#13
ひどい夢を見て、目を覚ましたのは早朝だった。まだ夜が明けはじめたところだったので、もう一眠りして、次に起きたのはエドが部屋に入ってきた時だった。
「よう、体調はどうよ?」
「おかげさまで、なんとかね」
僕は起き上がって、脱いでいた上着を羽織る。
「アイラの様子、見に行くか?」
「もちろん。エドも来るだろ」
「そうだな。まあ、腫れ物触るようにってのもヤだしな。普通にいくか」
僕とエドは部屋を出て、そのままメディとアイラの部屋を探す。廊下を歩いていた騎士に尋ねるとすぐに教えてもらえた。
「アイラ、メディ、入るぜ」
エドがドアをノックして、それからノブを引いた。部屋の中には、ベッドに横になったアイラと、その傍らに座るメディの姿があった。小さなテーブルには、赤く染まった布と、使い散らされた瓶が散乱している。
「二人とも、おはよう……」
メディはとても疲れた顔をしている。
「大丈夫か? お前まで倒れたら帰るの大変なんだけど」
「大丈夫。というか、アイラの前でそういうこと言う? 帰るの大変とか……。私とアイラの体を心配しなさいよ」
「ああ、悪い。……いや、だから心配したよな、俺?」
「言い方が悪いよ、エド。それで、メディは体調は大丈夫なの?」
「一応大丈夫、かな。ルディアに帰るまでは。馬車も早いし、寝てないわけじゃないし」
「アイラはどうなんだ?」
「起きてる」
ベッドに横になっていたアイラが、突然体を起こした。あまりに唐突すぎてエドが一歩引いた。
「お、おはよう」
「アイラ、もう大丈夫?」
アイラはふらふらと頭を振った。
「大丈夫……多分。竜の爪の傷は、血が止まったし。体が熱っぽいけど、怪我のせいだと思う。ルディアには帰れる」
「そっか。それじゃあ、僕はウェミルさんに言って、馬車を出してもらってくるよ。僕たちの荷物は……どこにあるのかな。そういえば」
「支部は大丈夫みたいだし、ウェミルさんが手配してくれてるんじゃねえ? まあ、自分達でそれくらいちゃんと管理しろって感じだけど、どうしょうもないしな。ウェミルさん、お目付役だし、そういうのやってくれそうな気がするけど」
「そうだな……とりあえず、ウェミルさんに相談してみるよ。三人は適当に表で待ってて」
そう言って僕は部屋を出る。
しばらく宿の中を歩き回ってウェミルさんを見つけ、ルディアに戻る準備を済ませると、僕たちはすぐに馬車に乗り込んだ。ヘイムギルの復興作業を手伝うのは、二つの理由で諦めた。
一つ目は、建築士ギルドや町の人が既に作業を始めていて、よそ者の素人が手伝えるような様子ではなかったこと。もう一つは、ギルド側からーーというか、ウェミルさんから、ひとまずアイラの熱が引くまで、休暇を取るようにとのことだった。
本当に疲れた。
ウェミルさんと、エドと、メディと、アイラと、それから僕。五人がルディアに帰り着いたのは、僕とアイラは三人と別れ、帰路につく。
アイラと僕の間に言葉は無い。外套の下に隠されているが、アイラの右腕は消失している。そして、奪ったのは僕だ。
「ロイ、ちょっと寄り道して帰ろ?」
アイラが僕を振り向いて、微笑みながら言った。
「寄り道?」
「そう。ほら、前に二人で話した、西区の丘のところ」
アイラに告白されたあの場所のことだと、すぐにわかった。
その場所にたどり着くまで、僕たちは無言だった。
二人きりになると、何を話して良いのかわからなかった。アイラから弓を奪って、アイラは何を考えているんだろうか。夢の中のトレアに言われた言葉が、脳裏に蘇る。
馬車の中で休んでいて、体調がかなりましになったのか、アイラは楽しそうに歩いていた。憂いも怒りも見えない表情。
右腕がないことですこしだけ歩きにくそうだったけど、彼女の荷物と弓は今、僕が持っていることもあって、そこまで大変でもなさそうだ。見慣れない外套姿のアイラは新鮮で、楽しそうな表情も相まって、二人で街を散策しているような気になってくる。
アイラは何を考えているんだろう?
僕はもう何年も考えなかったことを、考えた。
アイラは、長い間努力して手に入れた弓の技術を、一瞬で、理不尽に奪った僕を、恨んだりしないんだろうか。ーーいや、しないんだろう。
僕はその理由をわかっている。でも、その理由の、さらに先がわからないでいた。
どうしてアイラは、こんな風に僕を好きなんだろう?
「ロイ」
「どうしたの」
丘の上に付いて、アイラが振り返りながら僕を呼ぶ。
「私は今でも、ロイのこと好きだよ」
息が詰まった。
「弓が使えなくなったのは残念だけど、ロイも私も生きてるから、良い。でも、竜に向かっていった時は、びっくりした。ああいうのはやっぱり、やめてほしい」
「……ごめん。あれは、判断ミスだ。結果的には竜も倒せたし、良かったんだけど……間違ってたよ」
「許します」
アイラは微笑んで、僕の方に歩いてくる。
「私は、ロイのこと好きだよ。だから、ロイは私の腕のこと、自分のせいなんて思わないで。危なっかしいロイのそばにいたら、いつかこうなるって、思ってたから」
「なっ……! どうして、そんな風に思ってたのに」
「『僕の前からいなくならなかったんだ』って言うのは、禁止。
どうしてって、そんなのもう言ってる。私がロイのこと、好きだから。ロイは、私に好かれてたらそれでいいの」
余りにあんまりな宣告だった。その告白を聞いて、僕はーー全く、うれしくなかった。
僕はついに自覚してしまった。
気づいてはいけないことに、気づいてしまった。
僕は愛情なんて求めちゃいない。ただただ、罰を求めている。罰されていない自分が許せないんだ。許されない僕が、アイラの愛情を受けるなんてこと、あってはいけないし、許されない僕が、妹と安寧に過ごすなんてこと、あってはいけないんだ。
だから僕はまず、罰されたい。
だから、アイラのことなんて、妹のことなんて、どうでもいいんだ。彼女たちを、僕は愛している。アイラや妹のためなら、死んでも良い。でも、愛しているからこそ、僕は彼女達の気持ちに答えるべきじゃない。彼女達に、僕のような罪人は相応しくない。
なんてことだ。
僕はただただ自分のエゴで、二人の気持ちをないがしろにして、しかもそれを、結局のところ、彼女たちが僕を罰してくれないなんていう、そんな理由のせいにしていて。
ただの逆恨みだ。
僕は必死で表情を取り繕う。
「……ありがとう、アイラ」
「どういたしまして」
僕の目の前で微笑むアイラから必死で視線を外し、僕は元来た道を振り返る。
「トレアが待ってるから、帰ろう」
「うん。今晩の料理、何にする? トレアちゃんも入れて三人で食べるの、久しぶりに感じるね」
「ああ、そうだね」
本当に、昨日は長かった。
でもこれで、元通りだ。アイラの腕は戻らないし、僕が自覚したこともなくならないけど、それでも、また三人で暮らす日常に戻れる。ほんの二、三週間くらいの日常だけど、それはもう、僕の中で、あたりまえの日常だった。
きっと、竜に襲われたヘイムギルにも、そういった日常があって、それがつい昨日、崩れ去った。そんなことも、忘れていた。
だからこれはきっと、はじめての罰だ。
アイラと二人で帰宅すると、血の海に沈んだトレアがいた。
リッチ
死を請け負い、言葉を持たないとされる精霊。