#12
僕とアイラは黒睡蓮の匣と書かれた看板の前に立っていた。ウェミルさんに渡された紹介状と地図を片手にたどり着いた武器商店。何人かの行商人が出入りしていて、ルディアと交易の盛んないくつかの都市から、珍しい武器を集めて扱っているらしい。
曰く、いろんな意味で持ち主を選ぶ武器の行き着く場所、だとか。知性を持つ武器や呪われた道具なども多いし、活用方法が特殊すぎて大抵は使いこなせないような武器なんかもあるらしい。
そんな武器商店と近しい間柄のウェミルさんが一体どんな武器を使っているのか気になるが、それは教えてもらえなかった。
時刻は昼。西区の商店街はとても活気づいている時間だけれど、この辺りは閑散としている。それもそのはずで、黒睡蓮の匣を筆頭に、この辺りには珍しいものを扱っている店が多い。要するに、西区の裏通りとも呼べる区画だ。
「ロイ、ここでしょ? 早く入ろう」
「そうだね、入ろうか」
ちなみにトレアは今日も留守番をしている。
看板の貼付けられた壁の隣にあるドアを開ける。すこし立て付けが悪いのか、木材が軋むような音が聞こえたけれど、それ以外に問題はなさそうだった。誇りっぽい外観に反して、店内は綺麗に掃除されている。
ただし、その内装は武器商店のそれではなかった。一般的に武器商店と言えば、一つ一つの武器を持って感触を確かめたり、そうでなくとも実際に見られるように展示していることが多い。ところが、ここ黒睡蓮の匣において、そういった配慮は皆無だった。
あるいは、あつかう商品の特殊性故に、不用意に見せられないのかもしれない。両方だろうと思うけれど。
店の中には正面にカウンターがあるだけで、それ以外のものは一切展示されていなかった。例外として、いくつか珍しそうな本が並ぶ棚と、壁の近くに数脚の椅子が置いてある。カウンターの奥には柔和そうな顔立ちの青年が座っていて、眠たそうに僕たちを見ていた。
「ようこそ、黒睡蓮の匣へ。お客様は初めての方ですが、どちらの紹介ですか?」
「ウェミルさんの紹介で来ました」
「ああ、ウェミルか」
退屈そうに頷く青年。彼がこの店のマスターなのだろうか。そう疑問に思っているのがわかったのか、自己紹介をされる。
「はじめまして、ロイ・レアードとアイラ・ロックハート。詠う伽藍の期待の新人らしいね。僕はヘスリス・クロノタート。まあ適当にヘスリスって呼んでいいよ。一応、この店のマスターで、オーナーだ。スタッフはいない」
「私たちの名前はウェミルさんから?」
「そうだよ、アイラさん。僕とウェミルは幼馴染でね。ウェミルの剣を見繕ったのも僕なんだ。ロイくんにはオススメが三本くらいあるから、彼のことをよくしってる君が一番良いのを選んであげてよ」
おお、この人、口が上手いな。手を抜いてる感もあるけど、アイラにはこれで十分だろう。ちらりとアイラを伺ったが、「ロイのことを良く知ってる……私が選ぶ……ロイの……」とかブツブツ言ってるし、顔が赤い。
アイラは俺のことが大好きだからな。
「じゃ、持ってくるから、椅子にでも腰掛けて待っててよ」
ふらりと立ち上がってバックヤードに消えるヘスリスさん。僕たちは手持ち無沙汰になったので、言われた通り椅子に腰掛けてヘスリスさんを待つ。
これだけ早いのは、おそらくウェミルさんの手回しのおかげだろう。良い買い物が出来そうだ。今度会ったときになにかお礼をしないといけないけれど、それはそれで「ギルドのためにやったこと」とか言われそうだな。
だったらなるべくギルドに貢献しよう。出来る限りで。
僕は椅子の正面にある本棚に目を向ける。分厚い魔法や錬金に関する専門書から、一般的な鍛治工房のカタログまで、いろいろな書籍が揃えてある。地味に魔法に関連する書物が多い。《ウィルの位相空間論》、《エルゾアの光結晶論》、《ニーナの人形理論》、《トレイリアの魔法彫金論》、《アーサーの剣魔法論》……。知らない名前も多いけど、知ってる名前も多い。特に、《ウィルの位相空間論》は、僕の良く知ってる本だ。
ウィル・ハーミットソード。父さんから受け継いだ僕の本、その著者の名前も、ウィル・ハーミットソードだ。その名前が気になって以前調べたことがある。わかったのは唯一、この魔法書の原典を著した人物だということだけ。それ以外の情報は全く手に入らない、謎の人物。
流石にここにあるものはレプリカで、内容も一般公開可能なものに限定されているだろうけれど、それでもなかなか手に入らない一品だ。ちょっと読んでみたい。
「そこの本はレプリカだけど、高いよ。試し読みはご遠慮願いたいかな」
僕がそんなことを考えていると、ヘスリスさんが戻ってきた。
