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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
悪と逃れ得ぬ苦衷
24/54

#10

 頭の中がぐちゃぐちゃで、糸まみれになっているような錯覚に陥る。


 もう全部嫌だ。


 周りのすべてを壊したい。僕を壊したい。僕なんて死んでしまえばいい。そうすれば、誰も不幸になんてならない。全部なくなれば、嫌なことなんてなくなるから。


 アイラも、妹も、メディも、エドも、トレアも、セイカも。みんな壊して殺して無かったことにしてしまいたい。そうすれば嫌なことなんてないんだ。悲しいこともなくなる。空しさも消えていく。


 咽び泣きたくなる衝動だけが心の中で反響するような、あんな感覚はもうたくさんだ。


 自分の眼窩に腕を突っ込んで、脳まで引きずり出してしまいたい。体に火をつけて、炎の中で朽ち果ててしまいたい。妹の目を食ったあの悪魔に、僕が食われればいい。アイラたちを蹂躙したこの竜に、僕が焼き殺されればいい。そうすれば、そうすれば、苦しくなんか無いんだ。


 あの竜を道連れにして、ひき殺して、そして僕も死んでしまいたい。高らかに雄叫びを上げるあの竜を。妹を殺したあの竜を。ーー違う、妹を殺したのは、竜じゃない。けれど、同じだ。僕より強い生き物(・・・・・・・・)。だから、アレも殺したい。


 胸に熱を感じて、僕は震える手でそれを取り出した。トレアが隠し持っていたスクロール。王の魔法が封じられたという、先生の言葉を思い出す。


 スクロールを握りつぶす。


 周囲の時間が止まったような静寂の中、目の前に赤く燃える文字で、呪文が浮かび上がる。


 沸々と心を支配する破壊衝動と自殺衝動に昏迷しながら、僕は呪文を唱える。


「地平線を焼き、異界を滅ぼす始祖の炎。


 世界を睥睨する昏き魔眼。


 滅ぼせぬものの無い胡乱たる灼熱の使い手よ」


 口だけがつらつらと呪文を読み上げる。ぼんやりと、今の僕にふさわしいな、と考えていた。


「涙は血、後悔は憤怒、光は死。


 宿れ、《炎の眼(オクルス・フランメア)》」


 読み上げた。


 視界が灼熱に包まれた。空気さえ焼けただれる。


 竜が叫ぶ。


 けれど、その音さえ聞こえない。


 これがどういうものか、その事実に対する理解だけが追いついている。


 翼を見る。その翼が焼け落ち、肉が蒸発する。竜の甲殻が一瞬で消え去り、むき出しの肉さえ一瞬で炭化する。光っているのか淀んでいるのか分からない。一瞬で炎は終わってしまい、後には灰だけが残る。


「ははっ!」


 乾いた笑いだけが、僕の耳に届いた。誰の笑い声だろう。


「あはははっ!」


 笑い声はうるさかったけれど、今は竜を潰すのが先だ。骨を焼き、肉を蒸発させ、炭を更に焼き、存在を滅ぼしていく。既に絶命していた竜は、あっという間に炎に包まれて、その影を減らし、微かに骨だけを残した。


 呆気なかった。生物の王の、それが終わりだった。


 ふと視界を動かすと、建物が目に入った。すると、その建物の石造りの外装が溶け始めた。ガラガラと瓦礫を押しのけて立ち上がる。振り返ると、僕が叩き付けられていた瓦礫の山が、どろりと溶けた。


 ふらりと足を進める。歩ける。ふわふわとした感覚に促されて、歩き続ける。


 瓦礫の山か溶岩の上かわからなくなってしまった街の中で、僕は空を見上げた。すっかり暗くなった空は、熱でぐにゃりと光をねじ曲げる。砂漠にでも立っているみたいだ。空気さえ燃えている。


 溶ける。


 焼ける。


 揺らめく。


 炎と熱のもたらす全てがここにあった。


「あはっ、あははははは! はははははは!」


 乾いた笑い声。楽しそうだ。僕も混ぜてもらおうか。ぼんやりとそう考えて、その声が僕のものだと気がついた。まるで、僕じゃない別の誰かが乗り移ったみたいな笑い声は、薄気味悪かった。その薄気味悪さにぞわりとした恐怖を覚え、突然意識がハッキリする。


「え、あ……」


 なんだこれ。


 なんだこれ?


 活火山の火口にでも降り立ったのかと思うような光景だった。ぼろぼろになった瓦礫は溶かされ、空気は蜃気楼に歪み、竜は微かな骨だけが残り、真っ赤に染まる世界の中で、僕だけが立っていた。


 いったい何が起きた? いや、違う。これは、僕がやったんだ。でもどうしてこんな事ができた? あの魔法はなんなんだ? あれが、始祖の王の魔法?


 それに、僕は何を考えていた?


