こっくりさん
「結果さん。改めて依頼をお願いします」
髪結の件から数日経過し、自宅で寛いでいた結果のもとに現れた猫上は、以前にもまして窶れており目には隈を浮かべていた。
前回と同様に四季が客室に案内をして、結果が対応をしている。本日の四季はタイトスカートを履いたオフィスレディーの格好をしている。コスプレなのか迷うところだが、四季が満足そうにしているので口を挟むことはしない。
「いいよ。前回は依頼内容を聞きそびれちゃったからね」
依頼をしに来た猫上を差し置いて呪殺事件を解決に向かったことの罪悪感が少しだけ結果にもあったのだ。
緊急事態だったため、呪殺事件を優先しただけなのだが依頼人を放置したことには変わりない。
呪殺事件に関してだが、あの後いつもの刑事に呆れられながらも事件の参考人として事情聴取を受けた。猫上は関わっていないと見做されすぐに解放されていたが、結果はいつも通り拘束をされた。
髪結から他者の指紋が出なかったことで他殺の線は消え、飛び降り自殺として処理された。結果の想像通りに頭部と左腕に大きな損害があり、死亡の大きな要因となったようだ。
結果と袋小路はストーカーのことを髪結に聞きに行ったが、髪結が錯乱してアパートの二階から飛び降りて死んでしまった事になった。呪いを突き付けたら死んでしまったと宣ったところで誰も信じてはくれないのだ。
結果の目の前にいる猫上は新聞やニュースで呪殺事件の顛末を知り、心に靄を抱えながら結果の家に依頼をしに来ていた。
「色々考えたんですけど、僕の身にも結構被害が出始めてきて……」
「被害?ケガとかしてるの?」
「一昨日からでしょうか。物理的な不幸ではなく、直接的な痛みが表れてます」
猫上が学ランの上着を脱ぎ、シャツを腕までまくると、二の腕のあたりに赤く線が引かれていた。
ペンで描かれたような線ではなく、何かに締め付けられたような線であり、何者かに危害を加えられたようにも見える。
「これは右腕なんですが、右足にも同じような線が出てきて」
「痛いの?」
「この線が出た時は切り裂かれるような痛みでした。昨日も一昨日も夜の八時頃だったと思います」
「痛そうだし大変だね」
「それで依頼なんですけど、ちょっとこの不思議な現象に心当たりがあって」
悪事を伝えたくない子供のように言い淀む猫上。
依頼人から事の詳細を聞かなければ何もできない結果は猫上が口を開くのを待つしかなかった。幸いにも今日は四季が隣にいてくれるため無言の空間で焦ることはない。
「その、興味本位で狐狗狸さんをやってしまったんです」
「狐狗狸さん?これまた古典的なオカルトを持ち出してきたね」
狐狗狸さんとは鳥居と五十音が書かれた紙の上に硬貨を置き、複数人が指を添える事で狐狗狸さんと呼ばれる霊的存在に占ってもらう古典的なオカルトである。
近代になるに連れて狐狗狸さんを行う人間は少なくなり、オカルト掲示板でも見ることはなくなった。
その背景には科学的発展がある。心霊現象ではなく、人間の筋肉が無意識的に動くオートマティスムにより引き起こされる現象だと解明されたのだ。
日本以外でもウィジャボードと呼ばれる狐狗狸さんに似たボードゲームが存在する当たり、人間はどこに住んでいても霊的な存在に自身を占わせるものなのだろう。
「誰もやる人がいないのに狐狗狸さんの名前だけが有名じゃないですか。夜の学校に忍び込んで……」
「それはいつの話?」
「一昨々日です」
一日ごとに右腕と右足に赤い線が出ている猫上は、現れる前日に学校に忍び込み狐狗狸さんをしていた。
興味本位で馬鹿な行いをした猫上に呆れながら専門家として苦言を呈する。
「オカルトは科学で証明されても完全と言うことはない。興味本位で心霊スポットに行って体調崩した人とか聞いたことないの?」
「あれは思い込みで調子を崩すって聞きましたけど」
「そうやって思い込ませる空間こそがオカルトだって私は思う。狐狗狸さんも同じで、それをオカルトだと信じてやって来た人の感情が超常現象を生むんじゃないかな」
オカルトを発生させて来たのはいつだって人間である。火のないところに煙は立たないように、人間のいない所に超常現象も事件も起こらない。
結果が今まで受けてきた依頼でも、墓場に肝試しへ行ったら呪われた件や心霊スポットに行ったら体調を崩したなど自業自得とも言える物が幾つもあった。依頼を受ける以上解決をする必要があるのだが、探偵の領分ではなく超常現象研究家の領分だった。
そのどちらも医療機関で適切な処置を受けた後に症状が改善したため、インチキだと罵倒され報酬を踏み倒されてしまった。
