超常現象研究家兼探偵(5)
考えずに発言した結果は、耳に届いた自分の声で伝えた言葉の意味を知る。
「座敷わらしって妖怪の?」
「え、あ、いや……座敷わらし、座敷わらしね」
何とか誤魔化そうとしてみるも、一度口から出た言葉は戻すことができない。
「四季さんって――」
「呼びましたか?」
猫上が何かを口にしようとした時、タイミングよく四季が客室に戻ってきた。手にはお盆と湯飲みがあり、湯気が立ち昇っている。
四季の声が聞こえた瞬間、助けを求めるような目で結果は四季の顔を見る。自分が席を離した短時間に何が合ったのか知らない四季だったが、結果の表情を見て墓穴を掘ったことを悟った。
「結果ちゃん。また何か失敗をしましたね」
「四季が居ないからだよ。頑張ったんだけど、話が上手くできなくて動揺しちゃって」
「何を言ったんですか?」
「四季が座敷わらしだって言っちゃった」
その様子を見ている猫上は、何もしていないのに加害者になったような気分だった。動揺した結果が要らぬことを喋り、勝手に落ち込んでいるだけなのだが、自分が責められている気がする。
猫上は意味もなく二人から視線を外して状況が落ち着くのを待つ。
お盆を机の上においてから、四季は結果の横に座る。四季が横に来たことで安心したのか、状況説明をしようと身ぶり手ぶりをしていた結果の手は、落ち着きを取り戻した。
「駄目ですよ結果ちゃん。動揺したからといってそういう事を言うの」
「ごめん」
「――猫上さん」
目線を逸らしていた猫上だったが、名前を呼ばれれば外方を向いたままでは居られない。
「えっと、本当なんでしょうか。四季さんが座敷わらしっていうの」
会話に困ってしまうのは結果だけではなく、猫上も同じだった。この家に来るまでは超常現象の類を考えたこともなかったのに、数分の間で猫の霊と座敷わらしに接触してしまったのだ。
動揺を通り越して、思考停止に陥っていてもおかしくはない。
「本当ですよ」
猫上の質問に四季は端的に答えた。
「ようかんが猫上様に取り憑いている霊ならば、私はこの家に取り憑いている妖怪でしょうか。私の名前は結果ちゃんが付けてくれてのですが、白沢四季。並び替えたら座敷わらし。可愛いでしょう?」
「アナグラムじゃないですか」
「猫上くんは気付かなかったね」
「気付くわけ無いでしょう。そもそも座敷わらしが居るなんて夢にも思っていないですよ」
普段通りの平静を取り戻した結果は猫上に揶揄うような笑みを浮かべる。動揺したり、揶揄ったりと忙しい。
「座敷わらしって日本人形みたいな、おかっぱで着物を着ているイメージでした」
古来より伝わる座敷わらしは家に幸運や富を齎す妖怪として知られ、起源には間引きとして殺された子供が、妖怪として家に住み着いたと言われている。
古臭いイメージのまま現代まで伝わった座敷わらしと目の前にいる白沢四季が猫上の中では結びつかなかった。
「猫上様も着流しを着用しては居ないでしょう?時代が変われば妖怪だって変化します」
「メイド服が今流の座敷わらしってことですか?」
「いえ、これは可愛いから着ています」
「四季はネットサーフィンが趣味だから可愛いと思った服を買っちゃうんだよね」
「素晴らしい時代になりました」
結果がこの家に住むにあたり、真っ先に行ったのはネット回線の工事だった。難色を示す四季を頑張って説得した事も記憶に新しい。
ネットが開通すれば、結果がやっている事に四季が興味を示すのに時間は掛からなかった。家の持ち主である四季に、媚びるようにパソコンを四季の部屋にも設置した。
その結果がネットサーフィンを日課にする座敷わらしの誕生である。
長い間家の中で生きてきた四季は外界というものを人伝にしか知らない。古くなった家に住むものは少なく、その関わりすら絶たれかけていたところに膨大な情報が流れ込んできたのだ。最低限のネット知識を結果から伝えられ、日々電波の海を泳ぐ生活をしている。
コスプレをしているのも延長線上だ。
結果が家にやってきた時は長い髪に和装の姿をしていたが、ネットを教えて一ヶ月も立つ頃には髪型を整え、衣服も現代風に様変わりしていた。四季曰く
――こんなに服の種類が多いとは思いませんでした。可愛らしい装いも増え、楽しみが募りますね。
とのこと。四季が楽しそうな姿を見せるため、結果も下手なことは言えなかった。
