#2
西区の商店街。ルディアで最も商店が集まっている場所だ。ガラスを使った天井に覆われた一本の通りで、三階建ての建物が並んでいる。二階や三階には、建物の内外にある階段を使って出入りするような構造になっている場所がおおい。
とはいえそれは基本構造で、一階建てで二階がテラスのようになっている建物もあれば、向かいの二階に接続された空中廊下のある建物もある。発展に伴って増設が繰り返された商店街は、人工の迷路のような様相だった。
「ロイくん! このブレスレッドかわいいです!」
「お嬢ちゃん、見る目があるね。これは、この部分に溟海レーヴィグの角を使ってるんだよ。この辺りじゃ珍しい石だ」
通りで移動販売の店を開いている店主が、トレアに応対する。
「溟海レーヴィグですか。クロッツァの更に東に生息するらしいですね」
「にーちゃんよく知ってるじゃないか。俺はその辺りから来た行商人だ。珍しいアクセサリーや、生物から取れる材料を売ってる。まあ、ここに置いてるのはアクセサリーだけだけどな」
快活に笑う行商人。三十代くらいだろうか。男なのにアクセサリーを売っているのは珍しいような気がするけれど、一人で行商をやっているとは限らない。もしかしたら夫婦で売っているのかもしれない。
移動販売を行う行商人は多くないが、決して少ないわけでもない。商品の個数が少ないと、まとまって卸せないので小売りで処分してしまうのだと、以前教えてもらった事がある。
目を輝かせながらアクセサリーを見比べているトレアに、一つ一つのアクセサリーについて詳しく説明をする行商人。トレアは、アクセサリーを見るのが楽しいのか、それにまつわる話を聞くのが楽しいのか、笑顔だ。
「ロイさん、私はこっちのがほしいです」
セイカが僕の袖を引っ張る。指差しているのは、左右でデザインの違うピアスだった。
どちらが右か左かは分からないけれど、片方は大きく、片方は小さい。大きい方には透き通った赤い石がはめられており、小さい方には濃い同じような色の石がはめられている。石を中心に、小さな刃か牙にでも見えるような装飾だった。
セイカに似合いそうな意匠のピアスだ。
「ほしいって言われても、買ってあげるだけの余裕はないよ。高そうだし」
「えー、ケチですね」
「無い銀貨は出せないだろ」
「こんなに可愛い私がほしいって言っているのにですか?」
「駄目だ」
「アイラさんやトレアちゃんにはどうせ買ってあげるんでしょう?」
「……いや、買わない」
「図星ですね。そうなんですね。ロイさん、わかりやすいですね」
「なんだにーちゃん、甲斐性なしだな。女の子二人も連れてる癖によ」
僕とセイカの会話を聞いていた行商人が、そう言って茶化す。
「いえいえ、僕はそもそも二人の付き添いで、そういった関係じゃありませんから……」
「どういう関係かってのはどうだっていいだろう。別に、主人と奴隷とか、貴族と奉公人って関係でもあるまいし。仲のいい女の子にプレゼントの一つや二つ、買ってやるのが男ってもんだろ」
「そういうものですかね。……えっと、じゃあ一応聞きますけど、このピアスと、そっちのブレスレッド、合わせていくらですか」
「んー、まあ銀貨三十枚だけどよ。そうだな。まあ、二十五枚くらいまでならまけてやってもいいな。お嬢ちゃんみたいに、俺の話を楽しそうに聞いてくれる客は珍しいんだ」
「高いですね。僕には買えません」
即答すると、行商人は顔をしかめた。
「なんだよ、金もってないのか」
「ええ。ほら、僕は五年生になったばかりで、まだ冒険者ギルドに入った直後なんです。それで、収入の見通しもイマイチ立てられていないので、嗜好品を買うのはちょっと抵抗があるんですよ」
「あー、そういえば行商仲間に聞いたな……。そうか、そういう事情なら仕方ないな」
そう言うと、行商人は紙袋を取り出してピアスとブレスレッドを放り込む。ブレスレッドを眺めていたトレアが、残念そうな顔になる。
「ほら、持っていけよ。銀貨二十五枚。出世払いだ」
「え、いや……。押し付けられても困るんですけど」
「俺は東風吹く丘のカルバンだ。まあ、五年でも十年でもいいから、そのうち払ってくれよ。もしくは、珍しいモンスターを討伐できたら、売りにきてくれ」
その言葉で合点がいった。要するに、これは彼の僕に対する投資なのだろう。東風吹く丘は商人ギルドなので、そこにこの行商人の名前ーーカルバンといったかーーを出して売れば、最終的には彼までたどり着くんだろう。
「どうして僕が冒険者か、あるいは討伐者だって分かったんですか?」
「商人の勘ってやつだよ」
ニヤリと笑う行商人。
全く、変な人に目をつけられたもんだ。
「ロイくん! ブレスレッド付けてください!」
「わかったよ……」
ニコニコとしながら腕を出すトレアに、紙袋から取り出したブレスレッドを付けてやろうとする。これ、わざわざ紙袋に入れる意味ってあったんだろうか……。
トレアが差し出した右腕。
それに違和感を覚えた。
模様。
あるいは、痣?
