#6
翌日の朝、ルディアを発つ馬車の前で、僕は再びエドに殴られた。
痛い。
「何しにきたんだよ」
出会い頭に殴りつけて、冷静にいう辺り、相当怒ってるな。無理もない。エドは今の僕みたいな、やられてもやりかえさないタイプの人間が大嫌いだから。やられっぱなしでいるつもりはないけれど、それを言ってもどうせ口喧嘩になるだけだし、なによりこの馬鹿をイチイチ説得するのも面倒だ。
「大丈夫ですか、ロイさん」
セイカに助け起こされながら、僕はため息をつく。
目を覆ったままの僕は、アイラとセイカの付き添いで、ここまで来ていた。昨日のこともある。自分で大丈夫だと思えるまでは、間違っても目を開かないようにしようと決めた。二人には迷惑をかけてしまっているし、全部終わったらちゃんとお礼をしないといけない。
「メディに頼みがあってきたんだよ」
「へ? 私? なんで?」
「だから、ちょっと待っててくれないか、エド」
「……ふん、好きにしろよ」
エドは言い捨ててさっさと馬車に乗ってしまった。ため息をついたウェミルさんと、不安そうなアイラがそれに続く。ウェミルさんにこんなことで迷惑をかけるのは忍びないけど……。うん、後でちゃんと謝罪しよう。だんだんと多方面に顔向けできなくなっているような気がする。
「ロイ、メディに変なことしたらダメ」
「何もしないって……。セイカ、悪いけど、少しここで待っててくれ。内緒の話だから」
「わかりました、ロイさん」
「ありがとう。……それで、メディ、すこし馬車から離れたところまで、手を引いてもらえると助かるんだけど」
「なんで私がそんなことしてあげないといけないのよ……」
文句を言いつつも言う通りに手を引いてくれるメディ。視力のない状態でも多分歩けるとは思うんだけど、壁やテーブルがないとすぐにバランスを崩してしまう。真っ暗な夜でもあるけるのに、目が見えないと思うと歩けないのは、心理的なものなんだろうか。
「で、話って何? 今日参加しないことなら、まずエドに謝りなさいよ」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくてさ。ちょっと調べてほしいことがあるんだ」
「調べてほしいこと? それなら、ロイも直接来たら良いじゃない。目が見えなくても、ロイの指示があればはかどると思うんだけど? 頭脳担当さん」
「最近その立ち位置に疑問を感じてるところなんだけどね……。ウォーガン山脈の北部に着いたら、主のいない竜の巣を最初に探すと思うんだ。で、うまく見つけれたら、ものが燃えた後があるか、調べてほしい」
「どういうこと? ものが燃えた跡があるか? ……うーん、それって、わざわざ私に伝えるほどのこと?」
「うん、伝えるべきだと思ったから、こうしてふらふら部屋を出てきたんだよ。隅々まで、どこを探しても燃え跡が無い・・ことを確認してほしいんだ。巣の中と、その周辺も」
「燃え跡が無いこと……? でも、燃え跡はきっとあると思うわよ。グランダード平原の北部で、中型の生き物が焼け死んでるってウェミルさんも言ってたじゃない。それで、いくつかのギルドが調査に出向いてたんでしょ? だったら、それはあの火竜の仕業じゃないの?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく、調べていてくれ。それと、時間があればその中型生物の焼死体のあった場所も」
「ふうん……。ま、ロイの考えが私に理解できないのなんていつものことだしね。いいわよ、調べてきてあげる」
「でも、他の二人にも、知られたらまずいことなの?」
「絶対にまずいってわけじゃないけど、今は竜のことに集中してほしいから、できれば内緒にしてて」
「うーん、でも……」
「お願いだ。恩人の頼み・・・・・だと思ってさ」
「……そう言われると、はぁ、仕方ないわね。じゃあ、そうしてあげる」
「助かるよ」
「ま、感謝することね。それで? 話はそれだけ? じゃあもう私は行くわよ」
「ああ、気をつけてね」
メディが立ち去って、馬車の出発する音がする。馬を叩く鞭の音と、蹄と車輪が地面にぶつかる音。
「センパイ、それじゃあ、帰りましょうか」
近寄ってきていたセイカがそう言って僕の手を取った。目が見えないと、急に体に触れられるとドキリとする。
「センパイ?」
「ああ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって。うん、帰りもよろしくね」
