犯人の心意と口論
だが犯人を特定できる証拠はない。警察が到着すればすぐに見つかりそうな物的証拠をただの探偵が見つけることは不可能だろう。
餅は餅屋だが悠長なことを言っていたら犯人に証拠を隠滅されるリスクが高まる。犯人が風雷館を陸の孤島にしたのは証拠を隠滅しやすくするための可能性もあるからだ。
何人殺そうが犯人の自由だけれど警察の代理として捜査をしている柊たちにとって犯人は捕らえなければならない。
犯人が誰なのか。まだ柊は分からなかった。
颯を殺したトリックはこの館に何回か来たことがある人なら可能なものだった。おそらく雷助が殺された第一の事件も同様なのだろう。
ここで柊の脳裏にある疑問が浮かんだ。なぜ犯人は尾形風馬の浮気相手の子供である千葉葵を呼んだのか。犯人に仕立て上げるためだとしたら、館に何回か来たことがある人にしかできないトリックを仕掛けるはずがない。
何か別の意味があるのではないのか。考えたが柊には何も分からなかった。
さらに動機も分からない。分からないことだらけだと柊は思った。
柊が椅子に座り考え込んでいた時美咲と洋子は殴り合いの喧嘩を始めた。
「やっぱりあなたよ。あなたが殺したんだ。彼を殺せば独占できると思って」
「だからそれはあなたも同じでしょう。それに婚約解消はあなたが望んだことじゃなかった。洋子さん」
洋子は手加減をすることなく思い切り美咲の右頬を殴った。その衝撃で美咲の右頬から血液が流れた。
「ごめんなさい。ついボクシングで磨いた右ストレートを全力でしてしまいました」
美咲は洋子に殴りかかろうとするが、翔と葵が仲裁に入った。
「もう喧嘩はやめないか」
「そうですよ。ボクシングは喧嘩のためではないでしょう。そんなことしたら全国大会優勝の称号が泣きますよ」
洋子は葵の言葉にキレて彼女を殴った。
「うるさい。お前に何が分かる」
葵は床に倒れこんだ。美咲を殴った時と同じ右ストレートだったのに葵は怪我をしなかった。怪我をしなかったのは受け身をしたからだろう。
「柔道やっておいてよかった。こっちは国際交流大会で世界一の柔道家を倒したこともあります。全国一もたいしたことがありませんね。こんど殴りかかってきたら殴り返しますよ」
洋子は舌打ちをする。
柊が椅子から立ち上がると床にスマートフォンが落ちていた。それには風と書かれた鍵型のキーホルダーがついている。
それを見つけた葵は素早くスマホを取る。
「すみません。先ほど洋子さんに殴られた時に落としてしまいました」