奇妙な痕が、右手の甲から、腕に向かって続いている。
(こんな痕、あったか……?)
村でトレアが眠っていたときや、部屋にいたときを思い出すが、全く覚えがない。教会を指差した時も、料理を食べていたときも、こんな痣は無かった。
疑問に思いつつ、ブレスレッドをつけてやると、トレアは幸せそうにそれを撫でる。
トレアについて分かっていることはほとんどないけれど、少なくとも、彼女に命を狙われるだけの理由があるとは思えない。そんな罪があるとも、それだけの価値があるとも、思えない。少なくとも僕には。
妹の視力を奪った僕なんかと違って。
「ロイさん、私にも付けてくださいよ。ピアス、空いてます」
「ん? え、本気で言ってるの? ちょっとハードル高くないか」
「大丈夫ですから、ほら」
僕の腕を無理矢理引っ張ってしゃがませるセイカ。仕方ない。さっさと付けてしまおう。ここでずっと突っ立っていても、商売の邪魔だろうし。そう思って行商人の方を見ると、ニヤニヤと下品に笑っていた。
地味に趣味悪いな……。
セイカの耳に、取り出したピアスを付けてやる。ピアスの構造がよくわかっていなかったので、少し手間取ったけど、ちゃんとつけれることができた。左耳に大きな方を付け終えると、セイカは僕が持っていた小さな方のピアスを取った。
「あれ? こっちはいいの?」
「こっちは、ロイさんに付けます」
そう言うと、どこからともなく針を取り出して、僕の左耳に突き刺すセイカ。痛みが走る。何のためにこんな針を持ってるんだ。
「痛ッ!」
「じっとしててください。すぐ終わりますから」
「なんで僕に付けるんだよ。ペアルックかなにかか。しかも痛いし」
僕の左耳に小さい方のピアスをつけられる。セイカは満足気に頷くと、僕からはなれた。
「おじさん、このピアスの石って、もともと同じ石を割ったんですよね? なにかの魔物の宝玉ですか?」
「お、そっちのお嬢さんは物知りだな。そうだな。これは、夜鳴き鷹の宝玉を加工したものだ。そっちの小さい方が核で、お嬢さんの大きい方が礎石だ」
夜鳴き鷹も、この辺りには生息しない生物だ。かなり特殊な魔法器官を持っていて、個体数も少ないと聞いた事がある。その宝玉を使ったアクセサリーが、果たして本当に銀貨二十五枚に収まる値段なのだろうか。
「じゃあ、十分ですね」
何が十分なんだよ……。
「じゃあ、行きましょうロイさん。私、雑貨が見たいです」
「トレアも! アイラちゃんにお土産買って帰らないと!」
「あ、おい。待てよ。このピアスなんで僕が付けないといけないんだ」
「細かい事を気にする男はモテませんよ」
「そういう問題なのかよ」
「はい、そういう問題です。早くいきましょう」
何を考えてるのか分からないセイカと、おそらく何も考えずに楽しそうにしているトレアに引っ張られて、僕はその場を後にした。
東風吹く丘
商人ギルド。飲み物を中心とした食料品や、アクセサリーなどの嗜好品を取り扱っている。さまざまな生物も取り扱っており、牙や骨などを取引している。