超常現象研究家兼探偵(3)
「出迎えに行きますか?」
「四季が出てもいいと思うなら出て」
「恐らく危険は無いでしょうし、お客様を迎えに行きましょうか」
四季はパタパタとスリッパで音を立てながら結果の部屋から出ていく。
一人残された結果は電気が付けられたままの部屋で最低限の身嗜みを整えていた。四季が迎えに行ったということはこの家に入れてもいいと判断したということ。
その相手が依頼者ならば結果自身も相対す必要がある。
最低限の身嗜みは毎朝四季が整えてくれているし、着ている服も制服のため、少しだけ寝癖を整えて四季から呼ばれるのを待つことにした。
パソコンも弄らずに耳を澄ませていると、四季が玄関の戸を開けて誰かと話している声が薄っすらと聞こえてくる。内容まで把握することはできないが、扉の閉まる音と共に二人分の足音が廊下を移動している。
恐らく四季が来訪者を客間に通したと結果は判断した。トイレを借りに来ただけの可能性も零ではないが、わざわざ古びた外見の家を選んでトイレを借りる可能性は極めて低い。
考えたくはなかったが、超常現象研究家である自分に依頼をするために来た人という線が濃厚だろう。
ただでさえ呪殺事件で気が滅入っているのに、更に面倒な依頼が舞い込んできることを想像すると動くことすら億劫にのる結果だった。
――コンコン
部屋の戸を叩く音がする。現実逃避をしようとしていた結果を逃さないように響く音は、部屋の外から四季が呼びかけてくるものだった。
「結果ちゃん。お客様ですよ」
「やっぱり?分かった。行くよ」
「身嗜みは大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だと思うけど、一応四季が確認して」
呼びかけに応えると四季は再び部屋の戸を開ける。部屋から出る準備を終えて扉の前で待っていた結果は、戸を開けた四季と予想よりも近い距離で向かい合うことになってしまった。
「うわっ。びっくりした」
「私の方こそ。扉の前にいるなら教えてくださいね。勢いよく開けて頭を打ってしまったら危ないですから」
「そだね。それでどうかな」
制服のスカートを翻しながらその場で一回転する結果。長くはない髪が体の動きと共に、シャンプーのいい匂いが四季の鼻腔を擽る。二人とも使っているケア商品は一緒なのだが、香りが少しだけ違うのだ。
結果から発せられる匂いに意識を擽られながらも、四季は結果の身嗜みをチェックし、特に違和感がないことを確認すると結果を連れて部屋の外に出た。
「それでお客さんってどんな人だったの?」
来訪者を確認したのは四季だけであり、結果は様相を知らない。
客間へと移動しながら結果は四季に来客の特徴を聞くことにした。
「男の子でしたよ。学生服を着ていたので学生でしょう。結果ちゃんと同年代かもしれません」
「私、学校行ってないから同年代の人と喋れないかも」
「どうしてですか?袋小路さんとは普通に話せているではありませんか」
「あの人は年上だから話せるの。同年代の人はちょっと違う」
「私には分かりませんね」
「四季には分からないと思うよ」
客室へと続く廊下は長くない。客人の特徴を聞いていたはずが、別の話題に転換していると気付いた頃には、客室の扉の前に二人は経っていた。
扉の向こうには客人がいる。結果は一度大きく深呼吸をして、緊張から早鐘を打つ心臓を落ち着ける。四季も勝手に扉を開けるようなことはせず、結果の準備が整うのを待っていた。
目を瞑り、五回ほど深呼吸をした後、目を開いた結果は扉を四回ノックした。
「はい」
中から聞こえてくるのは男性の声。四季が結果に伝えた情報通り、男の子が中にいるのだ。ノックをしてしまった以上、結果はこの場から立ち去ることができない。
ゆっくりと扉を開き、結果は部屋の中に入っていく。
「待たせたね」
客室は一台の長机とそれを挟むように置かれたソファがあり、結果の部屋とは比にならないほど綺麗に掃除をされている。この家の中で汚い場所は結果の部屋のみで、ほかの場所は四季が毎日掃除をしているのだ。
結果が一言声をかけてから部屋を進むと、客人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で結果のことを見ている。
その反応を見ても結果は気付かないふりをしながら客人の向かいに移動して座った。
「座っていいよ」
「はい」
未だに思考が纏らず、簡単な相槌しか打たない客人の姿は結果に依頼をしてきた人がよく見せる物だった。
