#11
エドとメディも、治療が必要な怪我を負ってはいたけれど、なんとか生きていた。アイラの腕を見て何か言いたそうにしたけど、アイラが制したら、何も言わなかった。
「はぁ……はぁ……」
「アイラ大丈夫?」
メディが不安そうにアイラの顔を覗き込む。アイラは呼吸が乱れて、顔も青白い。傷口が焼けてしまっているので、出血はないけれど、痛みがかなり強いはずだ。強い痛みは精神を蝕む。それでも、アイラの意識はハッキリしているように見えた。
「クソッ……情けないな」
エドが悔しそうに唇を噛み締める。それ以降、僕たちは誰も口を開かずに、荒れた街中を南に向かって歩いた。
詠う伽藍の支部に向かっている途中で住民の避難を先導していたヘイムギルの騎士団に会って、竜を討伐したこと、背骨だけが残っていること、治療が必要なことを伝えた。
「緊急の治療室として提供してもらった宿がありますので、案内します」
「ありがとうございます」
若い騎士に連れられて、僕たちはそれぞれ別々の部屋に連れられた。
「メディ、アイラを頼むよ」
「わかってるわ。ロイこそ、ちゃんと休みなさいよ。……あとで、何があったのかちゃんと教えてくれないと、怒るからね」
怒る、なんて言っているけど、メディの瞳は気遣わし気に揺らいでいる。エドが僕の背中を叩いた。
「だな、反省会だ。でも、あとでな」
「お二人とも、すみませんがそろそろ……けが人は少なくありませんから」
騎士に促されて、僕たちはメディとアイラを見送る。
「エドから反省って言葉が出るとは思わなかったよ」
「……まあ、あんなアイラを見た後だとな」
エドの表情が悔しそうに歪む。いろんなことが受け入れられないんだろうな、と思う。自分の持つ最も破壊力のある魔法が通じなかったことも、途中でリタイアして、僕がとどめを刺したことも、アイラに怪我をさせる最初の原因ーー竜に立ち向かう選択をしたことも。
僕だってそうだ。僕だって、また間違えた。でも、それは後で考えれば良い。
今はただ、休まなければ。
芯が凝り固まったような頭で、案内されるままにベッドに倒れ込み、僕はそのまま意識を失った。
目を覚ましたのは、ウェミルさんが僕を訪ねてきた時だった。
ベッドの隣に椅子を持ってきて腰掛けたウェミルさんは、僕の顔を見ると微笑んだ。
「こんばんは、ロイ君。まずは、生きていてよかった、と言うべきでしょうね」
「どうも……」
こんなことがあったというのに、ウェミルさんは平常運転だった。いや、やはり少し疲れた顔をしている。
僕たちのことを誰かに聞いて、様子を見にきてくれたのかもしれない。だとしたら、きっとアイラの所を最初に訪ねているはずだ。
「アイラは……その、どうですか」
「ひどく憔悴しています。メディも。エドは元気そうでしたけど、二人は朝まで目覚めないと思います」
「そうですか……」
そういえば、メディは燃えている街を見てひどく狼狽していた。あれは何だったんだろう。あの時は竜を優先したから、何も聞かなかったけど……。
「すみません。僕たち、街に着いたときには竜が暴れてて……。状況が全くわかってないんです。何があったんですか? どうして、街には誰もいなかったんですか?」
「いなかったとはいっても、何人か死人は出たんですけれどね……。とはいえ、竜が暴れたにしては被害が少ないです。私も詳しくは知らないのですが、日が傾いてきた頃に、竜が北門を乗り越えて街に入ってきたそうです」
北門を乗り越えた……まあ、そうだよな。竜は空を飛ぶことができる。たしか、そういう魔法器官を持ってるんだったか。だから、わざわざ門をくぐる必要もないし、そもそもちょっと窮屈そうな気がする。
「ただ、この街は何年か前にも大型生物に襲撃されているんですよ。あなたが二年生の頃でしょうか。聞いたことはありませんか?」
「いえ、どうですかね。すぐには思い出せないですけど……」
「そうですか……。とにかく、そういう経験が町民にあったおかげで、すぐに避難を始めることができたんです。私たち冒険者ギルドや、騎士団が中心になって住民の避難を手助けして、南側を抜けて森と街の間あたりに集まっていたところでした」
「なるほど……それで、遺体は少なかったわけですね。でも、よく考えればそうですよね。竜は人を食べたりしませんから……」
