残り30日
もう、地球の崩壊の隕石が落ちるまでまで30日とニュースで発表された。
テレビに出ていたニュースキャスターの人たちは、とても疲れているように見える。目の周りにはクマがはっきりと浮き出ている。そして、目も赤い。
テレビの画面が切り替わった。
何故か暴動を起こしているパニックになった人間の姿が映し出された。
掲げられるボードには、『お前たちのせいだ』と書かれている。
これが運命なのに、それを他の人のせいにして、気を紛らわせている。運命を受け入れられない人間たちだ。
俺はキッチンでインスタントコーヒーを棚から取り出し、マグカップに入れて熱いお湯を入れた。
ティースプーンでかき混ぜる。
コーヒーの香りが部屋に広がる。コーヒーを口に運ぶ。インスタントコーヒーではないような美味しさがする。コーヒーの苦味、コーヒーの香り、コーヒーの味。全てが鮮明に感じる。
俺も死ぬのは怖い。死ぬのが怖くない人間はそこまで多いわけではない。
外に出る。俺は会社に向かい、歩き始める。
家から飛び出し、どこかへ走り去ってしまう人。家の中から聞こえてくる泣き声。俺は足を動かし続ける。
駅前では、「これは神の制裁だ!」などと言い暴れている奴もいる。
俺は駅内に入る。駅内は静まり返っている。外とは全く変わって、誰もいない。車掌も駅員も。そして、電車は動いていない。
歩きで向かうことになった。駅を出て、会社へ向かう。
数時間歩き続けた。すると、オフィスビルが見えた。少し早歩きで向かう。
ビル内は静かだ。話し声が全く聞こえてこない。受付もがらんとしている。
いつもであればこの時間帯は、様々な人が出入りしていたのに、今では誰もいない。
エレベーターのボタンを押すが、反応しない。電力も落ちているのだろう。
仕方ないが階段で15階まで上がる。
あまり運動が出来なかったからか、6階あたりでもう息が上がってきた。
15階に着いた。
もう着いた頃にはへとへとだった。
自分のオフィスに向かった。オフィス内はとても暗くも、がらんとしていたが、一つの人影が見える。
「おい、誰だ」
その影は飛び上がった。
「す、すみません」
その人は、同じオフィスで働いている黒宮 坂野だった。
俺が好意を寄せている人。
彼女は、いつも笑顔で、俺が落ち込んでいる時も元気づけてくれた。彼女は俺の太陽だった。俺の暗い心をいつも照らしていてくれた。
「ああ、坂野だったか」
「ちょっと顔が見えないんで名前言ってくれませんか?」
「羽野 才人だ」
彼女は鳥目で暗闇が得意ではないのだ。
「ああ〜才人さんか。よかった〜知らない人かと思いましたよ」
俺はバッグからスマホを取り出し、ライトをつけた。
坂野の方へ歩く。
「……あと1ヶ月しかないんですね」
「そうだな」
「怖くないんですか?」
「いや、俺も死ぬのは怖い。けど、それが運命だから仕方ないな」
「そう…ですか」
坂野の横に腰を下ろす。
「それで、今日は何してたんだ?」
「もう少しだけここ居たいんです。楽しかった。皆んなと仕事ができるのが」
こんなに元気のない坂野は初めて見た。
「それで、才人さんは?才人さんは何しにきたんですか?」
「俺は、特に理由は無いな。ただ、誰かがいないか見にきただけだ。そしたら、君が居たんだよ」
坂野は立ち上がった。
「少し、そとに出ませんか?」
時計を見ると12時を過ぎていた。
「そうだな」
俺も立ち上がり、階段へ向かった。
「足元気をつけろよ」
「はい」
一階に着いた。やはり静かだった。時が止まってしまったかのような感じがする。
俺は正面の扉を開く。
外は荒れている。人の大声が飛び交い、ゴミが散乱している。
「ご飯食べ行きませんか?少し悩みを誰かに話したいんです」
「もちろんだ」
こんな状況でやっている飲食店があるとは思えないが、とりあえず着いて行ってみる。
ちょうど1ヶ月前に隕石衝突の報道がされてから一部の人間が狂い始めた。
会社の人間も仕事を放棄してどこかへ行ってしまった。
電気会社も一部が停止してしまったりして、大変なのだ。
坂野は人が一人入れるぐらいの裏路地に入っていく。
「こんなところ進んでいくのか?」
「はい、この先にしっかりとやってる定食屋があるので」
俺はついていくしかなかった。
しばらく狭い通路を歩くと、少し広めの通路に出た。
「ここです」
坂野が指を刺した先には、一つの古びた店があった。
「本当にやってるのか?」
「やってると思います」
坂野が引き戸を開く。中は、昔ながらの定食屋の雰囲気がある。とても落ち着く場所だ。
「やってますか?」
「ああ、やってるよ」
席に座り、メニューを手に取る。唐揚げ定食を頼んだ。それに続き坂野は、レバニラ定食を頼んだ。
「それで、相談ってのは?」
「えーっと、相談ってのは特に何もなくて…」
「じゃあ、どうしたんだ?」
「お時間は大丈夫ですか?」
「まあ、日本もこんなんになっちまったし、やることも特に無いよ」
「…少し、誰かと一緒に居たかっただけです。自分勝手…ですかね?」
「そんなことないよ。俺も暇してたし」
「じゃあ少し話しませんか?」
坂野の目が少し輝いた。
「ゆっくり話すか」
そのまま定食も食べて、店主の人とも仲良くなり、6時間ほど話したと思う。
「そろそろ帰りましょうか」
「もうそんな時間か」
時計の針はもう7時を指していた。
「これが変わらない世界だったらどれだけ幸せなことだっただろうか」
俺は店を出る時にぼそっと呟いた。その声は誰にも聞こえることはなく、夜の風に乗ってどこかへいった。
「何か言いましたか?」
「なんでもない」
しばらく歩き、途中の交差点で俺たちは別れた。彼女は最後まで冷静だったが、言葉の所々に焦りのような、悲しさのような、恐怖のような、よく分からない感情のような感じがあった。
まっすぐ家に帰ってからそのままベッドに入った。
(明日も会えるといいな)
世界が終わるのとは関係ない。ただ、今は、最期の時まで坂野と居たいという普通の感情だった。