結果に依頼を頼みに来る人は解決が一番の望みで訪ねてくるのだ。訪ねた先に、発育が悪く、制服を着た小柄な女子が我が物顔で話を聞きに来れば動揺をしてしまう。
今回の客人も例に漏れず、自分のよりも小さな女子が現れたことで動揺をしていたのだ。
「えっと」
「ん?」
「殺人結果さんって言うのは――」
「私だよ」
「そうなんですか……。そっか」
客人は自分の中で何かを納得させるかのように独り言を呟いている。結果自身も初対面の相手には信用してもらえないことが殆どのため、客人の反応に目くじらを立てたりはしない。
四季も座っている結果の後に立っている。メイド服の女性が主の側で控えているような光景に客人は更に動揺していた。
「早速だけど、この家に何か用事?私の名前を知ってるってことは依頼人だと思うんだけど」
流れを切り替えるためにも、結果は本題に入る。
「ホームページを見て、興味本位で来たんですけど」
「冷やかしってこと?」
「いえ。本当に困っていて。ネットで色々調べていたら前金なし、事件解決直前で金銭を払ってもらうという契約の探偵さんを見つけて半信半疑できました」
四季の作ったホームページを見て依頼者は結果の元を訪ねていた。
前金を取らず、解決間際に支払ってもらう理由は結果の行う捜査が通常のものとは異なるからだ。超常現象に対して推理を行い、解決をするなど胡散臭すぎて信じてもらえない。査定無料を謳っている法律相談のようなものである。
ある程度捜査が進み、事件解決の目処が立った時に、改めて依頼人と交渉を行い解決するかどうかを判断してもらう。呪殺事件も犯人が特定できたところで依頼人に連絡を取り、後は犯人の元へと向かうだけの状況になっている。
目の前の客人もその条件を飲んだ上で結果に依頼をすることを決めていた。
「訪ねてきたら私みたいな子が我が物顔で出てきて驚いているってことだよね」
「いや、そこまでは」
「分かってるよ。態々私の元へ訪ねてきたってことは不思議な現象が起こっているから解明してほしいって依頼でしょ?」
ホームページには超常現象研究家兼探偵として結果のことを紹介している。その触れ込みを見て訪ねてきたのなら、客人の周りで何らかの超常現象が起こっているということである。
「そうなんです。ちょっと不思議な事が身の回りで起こるようになって」
「おっと。その前に自己紹介をしないといけないよね」
客人が依頼内容を話そうとした時、自己紹介をしていないことに気付いた結果は会話を中断させて自分の事を語りだした。
「私の名前は殺人結果。物騒な名字だけど名は体を表していないよ。君が訪ねる理由になった通り、超常現象研究家兼探偵をしているんだ。探偵って言っても後から付け足されたものなんだけどね」
「後から付け足されたもの?」
「超常現象研究家として活動してたら悪用する人もいてね。その人を突き詰めていたらいつの間にか一部の人に探偵と呼ばれたから探偵を名乗ってるって感じかな」
「なるほど」
探偵という名称は結果が自分から名乗った物ではない。超常現象が好きで、その専門家は自分で名乗っている。
超常現象絡みで運良く事件を解決してしまうことが多かったため、袋小路から探偵と呼ばれており、四季も気に入ってホームページに書き始めたのだ。
推理をして犯人を追い詰めるようなことをほとんどしない結果は、自身が名前負けしているとすら思っている。
「君の名前は?」
「僕の名前は猫上照です。万丈高校に通っている二年生です」
「万丈高校って言うとすぐそこの?」
「はい。ここから歩いて十分くらいのところにありますね」
万丈高校は私立の高校。結果の家からは徒歩圏内にあり、結果が一度は通うことを考えていた学校でもあった。最終的に高校に行かない選択肢を取ったのだが、パンフレットを何度も見ていたので名前に覚えがあった。
「二年生ってことは十七歳かな」
「そうです」
「それなら私と同い年だから、敬語を使わなくてもいいよ。依頼人と請負人の関係を崩したくないのなら敬語のままでも」
「初対面ですし敬語のままでもいいですか」
「大丈夫だよ」
結果と猫上が会話をしていると、四季がお茶を持って現れた。机の上にふたつの湯飲みとお茶菓子を出すと、先ほどと同じように結果の後方に移動した。
「改めて。猫上くんは私に依頼をしに来たってことでいいんだよね」
「はい。僕の身の回りで起こっている不思議な現象について調べてほしくて」
「分かった。取り敢えず話だけを聞こうか」
「分かりました。それで、その」
歯切れの悪くなった猫上の目線を追うと、四季の方を何度も見ていた。
「彼女がどうかしたの?」
「僕が依頼内容を話すのはいいんですけど、そちらの女性が気になって。殺人さんのメイドの方ですか?」