四季がコスプレをするためのお金を稼ぐために依頼をこなしているのではないかと思ったこともあるが、身の回りの世話もして貰っている結果に発言権は殆どない。
「座敷わらしっていうことはこの家から出られなかったりするんですか?」
「そうですね。厳密には家の敷地内から出られないという方が正しいでしょうか。今はネットショッピングもネットスーパーもありますし困りません」
猫上は家の前に段ボールが積まれていた事を思い出した。外観は荒んだ様子の家ため、ゴミとして積み上げられた段ボールが置かれていると思っていたが、真相は住民のネットショッピングだった。
「四季は使いこなしてるよね。ホームページを作ったのも四季なんだよ」
「ホームページって結果さんのですか?」
「はい。超常現象研究家としての結果ちゃんへ依頼をする人向けのホームページですね」
詐欺サイトにしか見えないホームページを見て結果の元を尋ねた猫上は出来栄えに言及することはしなかった。
四季は淡々と事実を述べているが、何もしていない結果のほうが自信満々に四季の功績を謳っている。
「そうですよ。話が逸れていました。僕は依頼をするために来たんですよ」
ようかんの話や、完全には信じていない座敷わらしの話をしていた所為で本題からかけ離れてしまっていた。
猫上は話を自分の依頼に戻すべく、姿勢を正して話す体勢を取る。仲良く話していたとは言え、結果との関係は依頼人と請負人。やるべき時にはそれ相応の態度を取る必要があると猫上は考えている。
「そうだったね。久しぶりに人と話したから気持ちが舞い上がっていたみたい」
舞い上がった影響で要らぬことを喋ってしまったことを、結果は頭の片隅に追いやる。後悔は長く思考に留めるのではなく、棚上げをして忘れることが賢い生き方なのだ。
「結果ちゃん……」
四季の呟いた一言には「あまり話せていませんでしたよ」という事が多分に含まれていたが、結果は聞かなかったふりをする。
「それで依頼なんですが」
猫上が依頼を口にしようとする。
そのタイミングを見計らったように結果のスマートホンから着信音が鳴り響く。着信音は最近流行っているアニメのオープニングでミュージシャンが描き下ろしをしたことでも話題になっていた。
着信音の軽快なギターサウンドが猫上の言葉を遮り、一節を奏で終える。
「うん。依頼はなに?」
スマホから流れる音楽を無視して会話を続けようとする結果。相対している状態でスマホを操作する事は失礼と思っての行動だが、内心ではマナーモードにしていなかった自分の落ち度に焦っていた。
自身が設定した着信音を聞かれたことも恥ずかしく、猫上から見てもわかり易いほど顔が赤くなっている。
着信音が流れ続けている状況で依頼をできる訳もなく、猫上は大きなため息を吐いた。
「スマホ、鳴っていますよ。長時間鳴っていますし緊急の用件かもしれませんし出て良いですよ」
「ごめんね」
猫上から電話を勧められるがままに、スカートのポケットからスマホを取り出して画面を確認する。
設定していたアラームなどではなく、表示されているのは数少ない結果の連絡先を知っている相手である『袋小路巡哉』だった。
画面を四季に見せると小さく頷いたため、結果はその場で電話へ出ることにした。
「もしもし?」
『お、やっと出た。出んのが遅えぞ探偵殺人』
「袋小路さん。その名前で呼ばないでって言ったでしょ」
『悪いな、探偵殺人』
電話口からは若々しく溌剌とした印象を受ける男性の声が響く。
袋小路は自身が付けた名前を気に入っているのか、結果の事を探偵殺人と呼ぶ。結果が何度訂正を頼もうがお構い無しだ。
いつものやり取りをした後、猫上の存在を思い出した結果は袋小路に問う。
「何か用事?今、お客さんが来てるんだけど」
『探偵殺人にお客さん?依頼人か?』
「そうだけど」
『どうせ仕事内容を信じてもらえてないだろ。丁度いいや』
猫上は表面上、結果たちの超常現象を信じてくれているように見える。ようかんの霊や座敷わらしの話を聞いても、馬鹿にすることも帰ることもなかった。
それだけ自分の身に降りかかる不幸によって精神が摩耗している可能性もある。
「丁度いいってなに?」
『不知火知の件だ』
袋小路が口にした不知火知は呪殺事件の被害者に当たる女性。
「不知火さんがどうかしたの?」
『俺のところに連絡が来てな、解決はまだかって』
「もう犯人のところへ行って突き付けるだけだよ」
