#4
「これは、最古の王って呼ばれてる王の印璽ね。竜を模しているのよ」
「……先生の専門って考古学ですか?」
「そんなわけ無いでしょ。たまたま知ってたのよ。似たようなスクロールを見た事があってね。何年前か忘れたけど、割と最近だったとは思うわよ」
似たようなスクロール。これと同じようなものが、他にもあるのか。
僕はトレアからスクロールを取り出した翌日、ニーナ先生の研究室に来ていた。今日は研究室に来る予定の日だったのだけれど、そのついでに、スクロールのことを相談していた。
「まあでも、貴重品なのは間違いないわね。どこで拾ってきたの?」
「あ、いえ。たまたま譲ってもらったんですよ。その人は魔法や考古学の知識がないから、知らなかったんじゃないでしょうか」
「ふうん。……ねえロイ、最古の王って、どういう存在だったか知ってる?」
「いえ、知りません。何かの講義で教わるんですか?」
「教わらないわよ。ま、知らなくても仕方ないか。……最古の王はね、七人の魔法使いを束ねた、魔法によって栄えた王国の王なの。厳密に最も古い王かどうかはわからないけど、現在分かっている古い王の中で、最もずば抜けた国の王だと言われているわ」
「ずば抜けた、ですか。国の表現としては、ちょっと違和感がありますね」
「その王国の遺物は大抵が、現在でも再現できないような魔法で作られているらしいわ。つまり、かなり発達した技術力を持っていたのよ。一般的に知られているわけでもないし、この王国について扱った講義ができるほど何かが分かってるわけでもないわ」
「ふうん……」
古い王国の技術がずば抜けている、か。そして、このスクロールには、その王国についてなにか書かれているのか、あるいは、このスクロールそのものが魔法の遺物なのかもしれない。スクロールの形をした魔法具はたくさんある。
開く事でなんらかの魔法が発動する場合もあれば、描いてある魔法式などがそのまま強力な魔法である可能性もある。
怪訝そうに僕を見ていた先生が、不意に口を開いた。
「何に巻き込まれてるのか知らないけど、どうしょうもなくなったらちゃんと頼りなさいよ。学生の面倒を見るのは、一応私たちの仕事でもあるんだから」
「え、そんなの初耳ですけど。いつから規則が追加されてんですか?」
「一応よ、一応。基本的に、好き勝手やらせてるけど、それで妙なトラブルに巻き込まれて、命を落とされても困るから、ってことよ。うちは学生を全て平等に扱うことを条件に教えているけれど、それでも文句を言ってくる親ってのは一定数いるものなのよ。最低限の手助けは、良識にもとってやってあげなさい、っていうこと」
「ああ、なるほど。それはまあ、そうでしょうね」
というか、良識にもとる行動って、それはまあ人として当たり前というか。いや、人として当たり前っていうのは、ルディアが文化的な街だからそう感じるだけか。
僕の故郷だって独特の風習があったし、別に閉鎖的でもなんでもなかったけれど、やっぱりルディアとは違った"良識"があったとは思うし。
「そういえば、冒険者ギルドに入ったのね。学園に届け出が来てたわよ」
「あれ? そんなのあるんですか」
「そりゃね。一応、学園と提携を結んでいるギルド以外に入られると、こっちとしては困るわけだし。五年生からのギルド参加は職業訓練みたいなものだから、きちんと指導してくれるようなギルドでないと」
「……そう言えばそんな規則、ありましたね」
「それで? 記念すべき初任務はもう終わったの?」
「まだですよ。明日から、グランダード平原で囁爪ヨルム狩りです。多分一日もあれば終わるそうですけど、ほら、詠う伽藍ハルマ・アリアとしても、僕たちがどの程度使えるのか、わかってないでしょうし」
「ふうん。平原にはここから直接でかけるのかしら?」
「いや、ヘイムギルに一度立ち寄ってからですね。依頼人はヘイムギルの商人らしいです」
囁爪ヨルムの頭数を減らして、その爪を四十本程度、ということだった。まあミスなくこなしたとしても、囁爪ヨルムを少なくとも二十体は狩らないといけない。というか、四十本持ち運ぶのってどうするんだろうな。