 僕が死ねばいいと思っていた。けれど、どうして唐突に、世界の方が壊れればいいなんて、アイラや妹を殺す事を想像したりしたんだ。そんなことできるわけが無い。僕にとって妹とアイラは大切な人だ。


 ーー本当に?


 ーー彼女たちは、僕の罪の証明でしかないじゃないか?


 浮かんだ考えに背筋が震える。そうじゃない。違う。違う! 妹とアイラは、僕に取って家族だ。守るべき家族なんだ。だから、僕が死んでも守らなくちゃいけない。


「三人を、探さないと……」


 ふらりとエドがいただろう方向に視線を向けると、視界に入った建物がぐちゅりと歪んで溶けた。


「え?」


 魔法が終わっていない。違う、魔法を理解している僕の脳が、終わっていないのではないと伝えてくる。


 この魔法は終わらない(・・・・・)


 瞬間、恐怖が僕を支配する。すぐさま目を瞑った。呼吸が荒くなる。この状態でもしアイラに顔を合わせたら、僕は彼女を焼き殺すのか? あの竜のように、彼女を消し炭にしてしまうのか?


 背中に冷水が流れたような予感がした。暗闇の中で、周囲の音だけが嫌にはっきりと聞こえる。パチパチと何かが燃える音。溶けた石が何かを焦がす音。そして、焼けた石や空気の匂い。


「ロイ……」


 アイラの声が聞こえた。


「アイラ? いるのか?」


「いるよ、ロイ。大丈夫? 目、怪我したの?」


 ずりずりと何かを引きずるような音が聞こえる。アイラだろうか、人の息づかいが近づいてくる。無事だったんだ。良かった。微かに安堵する。


 安心して、だからこそ油断した。竜も焼き殺して、アイラが生きていた事が分かって。だから、気を抜いてしまった。


「ロイ、()見せて(・・・)


 アイラに目を触られて、無理矢理瞼をこじ開けられる。右目。そして、視界に入ったのは、アイラの右腕。


 駄目だ。


 そう直感するが、もう遅い。


「あああああああああああ!」


 アイラの絶叫と共に、彼女の右腕は蒸発した。


「アイラッ!」


 すぐに目を瞑る。強く。


「うう……あっ、くぅ……」


 アイラの喘ぎ声が聞こえる。暗闇の中でアイラの声のする方に手を伸ばすが、その手は空をつかんだ。バランスを崩して膝をつく。


「アイラ、アイラ! ごめん、僕は……」


 声が震える。アイラを傷つけた。腕が消し飛んだのを見た。僕が、僕がーー


 また僕が奪った。


 僕が奪った。僕が壊した。僕が、だから、僕なんてーー


 ーー僕なんて、死んでしまった方が。


 自分の体を見下ろして、目を開こうとした瞬間、暖かいものに包まれた。


「だい、じょうぶ。大丈夫だから。私は大丈夫だから、心配しないで、ロイ」


 左腕だけのアイラに抱きとめられているのだと気がついたのは、彼女の声が間近に聞こえてからだった。僕の目は彼女の胸に押さえつけられて、何も見えない。だから、何も焼くことはない。


「大丈夫、大丈夫だからね。ロイのせいじゃないよ。ロイ。生きててくれてよかった。死なないでくれて、本当に……」


 アイラが泣いているのが分かった。暖かい雫が頭の上から落ちてくる。


 彼女は、僕が生きていることに涙を流している。


 いったいどうしてそんなことができるんだろうか。


 一歩間違えば、僕はアイラを殺していた。跡形も無く。そうでなくとも、事実、彼女の右腕はなくなったはずだ。腕を伸ばして、本来なら右腕のある場所を触る。けれど、そこにはやはり、なにもなかった。


「ロイ、ロイ……」


「アイ、ラ……」


 お互いの名前を呼び合う。


 アイラは僕の腕の中にいる。生きている。ちゃんとこうして体温もある。抱きしめることができる。いなくなってなんかない。


 心が弛緩するのを感じた。


 目から涙がこぼれる。


 ーーアイラが生きていて、本当に良かった。


 一歩間違えば死んでいたかもしれない。僕が殺さなくとも、竜に殺されていたかもしれない。やっぱり、僕たちは竜に立ち向かうべきじゃなかった。間違っていた。思い上がっていた。でも、だから、アイラが生きていてくれて、よかった。


 僕は、僕も、アイラを愛している。


 ずっと隣にいた彼女に、死んでほしくなんかない。生きていてほしい。こんなことに今まで気がつかなかったなんて、どうしてだろう。目の熱が引いていくのが分かった。もう大丈夫だ。直感する。アイラの胸から顔をはなして、彼女の目を見た。


 涙に潤んだ瞳。ずっと見慣れた顔。煤けて、涙でぐちゃぐちゃになっているけれど、それは何よりきれいで、僕の宝物だった。

炎の眼(オクルス・フランメア)


ーー情報は開示できません

  知識封印が施されていますーー

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