「いえ、ちょっと気になっただけです。流石に盗み見たりしませんよ」
「そうだろうと信じてはいるけどね。ロイくんだったら、本棚の呪文も解除しそうで怖いよ。さ、これが君向けの三本だ。説明するから、こちらに来てほしい」
そういわれて、僕たちはカウンターの前に立つ。柄も鞘も黒い剣、逆に白くて青い筋の入った剣、革製の鞘に治められた骨色のククリ、その三本がカウンターに並べられた。僕とアイラはそれらを熱心に観察する。
「それじゃあ、説明するよ。うちの商品は説明無しには売れないからね」
黒い剣は呪われた道具の一種で、ヘスリスさんは酸の剣と呼んでいるらしい。切断面をじゅくじゅくに溶かしてしまうのだとか。どういった呪いなのかわからないが、とにかく強力で、切り傷を致命傷に発展させることが出来るという意味で完成された殺傷武器だとか。
銘は無く、意志もない。持ち主が剣の所有権を放棄したり、剣に恐怖心を覚えると、持ち主をも溶かしてしまうと言われている。流石に確かめてはいないが、おそらく本当だろうとのことだった。
白い剣は白の十三振りと呼ばれる、鍛治師の間で伝説級の扱いをされている実在する武器を下敷きに制作された、いわば後世の手による模造品らしい。コンセプトは絶対に折れない剣。元々、白の十三振りの中にそういうふうに作られた、本当に絶対に折れない剣があるらしく、そこまでの性能は無いが、ほぼ同等だと思っていいのだとか。
反面、攻撃的な魔法特性を持っているわけでもない。武器としての性能は普通。壊れない、というのはとても使い勝手が良さそうだと思うが、それでも戦闘能力を引き上げるには至らないところは何とも言えない。一応、蒼の輝石がはめ込まれてはいるけれど。
最後のククリは、骨の内部に何層にも魔法式が記述されている魔法具だそうだ。いくつか使い方を説明してもらったが、武器としてよりも暗器として使い勝手の良さそうな呪文が多かった。とはいえ、中型生物を相手取る詠う伽藍では、あまり使い道はなさそうだ。
「一応、話に聞いた君の傾向を元に、いろいろと使い道のある武器を選んだ。応用度が高いとでも言うのかな。選ぶのはアイラさんに一任するみたいなことをウェミルが言ってたけど、本当にいいの? 君たちの関係は知らないけど、普通だったら武器は自分で選んだ方が良い」
「いえ、いいんですよ。これはほら、プレゼントだそうですから」
僕が答えると、ヘスリスさんは肩をすくめてみせた。そういうことなら仕方がない、という感じだ。案外、そういったお客さんは多いのかもしれない。お守りの理論なんかもあるし、否定できる考え方ではない。
アイラは真剣に三本の剣を見比べている。一本ずつ丹念に観察したと思ったら、突然目を閉じてしまった。何を想像しているのかわからないけれど、一応、パーティとしての役割分担なんかも検討してるんだろう。
「うん、やっぱりこの白い剣にします。ロイ、それで大丈夫?」
「んー、そうだね……。まあ、大丈夫だと思う。それだったら守りにも使えるから」
僕がそう言うと、アイラは驚いた顔で僕を見た。
「ロイが守りのことを考えてる……明日は嵐……」
「失礼だな。僕だって身を守るよ」
「先月のロイに聞かせてあげたい台詞……」
「う……いや、まあ、すみません」
先月のことを言われると耳が痛い。グリフォンの時はああするしかなかったんだから、仕方が無いと言えば仕方が無いけど。
「痴話喧嘩は帰ってからやってくれ。この白い剣は貴重品ではあるけど、世界に一本しか無い業物って程でもない。死に別れぬ者の剣って呼ばれてる、一応設計図もある魔法武器だ。本当にこれで大丈夫かい?」
「はい、それでおねがいします」
アイラが僕の代わりにに頷く。
それから、代金をアイラがルディア銀貨で支払い、剣を受け取って、代わりにノービスソードを下取りしてもらった。鞘を剣帯に固定し、腰に装備すると、思ったよりもしっくりきた。ノービスソードと重さもそう変わらないらしい。
そういえば試し振りとかしてないけど、良いんだろうか。良いんだろうな。呪いの武器とか、試すなんてできないし。アイラは多分、そういったところも含めて選んだんだろう。どちらにしろ、自分の武器なんて選んだことの無い僕が試し振りをしたところで、大して意味は無かったかもしれない。
買い物を終えた僕とアイラは、黒睡蓮の匣を出た。
魔法書の原典
呪文の理論を記述したもので、原典は貴重品。
原典そのものが呪文を使用可能にしていることもある。その場合、原典は書物であると同時に、法則の魔力によって精巧に記述された魔法具でもある。