ウェミルさんは曖昧に頷く。竜に食べられた人を知っているのかもしれないな、と思ったけれど、どうだろう。
「……謡う伽藍の二隊に加えて、大型生物向けのギルドからも何隊か、北の調査に出ていましてね。それで、騎士団と冒険者ギルドで避難地での安全確保を行って、唯一残っていた大型生物向けギルドである紅蓮の憲兵の中堅所が、あの竜に対処していたのです。一人だけが生き残っていたようですよ」
「……それは、五人組ですか?」
「見たのですね?」
「ええ。僕とエドが竜のところにたどり着いた時、ちょうど全滅しました。二人だけ生死のわからない人がいて、確認はしていませんでしたが……。一人、生きていたんですね」
「ええ。何はともあれ、一人でも生きていたというのは朗報です。あの竜がどうしてこの街を襲ったのか、その理由を考える材料が必要ですし。なにより、犠牲は少ないにこしたことはありません」
「そう、ですね」
「……ただ、アイラさんの腕は致命的ですね。おそらく彼女は、二度と弓を引くことができないでしょう」
ウェミルさんの言葉が、僕に重くのしかかる。体から力が抜ける。二の腕の辺りが痺れて、眠ってましになっていた頭の芯にある塊が、ギュウギュウと思考を麻痺させていく。
「あの腕は、僕のせいです。僕のミスです」
「何があったのですか? こう言ってはなんですが、学園から預かった範囲のあなたたちの評価書類に、あの竜を討伐できるような材料は見当たりませんでした。かろうじて、エドの魔法が対抗し得るかもしれない、という程度です」
「ええ、まあ。ちょっと事情があって、詳しくははなせないんです。その辺りの話をするのに、一度ルディアに戻らないと……」
「どうしても今は話せませんか?」
ウェミルさんが仰向けになっている僕の顔を覗き込んでくる。目の内側を観察されているような錯覚。心臓に悪い視線だ。
「……話したくない理由が二つ、話したい理由が二つ」
「言ってみてください」
「話したくない理由は、とても話が長くなってしまうことと、信じてもらうために証拠人が必要なこと。要するに、今はちょっと、ってことです。
話したい理由は、さっさと喋った方が僕の精神衛生上いいんじゃないかと思ことと、手に負えないので誰かを頼りたい、ってところです」
「正直でいいですね」
「そりゃどうも」
ウェミルさんは僕から視線を外すと、立ち上がった。
「それでは、ルディアに戻ってから詳しい話をしましょう。ああ、そう言えば、囁爪の爪はどうしました?」
「街から北に抜けたところに放置してあります。四十本。すみませんけど、回収をお願いできますか」
「わかりました。納品までこちらでやっておきましょう。それでは、お大事に」
そう言って、ウェミルさんは病室を立ち去った。
必要以上に僕を気遣う言葉もなく、けれど、必要以上に話をしないというのは、やはり気遣いだろう。
ウェミルさんを見送って、僕は天井を見上げる。支部の天井は石造りで、味気ない灰色をしていた。そういえば、この街はレンガ製の建物が多いな。……レンガといえば、僕がどろどろに溶かした建物については、どう説明すれば良いんだろうか。というか、レンガって溶けるんだ……。石レンガだったからかな。
ああ、そういえば、アイラの腕も焼いたんだっけか……。
あの力は何なんだろう。あのスクロール……そういえばスクロールはどうしたんだろう。あの場所に残ってるだろうか。もし他の人の手に渡ると、ちょっとめんどくさいことになる。先生曰く、珍しい品物らしいし、なによりトレアが隠し持っていたものだ。紛失してしまったら、まずいかもしれない。そう思ってなんとなくジャケットの胸ポケットを確認すると、そこにスクロールは収まっていた。
「あれ? 僕、拾ったっけ?」
……そんな覚えは全くない。けれど、僕はあの呪文を唱えたとき、意識がはっきりしていなかったし、記憶違いを起こしているのかもしれない。
「……まあ、いいか。探す手間は省けたわけだし」
僕は無理矢理に納得して、再び目を瞑った。
医療技術
この世界の医療技術は魔法に依存しており、消毒や予防という概念は一般的ではない。
ただし、危険な生物の多い世界であるため、外傷に対する治療方法は多数存在し、きちんとした設備と条件が整えば、腕を再生することもできる。最も、その設備や条件を整えることができるのは、それなりの財産と運を持った人間に限られる。