猫上が報酬を踏み倒すような人間には見えなかったが、興味本位でオカルトに首を突っ込む人間のことを結果は信用しないことにしている。
「どちらにせよ僕は狐狗狸さんをやった後から被害に遭っているんです」
「他に誰かいなかったのかな。狐狗狸さんは一人でやるものじゃないでしょ?」
「僕の友人が一人いました。そいつが興味津々で……」
発案者は猫上ではなく、友人らしい。
「その人の名前は?」
「犬飼亀吉です」
「犬と亀っていい名前ですね」
話に参加していなかった四季が呟く。
「そうなの?」
四季は当時のことを見てきたかのように語りだした。犬は明治時代に亀と呼ばれていた歴史を持つ。海外から来た人が犬を呼ぶ時に「カモン」と言っていたのを海外では犬のことをカメと呼ぶと勘違いした日本人が呼ぶようになったらしい。
「そういう経緯があったようですよ」
「四季は知識が深いなあ。まるで見てきたみたいだね」
「どうでしょうか」
気を抜くと猫上を差し置いて二人だけの空間を形成してしまう結果と四季。殆ど来客の訪れない家に、引き篭もりと座敷わらしの二人で生活をしてたら互いの生きるリズムが分かってしまうのだろう。
語り終えた四季の顔を見つめて褒める結果と、揶揄う笑みを浮かべ微笑み返す四季。
猫上は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
「あの」
そのまま黙っていれば、今日も依頼をすることが出来なくなると察した猫上は二人の空気を壊すように声を掛けた。
結果たちも依頼人のいる手前、自分たちだけで会話をしていることに気付き猫上へと申し訳なさそうな顔をしながら向き直る。
「ごめんね。つまり猫上くんが犬飼くんと一緒に狐狗狸さんをしたら猫上くんだけが呪われたってことでいいのかな?」
「何で分かるんですか。犬飼も被害に遭ってるかも知れないのに」
「怪しい家に一人で依頼をしに来たでしょ?犬飼くんも被害に遭ってるなら二人で来るはず。後は今私が言ったのはカマをかけただけ。猫上くんが『何で分かるんですか』って言った事で真実になったの」
結果は推理をすることはあっても相手の思考を読み取るエスパーではない。一挙一動を観察し、言葉の表と裏を読むことで探偵業を行なっているのだ。
超常的な物が昔から見えていた結果は、そうすることでしか行きてこられなかった。
ひとつの考えのもと効果を発揮する超常現象とは違い、人間は本心を隠し様々な考えを巡らせて行動をする生き物だ。結果に友好的に接してきた人も、結果を利用しようとしたり、超常現象に遭遇すると結果の事を気持ち悪いと吐き捨てたりした。
結果は人の言うことを信じずに、相手の言ったことを解釈する自分を信じている。
その事は猫上だけでなく、四季にも伝えてはいなかった。
「狐狗狸さんね」
「どうかしたんですか?」
結果は顎に手を当てて猫上を観察する。
前回と同じように黒猫のようかんは猫上の頭部が指定席のように居座っていた。
「猫上くんは狐狗狸さんが自分の不幸を招いていると思っているんだよね?」
「違うんですか?」
「調査してないから分からない。こっちで調査してみるよ」
「本当に言いにくいことなんですけど」
猫上は結果と顔を合わせないように俯いてから話し始める。結果からは右巻きの旋毛が目に入り、猫上の表情を伺うことはできない。ようかんは器用に猫上の肩に移動していた。
「なに?怖いんだけど……」
「狐狗狸さん、犬飼が途中でやめちゃったんです。僕が意図的に十円玉を動かしてるって言って」
「何やってるの……」
猫上の発言に結果は呆れて頭を抱えてしまう。
狐狗狸さんをオカルト的視点で見る場合、狐狗狸さんを呼び出して、占いをした後には帰ってもらわなければならない。猫上たちが途中で狐狗狸さんをやめたということは、呼び出した霊が帰っていない事になる。
二人の行った狐狗狸さんが成功し、霊を呼び出せていた場合、呼び出された霊は帰らずに彷徨っている可能性が高いのだ。
「それもあって僕は被害に遭ってると思うんですよ。途中で切り上げた狐狗狸さんが僕のことを狙ってるって」
興奮して立ち上がる猫上。その際に足をテーブルへぶつけ、四季の用意したお茶が水滴となってテーブルに飛び散った。
「怖いのは分かりますが落ち着いてください。威圧的な態度を取れば結果ちゃんが怯えてしまいます」
四季から窘められ、急速に頭が冷えた猫上は一言謝罪を口にしてからソファに座り直す。
