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罪悪汚染のイミテーション《改稿中》  作者: shino
悪と逃れ得ぬ苦衷
23/54

#9

「いくぜ、ロイ。どっちにしろ、他に人はいなかったんだ。今の五人が最後だろ。他は逃げてる。安心してぶっ放せる」


「……本気で言ってる?」


「もちろんだ」


 エドが震える気配を感じる。それが武者震いか、恐怖か、僕には分からない。きっと本人にも分かってなんかないだろう。


「竜と殺し合える! これほどのシチュエーションが他にあるかよ! 《雷の加護》!」


 雷の精霊を身に宿し、一瞬で飛び上がって竜の眼前に肉薄するエド。雷を帯びたマギカソードを振るい、竜の顎に叩き付ける。衝撃で持ち上がる竜の顎。あらわになった首に、エドが剣を打ち込む。英霊効果を付与した、刃の突き。けれど、それは竜の鱗を貫通するにはいたらなかった。


 自由落下しながら呪文を詠唱するエド。体勢を整えた竜が、エドに噛み付こうと牙を剥く。それに気づいた僕は、瞬時に魔法を放つ。


「《アカーテの幽閉》!」


 エドを白い帯が球状に包み、竜の牙から守りきる。竜は白い球に噛み付いたまま、それを乱暴に放り投げた。建物に衝突して土煙が立つ。エドの金髪が一瞬だけ覗いた気がしたが、すぐに僕は竜に向き直る。エドも心配だが、よそ見はできない。それに、きっと無事だ。アカーテの幽閉はほぼ完全な防御力を誇る。


 言っちゃ悪いけど、先に挑んでいた五人の防御魔法はお粗末だった。アカーテの幽閉は、特に防御力が高い、けれど一瞬しか保たない魔法だ。真っ白な殻で視界も遮られる。だから、使い所が難しい魔法でもある。


「うおおおおおおおお! 滅べえええええええ!」


 エドの叫び声が聞こえた。


 大木を叩き割ったような轟音と共に、空から雷が落ちる。


 竜の叫び声が聞こえる。痙攣するシルエットが見える。


 片目だけを手で押さえて、光から守る。


 二本目の雷が落ちた。開いている目に青い残像が残る。轟音に平衡感覚を失いそうになる。


 三本目が落ちた。竜は翼を大きく広げて、雷を受けている。ほとんど機能していない聴覚に、叫んでいるであろう竜の嘶きは聞こえない。代わりに、残像で狭くなった視界が、筋肉を緊張させてのたうち回る竜を捉えていた。


 四本目からは数えられなかった。無数の雷が光のシャワーのように落ちて、竜の姿がまともに判別できなくなり、やがて光が収まった。雷が作り出す毒の空気の匂いが、鼻を刺激する。僕はすぐに風を呼ぶ魔法を使って、毒の空気を散らした。


 直後、竜の咆哮が再び響く。抗えない本能的な恐怖に、体が竦む。守っていた側の目を開けると、表面が焦げた竜の姿があった。焼けただれた翼膜は使い物にならなそうだし、体はビクビクと痙攣している。僕の身長の倍近い生物が体を痙攣させているのは、はっきり言って気色悪かった。


「ははははは! まだ生きてやがる!」


 当たり前だ馬鹿。


 建物の中から這い出してきたエドが高速で竜に接近し、剣を振るう。それに対して、竜は体をひねりながら、エドに噛み付こうと牙を剥く。追いつかれる寸前に、エドの剣が竜の顔面をとらえ、その反動で牙を回避する。竜はそのまま体を回転させ、勢いを殺さずに尻尾を空中にいるエドに叩き付けた。


 今度は防護魔法も間に合わない。というより、僕が全く動きについていけていない。吹き飛ばされて建物に突っ込むエド。


「エドッ!」


 焦って駆け寄ろうとするが、竜がそれを許してくれない。ばっくりと口を開いた竜の口内が見えたと思うと、次の瞬間、僕はきつく目を瞑る。


 熱い。


 体が焼ける。


 熱が肺に入り込む。


 激痛が体内から心臓を鷲掴みにする。


 体から力が抜けて膝をつく。


 ……けれど、生きている。


 目を開けると、僕に背を向けて立つメディのシルエットが見えた。彼女に礼を言おうと口を開くが、喉の水分が飛んでしまっていて、まともに声が出ない。微かなうめき声のようなものが自分の喉から漏れた。


 竜の気配を感じ、儀式用のナイフを掲げて僕の前に立つメディの腰をつかんで、横に向かって飛ぶ。竜の突進をなんとか躱して、僕とメディは体勢を整える。


 瓦礫を蹴散らしながら方向転換した竜の目に、青く光る矢が突き刺さった。悲鳴のような声を上げて転倒する竜。


「ロイ!」


 アイラが僕とメディの隣に来た。今の矢はアイラのものだろう。彼女は素早く呪文を唱えると、小さな水球を生み出した。


「飲んで。トリアーテの水球。安全」


 手のひらの上に水球が落とされ、僕とメディは一口だけのどを潤す。べっとりと張り付いた喉の粘膜がむりやりはがれる感触がする。痛いし、気持ち悪い。


「エドは多分生きてる。だから、早く竜を無効化する」


「そうだね……。とはいえ、どうするかな。僕たちの装備だと、大型生物の討伐は難しい。あいつ、エドの大型魔法を食らっても元気だしな」


 エドの大型魔法。雷に打たれた実体験・・・を下敷きに発動する、終末の災害に属する魔法。それを一身に受けて、体表が焦げ付いただけだ。体の痙攣もほぼなくなっているように見える。いったいどれだけの強度を持っているんだ。


