#9
翌日。僕たちはルディアに帰り着いた。
ルディアの入口で騎士と揉めたり(学生が少女を連れて帰ったので、一体何があったのかと問いつめられた)、依頼主であるドットウェル先生に事情を説明してレポートを免除してもらったり(そもそも依頼を出したのは学園に簡単な仕事が入ってなかったかららしく、大して困らないので大丈夫だと言われた)、他にもいろいろとあったのだが、そこは割愛。
トレアは行き場のない少女で、それを僕たち四人が保護した。僕たちは学生だが、ルディアでは学生の就業を許可しているし、ディルセリア魔法学園はそれを推奨している。
したがって、僕たちがトレアを養うことになる。
トレアは僕とアイラの部屋に住むことになり、今日はエドとメディにも来てもらっていた。アイラは最初、トレアが住むことを渋っていたが、最終的には了承した。
「ロイがどうしてもっていうなら良いけど、トレアが寝るのは私のベッドだから」
と言われたのだけれど、アイラは結構な頻度で僕のベッドに入ってくるから、空いていたベッドを有効活用できたような気がする。
「だから! 冒険者ギルドに登録する! 紅蓮の憲兵でも刃の翼でもいいだろ! それでドラゴンでもグリフォンでも狩りまくる!」
「冒険者ギルドは危険が大きいだろうが! 僕たちじゃまだ実力不足だ!」
涙目であわあわしているトレアの前で、テーブルを挟んで向かい合った僕とエドは、言い争いだか喧嘩だかわからないやりとりを続けていた。
アイラは僕たちの分の食事を取りにいき、メディは頬杖をついて退屈そうにしている。
「じゃあどうやって金を稼ぐんだよ! トレアのことを抜きにしても、俺はもっと良い装備が欲しいし、強いモンスターと戦いたいんんだ。良い機会だろ!」
「お前のわがままに僕やアイラを巻き込むな! お前に付き合ってたら命がいくつあっても足りないだろうが。だいたい、紅蓮の憲兵みたいな大御所が俺たちの登録を許可するはずがないだろ!」
「それは問題ないっての! セトたちは刃の翼に登録したって言ってたからな。俺の方が戦闘力は上だ」
「お前の敵に突っ込んでいくバカさに問題があるって言ってるんだよ! 討伐者に必要なのは勝つべくして勝つ能力だろうが!」
「おーおー出たよ、ロイお得意の討伐者論。自分にはできもしないことを理屈で語りやがってよ! 俺はお前のそう言うところが昔から嫌いなんだよ!」
「生憎だったな、僕はお前の後先考えないでとりあえず行動するところが大っ嫌いだ!」
真っ正面からにらみ合う僕たち。エドが人をにらむと本当に危ない職業の人にしか見えないが、しょっちゅう衝突している僕のメンタルには全くダメージがない。
「はい、そこまでにしましょう。トレアがかわいそうです」
しばらくにらみ合っていると、アイラが両手にトレイとバスケットを持って戻ってきた。トレイにはウサギ肉を煮込んだスープが五人分と、サラダ、パンにつけるマーガリンが乗せられている。アイラがテーブルの上にそれらを並べる。
「とりあえず、ご飯。今後のことは、喧嘩しないで、話し合ってきめます」
喧嘩しないで、の部分を強調するアイラ。メディはそんな話はどうでも良いとばかりに自分のスープを取り、サラダを取り分けはじめる。
「わかったよ」
「……ああ、そうだな」
仕方ないので、僕とエドも食事を始める。トレアがまだおどおどとしているので、アイラがスープを渡しながら言った。
「大丈夫だよ。あの二人はいつもあんな調子だから、気にしないで」
「ほんとう? 私のせいじゃない?」
「本当。喧嘩するほど仲がいいの」
「なかよし……?」
「そう、仲良しなの。だから大丈夫」
……複雑だ。
「ていうか、エドの言ってることもロイの言ってることもわかるけど、とりあえず紅蓮の憲兵でも刃の翼でもさ、ギルドの窓口に行ってみれば良いんじゃないの?」
アイラとトレアのやり取りが終わるのを待っていたのか、僕とエドの口喧嘩が泊まるのを待っていたのか、メディが僕たちに言う。
「あん? なんでだよ」
「この街にあるくらいだから学生の登録もできると思うけど、もし出来ないって言われたら他を考えないといけないじゃない。話し合うより行動でしょ」
「お、良いこと言うじゃんメディ」
「……まあ、そこについてはその通りだね」
エドが嬉しそうに同意するのが不服だけど、僕も頷いた。確かに、ちゃんと調べるべきことを調べてからでないと、考えは進まない。
「じゃ、とりあえず俺は知ってる冒険者ギルドの窓口を当たるわ」
「そうね。私は商人ギルドに行ってみるわ。モンスターの討伐依頼を待つより、フィールドワークのついでに珍しい植物や生き物を探した方が良いかもしれないし」
「ん、わかった。じゃあ、それはエドとメディに頼むよ」
「任せろ」
「わかったわ。二人はどうするの?」
メディに聞かれて、僕とアイラはなんとなく顔を見合わせる。
「どうしようか……。そうだな、トレアをつれて街を見て回って、ついでに生活用品を買いそろえるよ。トレアが一時的にでもここに住むなら、最初にすべきはそれだと思う」
「だな! じゃ、俺は行ってくる!」
まだ最後まで言ってないんだけど。
パンとスープを胃に流し込んで、エドはさっさと立ち上がって出て行く。続いて食べ終わったメディも席を立つ。
「どうでもいいけど、女の子二人と一緒に住むんだから、変なことしないようにしないさいよね」
「変なことってなんだよ」
「へ、変なことよ。……なんでもないわよ! 私も行く!」
なぜだが顔を赤くしたメディが乱暴にドアを閉めて出ていった。
僕たちはトレアが食事を終えるまで待って、皿を洗ったりといった雑事を済ませた。
「トレアちゃん、お買い物いこっか」
「わかりました! でも、先にお手洗いにいってきます」
僕たちはトレアが戻ってくるのを待って部屋を出る。
「買い物、なにからいこっか。まず洋服?」
「んー、僕には必要なものってよくわからないし、任せるよ。帰りに南区の市場に寄って、食べ物を買っておかないといけないから、そのつもりで考えて」
「わかった。それじゃあ、まずは西区の商店街に行こう」
アイラがトレアの手を引いて、僕はその後ろをついていった。
西区の商店街
ルディアの西区にある商店街。あるいはアーケード街。
天井を硝子のアーケードが覆っており、さまざまな専門店が立ち並ぶ商業地区で、消費者向けの商品を扱う小売店や、消費者および事業者向けの工房などがある。