「私のことは結果って呼んでよ。殺人さんって呼ばれると凶悪犯罪者みたいじゃない」
「すみません、結果さん」
結果は自分の苗字のことを嫌っているわけではないが、人から呼ばれると何とも言えない気持ちになってしまう。
世の中に珍しい苗字は多々あるが、生きづらく感じる苗字は少ないだろう。
結果は幼い頃から苗字で揶揄われる事も多く、学校へ通わない原因のひとつになっていた。そのため人から名前を呼んでもらう時は下の名前で呼んでもらうようにしている。
「彼女は白沢四季。自己紹介をして」
「ご紹介に預かりました白沢四季です。私は結果ちゃんの秘書兼お世話係兼同僚兼同居人です」
「要素多いってば」
「メイドさんじゃないんですか?」
四季が言った冗談交じり自己紹介は猫上には引っかからなかった。猫上が気になっているのは四季の着ているメイド服であり、格好を見て結果のメイドだと推測していたのだ。
「メイドではありませんよ」
「これは四季の趣味。コスプレが好きなんだ」
「そうなんですね」
発言とともに猫上の表情が少しだけ引き攣った事を結果は見逃さなかった。
自身が真剣に悩み、調査を依頼しに来たのに相手が制服を着た少女とメイドのコスプレをした女性では士気が下がってしまうのも頷ける。
格好ばかりは個々の趣味嗜好のため変えることはできない。四季に関して言えば、今日の格好はいつもよりもちゃんとした衣服を着ている。日によってはナース服であったり、ゴスロリであったりとTPOなど一切考えない服を選ぶこともある。
少しだけ依頼をする相手を間違えたかと考える猫上だったが、誰にも相談できない超常現象の事を言える相手が目の前にいる存在しかいないことを思い出し、気を引き締めて依頼内容を話すことにした。
「それで依頼内容を話してもいいですか」
「いいよ。四季、メモを取ってね」
「分かりました」
四季はメイド服についたポケットから手帳とペンを取り出して、話を聞く体勢に入った。
「それじゃ聞こうかな。猫上くんの依頼内容」
「端的に言うと僕の周りでは不思議な現象が起こっています。それも、もう少しで僕の命が無くなってしまうほどの」
「それは気が気じゃないでしょ。どんな事が起きてるのかな」
「横断歩道を渡り始めようとした時に信号を無視したトラックが突っ込んできたり、工事現場の近くを通った時に上から大量の釘が落ちてきたり。電車に体が挟まれそうになったこともありました」
「ふうん。ひとつひとつなら偶然かもしれないけど重なることで必然に感じているんだね」
「明らかに僕を傷付けようとしている何者かの意思を感じるんです。その事故が起こる直前には何かの視線を感じますし」
「視線?それは人のものかな?」
「分かりません。見られているって感じるだけなので」
椅子に浅く腰掛けながら前のめりで語っている猫上の表情は真剣で、結果の事を騙そうとしたり、揶揄おうとしたりする意思は一切見られなかった。
命の危機を短期間で何度も経験すれば、必然性を感じてしまう。小さな出来事の積み重ねが、最終的に大きな出来事の引き金となっていることは超常現象の世界ではよくあることだ。
小さな祠を壊したことがきっかけで、様々な不幸が身に降りかかり最終的に死んでしまった例もある。
猫上は何者かの手によって自身が死の危険に遭っていると考えているようだ。
「それでも猫上くんは一度も被害には遭っていないんだね」
「運がいいことに」
「勘違いしないでね。被害に遭っていないことで疑っているわけじゃなくて、被害に遭っていないことにも意味があると私は考えているんだ」
「どういうことですか?」
猫上は結果の言っている意味が分からず、その真意を聞き出そうと疑問をぶつける。
猫上からしたら被害には運良く遭わなかっただけだが、結果からすれば事故が起きても被害に遭わない偶然が何度も起こっている。結果は猫上が怪我をしない必然が起こっていると考えていたのだ。
「被害に遭ってしまう偶然と、被害に遭わなかった偶然が重なり合って猫上くんが無事ってことだよ」
真意の分からない猫上はゆっくりと目線を上げて結果と目を合わせる。
「話は変わるけどいい?」
「はい」
目線を合わせられた結果は猫上から目線をそらし、その頭頂部に目を向ける。
猫上は目を逸らされた事を瞳の動きから感じ取っていた。結果の目線が自分の頭部へと移動した事に気付き、埃か何かが付いているのかと頭に手を触れた。
「猫上くんは猫を飼っていたのかな」
結果は猫上の頭部を見つけながら質問をぶつけた。
初日分です。
一日おきに投稿していきます。




