#11
詠う伽藍。中型生物を専門にした、しかしながらオールマイティに依頼を請け負う冒険者ギルドで、日常的にウォーガン山脈、ダリデ海、グランダード平原の危険生物を討伐している。
ルディアに本部を持ち、学生の試験雇用に積極的であることに比べて仕事内容に危険が少なく、学生に人気があるギルドの一つだ。紅蓮の憲兵や刃の翼では危険の大きい仕事もある。僕たちになにかあったら、トレアを養う人はいない。少なくともトレアがこの街で自活できるまで面倒を見るのは、僕たちがやらなければならないことだろう。
冒険者は危険と隣り合わせだ。だから、自分の死もちゃんと考えて動かなければならない。
僕たちは四人でギルドの仕事を遂行するという前提で、ギルドの学生窓口に話をしている。詠う伽藍では、学生パーティに一人以上のアドバイザーが付き、ギルドから打診された仕事を受けるかどうかや、その準備やトラブル対処の補佐などを行うことになっている。
高級な石造りの建造物の一角で、僕たちは担当者になるアドバイザーを待っていた。割と品のいい二人掛けのソファ二つ分を埋めて、僕とアイラ、斜め向かいにエドとメディが座っている。
メディは緊張しているのか表情が硬く、エドは退屈そうにソファにもたれかかっている。アイラは眠そうだ。
「お待たせしました、新しい友人たち」
仰々しい台詞を真顔で言いながら入ってきたのは、妙齢の女性だった。美しい顔立ちに強かな瞳を携えていて、肩や足を守る鎧を身につけている。大型の生物や人間を相手取るならば不安な装備だけれど、中型の生物が相手なら身動きも取りやすく、安定して戦えそうな印象を受けた。
鈍色の軽鎧の中にはなんらかの英霊効果を目当てにしているのか、少し派手目な文様が刺繍された服を着込んでいて、スカートのような形状の足鎧と共に彼女の印象をさらに引き立たせていた。
少しだけ優しさを伴う眼差しでこちらを見られ、僕はそれに応じて立ち上がった。一応、礼儀正しくしておかなければ。少なくとも相手の性格がわかるまでは。
「はじめまして、ロイ・レアードです」
「聞いています、ロイ。隣がアイラで、そちらがエドワードとメディですね」
あらかじめ僕たちのことを頭に入れていたのか、あるいは加入手続きのときに顔を見られていたのかもしれない。こちらは覚えてないけれど、見慣れない人物が建物内にいれば目立ちもするだろう。
女性が僕とアイラの正面にあるソファに腰掛けた。
「私はウェミル・エインクール。詠う伽藍第六二隊のメンバーで、今はパーティが休養中なので、あなたたちの面倒を見ることになりました。ウェミルと呼んでいただいて構いません」
「ウェミルさんですね。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします。私もあなたたちのことは名前で呼びますので、そのつもりでいてくださいね」
「それは別に良いですけど」
退屈そうにしていたエドはいつの間に気分を切り替えたのか、油断の無い目でウェミルさんを睨め付けながら口を挟む。
「ウェミルさんのパーティってなんで休養中なんですか? 俺、そういうのはっきり言っておいて欲しいんですよね」
「私たちのパーティの要である戦士が、新婚旅行中だからです」
エドの視線も失礼な言動もさらりと受け流して、ウェミルさんはそう言った。予想の斜め上の答えに、エドが目を丸くする。
「新婚旅行ですか……?」
「ええ。戦士といっても女の子で、許し難いことに私よりも年下なのですけれどね。最近結婚して、今は新婚旅行中です。ほら、アテアグニなので、新婚旅行と言って結婚相手を故郷に連れて帰るのですよ」
「アテアグニ族ですか。それはなんと言うか、いろいろと激しそうですね」
「ええ、本当に。けれどそういうわけで、私たちパーティの残りメンバーは暇なんです。それぞれでこなせる仕事をしてもいいんですが、新人が入ってきたと聞いたのでこうしてアドバイザーを務めることになったのです。一ヶ月くらいが目安だと思いますが」
「なるほど、タイミングが良かったんですね」
「そうですね。おかげさまで、期待の新人にも会えたことですし」
期待の新人、と言う部分はお世辞だろうと思い、スルーする。
「それじゃあ、最初に皆さんのことについて教えてください。得意分野や、どういった仕事をしたいか、といったことですね。加入手続きや審査のときにも聞かれたと思うので、繰り返しになるかもしれませんが」
ウェミルさんに促されて、僕たちはそれぞれのことを話す。トレアのことは伏せて、単に生活費を稼ぐ必要ができたのでギルドに加入したと伝えている。これもこれで嘘ではない。どちらにせよ奨学金は無くなったので、生活費を稼ぐ必要があった。
