崩壊の始まり
豪華絢爛たる王城。
その静寂を支配するのは、重々しく敷き詰められた赤絨毯と、立ち込める鉄錆の匂いだった。
大陸の守護者として君臨した聖王ジークハルト。
その胸には今、無慈悲な漆黒の槍が深々と突き立てられている。
傍らに転がるのは、中央から無惨に折れ曲がった大剣だ。
かつては聖王の象徴として、燦然たる輝きを放っていたはずのその刀身に、もはや往時の荘厳な面影はない。
それは、この戦いの絶望的な激しさを物語る無言の亡骸であった。
「……他愛もない」
低く、冷徹な声が響く。
聖王の胸から容赦なく槍を引き抜いたのは、一人の若い黒騎士であった。
その漆黒の鎧は各所が砕け、幾千の火花を散らしたであろう剣戟の記憶を刻んでいたが、驚くべきことに、男の肌に傷一つとしてついてはいなかった。
男が兜を脱ぎ捨てる。 露わになったのは、月の光を溶かしたような銀髪と、彫刻のように端正な貌。
三十代を前後するであろうその貌は、若さと老練さを同時に宿していた。
男の鋭い瞳が、こと切れた聖王を冷ややかに射抜く。
「愚かな。早々にその座を譲っていれば、死以外の選択肢もあったものを……」
吐き捨てた言葉とは裏腹に、男はしばし沈黙した。
どれほどの力の差があろうとも、最後まで信念を曲げず、王としての誇りを抱いて散った男――その魂にだけは、僅かな敬意を払うかのように、男は静かに胸に手を当て、深く一礼した。
「来世は……戦いの無い世に生きよ」
祈りにも似た手向けを残し、黒騎士は歩き出す。
背後に残された聖王の亡骸を振り返ることはない。
その表情には、勝利の悦びも、屠った者への憐憫も浮かんでいなかった。




