華将軍・アイン
エリシャ自治州。
その名は、かつてこの地を壊滅的な大飢饉から救い出したという伝説の聖女、エリシャに由来する。
人々は争いを厭い、静かな安寧を愛した。
しかし、その平和は決して無防備な怠惰の上に成り立つものではなかった。愛する土地を守り抜くために組織された軍備――『エリシャ白騎士団』。
その鉄壁の守護は、今や大陸随一と謳われるまでに至っている。
自治州の代表を務める男、オスカー。
かつては帝国の騎士団に身を置き、最前線を知っていた彼が剣を置いたのは、戦いを憎み、平穏を何よりも尊んだがゆえであった。
流れ着いたこの地で、彼は類稀なる政治手腕を発揮し、ついには民の信託を得て代表の座に登り詰める。
すべては、やがて訪れるであろう乱世から、この小さな平穏と民の笑顔を守り抜くため。
その不退転の決意を形にしたのが、白騎士団であった。
オスカーは、その生涯を「守る」ことに捧げてきた。
荒野から攻め寄せる蛮族、飢えた魔獣、そして内部から揺さぶりをかける反乱分子……。
幾多の脅威を退けてきた彼を、民は深い敬愛と親しみを込め、こう呼ぶ。
――『エリシャの盾』と。
オスカーの治世は、公正そのものであった。
出自や性別、年齢に囚われず、真に才ある者を将として、官として抜擢する。彼の居城は常に民へと開かれ、回廊には人々の活気と絶えない笑い声が満ちていた。
その革新的な登用によって見出された一人の女がいる。
名を、アイン。
抜きん出た剣の才と、戦場に舞う冬牡丹のような美貌を併せ持つ彼女は、いつしか『白騎士団の華将軍』として、騎士たちの憧憬の的となった。
不落の意志を掲げる『エリシャの盾』と、戦陣に輝く『華将軍』。
この二つの個性が重なり合い、エリシャ自治州は自由と平和の象徴として輝いていた。
しかし、運命の歯車は無情にも回り始める。
大陸を呑み込む大戦の火の粉が、この誇り高き自治州の門扉にまで迫っていた。
物語は、ここから始まる。




