超常現象研究家兼探偵(6)
「もとより言うつもりはありません。超常現象研究家の人を裏切ったりしたらどんな事になるか分かりませんし」
猫上は冗談を言いながら小さく笑う。
「失礼だなあ。私にはそんな事をする力はないよ。私は少し霊感があって超常現象を研究しているただの人間。人を呪うなんて、そんな低俗なことはしないさ」
「……それもそうですね。すみませんでした」
失礼なことを言った認識が合ったのか、猫上は何かを言い淀みながら謝罪を口にする。
超常現象研究家を名乗っていると、超常現象に対抗する力があると勘違いする輩は少なくない。世に蔓延る創作物に出てくる超常現象を解決する人達は不思議な力を持っているが、結果にはそのような力は存在しない。
結果にできるのは状況を見極めて、呪いをかけている人を見つけ出し、事実を突きつけることだけだ。
その後に犯人の生を終わらせることが結果の能力だと言われれば否定はできないが。
「話を戻そう。オカルト掲示板に書かれた内容から私は調査をすることにした。本人に許可を取って跡をつけて日々の行動を監視したんだ」
「左腕に被害が集中しているって言ってましたよね」
「うん。だから左腕に注視してた。私が監視を始めたには不知火さんの左腕に何かが起こることはなかったんだけどね」
結果がお茶を飲もうとすると四季が持ってきてくれたお茶は既に冷めており、立ち上がっていた湯気もその場から消えていた。
気がつけば四季の話し声も聞こえては来ず、袋小路との会話が終了していたみたいで、始めと同じように四季は結果の背後に立っている。
先ほど猫上が口籠ったのは、結果に失礼なことを言った事で後ろにいる四季の怒りを買ったかと勘違いしての行動だったと結果は考えた。妖怪と聞いて警戒をしない方がおかしな話である。
「四季。隣に来て」
「分かりました」
結果は自分の隣に座るようにお願いをする。四季はすぐに願いを聞き届け、結果の隣へ座った。
猫上からしても四季の行動が結果の目に映っていることで安心感を得られると考えての行動であった。
「話を続けるね。私が見ていた限り、不知火さんの左腕に被害が出たのは美容室を出たあとのことだった」
「美容室ですか?」
「そう。後から聞いた話だけど不知火さんには行きつけの美容室があるらしくて、毎回同じ人に切ってもらっているんだって」
「最近じゃ予約の時にカットする人を指名するサービスとかもありますからね」
「そ、そうだね」
普段外に出ず、髪を四季に切ってもらっている結果はそのようなサービスがあることを知らなかった。
何食わぬ顔で相槌を打ったつもりだったが、声は少しだけ上擦っており四季には見栄を張ったことを完全に見抜かれていた。
「結構長い付き合いで、プライベートなことも知ってる仲らしいよ」
「良いですね。そういう所」
「ま、その店員さんが犯人なんだけどね」
「え」
急な方向転換に猫上の思考は止まり、驚きの声が一言出た状態で体の動きも止まってしまった。
「簡単に言うと不知火さんは呪いを掛けられていたんだよ。呪いを掛けるには相手の体の一部分が必要なんだけど、美容室の店員なら髪の毛を入手することなんてカットするよりも簡単。呪いを掛けている本人が相手に触れれば、呪いの力は強く出る。だから美容室から出た後、不知火さんの左腕に被害が出た」
未だに固まっている猫上に気付かず結果は話を続ける。
猫上はすぐに犯人が店員という事実を理解し、結果の話に相槌も打たずに真剣に聞いていた。
「被害って言っても電信柱に腕をぶつける程度だったけどね」
「呪殺事件と言っていますが、確定した情報じゃありません。実際に不知火さんは生きているので呪殺は成せていないのです。しかし、呪術を相手に使う事は相手の不幸を願うことに他なりません。程度がどうであれ、最大の警戒をして臨む必要があると判断し、犯人が不知火さんを呪殺しようとしていると仮定して事件に臨んでいます」
結果の足りていない説明を四季が補うことで、事件の詳細を猫上に伝えることができている。
不知火が店員に呪われた理由は店員からの異常な執着。不知火は恋人からプロポーズをされて婚約をしたという内容を店員に話していた。
不知火に対して好意を抱いていた店員は自分と不知火がいい関係性を築いていたと疑ってはおらず、知らぬ内に婚約をしていた不知火に対して裏切られたと考えたのだろう。
そして、光り輝く結婚指輪が付けられた左腕に対して呪いをかけた。
