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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
汚濁に塗れた精神
34/54

#7

 ルディアの街には学生向けの施設が点在している。ロルクスやダレンノーツの実験棟、あるいは寮や、いくつかある図書館もそうだ。学生向けに本や消耗品を販売している店もある。また、研究のための資料として、生物を飼育している施設もある。


 東区に限りなく近い中央区。ここにある建物も、そういった学生向けの施設だ。


 今の僕には見えないが、薄緑色の石を使って建てられたこの建物は、三階建ての円形の塔と、一階建ての四角い建物とがくっついたような外観をしている。塔には直接入れず、四角い建物の入り口を経由して入ることになる。四角い建物と、塔の二階までは図書館になっている。


「ここ、どこですか? この緑色の建物でいいんですよね、ロイさん」


 僕の手を引くセイカが戸惑ったように尋ねる。


「そうだよ。ここの、塔の三階に友達がいるんだ」


 ダレンノーツの第五図書館。


 詩や楽譜が納められている、小さな図書館だ。五番目の図書館だから小さいのではなく、ダレンノーツの図書館はどこも小規模なものが多い。その代わり、確か全部で十五棟もの図書館がルディアには存在しているとか。もちろん、ダレンノーツに属する図書館だけで。


 ロルクスに所属している僕にはあまり関係のない話だけれど。


「じゃあ、三階までお願い」


「わかりました、ロイさん」


 セイカに手を引かれて建物に入る。空気の流れとか、足音や、その響き方が変わったのがわかる。図書館独特の本の匂いがする。目を使わなくなって、こういった音や匂いの変化に敏感になった。流石に匂いで人を区別するみたいなことはできないけれど、人や街の匂いにも敏感になったような気がする。


「おや、ロイくんと……付き添いの方、ということですか」


 聞き慣れた声がする。男の、若い声だ。僕やエドより年下のように聞こえるが、その一方で、独特の緊張感のある発音の仕方。声変わりしないまま大人になった人の声。


「はい、えっと」


「お久しぶりです、カイルさん」


 戸惑うセイカの代わりに、僕が応じる。


「はい、お久しぶりです。あの子から君のことは聞いていましたが、本当に視力を失ったのですか?」


「ああ、いえ、そういうわけではないです。魔法による一時的な後遺症、のようなものです。多分、直に回復すると思います」


「そうですか、それは何よりです。今日もあの子は三階にいますよ。階段を使うときは注意してください」


 挨拶を終えて、セイカと共に塔の方に向かう。ドアの軋む音が聞こえて、開けた場所に出たような感じがする。先ほどまでこもっていた空気が、少し軽くなった。冷めた空気の流れも感じる。


「さっきの人、ウアルズ族なんですね。珍しい」


「そうだね。あの人はカイルさん。ここの司書をやってて、体が歳を取らないらしい」


「体が歳を取らない、ですか。それはまるで、人形みたいですね……。人間にも、人形みたいな人がいるんですね」


「人形が人間みたいなんじゃないの? 人形って、元々は人を真似て作られたものじゃないっけ」


「そうなんですか? 私たちはそういう風に教わっていないですけど」


「うーん、確か。今では《ドロシーの類感理論》で説明されてることだけど、似た物には関連性が生まれる、っていう理屈だね。


 それを応用して、例えば特定の人に呪いをかけたり、あるいは呪いを肩代わりしてもらったり。文化や魔法系統によるけど、人の代わりに生け贄にしたり、魂の入れ物にしたり、っていう使い方もあるらしい」


「物騒ですね……。けど、そうなんですね。やっぱり、人形は昔からちゃんと目的があって作られてるんですね」


「まあ、もっと俗な目的が出発だと思うけどね。死んだ人の代わりにとか、憎い人の代わりにとか。そういう『代わりに人形を使う』っていう発想が出発点だったのは、まあいろんな学者の間で合意が取られてるらしい。主に民俗学とか、そういった方向の学問の話だけど」


 話しながら、僕とセイカは階段を上がっていく。塔の内壁は全て書架になっていて、無数の本が敷き詰められている。二階は中央の吹き抜けをぐるりと囲むように廊下が設置されていて、三階も同じような構造になっている。階段は二対あり、僕たちが今登っている出入り口に近い方と、そのちょうど反対側にも設置されている。


