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婚約破棄された悪役令嬢、追放前に商会を作ったら王国が依存してきたので精算します  作者: めー
第1章:準備

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第5話 最初の流れ


 朝の空気は冷たく、まだ街の動きは鈍い。


 だが、それでいい。


 動きが遅い時間の方が、余計な視線が少ない。取引を始めるにはむしろ都合がよかった。


 倉庫に差し込む光の中、エレノアは机の上の地図に目を落としている。


 前日に引いた線は、そのまま残っていた。


 王都近郊で余っている穀物と、東の街で不足している分。それらを結ぶ、細い一本の線。


 だが――それで十分だった。


「……本当にこれだけで動くのか」


 背後から、レオンの声が落ちる。


 疑いというより、確認に近い響きだった。


「動くわ」


 エレノアは顔を上げずに答える。


「問題は量じゃない。流れよ」


 ゆっくりと指先で線をなぞる。


「余っている場所から、足りない場所へ。これが繋がっていないから無駄が生まれる」


「それを繋ぐだけでいい、と」


「ええ」


 そこで初めて顔を上げる。


「単純でしょ?」


 レオンは短く息を吐いた。


「単純だが……それをやっていない理由はあるはずだ」


「あるわ」


 エレノアは即答する。


「誰も全体を見ていないから」


 それだけの話だった。


 情報は分断され、利権は固定され、誰も流れ全体を把握していない。


 だから成立する。


「……なるほどな」


 レオンはそれ以上言わなかった。


 理解したのだろう。


「行くわよ」


 外套を羽織り、扉へ向かう。


 迷いはない。


 最初の一手は、もう決まっている。



 最初に訪れたのは、王都近郊の穀物商だった。


 倉庫の前には荷が積まれているが、動きは鈍い。人手はあるのに流れがない。


 つまり、滞っている。


「……貴族様が何の用だ?」


 出てきた男は露骨に警戒していた。


 当然だろう。この立場の者が直接来る理由など、普通はない。


「取引よ」


 エレノアは余計な前置きをせずに言った。


「穀物を買う」


 男の目が細くなる。


「どれくらいだ」


「ここにある分の半分」


 空気が止まった。


 男は一度、背後の荷を振り返る。


 そして、もう一度エレノアを見る。


「……本気で言ってるのか?」


「冗談でここに来ると思う?」


 淡く返す。


 声は静かだが、迷いはない。


 男は舌打ちを飲み込むように息を吐いた。


「流せる先があるなら話は別だがな。抱え込むだけなら意味がねえ」


「あるわ」


 即答だった。


 だが、それで終わらせない。


「三日以内に捌く」


 わずかに間を置く。


「遅延は出さない」


 その言葉に、男の表情が変わった。


 “遅延なし”――それはこの業界では簡単に口にできる言葉ではない。


「……保証できるのか」


「ええ」


 視線を逸らさずに答える。


「その代わり、条件がある」


 男は黙る。


 拒絶ではない。聞く姿勢だ。


「次も私に回しなさい」


 一拍置く。


「同じ条件で」


 沈黙が落ちる。


 男の目が細くなり、計算が始まる。


 売れ残るリスク。値崩れの危険。運ぶ手間。


 それらを天秤にかけている。


「……安く買い叩くつもりじゃないだろうな」


「しないわ」


 エレノアは即座に返す。


「適正価格で買う。その代わり、確実に捌く」


 さらに一歩踏み込む。


「無駄に腐らせるよりはいいでしょう?」


 男は一瞬だけ黙り込んだ。


 核心を突かれた顔だった。


 積まれた穀物は、時間が経てば価値を失う。


 それはこの商人が一番理解している。


「……三日だな?」


「ええ」


「遅れたら?」


「次はないわ」


 迷いなく言い切る。


 その言葉に、男は小さく笑った。


「いいだろう」


 短く答える。


「その条件で乗る」


 成立だ。


 エレノアは軽く頷く。


「すぐに手配するわ」


 踵を返す。


 背後で、商人が部下に怒鳴る声が響いた。


 動き出した証拠だ。



 倉庫へ戻る道すがら、レオンが口を開いた。


「……強気だな」


「そう?」


「保証までつけた」


「必要だからよ」


 エレノアは歩みを止めない。


「曖昧な約束は信用にならない」


「失敗すれば終わりだぞ」


「しないわ」


 即答だった。


 根拠のない自信ではない。


 すでに次のルートは頭の中で組み上がっている。


「流れは読めてる」


 小さく呟く。


 レオンはそれ以上言わなかった。


 ただ、わずかに息を吐く。


 納得ではない。だが、否定でもない。



 数日後。


 最初の取引は、予定通り完了した。


 穀物は滞りなく届き、代金も問題なく回収される。


 倉庫に戻り、机の上に置かれた金貨を見下ろす。


 数は多くない。


 だが、それで十分だった。


「……成立したな」


 レオンの声は低かった。


「ええ」


 エレノアは一枚の金貨を手に取る。


 指先で軽く弾くと、乾いた音が響いた。


「流れは作れた」


 それがすべてだった。


 一度成立すれば、次は早い。


 同じルートを使えばいい。


 量を増やせばいい。


 それだけで拡大する。


「次は?」


 レオンが問う。


 エレノアはわずかに口元を緩めた。


「広げるわ」


 短く答える。


「同じことを、別の場所でも」


 単純だ。


 だが、それが最も強い。


 積み上げれば、やがて崩れない構造になる。


 窓の外へ視線を向ける。


 王都は何も変わらないように見える。


 だが、その下で流れは変わり始めている。


 まだ小さい。


 だが、確実に。


「ここからよ」


 静かに呟く。


 この一歩が、すべてに繋がる。


 やがてその流れは、誰にも止められなくなる。


 そしてその時――


 この国は理解することになる。


 自分たちが、何に依存していたのかを。

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