結果が調査をしている最中には左腕だけではなく、体全体に不調が現れていた。店員の掛けた呪いが左腕だけに留まらずに全身へと回った事で、左腕だけに掛けられた呪いではなく、不知火自体に掛けられた呪いだと結果は判断したのだ。
「ま、そんな感じ」
結果も四季も、詳細を猫上に語ることはしなかった。
被害者の情報だけではなく、店員の情報も伝えなかった理由は超常現象が関係ない所に存在する個人情報だからである。超常現象については語られても一蹴されるが、被害者や加害者はただの人間のため変な噂が流れてしまえば結果の信用問題につながる。
犯人へ推理を突きつけに行く時は同行してもらうために、事件の概要を知って貰ったほうが楽だと判断したから話しただけで、猫上と協力して解決するつもりは最初からない。
「これ以上は話せることがありません。猫上様は被害者に呪いをかけた相手に事実を突きつけに行く、と言うことだけを理解してくれれば良いですよ」
「よく分かりませんけど、深追いしないほうがいいと言うことは雰囲気で分かりました」
「賢明な判断です」
結果に対しては強く出られる猫上も四季が相手ではそうはいかなかった。
四季と話す時には身構えてしまっている。座敷わらしと言う存在を詳しく知らない猫上でも、人間とは違う世界に住むことだけは分かっていた。
四季の言いしれぬ圧力と、捉えどころのない不思議な雰囲気が不気味さを醸し出しているのだ。
猫上は出来ることならば四季と長い時間話すことは避けたいと潜在的に思っている。
その思いを汲み取ったかのように、小気味いい音のチャイムが家の中に響く。
「袋小路さんがいらっしゃいました」
「四季はこの家の座敷わらしだからね。敷地内なら誰が来たか分かるんだよ」
「もしかして僕が訪ねてきたことも?」
「ええ。家に幸運を齎す座敷わらし、言い換えれば家に来る不幸を遠ざける力を持ちます。猫上様が邪な気持ちで訪ねて来ていたら――」
袋小路を出迎えるために玄関へ向かおうとする四季。
話をしながら立ち上がるが、目線は一切猫上には向けない。猫上は語られる内容から自分が観察されていたことを知る。玄関で軽く話した時には四季によるチェックが始まっていたのだ。
四季は態と言葉の途中で声を止め、猫上が考える時間を作る。その間こそが恐怖を覚える時間であり、四季が妖怪であることの証左となっている。
「どうなっていたんですか」
「どうなっていたんでしょう。ようかんが守りきれない事態になっていたかもしれません」
四季は口元に手を当て、目を細めながら笑う。
猫上に対して小さく一礼をすると部屋から出て行った。
「四季さんは結果さんに失礼な対応をした僕に怒っているんでしょうか」
明らかに挑発をしている素振りを見せる四季に、冷や汗をかいている猫上。妖怪に敵対視されてしまえば、自分に起こっている不幸以上のことが起こってもおかしくは無い。
四季よりも話しやすい結果と話すことで調子に乗っていたことを深く反省していた。結果に対して忸怩たる思いを持つのではなく、四季に対して恐怖から結果への失礼を後悔している。
「どうだろうね。私には分からないけど」
「勘弁してくださいよ」
「四季は人を呪ったり、そういう事をしたりする妖怪じゃないから安心していいよ。この家からは出られない訳だし」
「本当に大丈夫なんですか」
「何をそんなに不安がっているの?ここに来るまで妖怪の存在も自分に取り憑いているようかんの霊も知らなかったのに」
「知っちゃったら怖くなるんですよ。」
「ふーん。私は超常現象とかそういう類の物が好きだから怖くなるよりも先に興味が出ちゃうけど」
結果にとっては妖怪よりも人間のほうが怖い。
幾つもの事件に関わってきた事で、どの事件にも必ず関わっているものがあった。それが人間である。
人間が特定の感情を持つことで、他者に対して危害を加える超常現象が起こっている。どのような事件も元を辿っていけば人間の存在が関わっていないことがない。
呪殺事件に関しても、店員の嫉妬と憎悪が原因となっているのだ。簡単に人を呪えるほど、感情を募らせ、理性と善悪を失う人間のほうが結果は怖かった。
「……」
結果の言葉に猫上は答えない。どこで四季が聞いているか分からない今、結果に対して不用意な発言をすることが憚られるのだ。
――コンコン。結果ちゃん。袋小路さんをお連れしました。
結果が扉の向こうにいる四季へと声を掛けると扉が開く。
四季が扉を支え、その隙間から入り込んできた男は小洒落たスーツを纏い、整髪料で髪を固めた好青年に見える男。
小柄な四季と並ぶと身長が高く見えるが、実際には百七十前後であり成人男性の平均的な身長である。
「おう、探偵殺人。久し振りだな」