「足をもぎ取るか、首を落とす」


 アイラが冷たく言い放つ。見たことも無いような冷酷な声と表情に、背筋が寒くなった。けれど、その通りだ。急所を狙うか、機動力を削ぐ。相手を倒すのではなく、相手の動きを止めることを主眼において、戦闘を行う。幸い、翼はエドの魔法で焼けただれてしまっていて、使い物にならない。


 隻眼になった竜が再び炎を吐く。僕たちは素早くその場を飛び退いて対処する。冷静に見れば、口を開く一瞬前に大きく息を吸い込んでいるのがわかった。それをきちんと見て避ければ、多少熱いくらいで済む。


 僕は竜が炎を吐き出した直後の息継ぎを狙って、一気に接近し、白い刃を足に叩き付ける。鈍い感触が跳ね返り、腕がしびれたが、無視してもう一撃打ち込む。全く手応えがない。固い甲殻と筋肉で覆われた足は、びくともしない。


 竜の牙が迫ってくるのを見て、すぐさま飛び退く。空中を噛み切った竜の頭の、矢の刺さっていない側を狙ってアイラの矢が飛来する。けれどその矢は命中せずに、首を軽く振った竜にたたき落とされた。


 竜が翼を持ち上げる。僕ははっとした。


 焼けただれたはずの翼が元に戻っている。


 自己修復能力(・・・・・・)


 気づいたときには既に遅く、竜は翼をひとふりして中に浮かび上がると、矢の飛来した方向に向かって素早く滑空した。足の太い爪は、その先にいるアイラを狙っている。


「アイラッ!」


 僕が叫ぶが、遅い。間一髪で防御魔法を展開したアイラは、その魔法ごと爪に貫かれて、吹き飛ばされた。地面を滑り、体を打ち付けながら転がっていくアイラ。


 力なく倒れたアイラを見て、心臓が早鐘を打つ。竜がこちらを向く。叫び声を上げながら突進する竜の、怒りに染まった目だけが認識できた。


 ふざけるな。


 頭が熱くなる。突進してくる竜めがけて、剣を振るう。


 殺してやる。


 その怒り狂った目を貫いて、脳髄までこの刃を突き立てて、絶命させてやる。


 僕の剣が届く寸前で竜はスピードを落とし、その牙で僕の剣に噛み付いた。そして、首を振ると、剣は僕の手から離れる。引っ張られて足下がふらつく。体勢を整える事ができない。次の瞬間、竜の尻尾が僕の体に叩き付けられた。


 肺から空気が抜ける。胸に強い衝撃を受けたのが最初で、背中を打ち付けたのが次だった。どうしてだか腕から流血する。体全体が重たい。腕も上がらない。頭も痛い。視界が黒く塗りつぶされる。どうしてだろうか。


 勝てない。


 数瞬前の怒りが搔き消えてしまっていた。いや、未だにそれはくすぶっているけれど、体中を押しつぶす痛みに、感覚が鈍った四肢に、感情が追いついていない。


 微かに見える景色の中で、メディの魔法が竜を焼くのが見えた。けれど、それも致命傷にはならない。建物の影に隠れたメディを、その建物ごと押しつぶす竜。瓦礫の山の中に消えるメディ。


 それが何を意味するのか。僕の思考は停止していた。


 ただ、妹のことを思い出した。


 僕の目の前で眼球を食われた妹を、その光景を。真っ黒なあいつが、妹の眼に齧り付いている光景を。後悔と、罪悪感と、そしてなにより、


 目の前に君臨する強者を滅ぼしてしまいたいという、衝動と。


 ああ、そうだ。


 そうだよ。


 僕に力があればいいんだ。


 僕が強者だったなら、何も問題なんてなかった。


 妹も光を失わなかったし、エドもメディもアイラも、こんな危険な目に遭わせずに済んだはずだ。僕が一人であの竜を破壊していればよかったんだ。翼を捥いで、足を切り落として、目をつぶして、体内を焼き尽くしていれば良かったんだ。怒り狂ったあの竜を、恐怖に震える弱者にまでおとしめてしまえば良かったんだ。


 壊してしまいたい。あの強者を。ああ、違う。何もかもだ。僕の罪悪感も、弱さも、この街も、竜も、妹の光を奪ったあの悪魔も、違う、僕以外の全てを、こわしてこわして壊し尽くしてしまえば、もう後悔なんてしないのかもしれない。


 ーーやりたい努力ってやつだ。


 ーーやりたくない努力の間違いだろ。


 ああ、そうだ。エドの言う通りだ。僕は本当は力がほしかった。


 圧倒的な力が。そうでなければ、自分の命を絶てるだけの勇気が。


 そうすれば後悔なんてしなかったのに。


 力があれば。


 後悔しないだけの力が。父さんや母さんのような力があれば。あの竜を討ち滅ぼすような力があれば!


「そうすれば、僕はーー」


 高らかに咆哮を上げる竜を、ぼんやりとした視界で眺めながら、僕はそう呟いた。

黄昏を訊ねる雷撃


莫大な雷を空から落とす魔法。落雷に遭った経験でもなければ、この規模の現象を起こすことはできない。

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