当の結果は猫上の行動に意識は向いておらず、狐狗狸さんを途中でやめた際に起こり得ることを思い出していた。
狐狗狸さんに憑かれると身の回りで超常現象が起き、対象が怪我や事故に遭遇する。猫上が事故に遭っている原因として狐狗狸さんに憑かれていると考えるのはおかしく無い。
思考自体はおかしくないのだが、動物霊に憑かれていると言う一点だけがあり得なかった。
「分かった」
結果は両手を合わせて乾いた音を出す。
「猫上くんの依頼を受けよう。依頼内容は『狐狗狸さんの解決』でいいのかな」
「はい。よろしくお願いします」
「調べておくから先にいろいろ聞いておくね」
結果は猫上の通っている学校、クラス、家族構成、連絡先など超常現象に関係のない事柄を聞き出していく。
自身に起こっている超常現象により精神が摩耗している猫上は解決をしてくれると言う結果を信じて、自身の情報を喋っていた。本人はそれ程までに必死なのだ。
「そうだ、猫上くん」
一通り聞き終わった結果は依頼を受けてもらい、安心した表情を浮かべる猫上に声を掛ける。
「まだ聞きたいことありますか?」
「今右腕と右足に出ている線なんだけどね、今日の夜にまた出るようだったら連絡してほしい。これは絶対忘れないで」
結果は声のトーンを一段階落とし、重要な要件を伝えていると猫上に意識をさせる。
猫上は自身の腕を見つめる。何かに切り裂かれたような線を見ると、線が付けられた時の痛みを思い出してしまう。後何度痛みを味わうのかを想像するだけで身体から震えてしまいそうだった。
「分かりました。これってヤバそうな感じなんですか?何度も起きるみたいな」
「分からない。それを判断するため、手遅れにならないために必要なんだよ。我が身が大事なら言うことを聞いてね」
「はい」
自身に起こっている事象が何もわからない猫上は結果の言う事を素直に受け入れる他なかった。
結果は分からないと発言したが、脳内に現象の候補が浮かんでいないのでなく、起こり得る現象の可能性が複数個あったため猫上に見当がつかないと伝えたのだ。
話が一段落し、湯呑みに入れられたお茶を飲み終えた頃、四季に連れられて猫上は玄関まで見送られる。
依頼をしに訪れた時よりは表情がスッキリしていた。自身の感情を吐露したことによる精神的安定を得られたのだろう。
「それじゃ猫上くん。何かあったら連絡をするから、そっちからも異変があったら連絡をしてね」
「分かりました。よろしくお願いします」
別れの挨拶を済ませ、猫上が結果の家から去っていく。
猫上が敷地から出たことを確認した四季は玄関の戸を閉め、鍵をかけた。
・
「本当に困ったことになった」
自室へと移動した結果はゲーミングチェアに座りながらため息を漏らす。
「猫上様も困った方ですね」
「本当だよ」
昨日、四季によって片付けられた部屋は綺麗に整えられている。四季は結果の部屋にある人を駄目にするビーズクッションに背中を預けて会話をしていた。その感触は泥濘に足を踏み入れるような感覚で、沈み込んだら抜け出すことができない。
二人とも面倒な依頼に巻き込まれたと天を見上げている。結果は結果で思うところはあるが、四季にとっては結果を生かすことに直結する内容だった。
「相手が学生では金銭を多量に請求することは出来ませんよね」
「支払い能力的にね」
「不知火様からの支払いがあるので当分は大丈夫ですが、依頼を見つけなければなりません」
「その前に猫上くんの件ね」
思い出す度に頭が痛くなる。
狐狗狸さんという旧世代のオカルトを出してきた時には関わったことのない事象に興味を惹かれていた結果も、今となっては面倒くささが勝ってしまった。
猫上が被害に遭っているのなら助けたいのは山々なのだが、依頼人が――。
「依頼してくるのに嘘をつき過ぎだよ、あの人。喋る度に目は泳いでいるし、指も意味なく動いてる。分かり易すぎるって」
本当のことを語らないのなら話は別である。
「狐狗狸さんに取り憑かれている?馬鹿も休み休み言えってね。黒猫のようかんが動物霊として憑いているのに新たな動物霊なんて憑か無いだろうし、ようかんだって頭の上でゆっくりお昼寝なんか出来ないって」
狐狗狸さんは狐、狗、狸と書くように動物霊である。呼び出す霊も低級の動物霊であり、身の回りに超常現象を引き起こすが四肢に被害を与える話などは聞いたことがなかった。
「あと四季には見えた?」
「いいえ。これっぽっちも見えませんでした。この家に入ってきたら分かりますしね」
「私にも見えなかったよ――ようかん以外の動物霊」