まあとはいえ、一人頭十本持てばいいわけか……。丈夫な袋にでも入れておけばそれくらいは持てそうな気がする。あとでウェミルさんに、そういったところをどうするか聞いてみよう。いや、よく考えれば一日で四十本そろえないといけないわけじゃないか。
ギルドの希望では一週間程度で終わらせたい、そして、四日後には出立する。ウェミルさんはそう言っていた。ヘイムギルに立ち寄って宿を取る手間を考えても、二日残っている。ルディアからヘイムギルまでは、普通の馬車でも一日あれば到着するので、ヘイムギルの依頼者に直接爪を納品するなら……やっぱ、丸二日か。
「ヘイムギルねえ。わざわざルディアじゃない場所から出された依頼をあなたたちに宛てがうっていうのは、実は詠う伽藍ハルマ・アリアも人手不足なのかしら」
そういいつつ先生は立ち上がり、棚から小さな石を取り出して、僕に投げてよこす。けっこうな速度で投げられたそれをキャッチして見てみると、何の変哲もない石だった。すこし濁った色で、中に魔法式のようなものが刻まれている。どうやって加工したんだろう。
「それ、持っておきなさい。お守りよ」
「お守りですか。囁爪ヨルム狩りに?」
「あなただけならともかく、エドもいるのに囁爪ヨルムに殺されたりしないわよ。それは、致命傷を一度だけ避ける魔法具なの。念のため持っておきなさい。今回は不要でも、いつか役に立つわ。荷物にもならないしね」
「はあ……。それはなんというか、ありがとうございます」
僕は受け取った石を、スクロールと一緒にジャケットの内ポケットにしまう。先生は満足げに頷く。
「よし、それじゃあ今日はもう帰りなさい。明日は早いんでしょ。それに私、この後用事があるのよ」
「ふうん。わかりました。じゃ、僕はもう帰ります」
読みかけの本を閉じて、鞄にしまう。
さっさと帰ってアイラとトレアに夕食を準備してやらないと。そう思いながら僕がドアを出たところで、先生が背後から声をかけてきた。
「そうそう、そのスクロール、蝋封は呪文による封印で、中にあるのはおそらく魔法よ。前に見たものもそうだったわ」
「……そうですか。じゃ、よっぽど強力な魔法なんでしょうね。でも、封印されてるなら大丈夫じゃないんですか?」
「封印を破る条件は簡単よ。まあ、教えてはあげないけど」
「知りたくもないですよ。危ないし。それで、以前先生が見た事あるのは、このスクロールと同じような別のスクロールですか? それとも、これとは別のスクロールに封印されていた、魔法の方ですか?」
「両方よ。言ってしまえば、封印が解ける……いえ、解かれる時に立ち会ったのよ。えげつない魔法だったわ」
「えげつない魔法、ですか」
「ええそうよ。できればロイ、あなたはそのスクロールを処分すべきよ。これは純粋な忠告。シンプルな助言よ。そのスクロールは誰の手にも余る。正確には、そこに封印された魔法は、ね」
「……心得ておきます。それでは、失礼します」
研究室のドアを閉じる。そのまま、まっすぐに、歩いて研究棟を出て、トレアの待つ部屋に帰る。
えげつない魔法。
いったいそれは、どんな魔法だろうか。
あるいは、戦場の生物を全て殺し尽くしたポラリアの魔法よりも、多くの生命を奪う魔法なのだろうか。
あるいは、雷に打たれた経験に裏打ちされた想像力を引き金にしなければ発動できないほどの雷撃を生み出す魔法よりも、より巨大な災害の魔法だろうか。
あるいは、空間を刃で埋め尽くす、この世でただ一人の人物にしか許されなかった征服の魔法よりも、圧倒的な魔法だろうか。
どんな魔法なのだろうか。
いったいどんな魔法なのだろうか。
「はあ……落ち着けよ、僕。これは危険なものだ。それに、どうせ封印は解けない」
いくら興味があっても、そもそも使えるようになったところで、使う機会もないだろうし。
深呼吸をして、心を落ち着ける。よし、早く帰ろう。
ヘイムギル
グランダード平原の南方に位置する小さな街。ルディアに出入りする行商人や交易人が立ち寄る街でもある。西からルディアに向けて移動する場合、大抵のルートでこの街に立ち寄ることになる。