「袋小路さん。久し振りってほど経ってないよ」
猫上は袋小路が発した言葉に、聞いたことのないものが含まれていることに違和感を覚えた。
「探偵殺人?」
「お、そこにいるのが依頼人――学生じゃねーか」
「その呼び方止めて。依頼人の人に聞かれたら変な誤解されちゃうじゃん」
「学生とは思わなかったな」
結果と袋小路は会話が成立しているようで、自身の言いたいことを発言しているだけだった。いつもの調子で結果の事を探偵殺人と呼ぶ袋小路だったが結果には怒られてしまう。隣の四季は慣れたもので笑みを浮かべている。
袋小路依頼人が学生とは知らず、事件現場へ向かうことを提案していたのだ。そのことに気がついて整えられた髪を崩しながら頭を掻いていた。
「あの、探偵殺人って」
「説明してないのか?」
「してるわけないでしょ」
「そこの依頼者が気になってるから教えてやったらどうだ?」
結果を揶揄う袋小路。その姿は年相応の子供にしか見えない。
「袋小路さん。結果ちゃんで遊ばないであげてください」
「ま、実際に見りゃ分かんだろ。二人とも早速で悪いが移動するぞ」
袋小路は席にもつかずに結果を連れ出そうとする。
その様子から状況が思っているよりも悪くなっていることを察した。袋小路は横柄な人間ではあるが、相手に配慮をしない人間ではない。短くはない付き合いからその事を知っている結果は、袋小路がすぐに家を出ることを提案した事で焦る理由があるのだと判断する。
「四季。私が出る準備して。状況が思ったよりも悪そう」
「分かりました」
真剣な声色に変化した結果の様子を察知した。
今まで流れていた空気が穏やかなものだったと猫上は理解する。切り替わった結果は、真剣な顔つきで着ている制服を整えていた。
遅れてしまえば迷惑がかかると思った猫上は結果の勢いに釣られるように自身もソファから立ち上がった。荷物は学生鞄のみだったが、再び家に戻ってくるか分からないため持っていくことにした。
「悪いな」
「ううん。放置してた私にも責任があるよ。今日は車で来てる?」
「ああ。準備が出来たら車に来てくれ。先に待ってる」
袋小路は家に来たのも束の間、すぐに部屋から出て自分の車へと向かって言った。冗談めかした態度を取っていたが、その行動は素早い。
「猫上くんも準備はいいかな」
「大丈夫です」
「緊急みたいになっちゃったから怖いのなら怖くても大丈夫だよ」
結果の言葉を聞き、自身の胸に手を当てる猫上。心臓の鼓動は普段より少しだけ速いが、冷静さを保てる程度の速度で血液を全身に巡らせている。
「結果さんがどうやって事件を解決するのか興味があります。なのでついて行かせてください」
急激に速くなった流れに飲み込まれないよう、猫上は頷いた後に結果の後ろをついていく。
扉を開けたまま、立っている四季の横を通り抜け玄関へと向かう。移動する二人の背中を四季は見送った。
「あら?ようかんはついて行かなくて良いのですか?」
四季の足にすり寄ってくる黒い物体がいた。
猫上に取り憑いて守ろうとしている霊が、猫上の元を離れてこの家に残る事などあり得ないため、四季は一言声を掛ける。
「すぐについて行く。それよりも白沢と言ったか?」
「ええ」
ようかんは猫の唸り声と聞き間違えそうな低音で四季に話しかけてきた。
猫として自然体で過ごしていたが、ようかんは言葉を介して感情を伝えることができる。側にいる猫上はようかんの姿が見えていないため語りかけることはないが、自身の姿が見えている四季は話が別のようだ。
「あまりあの馬鹿を虐めてやるな。その内、自身の不手際が返ってくるさ」
「ようかんは彼のことを守っているのだと思っていましたけれど」
「我は何もしていない」
「謙遜しなくても良いではありませんか」
ようかんの左右で違う眼は四季の顔をしっかりと捉えている。愛玩動物にしか見えない黒猫は、長年生き、死んだ後も霊として猫上のそばにいることで幽霊ではない他の存在へと変化していた。
ただの動物霊には何かを守る力などありはしない。
変化をした切っ掛けはようかんにも四季にも分からないが、生前遊んでくれた猫上に対して恩義を感じ、迫りくる不幸から身を守ってあげている事は事実である。
「我はただ照の近くにいるだけだ」
「彼、呪われていますしね」
「難儀なことだよ。まったく」
四季と会話をしたかっただけなのか、ようかんは少しの雑談を終えると廊下をゆっくりと歩いていく。
一切の足音はせず、無音の世界で動いていく黒猫を見て、西洋で語り継がれる不吉の前兆を四季は感じ取ったのだった。