『奇遇にも探偵殺人の家の近くに居るんだわ。その流れで犯人のところに行って解決してくんね?依頼人に信用してもらうためにも丁度いいだろ』
「絶対偶然じゃないじゃん」
犯人の元へ行って事件を突き付けるためには警察である袋小路の協力が必要不可欠であった。
探偵とはいえ、一般人である結果は人様の家へ勝手に入ることは出来ない。建前上ストーカー被害として扱われている呪殺事件の捜査として袋小路に同行する形を取って犯人の元へ向かうつもりだった。
『その辺は気にしたら負けってことで』
「元々行くつもりだったから良いけどさ。ちょっと四季に代わるね」
四季に肩を軽く叩かれた結果は、客人を待たせているため四季に後のやりとりを任せることにしてスマホを手渡した。
「代わりました。白沢です」
四季はスマホを持ったままその場から立ち上がり、通話をしながら部屋の隅へと移動した。
自分がいなくなれば結果が何をしでかすか分からないと考え、視界の中に結果が収まる位置で袋小路と通話をすることにしたようだ。
「ところで猫上くん」
「なんでしょう」
「このあとの予定とかってあるかな?」
「特にありませんね」
「依頼をするに当たって私の力を見ておいたほうがいいと思う。今から事件解決に向かうから付いてくる?」
・
猫上から了承を得た結果は不知火の個人情報に気を付けながら事件の概要を伝える。四季は部屋の隅で袋小路と打ち合わせをしており、未だに結果の元へ戻っては来ていない。
「もう一度聞きますけど僕が聞いてもいい話なんでしょうか」
猫上は関係のない事件と関わる事に不安感を募らせていた。どのような職業にも守秘義務が付き物である。
「大丈夫だよ。事件解決の現場に偶々居合わせるだけで、猫上くんは被害者の人相も知らないんだから」
「結果さんが良いなら、僕は良いですけど」
猫上は普通に生活を送っていれば起こらない出来事に、段々と好奇心が芽生え始めてる。超常現象専門家である結果がいれば自分に被害が来ることはないと楽観的に考えているのだ。
「簡単に話すね。被害者は不知火知。女性。趣味はチェキを使って写真を撮ること。髪色は黒だけどインナーカラーで赤を入れてるっぽい。チェキっていうのはその場で撮って現像できる写真のことね。以前から肩こりに悩まされており、病院や整体に通うも効果はなし。体に違和感を覚える生活を続けていた結果、怪我をする事になる。怪我をする場所は決まって左腕であり、何かがおかしいと思った不知火さんは占いをしてもらう事にした。占い師から誰かに呪われていると結果が出たことで怖くなり、助けを求めるためにオカルト掲示板に書き込んだ」
「結果さんのところへ依頼に来たわけじゃないんですね」
「うちには趣味がネットサーフィンの奴がいてね。被害者が近場にいることもあって直接交渉をかけたんだ」
結果は電話をしている四季の方を振り向く。猫上との会話を聞いていない四季は、視線が合うと通話をしながら小さく手を降っていた。
「そういうパターンもあるんだ……」
「寧ろ直接訪ねてきた猫上くんのほうが希少だよ。ホームページを見て尋ねるなんてね」
「僕も切羽詰まっているので」
「その件はまた後で。まずは依頼を解決できるっていう信頼を見せないと」
「別に疑っては居ませんよ。すべて信じ切るのが難しいだけで」
「此方の気持ちの問題。超常現象専門家をやっている身からすると、人の感情っていうのが引き金になるケースがとっても多いんだよ。なるべく懐疑的な気持ちを無くしてから依頼に臨みたいってこと」
猫上が結果の事を信じきることができていないように、結果も猫上の事を信用してはいなかった。あくまで依頼人と請負人の関係であり、猫上の依頼が終わったら関わる事は無い。
「僕が事件のことを他の人に話すとかは思わないんですか?」
猫上が事件の内容や超常現象を口外する点についても結果は何の心配もしていない。
超常現象は口外をされたとしても、言った本人の頭がおかしくなったと判断されることが多く、起こった出来事の箝口令はほとんど意味をなさないのだ。
その場に猫上が居ても居なくても変わらないのなら、相手からの疑念を少しでも拭えるように使えるものを使おうとしている。
「起こっている事実を他人に話せないから猫上くんは私のところに来たんでしょ?超常現象に付いて話すのは自由だけど、普通の人からすれば気が狂れたって思われるよ」
結果の言葉は経験から来るもので、その一言には生きてきた辛さの重みがあった。