「そういえばロイさん、ここにいる人って誰なんですか?」


「ん? ああ、えっとね、僕の友達で、歌の上手い子がいるんだよ。本が好きで、いろんな本を読んでるんだ。カイルさんが驚くくらいの読書量なんだよ」


「へえ。だから、ここなんですね。図書館だったら、本が沢山あるから……。でも、三階は違いますよね。あれは、植物園ですか? 温室?」


「そうだよ。ここの三階は温室になってる。塔の上面がガラス張りで、日の光が差し込むんだ。本は魔法で守られてるらしいけど、普通、図書館と日の光を必要とするような施設を一緒くたにしようとは思わないよね」


「本って日の光がダメなんですか?」


「僕も詳しくはないけど、日の光で本は痛むらしいよ」


「ふうん……。で、その子に何の用事ですか?」


「うん、聞きたいことがあってね」


 僕とセイカは三階についた。さまざまな植物が、書架とはまた違った棚に並べられていて、冷たい空気が空間を満たしている。湿っぽい。ここにある植物は温かいと成長しないらしい。だから、セイカの『温室』という評価は間違っていることになる。


 天井近くには空気を循環させるための装置が回っている。三つの木の羽根を組み合わせたその装置は、テトラの偶力石の力で動いているらしい。それによって、新鮮な空気と、そうでない空気を入れ替えているとか。ほとんど密閉されているようなこの場所で、どうやって新鮮な空気を取り入れているのかは謎だけれど。


 無数の植物たちに囲まれて、令室の隅に小さな小屋がある。建物の内部に建物を建てるという発想は常人の僕には理解できないが、この令室は人が過ごすにはすこし寒い。快適な管理用の部屋を作る必要があったらしい。小屋も、完全に独立しているのではなく、あくまで、天井の高いこの階の、最外壁を利用するように設置されている。ちなみに、小屋の上部も植物の住処になっている。


 僕とセイカは小屋の前にたどり着く。すると、カチャリという音がして、ひとりでに鍵が開いた。入ってこい、という合図だ。


「セイカ、悪いけど、すこしここで待っていてくれないかな」


「え、まさかの……。私だけのけ者ですか。酷いですよロイさん」


「いや、そうじゃなくてさ……。とにかく、ここから先は僕だけで行かないと、話がややこしくなるんだよ。あの子は酷い人見知りで、セイカがいると多分会話ができない」


「それは……なんというか、さすがはロイさんのお友達ですね。……わかりましたよ。今日は目の見えないロイさんにご奉仕する日って決めましたから。どんなに寂しくても、体が冷えて体調を崩しても、たとえそれで明日寝込んでしまうとしても、私はロイさんのために頑張ります」


「いや、それは……。はあ。《彼の身の熱、彼の身の器、外縁の空、熱の(ことわり)は遮られ、(あるい)は閉じ、具象化せよ》。……どう? これで、温かくなったと思うけど」


「お、確かに。先ほどまでの空気の冷たさを全く感じないですね。呪文ですか?」


 暖められた鎧の呪文。の、簡易バージョン。体の周囲の空間から、熱が出て行かないようにする。本当は、熱がこもりすぎないようにとか、耐久時間とか、いろいろ細工をしないといけないんだけど……。いつも思うけど、魔法と違って発動が面倒な割に、細かいところまで気にしないといけないから、呪文っていうのは面倒だ。


「そうだよ。言葉だけで発動できる程度の呪文だから、簡単だし、すぐに解けちゃうと思うけどね。これで我慢してくれ」


「わかりました。待っていてあげますよ」


「それじゃあ、いってくる」


「はい、いってらっしゃい」


 そんなわけで。


 僕はセイカと別れて、小屋の中に入っていった。

ウアルズ族


別名「図書館の種族」。記憶力に優れ、感情表現に乏しい。肌が白く、髪が水色で、視力が弱い。想像力豊かで、多くの者が小さいながらもオリジナルの魔法を用いる。

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