一通り話し終わるとウェミルさんは考え込むように少し黙って、それから口を開いた。
「回復役や守り役がいないのが気になりますが、メンバーを増やす気はないのですよね?」
確認するように問いかけるウェミルさんに、僕ではなくエドが答える。
「そうです。今のところは俺たち四人でやってこれたし、必要性も感じない。攻撃されるより先に外敵を焼き払えば良いじゃないですか?」
「そういう問題でもないのですけれどね。とはいえ、エドワードの魔法は中々の完成度だと聞いていますし、仕事を選べば致命的な事故は防げるでしょう」
致命的な事故、という言葉に薄ら寒い気分になった。僕と妹が両親を失ったのは、おそらく彼らが致命的な事故に遭ったからだ。
「事故……」
なにか思うところでもあるのか、メディがつぶやく。ウェミルさんはそれを聞かない振りをして、言葉を続ける。
「先ほど適当な依頼が無いか聞いてみたのですが、あなたたちに向いてそうなのは『ウォーグレド山の調査』と『囁爪の討伐』の二つですかね。ウォーグレド山の調査はロイ向け、ヨルムの討伐はエドワードとメディ向け、といったところです」
「じゃ、受けるのは『囁爪の討伐』だ」
エドが即座に答える。僕たちへの確認もなしかと思ったけれど、それもいつものことだった。ウェミルさんもなんとなくそれを察したようで、エドの方を見て確認するように繰り返す。
「囁爪は細長い爪を持つ生物です。温厚ですが、かなりの数が繁殖していると聞いています。依頼の要望はヨルムの爪を求めるものですが、間違って群れと遭遇するとそれなりに危険です。死者も出ます。その辺りのことはわかっていますか?」
「問題ないです。生きる糧を得るのに命をかけないのは、臆病者のやることでしょう」
またもやエドが即答する。けれど、言っていることには同意だった。僕は命を大事にするべきだと思うけれど、エドの感性が理解できないわけではない。
「そうですか。わかりました。それでは、『囁爪の討伐』の依頼をこの四人で受けるということで、手続きをしておきます。期限は特にないですが、ギルドとしては一週間以内には完遂したいところでしょうから、遅くとも四日後には出発する必要があると思います」
四日後。それまでにいろいろと準備をしなければならない。
「ロイ、新しい剣も買いにいこう」
アイラにそういわれて、約束を思い出した。トレアのことで頭が一杯で完全に忘れていた。
「そうだね、じゃあ、明日にでも出かけようか」
「うん」
「ロイはノービスソードを使ってるんでしたね?」
アイラが嬉しそうに笑うのを見ていたウェミルさんが話に入ってくる。
「そうですよ。それで、アイラと一緒に新しいヤツを見に行くんです」
「二人でいくんです」
アイラが僕の腕にしがみついてウェミルさんを睨みつける。ウェミルさんの眉間が険しくなったような気がしたけれど、多分気のせいだ。結婚適齢期の女性は怖いと父さんに教わったことがある。だから僕は何も見ていない。
「二人で行くのは良いですね。それはそうと、行きつけの武器商店か鍛冶屋はありますか?」
無い。とっさに顔に出たのか、ウェミルさんは僕を見て言葉を続ける。
「詠う伽藍
ハルマ・アリア
と契約を結んでいる鍛冶屋と、私が良くしてもらっている武器商人がいますので、よければ紹介しますよ。良い武器を揃えています」
「……アイラ、どこか行きたい場所はあった?」
「ない。私が選べば何でも良いよ」
「そっか。じゃあウェミルさん、そこを紹介してもらえませんか?」
「わかりました。それじゃあ、ロイとアイラはついてきてください。えっと、二人はどうしますか?」
ウェミルさんは立ち上がりながらエドとメディを見る。二人はこの後は特に用事もないはずだ。案の定、エドはこの建物の中を見学して帰ると出て行き、メディは用事があると言ってさっさといなくなった。
「それでは、私たちの執務室に行きましょう。武器商店への紹介状を書いてあげますよ」
アテアグニ族
アテアグニは竜の四肢と角を持つ美しい種族で、武力と酒を信仰している者たちのこと。アテアグニはウェルディア大陸の北に故郷を持ち、種族の絆が強く、多くの友人は持たない。その代わりに、一度友人と認めた者のためには多くの援助を行う。
足の指は三つ、手の指は四つしかないが、その全てに固く大きく鋭い鉤爪があり、靴や手袋は身につけない。手には親指に相当する部分があるため物を持つことは出来るが、様々な道具を器用に使いこなすことは出来ない。
生まれた時から血の通う鉤爪は魔法によってより攻撃的に用いることが出来る。