くの、難易度高いですね……。ころばないでくださいね」


「言われてみると確かに。善処するよ……。痛そうだし」


「私の方が体重軽いんですから、ひっぱってあげてもいいですけど、多分被害が拡大するだけですね」


「ああ、うん。まあ、軽いだろうね?」


 どこがとは言わないけど。


「なにか失礼なこと考えましたか?」


 いえ、滅相も無いです。


 セイカに連れられて階段を降りる。そもそも、階段を登るのと降りるのでは、降りる方が筋肉も使うし、難しいらしいと聞いたことがあるけれど……。確かに、降りる方が大変だった。


「そうそう、セイカ、ちょっと買って帰りたいものができたんだけど、商店街に僕を連れて行くのは難しいだろうから、お願いできないかな」


「いいですけど、何を買ってくれば良いんですか?」


「うん、ちょっとーー死人の脳薬っていう、薬をね」

呪文


呪文は「外部に存在する魔法に頼って発動するもの」であり、基本的には世界結界に頼って用いられる。これを自然呪文と呼ぶ。世界結界は最初から呪文の存在を前提にしており、呪文の存在が、世界は「ある一つの意思」によって創造された根拠と考えられている。

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