「任せてください! なんといっても、ペアルックしているロイさんの頼みですからね」
ペアルック。そう、セイカとトレアを連れて商店街に出かけた時に、無理矢理身につけさせられた夜鳴き鷹の宝玉のピアス。アイラは今までこのピアスに触れなかったけれど、それも今朝までの平穏だったと言う他ない。
セイカの耳にある僕とお揃いのピアスを見て、アイラに詰問された。詰問というか、尋問というか、拷問というか。
曰く、どうして黙っていたのか、私が剣をプレゼントすると言った時には渋っていたではないか、ペアで装飾品を身につけるなんて不健全な関係なのではないか、私がプレゼントしたら身につけてくれるのか。そんな感じで、最終的に指輪を一緒に選びにいくことになった。愛が重い。
指輪って……。
婚約でもさせられるのだろうか。
愛が重い。
「そういえばロイさん、この後はまっすぐ家に帰るんですか? ていうか、食事とかどうするんです? 目が見えないのに料理できるんですか?」
「いや、昼は抜く予定だったけど」
「それはいけませんね! じゃあ私とご飯食べにいきましょう! 食べさせてあげます!」
「やめろ! それはアイラに既にやられたんだ! 部屋で二人きりでも恥ずかしかったのに、お前に公衆の面前でやられたら死ぬ!」
「うは、死ぬほど恥ずかしいんですか? 年下の女の子に手ずからご飯を食べさせてもらって、それを街の人に見られるのが恥ずかしいなんて、先輩も以外と初心ですね」
「男なら多分みんな恥ずかしいと思う!」
「そんなことないですよ。ユウさんの知り合いで、公衆の面前でオシオキされるのが大好きな男の人がいるそうです。先輩もそういった手合いかもしれません。物は試しですよ」
「その方はきっと少数派だから! 俺はそんなんじゃないから!」
「必要なのは現在の嗜好ではありません。素養と調教です」
「調教って言うな!」
などと言いつつ。
僕はセイカに連れられて、控えめな個室のある(と本人は言っていた)お店に連れていかれ、手ずから食事を取らせていただいた。羞恥で死ぬかと思った。とはいえ、個室のある店を選んでくれたのは、なんだかんだで気を使ってくれたのだろう。
「ごちそうさまでした……」
「おそまつさまでした。じゃあ、私もご飯食べますね」
そう言って自分の食事を始めるセイカ。もう冷えてしまっているだろうに、わかっててわざわざ僕の世話を焼いてくれたと思うと、申し訳なくなる。エリーゼといい、セイカといい、どうして僕の周りにはしっかり者の年下女子が多いんだろうか。僕になんかあるのか。
「そういえばセイカ、聞きたいことがあるんだけどさ」
「んう? なんです? 好きな食べ物でいいですか?」
「黙ってろよ。ちげーよ。なにかプレゼントしたいとは思ってたけど、そうじゃなくてさ。このピアスのことだよ」
「ああ、それですか。気に入ってもらえました?」
「もらったから一応付けてるけど。そもそもなんで僕が片方だけ付けるの」
「うひひ、ちゃんと意味があるんですよ。まあなくても大丈夫なんですけど、できれば付けっぱなしにしておいてほしいです」
「ふうん……。まあ、わかったよ。君も魔法使いだしね。言われた通りにするよ……」
「素直な男の人は好感度高いですよ、ロイさん」
「そりゃどうも。……そういえば、先生は元気にしてる? 目がこんなだから、研究室に顔出してないんだけどさ」
「先生なら元気ですよ。元気すぎて、今日も悪戯に精を出していました」
「悪戯ね……。この間、ユウさんが先生に朝食を持ってきててさ。そのときも同じことを言ってたよ」
そういえばあの時、ユウさんはよくわからないことを言っていたな。なんだっけか。ユウさんが先生のことを『あの子』って呼ぶのは、それがユウさんの役割だから、とか言ってたっけか。
「姉さんがそんなこと言ってたんですか? 珍しいですね、それ」
「ん? ユウさんとセイカって、姉妹なの? 全然似てないけど」
どこがとは言わないけど。
「なんだか失礼な思考が見え隠れした気がします……。いえ、血の繋がりはないですが、系譜の繋がりがあるのですよ」
「系譜の繋がりね……」
複雑な家庭環境が見え隠れしている気もするけど、まあ、そういうこともあるか。血の繋がりがなくて、それでも姉妹で、系譜の繋がりがあるってことは、かなり混沌としてる気がする。
夜鳴き鷹
夜行性の鷹。体内で結晶を生成する。その結晶は夜鳴き鷹の宝玉と呼ばれ、アクセサリーなどに加工される。