#3
「いくつか、腑に落ちない点がありまして。それから、レアード様には基本的なことを伺っていませんので。その二件についてお応えいただきたいと思い、本日は参上いたしました」
レアード様、という呼び慣れない呼称に違和感を感じる。ファミリーネームで、しかも様付けで呼ばれるなんて、今まであっただろうか。すこし気色悪い。
加えて無駄に丁寧な口調に、僕は辟易とする。騎士に知り合いはいないので、彼が普通なのか、特別丁寧なのか、判断がつかない。とはいえ、ルディアは行政がしっかり機能している街なので、騎士が力を振りかざしていたりはしないらしい、という話は聞いたことがある。
「まず、確認なのですが……。二十二日の早朝、レアード様とロックハート様はギルド詠う伽藍ハルマ・アリア宛の依頼で、同隊のエドワード・ノエル様およびメディ・ケイトルート様、および謡う伽藍での顧問であるウェミル・エインクール様を加えた五人で、ルディアを発たれました。
この時刻は正確にはわかりませんが、七時頃だったと御者は証言しております。
それから、約三時間ほどをかけてヘイムギルに到着したご一行は、謡う伽藍の支部に立ち寄って荷物を置いた後で、グランダード平原の南部に出ます。このとき、ウェミル・エインクール様は、支部にて待機しております」
だいたいあってると思った。三時間もかかったかどうかはわからないが、おそらくその辺りの時間はウェミルさんの証言を元に推定しているんだろう。エドやメディがそんなに細かく時間を気にしているとは思えない。
「その後、グランダード平原で依頼の品を獲得したレアード様たちは、夕刻にヘイムギルに戻った。そのとき、既に街は炎に包まれていたと聞いています。……この辺りの事情は、わたしどもルディア騎士団では把握しておりませんが、ヘイムギルを襲った竜を退け、その影響で本日中にルディアに戻る予定だった一行は、ヘイムギルでの一泊を余儀なくされた、ということですね。
その後、明朝の八時頃にルディアに戻られた一行は、ルディアの門の付近で別れ、同棲しているレアード様とロックハート様が帰宅したときには、トレアという少女は亡くなっていたと」
細かいところでいろいろと訂正はあるけれど、だいたいは問題ないように思う。竜は退けたのではなくて殺したのだけれど、まあそれはニュアンスの問題だし。僕とアイラの帰宅は寄り道のせいで遅くなったけれど、それは大きな問題じゃない。
いや、どうだろうか。僕とアイラが寄り道せずにまっすぐ帰っていれば、トレアは死なずに済んだかもしれない。……でもそれは、もう過ぎたことだ。
「ここまでのことに相違はございませんか?」
「大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。……それで、先ほど申し上げた通り、気になることがいくつかございます。
トレアという少女の死体を発見したのは、八時頃ということになるでしょうか?」
アイラの左手が僕の右手を握った。微かに震えているような気がする。不安そうな震えだ。
「いえ、もう少し後です。僕とアイラは、ちょっと街を歩き回って帰りましたから。その……彼女の腕のことで、トレアの前で話すことでもないと思いまして」
「なるほど……。失礼ですが、その腕はどうされたのですか?」
あれ? アイラは腕のことを、この人たちに話してないのか。どうしてだろう。いや、僕に焼かれた、と口にできなかったのかもしれない。
「彼女の腕は僕が焼きました。竜を殺した時の事故です」
騎士たちの息をのむ音が聞こえた。アイラの視線を感じる。不安そうに握られた手。アイラが感じているのは、何に対する不安だろう。
「それは……。いえ、そういった事故もあるかもしれませんね。なにせ相手は竜です。本来ならばたった四人で相手取る生物ではありません。ましてや、町中に現れた竜ですから、騎士団が戦っても不思議ではないのに」
「まあ……それは、いいじゃないですか。それで、僕とアイラはそのことを話してました。それからこの部屋に戻ると、トレアが、死んでいました」
「……なるほど。わかりました。そして、錯乱するレアード様をロックハート様がなだめているときに、騒ぎを聞きつけた近隣住民の方が、われわれに通報してくださったということですね?」
「……そうなの?」
「あってる」
「らしいです」
「了解いたしました。ことの経緯は問題ございません。それで、疑問はいくつもあるのですが……、まずはトレアという少女についてです。
結論から申し上げますと、トレアという名前の少女で、ここ数ヶ月のうちに行方不明になったものは、カルノトーツ国内の戸籍上は確認できませんでした。従って、この少女は ”カルノトーツ国外に住んでいた" か、あるいは "戸籍に登録されないような身分の少女だった" か、"トレアという名前が偽名である" か。このいずれかであると推測しています」
「戸籍、ですか?」
「ええ、戸籍です。えっと、戸籍はご存知ありませんか?」
「はい。……それは、どういうものでしょうか?」
尋ねる僕に、騎士は言いよどむ。なんと説明したらいいのか悩んでいるようだ。
「戸籍というのはつまり、国内の人の出生と死亡を記録しているものです。全ての人を記録しているわけではありませんが、大抵の人は、生まれたときに教会にて記録され、死亡した時も同じように記録されます。生まれた場所と死んだ場所、および名前や日付が記録される仕組みです。
この仕組みは、全く身元の分からない人をできるだけなくすことと、死の知らせをその者にゆかりのある土地や人に伝えるためのものでもあります。教会以外でも、市政所などで同じ手続きを行っています」
……なるほど。父さんと母さんの訃報だけが村に届いたけれど、そういえば教えてくれたのは、村に唯一あった教会の神父さんだった。そういう仕組みだったのか。
「もちろん、何年も保存されるわけではありません。それに、名前もわからない死体や、何人もの人が亡くなる災害もあります。完全な仕組みとは到底言えませんが……しかし、出生の記録については、ほぼ完全であると言われています。
国内で生まれたものであれば、その名前と先天的な身体特徴、および出生日は記録が残っているはずです。……その、よほどの貧民でなければ、ですが」
トレアが貧しい出身である、というのは僕の仮説では否定されている。……確証はないけれど、おそらくそこまで貧しい家の出ではないだろう。
「腑に落ちないところはそれだけではありません。少女の死因ですが、刃によるものではありませんでした」
カルノトーツ
カルノトーツはウェルディア大陸の東側を統治する王国。